幕外
探索者ギルド本部。
ここは各所にあるギルドのトップであり、探索者の中でも上位の実力を持つ者を集めた場所である。
特に有名なのが、探索者の中で最も強いと名高い五名だ。全ての探索者に崇拝されていると言っても過言ではなく、一騎当千の力を持っていた。
その五名のうちの一人、神坂時雨はブチギレていた。
布が動き、邪魔な警備員に巻きつくと放り投げて、排除する。
言っておくが、警備員に弱者はいない。探索者として活動しており、60階まで到達した猛者である。それをまるで子供のように扱い、怪我をさせず退かしてみせた。圧倒的な実力差がなければなし得ない芸当である。
「お待ち下さい『舞姫』殿! それ以上はギルドへの敵対行為となります!」
「やかましい! 光海のババアはどこにいる。私が用事があるのはあいつだけだ!」
光海は『神々の船団』のリーダーであり、各地に傘下のパーティを配置している国内最大の探索者パーティのトップである。
ギルド内でも絶大な権力を持っており、たとえギルド幹部でも光海の発言は無視できないものだった。
時雨が探索者のトップクラスなら、光海は全探索者パーティのトップである。
「ただいま、先日発生したユニークモンスターの件で話し合っております。お待ち下さい⁉︎ そこには巫女様もおられるんです!」
「だからなんだ。丁度いいじゃないか、今回の対応を直接問いただせる」
制止する警備を無視してギルド本部を進んでいく。
目指す会議室のある場所まで、何人もの警備員が立ち塞がるが、その全てを無力化していく。
中には頭ひとつ抜き出た実力者もいたが、その場合は無傷での無力化を諦めて顎を砕いていた。
そして会議室に到着すると、扉の前には真壁タツミが立っていた。
「まったく、貴様は落ち着かんのか。いつも暴力で解決しようとしおって」
「そこを退けジジイ、全盛期を過ぎたあんたに私は止められないぞ」
真壁タツミは六十歳を越した探索者だ。
時雨の言う通り全盛期は過ぎているが、その実力は未だに探索者トップクラスである。
そして、この二人が衝突すれば、このギルド本部の建物は崩壊する。
「もう貴様も若くないというのに、他人を老人呼ばわりするんじゃない。そろそろシワを隠せなくなって来ているだろう、厚化粧は程々にしろよ」
「お、おお⁉︎ あ、あんたは今! 言っちゃいけない言葉を吐いた。光海の前に、あんたを殺してやろうか⁉︎」
時雨の肌は常にピチピチである。だが、いい歳であるのも事実だ。
ダンジョンから特殊な素材を採取して作った美容液を使用して、常に若々しい肌を保っているが、どうしても肌の変化には敏感になってしまう。
いつまでも若々しくいたいのに、ケアを怠ると直ぐに乱れてしまう。だから毎日時間を掛けているというのに、それを否定するような言葉を吐いた真壁は、全女性の敵になったのだ。
二人の魔力が高まり、建物が軋む。
さあ殺そう。
殺意マシマシで動き出そうとした時、会議室の扉が開いた。
「やめろ‼︎ ここがどこか分かっているのか! 真壁も何やっている。止める奴が挑発してどうする!」
会議室から出て来たのは、白髪の女性だった。
年齢は真壁と変わらないはずだが、背筋が伸びており活力に満ちていた。
「光海ぃ」
時雨から光海と呼ばれた女性は、真壁の頭を叩き時雨を見る。
「あんたが聞きたい事は分かっている。中に入れ、説明してやる」
誘導されて中に入ると、時雨のよく知る面々が座っていた。
ギルドの幹部から有力パーティのリーダー、そして巫女と呼ばれる女性である。
そして、ここにいる総勢二十名が乱入してきた時雨に注目する。
会議室のスクリーンには、今回現れたユニークモンスターが映し出されており、その顛末が記されていた。
その画面を見て歯軋りする時雨。
「あんたが聞きたいのは、どうして討伐部隊を向かわせなかったという事だろう?」
「……ユニークモンスターの討伐には、本部から迅速に人員を派遣するとあったはずだ。どうしてあそこにだけ派遣しなかった? どうして私に知らせなかった? あそこにはなぁ、私の身内がいるんだぞ! それはあんたも知っているだろう!」
時雨がユニークモンスターの出現を聞いたのは、その全てが終わってからだった。
海外にいたとはいえ、連絡を受ければ直ぐに帰国出来る状況だった。それなのに、時雨には何も知らされず、挙句の果てに天音のいる地域にだけ人員を派遣されなかった。
人手が足りないなら、時雨に連絡して向かわせれば良かったのに、それをしなかった。
それは、その土地を見殺しにするのと同義だった。
返答次第ではただではおかない。
拳に力が入り、側にいる真壁にもそれが伝わる。
しかし、それを制止するように他の所から声が上がった。
「お待ち下さい、時雨様。全て私が指示した事にございます」
そう言って立ち上がったのは着物姿の少女。
ここにいる者の中でも最年少であり、光海の次に重要視されている人物でもある。
「……サクラ、巫女のお前が指示したというのはどういうつもりだ? ユニークモンスターを相手に、未来は見通せないはずだ」
「はい、私が見たのはユニークモンスターとの戦いではなく、その先の未来を見ました」
「それとこれがどう繋がる? 私は討伐部隊を送らなかった理由を聞いているんだ」
「……私はこの国が滅んだ未来を見ました」
衝撃的な話だが、時雨に動揺はない。
ダンジョンから現れたユニークモンスターを倒せずに滅んだ国は幾つかある。それがこの国で起こるのだと考えれば、それも一つの流れだからだ。
これまで多くの死を見届けてきた時雨からすれば、それも仕方ないと思える物だった。
「ただ、その未来は不確定であり、回避する手段がありました。幾つもの可能性を考え、想定される中で最も可能性が高い手段が判明しました」
「それが、討伐部隊を送らなかった理由か……」
「はい、こちらの映像をご覧ください。ユニークモンスターが討伐されたときの映像になります」
巫女がスタッフらしき男性に目配せすると、スクリーンに時雨のよく知る少年が映し出された。
そこに流れる映像は、時雨に衝撃を与えた。それこそ、この国が滅ぶという情報よりもだ。
この数ヶ月で明らかに動きが違っており、洗練されていた。それに、時雨が得意とするリセット魔法を使っており、更に……。
「……獄炎まで」
黒い炎がユニークモンスターを焼いてダメージを与えていた。
そこから更に加速した少年は姿を消し、ユニークモンスターが大爆発を起こすと映像が途切れた。
「この方、天音福斗さんこそ我らの希望です」
「……おい」
「時雨様の親族であるのは、ユニークモンスター討伐後に分かりました」
「おい! そんな事聞いてないんだよ! この後だ! この後はどうなった⁉︎ 福斗はどうやって生き延びたんだ⁉︎」
ここに来る前に、甥で弟子の天音とは連絡していた。その時はいつも通りだった。
それが、もしも、もしも、もしも、もしも……
もしも、ユニークモンスターの核に囚われていたのなら……。
時雨は最悪を想像して目の前が真っ暗になった。