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「本日の買取金額は125000円になります。この札を外の窓口にお渡し下さい」


「はい、ありがとうございました」


 相変わらずの平坦な声音でギルドの受付に挨拶をする。


 文化祭から一月近くが経つが、やっている事に変わりはない。

 高校に行き、勉強をして、友達と喋って、学校が終わればダンジョンで金を稼いでいる。

 正直なところ、こう頻繁にダンジョンにいく必要はなくなっていた。

 理由は60階以降の階層には、到達している人数が少ないからだ。そのおかげで、この階以上となると素材自体が希少な物になり、買取額が減額される心配がないのだ。

 そのおかげで、毎度これまでよりも桁が一つ多く収入が入るようになっていた。


 今日は何食べようかな?


 帰りにコンビニに寄って、何を買おうかと考える。

 これだけの収入があれば、何も気にせずカゴに入れていける。しかし、それだと味気ないので、毎回厳選した惣菜を購入していた。


「ねえねえ、福斗君。今度ギルドで祝勝会開くんだけど、参加出来ないかな?」


 晩御飯を考えていると、受付のお姉さんに話し掛けられる。


「祝勝会? 何のですか?」


「あれよ、ユニークモンスターを討伐したやつ」


 何故か小声で言ってくる受付のお姉さん。


「あーあれですか、いつですか?」


「再来週の金曜日の18時からなんだけど、来れそう?」


「パスで」


「え⁉︎ な、なんで⁉︎」


「その、テスト期間中でして、勉強しないといけないんです」


 天音は学生だ。

 学生の本分は勉学にある。

 そのテストで点数を取るのは、それだけ勉強をしている証でもある。

 それは成績にも大いに影響し、しいては将来の職業にさえ影響を及ぼす大切なものなのだ。

 だから、ギルドの祝勝会よりも優先順位は上になる。


「て、テストですと……」


「はい、テストです」


「待って福斗くん。あのね、あの日参加した人達、みんな来るんだよ。命を掛けてやり遂げた作戦じゃない。学校のテストも大切かも知れないけど、戦友とお祝いしたくない?」


「まったく」


「も、もう少し考えてみようか! ほら、あれだよ。綺麗な子もたくさん来るしさ、芸能人だって来るかも知れないよ⁉︎」


「興味ないです。それに、関係者じゃない人を参加させてどうするんですか?」


「うっ⁉︎」


 まさか、まだ学生の天音に的確に指摘されるとは思わなかった。

 因みに、綺麗な人というのは自分を含めた受付嬢達である。更に言えば、芸能人なんて来ない。来るのは、作戦に参加したインフルエンサーである。


「福斗くん、ここは大人しく参加してくれないかな?」


「無理です」


「そこをお願い! 主役が来なかったら、やる意味が無くなっちゃうでしょ! 美味しい物が食べられるんだよ! ビンゴゲームの景品だって豪華なんだよ!」


「作戦に参加した人達がいれば問題ないでしょう。ハクロさん達だっているんですから、僕一人いないくらいで何も変わらないと思いますよ」


「変わるのよ! あれに参加してた人達は、福斗くんがどんな事をしたのか知ってるの。少し顔を覗かせるだけで良いから、お・ね・が・い」


 最後は可愛らしくアピールする受付のお姉さんだが、年上のこの仕草はきつい。


 まあでも、日頃からお世話になっている人からのお願いなら、聞かないわけにもいかない。


「少しで良いなら……」


「本当⁉︎ ありがとう福斗くん!」


 涙を流しそうなほど喜んでいる人を見て、そこまでの事なのだろうかと疑問に浮かぶ。更に言えば、さっきからずっと疑問に思っている事もあった。


「ところで、どうして僕を名前で呼び出したんですか?」


 そう、この前までは苗字の天音呼びだったのに、何故か下の名前で呼ばれるようになっていたのである。

 それに対して受付のお姉さんは、ああこれねと面白そうに教えてくれた。


「ハクロさんが、福斗くんって呼ぼうってみんなに声を掛けていたのよ」


「え? な、何でですか?」


「そっちの方が面白いからですって」


「…………」


 何が面白いんだ?

 そんな疑問を胸に、天音は帰宅した。


 帰り道はすっかり冬模様になっており、クリスマスに向けたイルミネーションに彩られていた。

 暑かった空気もひんやりとしており、そろそろ羽織る物が欲しくなる。


 前に買ったコートは入るかな?


 去年、購入したコートがあるのだが、サイズが合うかどうか分からなかった。

 この一年で天音の身長も伸びており、もうすぐ170cm半ばに差し掛かろうとしていた。

 もしも入らなかったら、また買わないとなぁなんて考えながら、いつものコンビニに立ち寄る。


 カゴを持って惣菜とお菓子を入れていき、本棚に置いてあるファッション雑誌も手に取る。

 表紙にはモデルのカッコいい男性がカメラ目線で立っており、こういうのが良いんだなと感想を持った。


 残念ながら、天音にはファッションに対するこだわりは無い。着られたらそれで良いし、他人に不快に思われない程度の格好を維持出来たら何でも良いと思っていた。

 だからこんな雑誌を手にする必要はないのだが、年頃の男子らしくオシャレをしてみるかと、祝勝会に向けて購入してしまったのだ。


「ただいま」


 玄関を開けて家に入ると、返事の返って来ない挨拶をする。

 部屋に電気を点けて部屋着に着替えると、夕飯の支度を始める。エプロンは着けない。何故なら、炊飯器と電子レンジしか使わないから。


 電子レンジで惣菜を温めている間にご飯をよそってテーブルに置く。ついでにテレビを付けて、何かやってないかとチャンネルを切り替えていく。

 そんな中で、一つのニュース番組で手が止まった。


『先程発表された内容によりますと、先月の未明に四体のユニークモンスターが現れていたらしく、×月×日に全てのユニークモンスターの討伐が成功したという事です。これまでにダンジョンから現れたモンスターにより、十カ国もの国と多くの人が犠牲になっており……』


「今頃か……」


 報道されている内容は、先月に発生したユニークモンスターに関するものだった。

 ネットでは既に噂にはなっていたが、ギルドからの発表があったのが今日だったようである。


 発表が遅い気もするが、ギルド側にもいろいろと調整する必要があったのだろう。

 天音はまだ16歳の子供なので、そこら辺の事は分からない。大人以上に稼いでいたとしても、社会経験の無い学生だから仕方ないのだ。


 テレビを消してスマホで動画を再生する。

 ついでに電子レンジから温め終わったと知らせが届くので、ガチャっと取り出してテーブルに並べる。


「いただきます」


 動画を見ながら食事を進める。

 特に美味しいとかはなく、いつものコンビニの惣菜だ。たまには別の所に寄ろうかな、なんて考えているとスマホにメッセージが届く。


「榊原さんからか……」


 食事を終えて、食器を片付けてからメッセージを開いてみる。


『福斗さん!!!! ユニークモンスターが現れたって本当ですか⁉︎⁉︎⁉︎⁉︎ しかも、いつも行っている所も入っているじゃないですか‼︎‼︎‼︎ もしかして、福斗さんもユニークモンスターの討伐に参加してたんですか⁇』


 相変わらず圧の強い文面に、どう返答しようか迷う。


 とりあえず『そうだよ、参加してた』と送っておく。

 隠そうにも、ギルドに立ち寄れば話は耳に入るだろうから正直に言った方が良いだろう。


『凄いです!!!! 流石は私の師匠です!!!!』


 君の師匠とかは関係ない。

 そうツッコミたかったが『ありがとう』と返信する。

 更に『僕だけじゃなくて、他にも多くの人達が参加したからね』と付け加えて、天音一人ではなかったと念押ししておく。


『そうなんですか? それでも凄いです!!!!』


 凄いかは別として、とりあえず分かってくれたなら良かった。

 スマホを閉じて、浴室に向かう。

 浴室とは言っても、風呂に湯船を張っている訳ではなくシャワーだけで済ませている。

 テキパキと体を洗い、頭を洗って歯を磨く。

 全部が終わると、眠くなるまで教科書とノートを見直して復習をする。


 先月までは、『マジカルプリンセス♡キングダム』のDVDを見て戦技を学んでいたが、それも師匠の時雨に送っており、もう手元には無い。


 本来なら、先月に会って直接手渡しするつもりだったのだが、『用事が出来たから今回は無しだ。DVDはこの住所に送れ』とメッセージが届き、大人しく従って送付している。


 それ以降、師匠からの連絡はなく、どこで何をしているのか分からなかった。


 もう直ぐで日付が変わろうとする時間で、強烈な眠気が襲って来る。

 スマホに目覚ましをセットして、ベッドに潜り込んで近くに置いてある家族写真を見る。


「おやすみなさい」


 今は居なくなった家族に告げて、天音は眠りに着いた。





 天音の一日は、軽い筋トレとランニングをしてから朝が始まる。

 それからシャワーで汗を流し、食事を取ってから学校に出発する。

 近所に一緒に登校する人はおらず、ひとりで黙々と歩いて最寄りの駅に向かう。


 朝の街の喧騒はそれほどでもなく、ニュースで流れているほどの都会の混み具合は見せていない。立ちっぱなしではあるが、十数分も揺られたら到着なので苦にはならない。

 電車の中から見える景色は、朝日に照らされた街。オレンジとも言えない明るい色に彩られて、開放感のある空の青と鼓動を感じる多種多様な色の街は対照的に見えて綺麗だった。


 この景色が消えそうになっていた。


 先月のユニークモンスターは、この街を一瞬で破壊する力を持ったクラゲのような化け物だった。


「よく勝てたな……」


 ポツリと呟くと、隣のおじさんが天音の顔をチラリと見る。あっすいませんと一言告げると、おじさんはスマホに視線を戻していた。

 チラリと見えたスマホの画面には、ダンジョン関連のニュースが表示されており、各地に現れたユニークモンスターの情報をタップしていた。


 周囲を見ると、みんなスマホを操作しており、もしかしたらおじさんのようにユニークモンスター関連の情報を見ているかも知れなかった。


 ダンジョンの近くに住んでいる以上、そういう危険があるのは承知しているだろう。だが、それを実感している者はほとんど居ないだろう。


 ギルドがあるから大丈夫。

 探索者がいるから大丈夫。


 そう安易に考えているに違いない。


 モンスターが溢れて、国が無くなっている事例が幾つもあるというのに……。


 改めてギリギリの平穏を保っているんだなぁなんて、柄にもなく考えながら電車を降りて学校に向かう。

 同じ学生服を着た人達が同じ方向に歩いていき、その波に天音も混ざってしまう。


 流れに流れて、高校に到着する。

 グラウンドからは野球部が朝練をしている様子が見え、激しい走り込みをしていた。


 それを横目に見ながら教室に入ると、すでに席の半数は埋まっており仲の良い人同士で話をしていた。


「おはよう」


「おう天音、朝から暗いな」


「おはよう天音、ぷっちょは普通に挨拶しろよ」


「いいんだよ、これが俺なりの普通の挨拶だからな」


「その普通は、普通に嫌だな」


 天音が挨拶をすると、ぷっちょから揶揄いの言葉が届いて、高倉くんからは普通の挨拶が返って来た。

 若干、ぷっちょの普通には関わりたくないなと思いながら、席につく。するとぷっちょが席を寄せて来て、興味津々といった様子で話しかけて来る。


「なあなあ、朝のニュース見たか?」


「見てないけど、何かあったの?」


「ユニークモンスターが現れたんだってよ、しかも四体も。こえーよなー、時期的に先月の文化祭くらいだぜ」


 それを言うなら昨日のニュースや。

 そんなツッコミはせずに、そうだねーと返しておく。


「しかも、これ見てみろよ。あの人が映ってるんだぜ」


 スマホを持ったぷっちょが、動画を再生させて天音に見せて来る。

 そこに映っていたのは子猫の動画。

 三匹目の子猫がミィミィ戯れており、とても癒される動画だった。


「可愛いね」


「ちげーよ! これじゃねーよ! えーと、あれ? 動画消えてる?」


 何やら検索をしているようだが、目的の物が見つからなかったのか「なんでだぁ?」と頭をかいていた。


「何を見せたかったの?」


「んー? あれだよ、榊原さんの彼氏が戦ってる映像があったんだよ」


「……」


「あっ、ごめん天音。お前も狙ってたんだよな」


 無言で聞いていると、苦笑を浮かべたぷっちょが同情して来る。

 結構、イラっとした。


「ぷっちょ止めろって、性格悪いぞ。そもそも付き合ってないって本人言ってるんだしさ、決めつけるのは良くないぞ」


 黙った天音を見て高倉くんがフォローしてくれるが、別に榊原が付き合っているという話がショックで黙っている訳ではない。

 その彼氏という人物に問題があったのである。


 榊原にイケメンの彼氏がいる。

 それも歳上で、文化祭に連れて来ていた。


 なんて噂が写真付きで出回ったのだ。


 最初聞いたときは、あれだけ美人なんだから彼氏もいるよね、なんて考えていたのだが、出回って来た写真を見て固まった。


 メイド服姿の榊原に微笑んでいる男性。

 黒のインナーに白いシャツ、グレーのパンツに髪をワックスで固めており、どこかで見た記憶があった。

 この服に似た物も天音の家に置いていたりして、文化祭の当日に着ていたような気もする。


 いや認めよう、これは間違いなく天音だった。


 目頭を押さえて考えてみる。

 その動作が悲しんでいるように見えたらしく、ぷっちょから「そうだよな、辛いよな」とニヤニヤしながら言われたのだ。


 殴りたい顔だったが、それはいい。

 良くはないが、もっとショックな事がある。


 それは、誰も天音だと気付いてないという事実だ。

 別の学年やクラスなら仕方ないかも知れないが、同じクラスの、しかも仲の良いぷっちょや高倉くんに気付いてもらえていないのが、何気に一番のショックだった。

 変装しているつもりはない。

 ダンジョンに潜るスタイルで、私服を着ているだけなのだ。

 それなのに気付いてもらえない。


 これ僕だよ。

 そう言うのは簡単だが、そうなるといろいろとややこしくなる。

 榊原の彼氏として名前が上がっているのも理由にはあるが、もう一つ面倒になる懸念材料があった。


「なあ、榊原さん頼むよぉ。あの人、俺達にも紹介してくれよ」


 廊下を歩く榊原に付き纏っているのは、このクラスの上位カーストの男子、磯部である。


「無理。福斗さん、私以外の弟子は取らないって言ってたから」


「別に弟子になりたいとかじゃなくて、お礼を言いたいんだ。ほら、あの時助けてくれたじゃん」


 そう言うのは、同じくカースト上位である茂木である。兄がプロの探索者というのもあり、磯部と共にプロの探索者を目指しているらしい。


 磯部と茂木。

 この二人が天音が名乗り出れない最大の壁になっていた。


「お礼はいらないって言ってたから気にしなくて良いわよ。彼、誰かに構われるのが苦手みたいだから、そっとしてあげるのが一番よ」


 誰もそんなこと言ってない。


「そこを頼むよ。兄さんが言ってたんだよ、あの探索者は『舞姫』の弟子で次代の探索者になるだろうって」


 そんな話、初めて聞いた。


「別に弟子にして欲しいとかじゃなくて、少しで良いから指導してくれたらなって……あっ」


 これが原因だ。

 もしも、一度でも指導してしまえば、そのあとも要求されるに違いない。

 更に正体がバレたら、同級生のよしみだとか言って、無理矢理ダンジョンに着いて来るに違いない。


 それは絶対に阻止しなければいけなかった。


 ただでさえ、榊原を弟子にして時間を取られているのだ。これ以上はごめんである。


 おかげで、隠してもいない正体を誰にも話せなくなってしまったのである。


「どうした天音? 腹でも痛いのか?」


「どっちかと言うと胃の方かな」


「大丈夫か? 保健室行く?」


「どうせ食い過ぎだろ。俺みたいな体格じゃないのに、ドカ食いするからだぜ」


「大丈夫大丈夫、気持ちを落ち着ければ問題ないから」


 フクヨカなぷっちょを無視して、優しい高倉くんに感謝の念を送る天音だった。

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― 新着の感想 ―
友人二人にすら気づかれないの可哀そう。
 いつも楽しみに読ませていただいております。  ギルドでも福斗呼び……これでますます別人に……当分は学校で身ばれしなさそうですね。
あれ?天音君核の中にいなかった?核の力を吸収しちゃったのかな?
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