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その日、ギルドではいつも通りの業務が行われていた。多くの探索者がダンジョンから帰って来て、モンスターの一部や採取された素材を換金しており、その金を持って併設する居酒屋に行ったり別の店に向かったりしていた。
いつも通りの風景だが、その裏ではかなりの騒動が起こっていた。
「本当にユニークモンスターが現れたのか⁉︎」
ユニークモンスターの出現を気にして狼狽えている彼は、ここのギルド支部を任された責任者である。
本人に探索者としての経験は無く、現場の判断を任された中間管理職でもある。
そんな彼が赴任して五年が経つが、これまで目立ったトラブルはなく、順調に行けば来年にも本部に戻れる予定だった。
「今確認に向かえる探索者を募っていますが、そこまで行ける者が限られていますので、まだ時間が……」
「子供からの報告だと聞いたぞ、暇している探索者に任せれば良いだろう!」
「無茶言わないでください! 目撃された場所は65階層なんですよ! そこまで行ける探索者は限られてるんです。その上、調査に適任な者となると数えるほどしかいないんですよ!」
「ろくじゅご⁉︎ 子供からの報告じゃなかったのか?」
ダンジョンの経験の無い彼でも、その階層がどれほど危険なのか認識していた。だからこそ、子供からの報告だというのに疑問を抱いたのだ。
「子供です。まだ子供の年齢ですが、彼はこのギルドでも有数の探索者なんです」
ダンジョンがある地区にギルドは建てられているが、その地区により実力はバラバラだ。
70階以上の高階層まで進む探索者を複数抱えているギルドもあれば、50階にも届かない地区もある。このギルドは、その中でも中間に位置しており、周囲の県の中ではトップに位置していた。
因みに、時雨のような規格外の存在達は、本部所属となっており大抵どこかに派遣されたり、ダンジョンに飲み込まれた国の復興に当たっており数に含まれない。
「船団のパーティは捕まらないのか? そんな階層で調査するなら、このギルドのトップチームに頼まない手はないだろう」
「既に連絡は入れていますが全員県外にいるらしく、彼らが戻って来る頃には、今より低い階層に降りて来ていると思われます」
「くそっ、こんな事態の時に限って……なあ、勘違いだったって事はないよな?」
「それはないでしょう。彼は映像もしっかりと撮っていますし、ユニークモンスター発生時に起こる空の変化も確認されています。まず間違いないかと」
間違いでしたで済めば良かったが、その希望は早々に打ち砕かれる。
「……本部にユニークモンスターの出現と応援の要請をしておいてくれ」
「分かりました。ですが、良いのですか? まだはっきりとした訳ではありませんが……」
これで間違いならば完全に査定にひびく。
本当だとしても、ユニークモンスターとの戦いで本部の探索者が亡くなれば、責任者である彼に責任がのしかかる。しかし、
「この街に何かあれば、私は自分を許せないからな」
赴任してからの五年間で、彼はこの地域に少なからず愛着を抱いていた。
◯
「なあ、バイトに行かなくていいのか?」
「うん、バイト先がトラブルで行けなくなったんだ。だから大丈夫だよ」
ダンジョンから帰還した天音は、速攻でギルドの受付に行きユニークモンスターの出現を伝えた。
スマホで撮影もしており、それを証拠に報告したのだが、思っていたよりもギルドの動きが遅かった。
受付のお姉さんから上司に、そのまた上司に連絡しており、ダンジョンへの立ち入り禁止になったのが次の日になってからだった。
どのような話し合いがあったのか知らないが、きっと社会とはそういう物なのだと勝手に解釈して今に至っている。
正直、どのような話し合いがあったのか、天音は興味が無かった。
それも仕方ないだろう。
何せ天音の仕事は、ユニークモンスター出現を報告した時点で終了しているのだ。あとは、大人達で対応してもらうしかない。
何せ天音は、まだ十六歳の子供なのだから。
「ふーん、あっそこのノリ取ってくれ、あんがと。そのトラブルって長引きそうなのか?」
ダンジョンを使えなくて暇になった天音は、ぷっちょの文化祭用の看板作りを手伝っていた。その影響で、榊原の訓練も中止しており、自主練よろしくとメッセージを送っている。
「どうだろ? 初めての事だから分からないけど、早かったら一週間くらいで終わるんじゃないかな。この『ス』の文字はどこらへん?」
「小さい『ツ』の横に置いてくれ、もうちょい上だな、OK。トラブルってバイトテロ的なやつか? 動画上がってる?」
「そういうのじゃないけど、お呼びでないのが暴れ回ってる感じかな。四隅に花飾り付けるの?」
「付けないって、その飾りはうちのじゃないな、隣のクラスのじゃないか? 暴れるってタチ悪いな、動画撮って拡散すりゃいいじゃねーか」
「そんな事したら大問題になって、僕もう働けなくなるよ」
「それは困るな」
「凄く困るね」
なんて会話をしながら作業していると、隣で作業していた一人が近付いて来た。
「そこの花飾り、うちのクラスのなんだけど返してもらえる?」
その声に抑揚はなく、花飾りを指差して、ただ用件だけを告げて来るものだった。
「榊原さん? ああ、これのこと? はい」
天音はいつものような態度で、花飾りを手に取って渡す。すると榊原は「ありがと」と短く告げて、花飾りを持ち作業に戻って行った。
「お前すげーな、よく緊張しなかったな?」
「何で? 普通じゃ「ストーップ。それ以上言ったら、ただの嫌な奴だからやめとけ」
「ええー……」
ぷっちょからすれば、学年一の美少女と会話をしているのに、まったく動じない天音は尊敬に値する存在だった。
だがそれを、「え?なに?普通じゃないの?え?普通出来ないの?」なんてムーブをかまされたら、殺意の対象になってしまう。
ましてや気心知れた仲の天音にされたら、渾身の右ストレートが飛んでもおかしくはなかった。
だからこれで良かったのだ。
これで友情は守られた。
だが、次の瞬間には打ち砕かれた。
「天音くんって真希と同じクラスなの?」
何故か榊原が戻って来て、天音に喋りかけたのである。
更にええーとなる天音は、ぷっちょの顔色を気にしながらも、榊原に応対する。
「そうだね、古城さんと同じクラスだね。それにしても、榊原さんが作業に参加しているのは珍しいね」
今日初めて参加したお前が何を言っているんだという視線がぷっちょより届く。それはそれ、これはこれで見逃してほしい。
「予定が無くなったから手伝っているのよ。インスタ映えスポット? 真希も言ってたけど、変わった出し物よね」
「そうかな?」
「そうよ、初めて聞いたもの」
ふふふっと微笑む榊原。
学年一の美少女と呼ばれているだけあり、微笑むだけで注目が集まってしまう。
「うちのクラス、メイド喫茶やるんだけど、暇だったら友達と遊びに来てね。あっ、写真とかはNGだから注意してね」
注目されたのに気付いたのか、榊原はメイド喫茶の宣伝をして戻って行った。
そしてぷっちょにヘッドロックされる。
「おい天音ぇ、何やってんだよお前はぁ、裏切りか? お前は裏切り者なのかぁ?」
嫉妬に狂った声はまるで世界を呪っているかのようで、醜くて恐ろしくて体が震えてしまう。それを同級生であり友人がやっているという事実に、悲しみさえ湧いて来る。
「待ってぷっちょ、そういうのじゃないって。分かるでしょ、今のはメイド喫茶の宣伝だよ」
そう、あれは周囲の視線を意識しての物だった。天音を誘うように見せかけた宣伝なのだ。
それが分かって、この子上手いなぁと感心したくらいだ。
「……え? お、おう、そんなこと俺は分かってたぜ。なっ! 俺たち友達だもんな!」
「…………」
今まさに、友情に亀裂が入った瞬間だった。
そんな時間を過ごしながら、久しぶりにダンジョンに行かない普通の学生生活を満喫する。
少しだけ刺激が足りないなと思いながら、こんな毎日も良いなと思っていた。
ダンジョンに行かない日も作ろうかな。
そんな風に考えるくらいには、この穏やかな一日に癒されていた。
それから二日後、天音はギルドに呼び出される。