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祝勝会はギルド支部長の挨拶から始まった。
作戦前の演説では、無駄話をせずにあっさりしていたのだが、今回の話は長かった。
恐らく、話す時間が決められていたのだろうが、聞いている側からしたらそんなのは関係なく、退屈なだけである。
その後も政治家の挨拶があり、探索者の代表として登壇したハクロの話も長かった。
このときばかりは、参加しなければ良かったなと後悔した。
全員の挨拶が終わると、会場に食事やアルコールが運ばれて来る。BGMの音楽も流されており、あとはご自由にという事のようだ。
「良い挨拶だっただろ?」
「話が長いって、途中寝ちまったよ」
ハクロのドヤ顔に、タンク役である鏡山が苦言をていする。
その感想には他の者達も同意しており、ハクロのドヤ顔は渋い顔になってしまった。
その様子を見ながら、そろそろ帰ろうかなと立ち上がる天音。
流石に帰って勉強しないと不味い。
「あの、僕これで帰ります」
「なに? これからが本番だぞ」
「そうですけど、今テスト期間中で、勉強しないといけないんです」
「テストって……そういや、学生だったな。だが、この後に表彰式が……」
ハクロが何かを言おうとすると、スタッフが近付き話しかけて来る。
「天音様、支部長がお呼びです。申し訳ございませんが、ご同行願えませんでしょうか」
「支部長が?」
支部長と聞いて会場を見渡すが、そこに支部長の姿は無かった。
天音はハクロ達に行って来ますと告げて、スタッフに着いていく。
連れて来られたのは、会場からほど近い一室だった。
どうしてわざわざ移動を?
そう疑問に思うが、部屋に入って理解した。
部屋の中にいたのは五人。
その中で知っているのは二人だけ。
一人はギルド支部長の男性。彼は今、大量の汗をかいて怖がっているように見える。先程まで、壇上で挨拶をしていた人とは思えない姿だ。
そしてもう一人は、ノートパソコンを前にカタカタと入力しつつ、ブツブツと呟いている女性だ。
髪はボサボサで猫背、大きなメガネを掛けており、年齢に似合わない童顔をしている。
その人物に対して、天音は頭を下げた。
「お久しぶりです百々目さ「今話しかけないで、良い所なの」ん……はい」
彼女の名は百々目詩心、時雨と同じくこの国のトップ探索者の一人と呼ばれている人物だ。
百々目は本来、ここに来るような人物ではない。
いや、探索者としているのなら間違いないのだが、百々目は基本引きこもりで、滅多に外には出ないのである。
しかも百々目は小説家を名乗っており、探索者は副業と豪語しているのだ。
だからこそ、余計にここにいる理由が分からなかった。
なので、百々目を連れ出せるだけの力が、残りの三人にはあるという事になる。
三人のうち二人は女性。
一人は天音と同年代くらいで、桜色の髪に高級そうな着物を着ている。もう一人は、高齢ではあるが、探索者として熟達した者であると察せられた。
最後の一人は老齢の男性だ。
この老人は探索者だ。
いや、元探索者だろう。
その身から放たれる威圧感が、強い探索者のものだ。しかし、肉体が衰えているからか、それほど怖いとは思えなかった。
そして、この老人が口を開く。
「楽しんでいる所、呼び出して悪かったな。儂は徳川宗介、ギルドの総会長を任されておる」
「総会長?」
聞き慣れない単語に聞き返してしまう。
「この国のギルドのトップと覚えておけ。それ以外は、唯のジジイだからな」
「唯の?」
「なんじゃ? 老人を虐めようというのか? 最近の若い者は怖いのう」
「いえ、そんなつもりじゃ……。ただ、徳川さんの力が現役そうだったので」
「おだてんで良いぞ。これでも全盛期の半分以下じゃからな」
まるで優しいお爺さんのような声音で言うが、その目は天音を値踏みしているように見えた。
「爺さん、そろそろ良いか?」
「誰が爺さんじゃ。言っておくが、お前も十分ババアの年齢じゃからな」
「死に損ないがやかまし。天音福斗だな、私は光海ヨル、神々の船団の団長をしている。今回、お前を呼び出したのは私だ」
「神々の船団って、あの? どうして僕を呼んだんですか?」
この人が国内最大クランのトップ。
そんな人物が、どうして天音を呼ぶのかが分からなかった。しかもギルドのトップも同席してだ。
その疑問には、光海の隣に座る少女が答えた。
「その話は私から。初めまして、神楽坂サクラと申します」
着物の少女は、小さく礼をしてニコリと微笑む。
その笑みは、さぞ人を惹きつけるだろうなと、そんな感想を抱いてしまうほどに綺麗だと思った。
だが、それだけだった。
「天音福斗です。それで、どうして?」
サクラと名乗った少女に興味を抱かなかった。
理由は、他の三人の印象が強過ぎたからだ。
このサクラという少女は探索者ではなく、完全な一般人だ。探索者だらけの中に、一人だけ一般人が混ざって目立ってはいるが、それだけでしかない。
しかし、その印象を変える一言が飛び出した。
「それは、私がこの国が滅亡する未来を見たからです」
何を言っているのか理解出来なかった。
「……はぁ」
と返すのが精一杯だった。
これは、新手のギャグかと疑ってしまい、周囲を見回してみる。
テレビクルーが祝勝会を撮影していたのだ。もしかしたらドッキリの可能性もある。
しかし、どこにもカメラはらしき物は見当たらない。
それに、他の人達もそんな雰囲気ではない。いや、一人だけカタカタとパソコンを扱っているが、これはカウントしてはいけないだろう。
「おおよそ一年後に、今回以上のユニークモンスターがダンジョンから出現します。その数も強さも上と思われます。多くの人々が亡くなり、軍は全滅し、探索者は戦いの中で散って行く姿を見ました。この国は、滅亡します」
サクラの言葉を聞いて、はあと息を吐き出し少し考える。
この子は一体何を言っているんだと。
未来の話とは何だ?
この国が滅ぶっていきなり言われて、僕にどうしろと言うんだ?
一年以内にユニークモンスター?
だとしたら、その対策を考えないといけないんじゃないのか?
支部長を見ると、汗をかきながら眉間に皺を寄せており、考えを巡らせているように見える。
恐らく、天音よりも先にこの話を聞かされて、いろいろと考えていたのだろう。
「あの、分からない事が多過ぎて、どう答えたらいいのか……」
「あっ⁉︎ 申し訳ありません。分からない事があれば、質問して下さい。しっかりと答えますので!」
グーを握って、力を込めるサクラ。
そんなの気にしていられる内容ではないので、早速質問して行く。
「未来を見たとは何ですか? サクラさんは超能力者ですか?」
「天音様に超能力者と呼ばれると違和感はありますが、端的に言うとそうですね。私は今代の巫女を仰せつかっております。巫女というのは代々受け継がれるものでして、母が急逝したおり、私に未来視の能力が発現いたしました」
代々巫女という地位は、この国の未来を見通して来たという。
国難が訪れた際、その解決策を探り、国防を担う者達を最大限使える権限が与えられているそうだ。
それを聞いて、未だにパソコンに向き合っている百々目がここにいるのも納得する。
彼女を護衛にして連れて来たのは、このサクラという少女なのだろう。
……なんだか、まずい気がする。
「なら、尚更僕に話をした理由が分からないのですが。百々目さんや師匠のような方々ならいざ知らず、僕程度の探索者に話「出来たぞっしゃーー!!」た理由……が」
会話の途中で、百々目が勝鬨を上げた。
どうしてこのタイミングなのだろうか?
正直この人には、余り良い思い出がない。
というより、五指に数えられる探索者全員と良い思い出はない。
百々目はノートパソコンをパタンと閉じると、周囲の視線が集まっているのに気付いたのか、あははと誤魔化す。
「あっごめん、話を進めて」
「まったく、少しは周りを見んか」
徳川が注意すると「うん、ごめん」と反省しているのかどうか分からない反応をしていた。
「福斗も久しぶり、厄介な事になって大変だね」
「…………厄介」
今ので大体察した。
つまり、この国難に僕も戦力に数えられているのだろうと。
……僕に戦えと言うのだろうか?
サクラに視線を向けると、そちらも察したようで頷いて言葉を続けた。
「私が見る未来には、幾つもの可能性が示されます。その中で共通しているのは、モンスターによる地上の破壊。ですが、ただ一つだけ、違う未来が見えたのです」
一度言葉を切り、力強い目で天音を真っ直ぐに見つめる。
「それが天音様、貴方なのです」
宣言のあとに静寂が流れる。
だが、結局何も分かってないやんとなった天音は、もう一度サクラに尋ねる。
「あの、結局僕は何をしたらいいんでしょう?」
「……分かりません」
「え?」
「それは分からないのです。なので、やれる事から始めようという話になりました」
「は、はあ……それで、なにを?」
「我が国が誇る、トップクラスの探索者達による訓練から始めようかと考えております」
「僕帰りますね」
僕は何も聞いてない。
今日は祝勝会に出て、何も知らずに帰っただけ。
ここは、僕が見た幻。
だから何も知らない。
知らないったら知らない。
背後から呼び止める声がするが、これも幻聴だ。
「さあ、帰って勉強しないと」
天音は更衣室で私服に着替えて帰宅した。
その頃、会場では。
「え⁉︎ 福斗くん帰っちゃったの⁉︎ どうすんのよ、表彰式の主役いないじゃない!」
メインが帰ってしまい、締まらない形で幕を閉じた。