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テストの二日目が終了した。
土日を挟んで、残りのテストが待っている。
手応えは十分にあった。
ダンジョンから帰って寝るまでの時間勉強していたおかげで、ほとんどの問題が分かったのである。
「この調子なら、今回は期待できるかも」
学年十位、は無理でも中間より上位には入りたい。
その為には、残りの科目でそれなりの点数を取る必要がある。だから、このまま家で勉強しないといけないのだが、これから用事があり出掛けなくてはいけない。
「……祝勝会の服装って、私服で良いのかな?」
そう、これからユニークモンスターを討伐した祝勝会があるのだ。
少しだけ顔を出せば良いと言っていたので、それほど服装に気を使わなくて良いだろう。というのは言い訳で、服装の雑誌まで購入したのに、結局買いに行く気にはならなかったのだ。
なので完全な私服に身を包んで、ギルドに来ている。
因みに服装は、下がジーンズに上が白のニット、上に黒のダウンジャケットを羽織っている。それと、一応エチケットでマスクをしていたりする。
そんな私服で来たのだが、
「……みんな、正装してない?」
ギルドに入っていく人達が、皆スーツやタキシードにドレス姿、それに着物や袴だったりしているのだ。
場違い感が凄いことになってる。
この中に混ざらないといけないのだろうか?
一応、TPOは弁えているつもりなので、このまま会場に向かう勇気がない。
「どうしよう……」
今更、服を準備する時間もないし、どうやってもこのまま行くしかないのだが、どうにも踏ん切りが付かない。
「いっそ帰ろうかな」
なんて考えていたら、背後から名前を呼ばれた。
「ん? 福斗じゃないか、どうしたんだこんな所で立ち止まって?」
「ハクロさん」
声を掛けて来たのは、白刃の船団のリーダーである白波ハクロだった。
ハクロは胸元の開いた白いタキシードに身を包んでおり、髪もセットして薄く化粧までしていた。
え、ここまでしないといけないの?
ハクロの背後には白刃の船団の仲間達がおり、皆格好は違えど、バッチリと決めて来ていた。
「あの、ドレスコードがあるって知らなくて、どうしようかと悩んでました」
「あー、いや、ドレスコードはないぞ。ただ、みんな気合いが入っているだけだ。こんな事、滅多にないからな」
「そうなんですか?」
「ああ、ユニークモンスターを倒すなんて、本来なら国から表彰されるくらいの功績だからな。しかも今回は、各地で同時に発生している異常事態。これがどこかの国なら、滅んでいてもおかしくはなかった。つまり、俺達は英雄ってわけだ! なら、気合いが入るのも当然だろう?」
「そうですか」
ハクロの言葉にイマイチピンと来ない。
あのユニークモンスターなら、自分達は勝てなくても、師匠達なら片手間に倒しそうだなぁと思ってしまったのだ。だから、国難レベルの出来事という認識が出来なかった。
「だが、まあ……確かにその格好は頂けないなぁ。おーい、誰か予備の服持ってないか? 福斗と同じくらいの体格の奴頼む!」
ハクロが仲間に呼びかけると、約半数の十名の手が上がり、その半数が女性だった。
「お前達は福斗にどんな格好させたいんだ⁉︎ そもそも性別もサイズも違うだろうが!」
「この場合、手を上げなきゃいけないのかなって思って」
花見が手を上げて言う。
彼女は、ユニークモンスター討伐の際にお世話になった人物である。
「ったく。西方、福斗と体格同じくらいだな。頼めるか?」
「ああ、ギルドのロッカーに置いてあるから、付いて来てくれ」
そう言うと、西方はギルドの更衣室がある方へと歩き出した。
後に付いていくと、本当に良いのか不安になって西方に尋ねる。
「その、良いんですか? 僕はパーティに所属していませんけど」
「構わない。リーダーからのお願いというのもあるが、福斗には恩があるからな」
「恩、ですか?」
「……自覚は無いかも知れないが、俺達は、あの作戦に参加した連中はみんな福斗に感謝している」
あの作戦とは、ユニークモンスターを誘導して、討伐部隊が来るまで時間稼ぎをするというものだ。
最後は失敗してしまい、一か八かで倒すしかなかった。
「お前がユニークモンスターを倒してくれなければ、ここは無くなっていた。こうして、祝勝会を開く事もなかった。より多くの犠牲が出ていた。お前は、みんなから感謝されるだけの事をしたんだ。その自覚くらいは持っておけ」
「……実感はありませんが、努力します」
西方に言われても、まったく実感がない。
あの時の状況を客観的に見られる今だから言えるが、あそこでやるべきは、ギリギリまでユニークモンスターの気を逸らして、討伐部隊の到着を待つ事だった。
それを、無理を言って単独行動させてもらい、一人で突貫して迷惑を掛けただけなのだ。
しかも、死にかけた所まで救ってもらっている。
天音からすれば、寧ろハクロ達にこそ感謝しているのである。
西方から渡された服は、ブラックスーツだった。
服のサイズはウエストに余裕があるくらいで問題はない。靴のサイズも同じだったので、革靴をお借りしている。
「ほら、それで髪をセットしておけ。福斗は下ろしているより、オールバックのイメージだからな」
「えっと、ありがとうございます?」
なんだかお礼を言うのもおかしいよなと思いつつ、ワックスを使い髪を固めていく。
とりあえず格好は整ったので、西方と一緒に祝勝会の会場に向かう。
場所はギルドの三階の奥にあり、五百人は入りそうな広い会場だった。
近くにはカメラを持った報道陣が待機しており、何やら打ち合わせをしていた。
「テレビで報道されるんですか?」
「まっ、あれだけの大事件だったからな。ニュースにもなっていたし、今回の祝勝会も良いネタなんだろう」
報道陣を横目に通り過ぎると、扉の近くにいる受付に名前を告げて会場に入る。
中に入ると、会場の隅には軽食とドリンクが用意されており、開始時間までご自由にどうぞという事らしい。
先に入っていたハクロ達と合流して、これからどういう事するのかなぁと話していると、続々と人が会場にやって来ていた。
中には、明らかに探索者ではない人物も混ざっており、一体誰だろうかと話題になる。すると、その人物を知っているハクロが教えてくれた。
「あの人達は政治屋だ。市長に市議、県知事に県議会議員、国会議員も来ているな。こんな所に来て何をアピールするんだか……」
「よく知ってますね、どなたか知り合いがいるんですか?」
「顔見知りって程度だ。船団ってクランはな、この国最大の探索者の派閥だ。俺は曲がりなりにも、一つのチームのリーダーを任されている。あいつらに挨拶するタイミングもあるのさ」
面倒くさいけどなーと苦笑して、肩をすくめた。
大人って大変だなぁ。とどうでも良さそうな感想が浮かんだ。
「でも、政治家の人と知り合うってメリットあるんじゃないんですか?」
「俺たちみたいな暴力家がか? ギルドの奴らならそうなんだろうが、俺達探索者はどこまで行っても個人事業主だ。己の実力次第で成り上がる界隈だぞ。仲が良くなったからって、俺達にメリットは無いぞ。……ああ、一つだけあった」
「それって何です?」
「話が上手くて、聞いていて飽きない」
ニッと笑うハクロは、一度話して来いよと天音に言う。それを「僕はまだ子供なんで、やめときます」と返しておいた。
少しだけ喉が乾いたので、ドリンク貰って来ますねと告げて、ハクロ達から離れる。
飲み物の種類は多くあり、スタッフにオレンジジュースをお願いする。
受け取ったオレンジジュースを一口だけ飲むと、これまで天音が飲んできた中でも一番美味しい物だった。
「美味しい」
「そうなの? 私も同じの下さい」
感想を漏らすと、隣の女性が同じ物を注文する。
誰だろうかと見てみると、先週ギルドで声を掛けて来た女性だった。
名前は確か……。
「三上ミクさん」
「間違ってないけど、本名で呼ばれるとは思わなかったな」
苦笑を浮かべた女性は、探索者インフルエンサーとして活動している三上ミク25歳だった。
ミュクという愛称で活動しており、ダンジョン50階まで突破している。と榊原が言っていたのを思い出した。
「あっ本当、このオレンジジュース美味しい。ねえ、写真一枚良い?」
「突然ですね、僕の写真なんか撮ってどうするんですか?」
「SNSに上げるよ、命の恩人だってね」
「命の恩人?」
「そう、ここにいる人達はみんなそうだけど、私の場合は特にかな。あの作戦で、亡くなった人達って覚えてる?」
それに頷く天音。
ユニークモンスターに攻撃を加え、反撃にあった探索者達だ。
彼らは弱かった訳ではない。別のダンジョンで60階を突破した探索者であり、そのギルドのトップ探索者でもあった。
「あの人達と、私も一緒に行動してたんだ。あっ、彼らのパーティに入ったとかじゃないよ。そもそも、実力が違い過ぎたしね」
「じゃあ、どうやって?」
「あのパーティの中にね、私にアプローチ掛けて来る人がいたんだ。その人から、一緒に来たら良い動画のネタになるんじゃないかって誘われて、これはチャンスだって参加したんだけど……まあ、死にかけちゃったね」
話を聞くと、ミュクは彼らと共に穴の中に隠れており、ユニークモンスターが上を通過すると奇襲を仕掛けたという。
正直、逃げたかったそうだ。
ユニークモンスターが怖くて、足がすくんで動けなかったそうだが、一人で取り残されるのを恐れて付いて行ったという。
そして、リーダーの攻撃が通り、その様子を画面越しに見ていたミュクは脱兎のごとく逃げ出したそうだ。
ただ逃げるのでは間に合わない。
だから、再び穴の中へと飛び込んだ。
同時に爆発が巻き起こり、生きた心地がしなかったという。
爆発が治まると、ミュクは穴の中に閉じ込められていた。なんとか魔法を使い脱出をするが、そこで思いにもよらぬ光景を目にしたという。
「それが君。まさかあの後に、ユニークモンスターに突貫する人がいるなんて思わなかったよ。しかも倒しちゃうんだからね」
因みに、二度目の爆発も穴の中でやり過ごしたそうだ。
「だから、君には心から感謝してるよ。ありがとう」
そう言って握手を求めて来た。
断る理由もなかったので、ミュクの手を取り握手する。
すると、ミュクは天音の腕に絡み付いて急接近して、手に持っていたスマホで撮影した。
「ありがとね」と悪戯っぽく笑いながらミュクは離れて行った。
ミュクが離れると、天音は再び声を掛けられる。
それはミュクと同じ理由で、天音に感謝の言葉を告げるものだった。
感謝の言葉を告げられる度に、むず痒い気持ちが湧いて来る。
相変わらず、感謝される事をしたとは思えないが、それが嫌だとは思わなかった。
出来る限り笑みを浮かべて対応する。
天音からすれば、彼らは同じ作戦に参加した同志なのだ。だから、誰一人として無下に扱うような事はしなかった。
こうして式が始まるまで時間が過ぎていく。
因みに、ハクロに70階以降の情報を売ってくれとお願いしたが、断られてしまった。
どうやら、感謝とこれは話が別らしい。
残念に思いつつ、天音はドリンクをもう一杯頼んだ。