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「今回は70階から先を行きます」
本日は金曜日で、本来なら榊原の訓練の日ではあるのだが、来週からテストが始まるためお休みにしている。
だったら天音も勉強しないといけないのだが、日頃からしっかりと勉強しているので、三日間くらい勉強しなくても問題はない。
嘘だ。
ただ、久しぶりに三日間の探索が出来るというので、テスト勉強を放り出して来ている。
勉強しなきゃなーとは思っているが、最近、思いっきり潜っていなかったのでフラストレーションが溜まっているのだ。
これはテストに向けた息抜き。
そう、自分自身に言い聞かせてここにいる。
「な、70階? 福斗くん一人で?」
「はい、そうです」
「あっ、いえ、前回到達してたのは知ってるけど、一人ではいくら何でも危険なんじゃないかな? 誰か一緒に行ってくれる人っていないの?」
「いないです。それに70階に行ける人って……」
「だよねー、白刃の船団の人達くらいだよね。ハクロさん達、明後日までは戻らないらしいし……」
「あの、行ったら不味いんですか? これまでも一人で潜っていましたけど」
「あっ、ごめんね。私には、探索者を止める権限なんて無いから気にしないでね。ただ心配だったのよ、福斗くん、どんどん危険な所に行っているから」
「えっと……すいません」
なんだか心配掛けてしまって、申し訳なく思ってしまう。
とはいえ、潜るのを辞める気は無いが。
◯
どこまでも続く砂の世界。
見た目は、テレビで見た砂漠のような場所ではあるが、横を見ると大きな川が流れていた。
そして、川を挟んだ先には砂漠とは真逆の雪の世界が広がっている。
その景色は、どこまでも広がる真っ白な世界。
川を挟んで、相反する世界が存在している。
ダンジョンの71階から80階までは、このような場所になっているらしい。
どちらを進むかを考え、次の階を目指す。
どちらも過酷だが、次の階に進むポータルは、どちらかにしかない。
片側を潰してから、反対を探索する。それがセオリーであり、天音も例に倣って砂漠側から探索している。
因みに、どうして砂漠の方からなのかというと、暑いのが苦手なので、先に済ませておこうと考えたからだ。
はあ、はあ、と息を吐き出し、水筒の水を飲む。
ごくごくと音が鳴り、落ちた雫がジュッと蒸発してその暑さを教えてくれる。
一歩二歩と進んでいると、足下の砂が突然盛り上がり、強烈な殺気をはらんだ牙が現れる。
それを余裕を持って回避すると、そこから現れるであろうモンスターに向けて風の刃を放った。
姿を現したのは、サンドワームと呼ばれるモンスターだ。
軽トラックくらいなら、軽く飲み込みそうな大きな口を開いており、そこには無数の牙で埋め尽くされていた。その口に比例して胴体も大きくて長く、更に頑丈な鱗で身を守っているモンスターだ。
そこに、天音の放った魔法が接触して、その頑丈な鱗ごと切断してしまった。
サンドワームの頭部が飛び、指令頭を失った胴体はビチビチと跳ねてから力を失い動きを止めた。
「出現する予兆があると、やりやすいね。にしても暑い」
少し動いただけでも、体力が奪われてしまう。
毎年過ごしている夏が涼しく思えるくらいには暑い。
「節約しようと思ったのがいけなかったな」
じゃあ仕方ないと、魔力を消費してあるアイテムを使う。
それはネックレス型の魔道具。
身に付けた者の周囲の温度を下げて、快適な空間を作り出す奇跡のようなアイテム。
なんと、そのお値段五十万円。
その上、ずっと魔力を消費して持続時間は八時間という優れ物。しかも、一度使うと二度と使えないという使い捨て仕様。
商品名もクールオーダーという大層な名前である。
これを使えば、どんなに暑い場所でも快適に過ごせる。
ただし、尋常でないほど金は掛かるが。
この商品を見つけた時、凄いのがあるなと驚いたものだが、その内容を見ると、これは僕には使えないかなという評価になっていた。
先ずは持続時間が短い点。次にそのお値段と使い捨てという点と、魔力を消費するという所だ。
ハクロ率いる白刃の船団が70階以降を潜るならば、一週間以上潜るのが普通である。一日に三つ使うとして、一度の探索で一千万円近くの出費が決定してしまう。
しかもである。
白刃の船団は大所帯のチームであり、一度に幾つも使用するので、その出費は馬鹿にならない。
プロの探索者になれば、割引してもらえるとはいえ限界はあるだろう。
その上、仲間達の食料や装備、数々のアイテムも必要になるのだ。一度の探索で、どれだけの出費になるのか、天音には想像もつかなかった。
逆を言うと、それだけの収入が70階以降で手に入るという事なのだが、そう楽観視するほど天音は脳天気ではない。
天音は一人で探索して、そこらの探索者よりも多くの成果を上げて来る逸材だ。凄腕の探索者と呼んでも良いだろう。
その天音が、サンドワームから素材を取り外しながら呟くのだ。
「これで八十万円……」
……一体のモンスターでも、結構な収入になっていた。
一応、70階以降のモンスターの素材が高額になるのには理由がある。
それは、単純に数が少ないからだ。
市場に流されるモンスターの素材は、その希少性と有用性で値段が決まる。
現在、ここのダンジョンで70階を越えて探索しているのは、白刃の船団と天音だけである。この二つのパーティ以外からは得られない貴重な物資だ。
しかも、天音に至っては最近到達したばかりで、しかもソロだ。持って帰る物資にも限界があった。
なので、物資の供給は、白刃の船団の独占と言ってよかった。
「でも、魔力がキツイな」
中でも一番キツいのが魔力の消費だ。
パーティで潜るなら、順番に使えばまだ何とかなる。
一人が使って、その周辺を冷やす。魔力をある程度消費したら、次の人に任せて魔力を回復する。
それが、ソロの天音には出来ないのだ。
魔力は探索者の武器。
生身でも戦えなくはないが、それにも限界はある。
「仲間か……」
これまで一人で探索をして来た天音には、残念ながら仲間と呼べる人はいなかった。
ハクロとは、ユニークモンスターの討伐以来よくしてもらっているのだが、一緒に探索しようとはならなかった。
その理由も聞いており、なんでも、
「あのとき思ったが、福斗は他人が近くにいると戦力ダウンするな。最高のパフォーマンスを出すなら、ひとりで潜り続ける必要がある。これも、一人で何でも出来る奴の弊害だろうな」
という、自分でも自覚している内容だった。
このスタイルを変えるつもりもなく、変えたら変えたで問題が起きそうで嫌だった。
過去に師匠にも言われた事があり、
「お前は私の弟子だ。だったら、私と同じような戦い方をするべきだとは思わないか?」
その言葉通り、時雨のような戦い方をするようになった。
きっと、これを変えたら天音の命は無いだろう。
「…………なんだ、師匠のせいじゃないか」
だから仕方ない。
だって、死にたくないのだから。
いろいろと諦めつつも、探索を進めて行く。
片側のフィールドだけでも、これまでと変わらない広さがあるので、実質倍の広さを探索しなければならないのだ。
しかも、次の階に進むポータルの情報も無く、手探りで向かわなくてはならない。
「今度、ハクロさんに、情報売ってもらえないか交渉しよう」
現状、ここの情報を持っているのは白刃の船団だけだ。
ちょうど良いことに、週末に祝勝会があるので、そこでお願いしてみよう。
そうじゃないと、この砂漠で干からびてしまうかも知れない。
クールオーダーは三つ購入していたが、丸一日が経過しており既に三つとも使い終わっている。今では、風を送りながら何とか暑さに耐えている状態だ。
水属性魔法を加えて、冷気に変える手段もあるが、それだと魔力の消費が馬鹿にならない。
今でも持っているのが不思議なくらいなのに、これ以上の無駄遣いはひかえるべきだろう。
なんて考えていたが、結局のところ暑さに負けてしまい、水属性と風属性魔法の併用で冷気を生み出している。
魔力大丈夫かな?
残りの魔力を心配するが、今のところ無くなりそうな気配はない。
「これって、やっぱり成長してるよね」
ユニークモンスターを倒してからというもの、魔力が尽きる気配がないのだ。そして、身体能力も大幅に上がっていた。
砂の中から、尾に猛毒を持ったスコーピオンキングが飛び出して来る。
体色は砂漠に擬態するように砂の色をしており、人と変わらないほどの大きさを持っていた。尾は二つに別れており、鋏もまた大きい物だった。
そのスコーピオンキングが飛び出すと同時に、毒の尾を伸ばして仕掛けて来る。
天音は身体強化を施し、鉈を手に取る。
迫る尾を紙一重で避けて、鉈を関節部に合わせて切断する。続く二本目の尾も同様に切り落とし、突貫して来るスコーピオンキングの鋏を避けて、頭部を破壊した。
飛び散る血を風で飛ばし、浴びないようにする。
スコーピオンキングの血にも、毒が含まれているから油断は出来ないのだ。
それで気を抜く事なく、続くスコーピオンキングに備える。
このスコーピオンキングは、一体では行動せず集団で動いている。
成長した身体能力。
無くなる気配のない魔力を使い、モンスターを殲滅して行く。
三十体近くいたスコーピオンキングも、十分後には砂漠の上で絶命していた。
ユニークモンスターを倒してから、天音は異常とも呼べる成長を遂げていた。
◯
「本日の買取金額は15282000円になります。この札を外の窓口にお渡し下さい」
「はい、ありがとうございました」
今回の探索の成果は、文字通り過去最高の収入となった。
しかし、探索が成功したのかというと、そうではない。
残念なことに、次の階に進むポータルが見つからなかったのである。
この二日と少しで、砂漠地帯をあらかた探索したつもりだが、発見には至らなかった。だったら降雪地帯の方にあるのだろうが、何にしろ疲れてしまった。
「はあ」とため息を吐くと、受付のお姉さんがビクッと反応する。
「福斗くん、また何かあったの? もしかして、買取金額が足りなかった?」
「いえ、そうじゃないです。お金は十分貰っています。ただ、ダンジョンの情報が無いのって大変だなって思って……」
「ああ、71階からの情報は、不確かな物が多いから取り扱えないのよね。ハクロさん達も、ギルドには情報を渡してくれないし、検証したくて依頼を出しても断られちゃうのよね」
「そうなんですか?」
「ええ、情報は命綱だって言って、他に教えるつもりが無いみたい」
「そうですか……」
どうやら、情報は売ってくれなさそうだ。
当てが外れて少しばかり落ち込むが、ダンジョンとは本来そういう物だと考え直す。
師匠の時雨や今のトップ層達は、何の情報もなくダンジョンに挑んでいたのだ。
ここまでは練習で、ここからが本番。
そう奮い立たせて、天音は意識を切り替えた。
「福斗くん福斗くん」
そんな天音に、受付のお姉さんは再び話し掛ける。
「はい」
「相談があるんだけど、福斗くんの弟子のレナちゃんだっけ? あの子、パーティ募集してない?」
「してませんけど、どうしてですか?」
「女の子だけでパーティ組んでる子たちがいるんだけど、前衛が足りなくて困っているみたいなの。レナちゃんアタッカーだったよね? 試しにでも良いから、一度参加させてみない?」
「僕だけでは決められないんで、相談してみます」
そう返すと、「お願いね!」と受付のお姉さんは笑顔で天音を見送ってくれた。
ギルドでシャワーを浴びて、帰宅する。帰り道のコンビニでいつも通りに買い物をして、誰も待っていない家に到着する。
「ただいま」と静かな室内に、天音の声だけが響く。
食事をすませて時計を見ると、17時を表示していた。
忘れないうちに、メッセージでも送っておこうと、ギルドで言われた内容とテスト勉強頑張ってねと送ると、一分後には返信が来た。
『福斗さんお久しぶりです! 勉強がんばってます!』
この一文と、勉強している様子の自撮り写真が送られて来た。
教科書とノートが映るように、斜め上から撮っており、部屋着なのか中々に際どい格好をしていた。
『そっか、頑張ってね。あと風邪ひかないようにね』
と返しておく。
すると即座に、
『はい、ありがとうございます♪』
と返答があり、これ以上メッセージを送るのも迷惑かなと思いやめておく。
「僕も勉強しなくちゃな…………あれ、パーティの件は?」
肝心な内容は放置されてしまったようだ。