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「どもどもー、さてさてー、ミュクが何をしているのかというと、なんと、ユニークモンスター討伐現場に来ております〜⁉︎⁉︎ と言ってもまだギルドの中なんですけどねー。でもでも、ミュクも討伐する人達の中に選ばれてぇ、今から倒しに行って来ます⁉︎ でもでも、ユニークモンスターってすっごく強いんだよね、ミュク勝てるかなぁ? でもでも、心配しないでねぇ……」
「何ですあれ?」
「気にすんな。応援に来てる奴の中に、インフルエンサーがいたらしい。見てたら映されるぞ、こういうのは無視が一番だ」
ギルドにユニークモンスター足止め作戦参加者が続々と集まって来る。
天音以外の探索者は、プロの探索者として登録しているので、ギルド側の要請を断れば、今後探索者活動が出来なくなる。なので彼らは、強制参加となっている。
ギルドの一角ではしゃいで撮影している女がいるが、同郷だろう探索者以外は完全に無視していた。
何だか緊張感にはかけるが、ある意味、良いリラックス効果を出しているのかも知れない。
「チッ、うるせーな」
「遊びじゃねーんだぞ」
「あいつ生贄に出来ないかな」
どうやら違ったようである。
怒りを買っており、集中力を欠く結果になったようだ。
総勢百十三人の探索者がギルドに集う。
これから約二時間後に、ユニークモンスターがダンジョン20階に到達する見込みとなっている。
皆が最後に装備や道具のチェックを行い、少しずつ気持ちを集中していく。
昨日、急遽集められて、無茶な任務を言い渡されており文句の一つでも言いたいだろうが、放っておけばこの土地が破壊されると分かっており、誰も意見する者はいなかった。
「皆、昨日に引き続き、集まってもらって感謝する。我らギルドは君達の働きに報いるため、十分な報奨金を支払う準備は出来ている。……なんて事を言っても、君達には通じないのは分かっている。だから私から一言だけ言わせてくれ、全員無事に戻って来てほしい! 以上だ」
ギルドマスターの短い挨拶だった。
この後に及んで、長々と話をされても不満しか上がって来ないので、この短い挨拶をした判断は正しかった。
支給される薬品類と各々注文していた物を受け取ると、ダンジョン20階に飛んだ。
応援に来ていた者達も、昨日のうちに一度20階まで行っており問題なく移動して来ていた。
20階に到着すると、ユニークモンスターが現れるまで待つ。聞いた話によると、あと三十分もすれば姿を現すはずだ。
天音は座って集中しておこうとすると、今回行動を共にするハクロに呼ばれる。
「紹介しておこう、今回遊撃班として一緒に行動するメンバーだ」
そこに並んだのは軽装の男と背が高く細身だが大きな盾を持った男、そして軽装だが杖を持った女の三名だった。
これにハクロと天音を合わせた五名で行動する。
「この生意気そうなのが西片、ノッポが鏡山、こっちの可愛いのが花見だ。役割は、まあ見ての通りだ。全員が足に自信がある奴らだが、お前ほどじゃない」
「天音です。よろしくお願いします」
「急で悪いんだが、天音、お前は帰れ」
言葉の意味が理解できず少し考えて、いきなり何言い出すんだろうこの人と頭を捻って拒絶する。
「嫌です」
「まあ、そう言うよな。ギルドには天音も参加したと証言しておく、それでもダメか?」
「はい、嫌です。……僕を参加させない理由は何ですか?」
もしかして、手柄が欲しいという理由だろうかと考えたが、ハクロという人物はそんな小物ではない。
仲間の為に、最善を選択しようとする人物だ。それなら天音を参加させない理由がない。
「お前はまだ子供だ。こんな無謀な作戦に参加する必要はない。命を張るのはな、大人の仕事なんだよ。子供は学校行って勉強して、友達と遊んでれば良いんだ。分かったら帰るんだ」
天音を真っ直ぐに見つめるハクロの目は、真剣そのものだった。その中には天音を心配する思いが込められており、それは他のメンバーも同じようだった。
だから天音は、
「嫌です」
断固拒絶した。
「ハクロさんが無謀な作戦だと思っているのなら、僕は絶対に参加します」
「無謀ってのは、お前を帰らせる為に言っただけだ。別に俺達も死ぬつもりはない」
「それでも、無茶な作戦だとは思っていますよね? 少なくない人が死ぬと考えての言葉ですよね? だったら僕を使って下さい。僕がやれば、多くの命を失わずにすむかも知れないんです」
今度は天音がハクロを真っ直ぐに見つめて言う。
これは意地からの言葉ではない、確かな自信を持っての言葉だった。
天音の意思が届いたのか、ハクロは目を閉じて考える。そして仲間達の方を向いて頷き、再び天音を見た。
「分かった天音、改めてよろしく頼む」
「はい」
固い握手をかわし、天音は受け入れられた。
「お前って、やっぱスカした奴だよな」
「…………」
◯
それからユニークモンスターが現れるまで、雑談をしながら過ごした。
会話の内容のほとんどが天音の話で、学校での話や一緒にいる榊原の話、師匠からどういう訓練を受けたのかというものだった。
他はクラゲのユニークモンスターじゃ呼び難いという意見から、空クラゲと命名されたくらいだ。
「え? じゃあその榊原ちゃんって、天音の正体知らないの?」
「別に隠していませんが、そうなりますね。下の名前の福斗で呼ばれてますし、学校でも僕に気付いた様子はありませんでした」
「なんだよそれ、面白いな!」
「面白くはありませんよ。明日、高校で文化祭があるんですけど、メイド喫茶に誘われて入場のチケット貰ったんです。同じ高校なのに……」
思い出すと、何だか残念な気持ちになる。
そんな時だ。
空が茜色に染まり出し、ダンジョンの空気が一変する。
このタイミングかよと悪態をつきたくなる気持ちを抑えて、天音は立ち上がる。
残念な思いはここに置いて、思考を戦闘モードに切り替える。
「明日の文化祭までには帰りたいな」
それまでに討伐部隊が来てくれますようにと願いながら、意識を集中し始めた。
◯
黄昏の空に揺蕩う空クラゲ。
赤い体は前に見た時と変わりはなく、足の部分が長くなっているように感じた。
魔力が放電する形で発現しており、まるで電気クラゲのようだなという感想を持った。
相変わらずの圧迫感に嫌気がさすが、絶望感はなかった。
天音の感覚を信じるなら、これは何かしら活路がある場合に感じる直感のような物だ。もしかしたら、楽観視しているだけかも知れないが、少なからず希望は待てた。
だが、他の者達まで同じではない。
空クラゲの姿を見た半数が、戦意を喪失して逃げ出したのだ。
それも仕方ないと判断するが、逃げてどうするのだろうという疑問は残る。ギルドからペナルティを受けるだろうし、下手すれば罰金の可能性もある。流石に刑事罰までは行かないにしても、逃げ出したというレッテルは貼られるだろう。
「行くぞ、先に俺達が攻撃を仕掛けて、気を引き付ける。その間に、逃げたい奴を逃してやろう」
しかし、命を最優先に考えたハクロは、行動に出る。
気配を殺して動き、可能な限り空クラゲに接近する。
「そこまでだ。そこから先は空クラゲに捕捉される恐れがある」
西片が先行しており、右手を上げると皆の動きが一斉に止まる。
「花見、ここから届きそうか?」
「いけるっしょ、攻撃が通じるかは保証できないけどね」
空クラゲまでの距離は約1.5km。
ここから花見の攻撃魔法が届くという。
その射程距離に天音は「凄いですね」と感想を漏らすが、当の本人は「飛ばすだけだからねー」と残念そうにしていた。
花見の呪文が詠唱される。
長くはないが、それでもこの緊張感の中ではもどかしく感じてしまう。
「ロンギヌス」
それは一本の光の槍だった。
神話の名を冠したその魔法は宙に浮かび、確かな威力を秘めていた。
「行け」
手を翳し、空クラゲに向けて放たれる。
光の槍は一直線に飛び、空クラゲに衝突すると同時に消えてしまった。
「……ダメージ無し、逃げるぞ」
ハクロが確認すると、一斉に逃げ出した。
逃げる方向は、誘導班の一班が待つ場所。そこからリレー形式で繋いでいき、時間を稼ぐのだ。
「雷撃が来ます!」
魔法を感知した天音が叫ぶと同時に、鏡山が大盾を持って背後に回る。
「どっせーいっ‼︎」
そして大盾で魔法を受け止め、防いで見せた。
「凄い」
その結果を純粋に評価する天音。
大盾の能力もあるのだろうが、今の反応は天音には真似出来ない技術だった。
「足を止めるな! 空クラゲが遅いからって、こっちを捕捉しているのに違いはないんだぞ!」
ハクロからの怒号で再び走り出す。
鏡山の技術に感心して、足を止めてしまったのは確かに不味いなと反省する。
更に空クラゲの攻撃は続く。
長い長い触手が動き、細い触手が束ねられる。そして振り翳されると周辺を薙ぎ払う一撃が振るわれる。
届くのか⁉︎
そう声に出す暇もなく木々が薙ぎ払われ、威力を落とす事なく迫って来る。
そこにハクロが前に出て、腰にある剣に手をやり息を大きく吸い込む。
「おおおーーーっ‼︎‼︎」
剣が引き抜かれ、触手に向かって魔力の剣である白刃が放たれた。
ギギギッと激しい音が鳴り響き、衝撃が辺りに広がる。暫くの均衡のあと白刃が失われ、触手もまた勢いを失い元に戻っていく。
「ハクロ⁉︎」
力を大きく消耗したからか、ハクロは呼吸を乱しながら膝を突いた。
仲間が急いでポーションを取り出して飲ませると、スクッと何でもないように立ち上がり、「行こう」と告げて走り出した。
「大丈夫なんですか? かなり消耗していたみたいですけど」
ハクロにポーションを飲ませた花見に尋ねる。
「全然大丈夫じゃないよ。ハクロの白刃は、消耗が激しくて一日三回しか使えないの。今走れているのも、結構ギリギリのはずだよ」
前を向いてハクロを見ると、走ってはいるが時折ふらついていた。
これでは、次に同じ攻撃が来たら、避けるしか手はない。
天音だけならば問題ないが、他のメンバーが避けられるとは思えなかった。
「やばい! 広範囲のやつが来るぞ!」
西片が空クラゲの攻撃を感じ取り知らせてくれる。
その攻撃は水の魔法であり、広範囲に降り注ぐ雨に雷撃を含ませた攻撃魔法だった。
天音は舌打ちをすると、魔力を練り上げる。
単純な水ならば風の魔法で吹き飛ばせるのだが、空クラゲが使っている以上、そう簡単な代物ではないはずだ。
雨が近付いて来るに連れて、まるで爆弾のような音も近付いて来る。
「僕の近くに集まって下さい」
天音が告げると、ハクロ達は戸惑いながらも集まってくれた。
魔法を発動する。
その魔法は魔法であって魔法ではない。
魔力を一定範囲に伸ばして、魔法に干渉する魔法。
リセット魔法とでも言おうか、師匠の時雨がマジカルプリンセス♡キングダムの作中で使っていた技でもある。
リセット魔法の効果範囲に入った雨は霧散していき、それ以外の場所は爆発して土が捲れ上がっていく。
これは分散した小さな雨だから成功した。もしも一発の大きな魔法ならば、この魔法は成功しなかっただろう。
「これは、他の人達は生き延びられるのか?」
ハクロ達は今回集められた探索者の中でもトップである。それを、わずかな間に激しく消耗させられてしまっている。同じように、他のパーティが出来るとは思えなかった。
だが、その疑問を否定するようにハクロは答える。
「探索者を舐めるなよ、それぞれのパーティにはそれなりのパーティの強みがある。特に生き延びるという点においては、どのパーティも手段を持っている」
特に50階まで到達する探索者には、それだけの能力があるという。
本当にそうだろうかと疑問に思うが、既に最初の誘導班の場所にたどり着いていた。もう、あとは任せるしかない。
ハクロ率いるパーティは更に速度を上げて、空クラゲの射程距離から離脱する。そして次のパーティが行動を開始した。
◯
作戦は順調に進んでいく。
ハクロの言う通り、どのパーティにも生き延びる為の手段を持っていた。
それが機能せずに、数名負傷者が出たが死ぬまでにはいたっていなかった。
支援班によりアイテムを届けられ、体力魔力を回復する。だが、摩耗した精神を戻すのは不可能で、探索者の動きは精細さを欠いていった。
既に作戦を開始して半日が経っており、空クラゲの攻撃によりダンジョンの地形は変えられて、多くの障害物は取り除かれていた。
「……まずいな、一度攻撃を仕掛けるか?」
「やるんですか? あの攻撃を掻い潜るのは、とてもではないですけどハクロさんでは……」
「分かっているが、何か手段を考えなければ、いつ死者が出てもおかしくはない」
ハクロ達は何度か攻撃を試みているが、接近する前に見つかってしまい、有効な距離まで近付けなかった。
残り少なくなった森の中を、空クラゲとの距離を保ちつつ疾走する誘導班が見える。
何とか攻撃を凌いでいるが、数分もすれば次のパーティと交代する。
交代するサイクルが早くなって来ており、探索者達も限界を迎えようとしていた。
「あの空クラゲの魔力は無尽蔵なのか? あれだけの攻撃をしているのに、何故底が見えない?」
「それだけの魔力量を持っているんでしょう。衰えている様子も見えませんし、もしかしたら文字通り無限にあるかも知れませんね」
「そりゃ笑えない。……ん? あいつら今頃何しに来たんだ?」
ハクロが何かに気付いて、目を強化して確認している。
それに習って、他の面々も確認する。
するとそこには、他所のギルドから応援に来た探索者が、何かを仕掛けようとしていた。
「どうやって近付いて……穴? わざわざ穴を掘って通るのを待っていたのか」
天音が確認してすると、姿を現した場所の近くに穴が開いており、そこに六名の探索者が隠れていたようである。その六人の中には、ハクロの誘いを断った者とインフルエンサーの女も混ざっていた。
「空クラゲは気付いていないな、下の方は警戒が薄いのか?」
思わぬ弱点を知れた。
だからといって、それを活用できるとは限らないが。
現れた探索者達は、空クラゲが警戒をしていないのを理解したのか、武器を持ち攻撃を仕掛けようとしているのが見えた。
今から彼らを止める手段はない。
仮に止められたとしても、倒せるかも知れないという淡い期待をして止めなかっただろう。
きっと、どうやってもこの結果は起こっていた。
応援の探索者が空クラゲに攻撃を仕掛けた。
その攻撃の威力はハクロの白刃に匹敵しており、確かなダメージを与えた。
初めて空クラゲにダメージが通った瞬間だった。
そして、酷く後悔する瞬間でもあった。
傷を負った空クラゲは、触手を体の中に収納して膨大な魔力を溜め出した。
「逃げろー‼︎」
誰が叫んだのか覚えていない。
ハクロだったか、危険に敏感な西片だったのか、若しくは天音だったのかこの際どうでもいいだろう。
音を置き去りにした大爆発が巻き起こり、全てを吹き飛ばしてしまった。