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学校が終わり、その足でダンジョンに向かう。
本日は榊原の指導の日で、前日から楽しみというメッセージが届いていた。
「楽しみっていうのは凄いな」
天音が師匠から鍛えられていた頃は、隙あらば逃げ出してやろうと考えていたのに、えらい違いである。
榊原の意気込みは本物で、元々の才能もあるのだろうがメキメキと実力を付けている。
この分なら次の段階に入っても良いかも知れないと、計画の前倒しを考えていた。
いつものごとくギルドで待ち合わせをする。
今日は珍しく天音の方が先に来ており、弟子の姿が見当たらなかった。
たまにはこんな日もあるだろうと待っていると、誰かが近付いて来る気配を感じ取る。
それは女性ではあるが、榊原ではない。
誰だろう?
そう横目で見てみると、スマホのカメラを構えた女性が立っていた。
「ハロハロ〜! 君が福斗くんだよね? 私のこと知ってる〜?」
「知らないです。誰ですか貴女は?」
カラフルな色合いの装備に身を包んだ女性探索者。
どこかで見た気はするが、いまいち思い出せない。
そんな率直な天音の声を聞いて「うぐっ⁉︎」と苦しそうにしている。
本当に誰だろうか?
見た目はふざけているが、決して弱くはない。
探索者の中でも中堅以上の実力は持っていそうだ。
「私はぁ、ミュクだよ! 覚えてないようだけど、先月のユニークモンスターの作戦にも参加してたんだよ。インフルエンサーでフォロワーだって10万人もいるんだよ!」
「そうなんですか? 失礼しました。じゃあ、僕はこれで……」
「うん、またね。って⁉︎ 待ってよ! 今撮影中だから少しは相手にしてよ!」
「やめて下さい、勝手に撮らないで下さい。迷惑です」
「私の動画見てる人たくさんいるよ。出演すればバズってフォロワー増えるよ」
「必要ないです。別に有名にもなりたくないですから」
天音に承認欲求はほとんど無い。
心から認めて欲しい人はすでにこの世にはおらず、それ以外は雑音のような物でしかなかった。
「えー、少しで良いから! ショート動画用でも良いからお願い!」
「他を当たって下さい。僕以外にも、探索者は大勢いるんですから」
「今が旬の君が良いの! お金払うから! 何だったら夜の相手だっ⁉︎」
殺気が放たれ、ミュクは即座にその場を飛び退く。
腐っても50階まで進んだ探索者である。
荒事には慣れており、いつでも対処出来るように二本の短剣をその手に構えた。
「福斗さんから離れろ」
これまでにない冷淡な声で、榊原レナはミュクに忠告する。
目にハイライトが無い状態でカッ開いており、感情が抜け落ちたかのような表情をしている。
はっきり言って怖かった。
「あっ、うん、ごめんね」
その迫力に押されたのか、ミュクも素直に謝罪して武器から手を離す。そして、冷や汗を流しながら後退る。
完全に降参しているようである。
「……榊原さん?」
天音が声を掛けると、榊原の表情はいつものに戻りニッコリと笑みを浮かべる。そして、天音の手を取ると「行きましょう」と明るい声で引っ張って行く。身体強化を使っているのか、力もかなり強く有無を言わせない迫力があった。
その場に取り残されたミュクは、
「探索者のヤンデレ彼女とか、地雷過ぎるでしょ」
汗を拭いながらヤバいものを見た気分になっていた。
◯
「あの人は三上ミクという25歳!のインフルエンサーです。25歳!なのにミュクって名乗って活動していて、主に探索者活動を動画に上げています。25歳!だけど50階まで行ったと話題になって、一気にバズっていました。25歳!なのに……」
「そうなんだ」
「……私、16歳です」
「……知ってるよ」
同級生だからね。
やけに年齢を強調する榊原の話を聞きながらダンジョンに移動する。
今日は20階まで移動して、オークと戦ってもらうつもりだ。
これまでの訓練で、榊原の実力はかなり上達していた。
オーク相手でも一対一ならば間違いなく勝利できる。二体が相手だと厳しいかも知れないが、今回はその二体に挑戦してもらう。
「さあ、準備運動も終わった事だし、やろうか」
「……あの、流石にあの数は無理じゃないですか?」
目の前には二十体はいるオークの群れ。
その中央には群れのボスと思われる大きな個体がおり、明らかに上位種のハイオークである。
「大丈夫だよ。二体ずつそっちに送るから、やれるだけやってみて」
厳しい戦いも数を熟せば大きく成長出来る。
これは、天音自身がやられた訓練法でもある。
無理だと思っていても案外出来るもので、効果は天音自身が証明である。
魔法で風を操り、二体を除いて後退させる。
更に魔法で榊原の方に誘導して、強制的に戦闘を行わせる。
「そっち送るからね」
「え? え? は、はい!」
混乱していた榊原も、オークの姿と戦斧を持ってスイッチが入ったのか、戦闘モードに切り替わった。
榊原の魔力量から考えると、半分倒せたら上出来だろうと思っていた。
それがどうだろう……。
「はあ! たあ!」
オークを一振りで退かせ、油断したもう一体のオークの首に戦斧が深く突き刺さる。
それを飛び上がった勢いで、オークから戦斧を引き抜き、勢いを維持したまま、後退ったオークの脳天に突き立てた。
「お見事」
思わずそう呟いてしまう。
三振りで二体のオークを仕留めてしまった。この分なら、ハイオークを除いた全てのオークを倒せるかも知れない。
次の二体を送り、榊原の訓練を続けた。
「そんなに落ち込むことはない、半分も倒せたんだから上出来だよ」
「でも、まだ半分残ってました……」
今回の訓練では、天音の見立て通り十体のオークを倒した所で、魔力に限界が来てしまった。
「魔力を大量に消費したのが失敗だったね、途中までは良かったんだけど」
そう、最初のペースで魔力を運用していれば、全てのオークを倒せていただろう。
しかし、戦いの中で集中が切れてしまった。
そこでペースが乱れてしまい、立て直そうとして魔力を一気に消耗してしまったのである。
それを自覚しているからか、榊原は落ち込んだ様子で天音に聞いて来る。
「福斗さん……私に足りない物ってなんですか?」
「経験と平常心。あとは十分だよ」
「あの、そうじゃなくて、ですね。女性として、みたいな感じの内容で……」
「? ああ、榊原さんは魅力的だと思うよ。僕が言っても説得力は無いかもしれないけど……」
「そっ⁉︎ そんな事はないです! いえ、そうじゃなくて! えっと、えーあー」
わちゃわちゃし出した榊原は、顔を真っ赤にして「どうしよう、どうしよう」と呟いていた。
なので、天音はアドバイスをする。
「僕よりも、女性に聞いた方が良いんじゃないかな。その方が、はっきりと評価してくれると思うよ」
「そ、そうですよねー」
まるで期待した反応ではないとばかりに、榊原はガッカリしていた。
そんな風に今日の訓練は終了した。
◯
「なんかさ、今日の榊原さんやけに機嫌が良いな」
「そうかな? いつも通りじゃない?」
次の日、教室に到着すると榊原と仲の良い友人の古城真希が会話をしていたのだ。
ぷっちょがその様子をジッと眺めており、いつもとの違いに気付いたのである。
「いーや違うね、絶対に何か良い事があったんだ。そうじゃなきゃ、あんなに笑顔を浮かべない」
「えー……どうして分かるの?」
「女子の仕草は大体把握しているからな、今日の榊原さんはいつもの五倍の笑顔になっている」
「えー……」
ぷっちょの発言にドン引きし過ぎて、言葉にならなかった。
何が彼をそんなに駆り立てるのだろう。
何が彼を女子に執着する男に変えてしまったのだろう。
何が彼を犯罪者予備軍に変えたのだろう。
思春期の男子の業の深さを知り、彼とは距離を置いた方が良いかも知れないと思い始めていた。
「おはよう二人とも」
そんな所に現れたのはぷっちょと対をなす存在、高倉くんである。
対をなすと言っても大層なものではない。ただ、常識人というだけである。それでも、高倉くんのおかげで天音はぷっちょに染まらないでいれた。
ぷっちょは日頃から自信満々に言うので、あれ? これって僕が間違っているのかな? と不安になる事があるのだ。
「よう高倉、あれ見て何か気付かないか?」
「あれって?」
「榊原さんだよ、なんかいつもと違うよな?」
ぷっちょが高倉くんに確認する。
関係のない友達を巻き込んでまで、自分の言う事が正しいのだと証明しようという気持ちは、少しは見習ったは方が良いかも知れない。
高倉くんはぷっちょに言われて榊原を見る。
そして、何かに気付いたのか「ああ!」と驚いていた。
「髪型がいつもと違う」
「……おお」「……ほんとだ」
なんと榊原は、いつもは下ろしている黒髪を後ろで三つ編みにしていたのである。
天音もぷっちょも気付いておらず、変化に気付いた高倉くんに感心してしまう。
これが常識人の力。ぷっちょのような、変態に四分の三浸かったような輩とは訳が違うのだ。
「んで、それがどうかしたのか?」と高倉くんが尋ねて来るが、ぷっちょは悔しさから「なんでもねーよ」とぶっきらぼうに返していた。
君は何を競っているんだ?
そう天音は尋ねたかったが、地雷のような気がして口をつぐんだ。