12
前日の学校終わりに、明日の十三時にギルドに来てくれという連絡があった。
学校があるから無理ですと断ると、高校には連絡して出席扱いにしてもらうからと半ば強制されたのである。
午前中の授業を終えてギルドに向かう。
明後日が文化祭なのもあり、準備も大詰めになって来ている。元々準備をする係ではないが、この三日間参加していたので、最後までやり切りたかった。
若干不機嫌になった気持ちを立て直せないままギルドに到着すると、探索者用の装備に着替えることなく学生服で広い一室に連れて行かれた。
そこには百名を越える探索者が座っており、資料を手に何やら雑談していた。しかし、天音が入ると注目されてしまう。
どうしてここに子供が?
そんな声が聞こえて来そうで、思わず身を屈めてしまう。少しでも人の目から逃れようと動いたのだが、ここまで案内してくれた受付のお姉さんにより台無しにされてしまう。
「天音くんが到着しました。始めて下さい」
この集まりが何なのか未だに分かっていないが、会合が始まっていなかったのが自分のせいだと分かって気まずい気持ちになる。
一方的に来いと言われただけなので気にする必要はないし、時間も守っているので問題ないのだが、これだけ大勢の人を待たせていたと思うと、どうしてもそんな気持ちになってしまう。
「はい資料。これから説明があるけど、よく考えてから決断してね」
渡された資料には、『ユニークモンスター足止め作戦』と題されていた。
内容はと目を通そうとすると、正面に中年の男性が登壇する。
彼の顔には見覚えがあった。
このギルドの責任者で、ギルドマスターと呼ばれている人物である。
見た目は弱そうだが、きっと天音では感じ取れないほどの力を持っているのだろうと予想している。
「皆さん、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。既に資料に目を通している者もいるだろうが、今一度説明させてもらう。遡ること四日前、65階層にてユニークモンスターを見たという情報がギルドに齎された……」
要約すると、ユニークモンスターが現れて、その姿と能力が判明したので、皆んなで本部から討伐部隊が来るまで足止めして欲しいという内容だった。
本部に応援を依頼をしているのだが、ユニークモンスターの出現が確認されたのはここだけではなく、他のダンジョンでもユニークモンスターの出現が確認出来たのだそうだ。
その数は実に四体。
いま本部に残る人員で対処可能な数は三体のみで、残り一体は到着するまでの間、時間を稼いでほしいという。
そして、その時間稼ぎ場所に選ばれたのが、この地域である。
ふざけんなという話だが、これは決定事項であり失敗すれば街が崩壊する運命が待っていた。
「以上だ。ここに集まった探索者は、全員が50階以上の階層で探索している者達。プロの探索者には悪いが、参加は強制とさせてもらう。アマチュアの者で参加した者には、多額の報奨金を出す! 時間を稼ぐだけでいい、よろしく頼む」
それだけを言い、ギルドマスターは集まった探索者に向けて頭を下げた。
それから質問が飛び交い、情報のすり合わせを行っていく。
ユニークモンスターを直接見たのは、天音と調査を行った探索者パーティくらいだろう。
調査結果によると、クラゲのモンスターの全長は500mに達するらしく、体の部分だけでも横に50mはあるそうだ。
触手の数は測定不能で、攻撃手段は触手と水と雷の魔法とだけ記されている。
はっきり言って情報が足りない。
正確な射程距離も威力も不明で、他にも攻撃手段も持っているかも知れないし、どのような攻撃が効果的なのかも記されていない。ないない尽くしで、まるで死ににいけと言っているような内容だった。
「しかも、作戦決行が明日って……」
余りにも急だった。
明日、ダンジョン20階で迎え打つらしく、仮に失敗すれば周辺100km圏内の住人を避難させるそうだ。
そんな悠長な事をせずに、直ぐにでも避難させるべきなのだが、その判断を上はしなかったらしい。
「本部は、作戦が失敗する確率を5%以下と判断したようだ」
その数字がどこから来たのか知らないが、あのユニークモンスターを直接見た天音としては、ふざけるなと言いたい気持ちになる。
仮に作戦が成功したとして、ここにいる探索者が無事に帰れる保証は無い。
天音の目から見ても分かる。
ここにいる探索者の大半は、実力が足りていない。
恐らく、雷の魔法に反応も出来ずに死ぬ。あの降り注ぐ魔法に貫かれて死ぬ。接近すれば、触手に貫かれて死ぬ。
はっきり言って絶望的な状況だ。
「これに参加しろって? ……いくら何でも無謀過ぎるよ」
絶対に参加しない。
そう口にするのは簡単だが、それと同時に頭の中でどう対処するのか組み立てている自分もいた。
「…………はぁ〜」
最悪な事に、本当に最悪な事に、あのマジカルプリンセス♡キングダムを見たが為に、細く無謀な道筋を見つけてしまった。
もしも想定しているよりあのクラゲが強固なら、素早かったら、魔法の発動が早ければ、それだけで終わってしまう賭けのような手段だが、試す価値はあると考えてしまっている。
「あのモンスターが外に出て来たら、文化祭もなくなっちゃうしね……」
だから仕方ない。
せっかく準備したのに中止になるなんて、認められない。モンスター風情が、人の楽しみを奪うんじゃないと、柄にもなく中指立てながら倒してやろうと考えてしまっている。
無謀な自分を嘲笑しながら、天音は参加する意志を伝えた。
◯
「ここからは我ら〝白刃の船団〟の指揮下に入ってもらいたい。これはユニークモンスターに対抗する措置だ。各々が勝手に動いては、各個撃破されるのが落ちだからな、理解してもらえるとありがたい。異論がある者は名乗り出てくれ、連携が取れない者がいるとこちらにも危険が及ぶ」
ギルドマスターの話が終わると、このギルドのトップチームである白刃の船団のリーダーが壇上に上がった。
そして、先の話を始めたのだが、当然気に食わない者は出て来る。
「悪いが俺達は、あんたの指揮には入らない。他所から応援で来た身だからな、初対面の奴を信用するほど、出来た人間じゃないんでな」
「ああ、構わない。無理強いしても、お互い不幸な目にしか合わないだろうからな。そちらの武運を祈る」
「そちらもな」
そう告げて、三十名ほどが会議室から出て行く。
単純計算で、戦力が四分の一以上が離脱した訳だが、それを気にした様子はない。
「ここに残ったのは指揮下に入ったと判断する。異論はないか? では改めて自己紹介をさせてもらう。白刃の船団のリーダーを務める白波ハクロだ。よろしく頼む」
余談だが〝船団〟というチームは複数存在している。
本部にある〝神々の船団〟を頂点に、各地に船団を冠したチームを配置している。
目的はギルド内での発言力を増す為と、新人の発掘である。
「では、各々のパーティと到達階層を教えてくれ。あと、得意分野も教えてもらえると助かる」
ハクロが促すと、最初のパーティが発言し始めた。
パーティの人数は、五名から十名以上と幅があり、最大人数は船団の十五名だった。
到達階層も51階に最近到達した者から、76階まで到達している白刃の船団と様々だった。
もちろん、最も多いのが51階から60階が最も多く、61階から70階は天音を除いて二パーティしか存在しなかった。
そんな中で最後に、天音の順番が回って来た。
「えっと、天音です。到達階層は一人だと66階です。よろしくお願いします」
「他のパーティメンバーは?」
「いません、僕一人です」
「……制服を着ているようだが、学生か。何かの間違いで入り込んだのではないよな?」
天音の存在を訝しんだハクロは、先程の言葉が真実かどうか判断する必要があった。
探索者には、飛び抜けた化け物が存在するのは確かだ。
この子供が、その化け物でないと言い切れず、扱いに困るはめになってしまう。
しかし、同席していた受付のお姉さんが助け舟を出す。
「ハクロさん、こちらの天音くんは『舞姫』のお弟子さんです。到達階層も間違いはなく、実績から見ても実力は本物です」
何故か誇らしげに言うお姉さん。
そのお姉さんを無視して、ハクロはぐいっと天音を見た。
「あー! お前があのスカした奴か! 何だよ、格好が違うから別人かと思ったじゃないか!」
ハクロは天音を知っている。新人の発掘をしている以上、目立つ探索者はマークしていたのだ。
一人でダンジョンに潜って、かなりの実績を上げている探索者を知らないはずがなかった。
ただそれは、探索者として活動している間の姿で、普段の姿までは把握していなかった。
「お前学生だったのか⁉︎ えっ、なに? 俺、子供に嫉妬してたの? おいお前ら、知ってたなら教えろよ!」
そう自身のパーティメンバーに苦情を言うが、「そんなの知るかよ」といった様子で、メンバー達も気付いてはいなかった。
当の天音は、スカした奴というのを言われて、結構気にしていたりする。
僕って、周りからそんな風に思われてたのか……。
自覚はなくても、そういう行動を取っていたのかも知れない。今後は気を付けようと、心に決める天音だった。
「いや、すまん。気付かなかった。このユニークモンスターを発見したのも、お前だと聞いている。そうか、そうか……まだ学生なのか……、今幾つだ?」
「十六歳になりました」
「くーっ⁉︎ 一回りも違うぞ、おい。いや、それはもういいな。良くはないが、ここは話を戻そう。……よし、天音だったな。ここに残っている以上、俺の指揮下に入ってもらう。異論はないな?」
「はい、問題ないです」
「よし、名簿は作れたか? いいな。じゃあ、うちのメンバーがそれぞれのパーティに、メンバーの役割を聞き取りに行く。そこから、誘導班と援護班に別れてもらうようになる」
ハクロがそこまで言うと、探索者の一人から手が上がった。
「攻撃班は作らないのか? 受けてばかりじゃ、いずれ殺されてしまうぞ」
「それはそうだが、俺達の役割はあくまで時間稼ぎだ。それに一番危険な遊撃は、俺達で担当する。まあ、参加したいって奴がいたら名乗り出てくれ、数は多いに越したことはないからな」
その返答に意見する者はおらず、探索者パーティを二つのグループに分けていく。
パーティを分解しないのは、知らない者同士で組んでも上手く連携が取れないからである。
これはあくまでも急遽の措置で、時間の無い中で最善を選択した結果だ。
そして、天音はというと、
「遊撃班に参加したいんですけど」
自ら危険へと飛び込んで行った。