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日を改めてパーティに参加するのか尋ねると、
『まだ修行中の身なので、遠慮させてもらいます』
と、参加しないという返答が来た。
更に、
『福斗さんはどう思いますか? 参加した方が良いと思いますか?』
と来たので、
「僕は榊原さんの意見を尊重するよ。ただ、パーティでの戦闘を経験するのも、良い訓練にはなると思うよ」
と返答すると、
『じゃあ参加します』
と掌を返して、榊原のパーティ参加が決まった。
まあ、一度だけで良いと言ってたし、合わなければやめたら良い。
ダンジョンでは、仲間との相性は大切だ。
そりが合わない人と一緒に探索しても、そこで足の引っ張りあいが発生すれば、それは二人の問題だけではなくパーティの危険に繋がってしまう。
それは、一番やってはいけない事だ。
誰もがそれを理解している所なのだが、実際にそれが出来るとは限らない。
人との交流があれば、少なからず気になる所は出て来るものだ。その感情とどう向き合うのかも、今後は知っておく必要があるだろう。
パーティで探索をすれば生存率は格段に上がるが、少なからず軋轢は生じる。
反対に天音のようなソロだと死にに行くようなものだが、誰を気にする必要もなく探索が出来る。
どちらにメリットはあって、デメリットもある。どちらを取るかは……取るかは…、
……メリットあるの、圧倒的に前者じゃないか?
「どした? 急に項垂れて。そんなに持久走が嫌なのか?」
今は体育の授業中で、体操服に着替えてグラウンドに集まっていた。
これから時間一杯走らされるのだが、別にそれが嫌な訳ではない。寧ろ、これなら授業に参加出来るので、嬉しいくらいだ。
「いや、ちょっと衝撃の事実に気付いちゃって、どうしてこうなったんだろうって考えてた」
「あー分かる分かる。本当は、こんな所にいるはずないのにって考えるんだよな。俺もあと五キロ痩せてたら、今ごろ彼女が出来ていたのにっていつも考えてるよ」
「痩せる? 彼女?」
「なんだよ、文句あんのかよ」
「あっ、ごめんぷっちょ。妄想は人の自由だよね」
「妄想じゃねーし! 少し痩せたらイケメンだし! 俺、まだ本気出してないだけだしぃ!」
そんな風に喋っていると、準備運動する時間になる。
体育の教師と目が合うと、教師は少し考える素振りをした後に、まあ良いかといった様子で号令を掛ける。
教師は、天音が本格的に探索者をやっているのを知っている。
その実力までは把握していないが、暴れたら危ないかも知れないという認識くらいは持っていた。なので、競うような競技には参加させたくはないのだが、持久走なら問題ないだろうと判断したのだ。
というより、入学時に探索者が受けられる競技の説明がなされているのだが、教師はそれを完全に忘れていただけである。
準備運動が終わると、グラウンドを永遠に走る時間が始まる。
せいぜい三十分間程度なのだが、普段運動しない人からすると、かなりきついものになるだろう。
「あー、雨降って中止になんないかなぁ」
「痩せたらモテるんでしょ? 走ったら結構痩せられるらしいよ」
「ばっか、そんな事したら、周りから恨まれてしまうだろ? だから俺は、本気を出せないんだよ」
「そっか、じゃあ仕方ないね」
「おう、仕方ないんだよ」
ぷっちょの意見に仕方なく頷いて、持久走が始まった。
大抵の場合、こういうのは運動部の見せ場になる。
トップを独占しており、文化部や帰宅部が後を追う構図になるのが定番だ。
それはこの持久走でも例外ではなく、上位を陸上部、野球部、サッカー部が独占していた。
ただし、この授業中にトップを走っているのは、その三つの部活ではない。
「相変わらず速いな、高倉は」
「うん、ペースが落ちないね」
そう、ほぼ独走状態の高倉くん。
卓球部でありながら、探索者志望の磯部や茂木を大きく引き離しているのだ。
すでに、天音やぷっちょも周回遅れにされており、かなりの差がついてしまっている。ここからの挽回は、どうやっても無理だろう。
「まっ、俺達は俺達のペースで行こうぜ」
「うん、そうだね。でもさ、ぷっちょ」
「なんだよ?」
「ぷっちょは、僕とも二周遅れだからね」
「…………なあ、天音」
「なに?」
「どうして人は、走るんだろうな」
「……」
ああこれ、また面倒くさいのが始まっちゃったな。
そう内心で呟きながら、ぷっちょの次の言葉を待った。
「見てみろよあれを、郵便配達の人だ。その昔、手紙を届けるのに、飛脚という職業があった。確かにその頃は、走る必要があったかも知れない。だが、今はどうだ? 道路を見てみろよ、自転車が走っているだろう? 他にもバイクや自動車だって走っている。それに空だ! 空には飛行機が飛んで、今も多くの人と物を運んでいるんだ! 今更人類が走る必要なんて無い!! 天音だって分かるだろぉ?」
「じゃあ、先行くね」
「待ってー!」
無駄話に付き合い、もういいかなとペースを上げてぷっちょを引き離して行く。
これ以上ぷっちょの隣にいると、せっかくの体育の授業が無駄になってしまう。
少しずつ走る速度を上げていき、それほど目立たないペースを維持する。全力を出せば、ぶっちぎりで行けるのだが、探索者というチートを使っている以上、それはしてはいけないだろう。
なので、のんびりと走っていく。
トラックをぐるぐると回りながら、フェンスの外に意識を向ける。
いつも通りの景色なのだが、そこに一つだけ異物が映り込んだ。
それは白い日傘を差した女性だった。
年齢は天音と変わらないか、少し上くらいだろうか。桜色の髪が腰まで伸びており、それを先端で結んでいる。薄緑のワンピースに、ベージュのカーディガンを羽織っている。
顔立ちの割に大人しい服装をしているので、人によっては受ける印象が変わるかも知れない。
少なくとも天音は、変な子だなという印象を抱いただけで、惹かれる物は感じなかった。それよりも、近くに停車している黒塗りの車の方が気になった。
だから、目が合っても直ぐに逸らして、通り過ぎて行く。
しかし、後続の反応は違っていた。
彼女の前で走ると、その速度は緩んでいき、じっと見ながらゆっくりと進んでいくのだ。目を離すときも名残惜しそうにしており、ぷっちょにいたっては、足を完全に止めていた。
それに気付いたのか、彼女は恥ずかしそうに日傘で顔を隠すとそのまま歩きだしてしまう。その先には黒塗りの高級車が止まっており、護衛と思われる屈強な男が後部座席の扉を開き誘導する。
彼女は最後に、ぷっちょが立っている方に目配せすると車に乗車してしまった。
「なあ、天音」
「え? あ、なに?」
ちょうど三周遅れにしようとしていると、まるで背中に目でもついているかのように、天音の存在に気付いていたようである。
急に話しかけられた天音は、どうしたんだろうと走るペースを緩めてぷっちょの隣に立つ。
「俺、恋したかも」
「…………そっか、成就すると良いね」
「俺、明日から本気出すよ」
「…………そっか、今からじゃないのが、ぷっちょらしいね」
「今日は、休養日だからな」
明日も休養日になりそうだなぁと思いながら、ぷっちょを置き去りにして持久走を続ける。
天音は決して、ぷっちょを馬鹿にしたりしない。
だって、彼がいつも必死なのを知っているから。
現に、今も本気で必死に走っている。
きっと恋する人の為にも、本気で取り組んでくれるに違いない。
友人としてそう信じるしか、擁護しようがなかったのだ。
◯
広い車内で、閉じた白い日傘を隣に置き、ふうと息を吐き出す少女。
人の前に出るのは慣れていても、同年代の子達に注目されるのは初めての経験で、少しだけ慌ててしまった。
「それで、どういう印象を受けた?」
そう少女に尋ねたのは、白髪の女性。
女性の年齢は六十歳を越えており、顔のシワも深くなっていた。しかし、その身に宿るのは強者としての自信と圧倒的なカリスマ。
彼女の名は光海ヨル。
この国の最大クラン〝船団〟のトップにいる女性である。
「とってもカッコいいなと思いました」
口元を抑えて、嬉しそうに微笑む少女。
それを相手にしない光海は、静かに注意する。
「ふざけてないで、ちゃんと答えなさい」
「えへへ。そうですね、彼の方が持つ力は本物です。恐らく、トップクラスの実力は持っているものと思われます」
彼女が言うトップクラスとは、時雨や真壁などの規格外の探索者を指す。その話を聞いて、光海は小さく舌打ちをし、「やはりか」と呟いた。
「お婆様、どうかなさったんですか?」
「あの時、あいつはな、この車を警戒していたんだ。気配を消していた私に勘づいて、いつでも対処出来るように準備してたんだよ」
「まあ、それは……」
「サクラ、お前の見立てに間違いはない。奴は間違いなく、トップクラスの実力を持っている」
サクラと呼ばれた少女は、嬉しそうに頷き、手を胸の前で組み祈るように言った。
「やはり彼が、天音福斗様が、この国の希望なのですね」
同年代の少年の姿を思い浮かべて、神楽坂サクラは頬を赤く染めた。
だが、光海はサクラほど楽観視は出来ない。
「期待するのは良いが、あのじゃじゃ馬の反応も気になる。何か気付いたら、直ぐに報告しなさい」
「はい、お婆様」
じゃじゃ馬とは神坂時雨の事である。
あのギルド本部での一件のあと、無言で去ってしまったのである。
何かを知っている。
国内最大のクランの長でも知らない何かが、天音福斗にはあるのだ。
「せめて、無駄な犠牲が出なければ良いが……」
光海は、ただ国の平和を願っていた。