幕引き
たまに昔の夢を見る。
父と母がお茶をしていて、その近くで弟が遊んでいる。
僕はソファに座ってゲームをしていて、横目で三人の無事な姿を見て安心していた。
どうして?
どうして安心するんだろう?
いつもの家族団欒の姿なのに、とても安心してしまう。
その安心の中に、まるでずっと離れていたかのような懐かしさもある。
不思議だなあと呑気に思いながら、ゲームを進めていく。
このゲームはキャラクターを育成して、戦わせていくというものだった。
どれだけ訓練して、どれだけ交流を深めて、死地に送り込むというどうしようもないゲーム。
これなら、僕がやった方が早いのに。
そういう思いが溢れて、その思いに対して、何を? と疑問が溢れて来る。
頭が混乱し出して頭をかいていると、視線を感じてしまった。
それは父と母と弟からのもので、何してるの? というものだった。
「何でもないよ」
そう言って再びゲームに視線を戻すと、キャラクターが変更されていた。
先程まで男のキャラクターだったのに、高校生くらいの女性のキャラクターに変わっていたのだ。
そのキャラクターは戦斧を持っていて、ゲームらしく美人な姿をしていた。
ただ、その姿には見覚えがあった。
「……榊原さん?」
自然とその名前が出て来ると、これまでの記憶が蘇る。
そして家族を見ると、微笑んで何かを言っていた。
『いってらっしゃい』
◯
「ーはっ‼︎」
目を覚ますと、知らない天井が見えた。
「ここは……いっつ⁉︎」
何処なのか調べようと体を動かすと、激しい痛みが体を襲った。
再びベッドの上に横になり、自身に回復魔法を使用する。更に自身の肉体に意識を集中して、回復力を高めさせる。
しばらく集中していると、身体を動かせるまでには回復する。痛みはまだ残っているが、これくらいなら日常茶飯事だ。
今度こそベッドから起き上がり、仕切られたカーテンを開けると、まるで病院の一室のようにベッドが並んでいた。
しかし、ここには天音しかおらず、着ている物も病院服だと気付く。
「どこだろう? それに、どうして無事なんだ?」
最後の記憶は空クラゲに鉈で攻撃を加えた所までだ。
それから先、どうなったのか分からない。
更に言えば、今が何日の何時なのかも不明である。
「……文化祭、終わってるだろうな」
参加したかった。
写真係でも良いから参加したかった。
空いた時間に友人と他のクラスを回るのは、きっと楽しいはずだ。
大切な普通の思い出作りをしたかった。
残念な思いを抱えつつ、病室の扉を開いた。
「あっハクロさん」
扉を開いた先では、ベンチにハクロと行動を共にした西片と鏡山、花見が座っていた。
四人とも天音の姿を見て驚いており、口をあんぐりと開けていた。
「どうしたんですか? 口に虫が入ってしまいますよ」
飛んでる虫を、ピッと捕まえて別の方向に逃してやる。いつもなら潰しているが、今はそんな気分ではなかった。
「お、おおおーー!?!? あ、天音、お前動けるのか?」
「? 見ての通りですけど」
言ってる意味が分からなくて頭を捻る。
体に痛みはあるが、動けないほどではない。
もう一回、回復魔法を使えば全快しそうだが、その一回で魔力が枯渇しそうな量しかもう残っていなかった。
「あの、僕ってどうなってたんですか?」
ハクロの言動は、まるで天音が動いているのがおかしいかのようなものだった。
もしかしたら、かなり悪い状態だったのではないかと察してしまった。
「医師からは、お前はもう目覚めないだろうって診断を受けていた」
「…………それは驚きますね」
それから、空クラゲのその後を聞いた。
空クラゲは大爆発を起こしたあと、本体が黒い炎に飲み込まれて炭化したそうだ。
その様子を見ていたハクロ達は、急いで天音の姿を探したが発見できず、空クラゲと共に死んだのだろうと諦めかけていた。
そんな時、炭化した空クラゲの中から透明な球体が現れた。
その球体の中には、天音が丸まって入っており、まるで蛹のようだったという。
「天音はどこまで覚えているんだ?」
「核を裂いた所までは、そのあとはまったく……」
「そうか、何にせよ無事で良かった。出鱈目言った医者には文句言わないとな」
「やめて下さい。それよりも、他の人達は?」
「全員無事だ。と言っても応援に来た奴らを除いてだがな。最初の爆発で、五人が亡くなっている。それ以外は無事だった」
「五人? 六人だったはずじゃ……」
「一人生き残っていた。爆発する前に、隠れていた穴に飛び込んだようだ」
何とも運が良い。
いや、その運を引き寄せるだけの行動をした結果なのだろう。
「ハクロ、今は医者を呼んでこよう。天音が目を覚ましたんだ。まずは診てもらわないと」
西片がハクロに進言すると、そうだなと頷く。
近くを通った看護師に天音が目を覚ましたと告げると、急いで医師を連れて戻って来た。
「信じられない、全身の骨が折れて脊髄も損傷していたというのに、どうして動いているんだ?」
年若い医師が立っている天音を見て驚いていた。
それから検査を行ったのだが、何も異常が見当たらず健康そのものだった。
「君は何かしたのか? ここに運び込まれたとき、君の脳は激しく出血していた。今はその痕跡が無い。回復魔法を使ったとしても、ここまでの治療は不可能なはずなんだ」
目が血走った医師が天音に詰め寄るが、天音自身知らないので、
「すいません、分からないです」
としか答えようがなかった。
それから、再び病室に戻るのだが、いつでも退院しても良いとお墨付きをもらってしまった。
病院としてそれで良いのかと尋ねると、ここは探索者専用施設なので、無事なら早く出て行ってもらった方が助かると返答を頂いた。
とはいえ、天音は着る物が無い。
家から探索用の服を着ており、私服を持ってきていなかった。
その旨をハクロに伝えると、サイズを聞かれて服を買って来てくれた。服のチョイスは花見が行ったようで、完全に趣味が入っていた。
黒のインナーに白いシャツ、グレーのパンツに白のシューズ。そして仕上げにワックスで髪を固められてしまった。
「よし! 私好みでカッコいい!」
「天音で遊ぶな」
花見が喜び、鏡山がツッコむ。
どう反応して良いのか分からなかった天音は、ありがとうございますと、とりあえずお礼を言っておいた。
それからギルドに移動して、荷物を取る。
今回のユニークモンスター討伐の報酬は、後日検討して支払うというので、連絡が来るまで待つしかない。
はあ、と息を吐いてスマホを見る。
誰かからメッセージ入っているかなと思い画面を見たのだが、そこには思いもしなかった文字が表示されていた。
土曜日 13:37
「……文化祭、まだやってるよね」
ハクロ達に別れを告げると、天音は駅に向かって走る。
参加出来ないと思っていた文化祭が、まだやっているのだ。
最寄りの駅に着くと。運良く電車が到着する所だった。電車に乗るとはやる気持ちを抑えて、一旦スマホのメッセージを確認していく。
そこには、ぷっちょや高倉くんから心配するメッセージが届いており、何だか悪いことしたなと申し訳ない気持ちになる。
心配かけてごめんというのと、間に合ったらこれから参加するとだけメッセージを送る。
クラスメイトには迷惑を掛けてしまった。
一度、みんなに謝っておいた方が良いかも知れない。
高校のある駅に到着して、そのまま走っていく。
そしてようやく校門の前まで来て、足を止めて気付いた。
自分が私服であることに。
「これって入れないよね? どうしよう、校門の前に先生いるし事情を説明しても入れてくれないよね」
せめて生徒手帳でも持っていればと思い、鞄の中を漁ると、以前に榊原から貰った入場チケットが出て来た。
ありがとう榊原さん。
心の中でお礼を言って、学校に入る。
時刻は14時を回っており、文化祭を楽しんだ人達が帰ろうとしていた。
すれ違う人達から視線を感じるが、気のせいだろう……なんて事はなく、間違いなく見られていた。
どうしてだろうか、ギルドでは注目される経験はそれほどなかった。もしかして、探索者特有の乱暴な雰囲気が出ているのかも知れない。
まあ、それは良い。
今はクラスに向かおう。
一年の教室のある四階に上がると、廊下には多くの人がおり、生徒やその親族が談笑していた。
その間を通り抜けると、自分のクラスが見えて来る。
入り口の前には高倉くんが受付をしており、教室の中では天音の代わりにぷっちょが撮影係をしていた。
良かった、間に合った。
そう思い声を掛けようとすると、まったく別の所から声が届いた。
「たか「福斗さん!」くん……」
遮られた声はどこかへ行き、代わりに熱い視線を感じ取る。
「……榊原さん」
振り返ると、メイド服を着た榊原が立っていた。
その顔は感極まったという様子で、口に手を当て喜んでいるように見える。
「福斗さん、来てくれたんですね」
「へ?」
そりゃ自分のクラスだからね。
そう言えたら良かったのだろうが、いきなり榊原が近付いて来て天音が着ているシャツの袖を掴んだので、言葉に詰まってしまった。
もう離さないと言わんばかりにギュッと握られると、「こっちです」と誘導されて、隣のクラスに連れて行かれた。
そして座席に案内されると、メニュー表を渡された。
ドリンクは全て五百円、軽食は千円からと強気の値段設定だ。
これで客が来るのかと疑問に思うが、満席状態なので人気はあるのだろう。
「福斗さん、私、来てくれないんじゃないかと思っていました」
「う、うん、ごめんね。時間がなかったから来られるか分からなかったんだ」
嘘ではない。
先程まで病院にいたのだ。
寧ろ、どうしてここにいるのか説明してほしいくらいだ。
「あの、その、私の格好おかしくないですか?」
顔を赤らめながら、天音の前で一回転する榊原。
「似合ってると思うよ。うん、可愛いよ。みんなも注目するくらい可愛いよ」
嘘ではない。
可愛らしいし似合っている。
そして、みんなからも注目されており、何故か天音にも注目が集まっていた。しかし、その視線の意味は榊原に向けられる物とは違い、ドス黒い嫉妬の視線だった。
「そうですかぁ、福斗さんに言ってもらえると嬉しいです」
「本当のことだから。えっと、喉乾いたから注文してもいい?」
会話が思い浮かばず、とりあえず注文する。
頼むのはcoldのウーロン茶だ。
思えば目が覚めてから何も口にしてないので、喉が乾いていた。空腹は我慢出来ても、喉は潤しておきたい。
「あっ、ご注文をどうぞ」
急にしゃがんで天音の隣に来る榊原。
視線は天音より下に来ており、あざとく見上げるように見つめて来る。
これは何だろう? と疑問に思うが、メイド喫茶と言っていたからそういう物なのだろうかと納得する。
「冷たいウーロン茶をお願い」
「かしこまりました。少々お待ちください」
語尾に♡が付きそうな声音で言われて、日頃のギャップに、ギャップに……そんなに変わらないかも知れないと気付いてしまった。
何だいつも通りじゃないか。
そう思いながら、立ち上がって飲み物を取りに行く榊原を見送る。
だが、その途中で振り返った榊原は、何かを思い出したかのような顔をしていた。
「あっ、そうだった」
そう言って微笑んだ榊原は、天音を見てお出迎えをする。
「おかえりなさい、福斗さん」
どうしてだろうかと天音は考える。
こうも胸に来るのはどうしてだろうと考えて、榊原に返答する。
「……ただいま」
ここで言うのはおかしな言葉だと分かっていても、どうしても止められなかった。
理由は分からない。
ただ、そう言わないとと思っただけなのだ。
それだけ、ただそれだけの話だった。
知らず知らずのうちに満たされた気持ちになった天音は、自然と微笑みを浮かべていた。