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 断頭台の刃のように恐ろしい凶器が振り下ろされる。

 それは戦斧と呼ばれる武器であり、遠心力やその重量を活かした一撃で対象を両断する武器である。


 それほどの恐ろしい武器が、長さ30cm程度の細い鉄の棒により誘導され、激しく地面を叩いた。


 ドッ! と音が鳴り、周囲に土が飛び散る。

 まさか思いっきり地面を叩くとは思っておらず「お?」と驚いていると、戦斧の柄を握った状態から蹴りが飛んで来る。

 それを後ろに飛んで避けると、その行動を予想していたかのように動きを変え、遠心力を使って地面に刺さった戦斧を引き抜き、横薙ぎに走らせる。


 悪くない。

 天音はそう評価して、鉄の棒で戦斧を上に跳ね上げた。

 体勢を崩し隙だらけになった榊原に一歩近付くと、鉄の棒を喉元に突き付けた。


「参りました」


 鉄の棒を近くに見た榊原は、大人しく負けを認める。


「今のは良かったよ、一発の大きな武器はどうしても空白ができる。それを補う方法を自分で考えて、取り入れたのは凄い事だよ」


「えへへ、そうですか? 早く強くなりたくて、いろいろ試そうと思ったんです」


 褒められて照れ臭そうにする榊原。

 その姿と保健室で見た姿とのギャップに、本当に同一人物なのか不安になって来る。


「じゃあ、ウォーミングアップもすんだ事だし、モンスターと戦いに行こう」


「はい!」


 榊原は順調に成長している。

 毎日練習しているのか、身体強化の練度が日に日に増しており、武技も最初こそ天音が教えたが、今では自分で考えて試している。

 この調子でいけば、一年後には天音も武器で相手しなければいけなくなるだろう。


「はあっ!」


 掛け声と共に横薙ぎの一閃が、ワイルドボアの体に深く食い込む。しかし、頑丈なワイルドボアをこれだけでは仕留められない。

 悲鳴を上げ痛みに苦しむモンスターを無視して、榊原は戦斧を引き抜くと、動きの鈍った標的の頭部を叩き落とした。


 スマートではないが、確かな成長を感じさせる戦い。

 教える者として、目に見えての成長は楽しく感じる物がある。


「お疲れ様、自分の感触はどうだった?」


「まだ身体強化があまい気がします。インパクトの瞬間に途切れてる感覚がありました。意識すれば出来るんですけど、モンスターの動きに気を取られるとつい……」


「それが分かってるなら上出来かな。僕の師匠が言ってたんだけど、己の課題を見つけるのは案外難しいらしい。それが分かってるのは、自分を客観視出来ている人で、そういう探索者は強くなるんだってさ」


「じゃあ私も強くなりますか⁉︎」


「榊原さんは元々才能があったからね、頑張れば頑張った分だけ強くなるよ」


 課題はまだまだ多いけど、という言葉は飲み込んで、今は喜ばせておく。

 探索者をやっていれば、いずれ壁にぶち当たる。

 それを乗り越えた時、探索者は大きく成長する。

 それをレベルアップに例える人もいるが、それを正確に測定する物が無い以上、戯言でしかない。しかし、その感覚を味わった探索者は数多く存在している。

 天音の場合、この前のキュクロプスとの戦闘もそれに当たる。

 ボロボロになり死にかけた。師匠が居なければ、天音は死んでいた。運が大いに絡んだ成果だが、それでも大きく成長出来たのは確かだった。


 榊原さんは壁を乗り越えられるだろうか。


 その時に天音が側にいる時であれば助けてやれるが、そうでなければ、かなり危険な状況に陥るだろう。

 このまま地道に強くなるのが一番だが、ダンジョンに潜り続けるのならば、必ず向こうから困難はやって来る。


「福斗さん、どうかしました?」


「何でもない、ただ本当に強くなってるなって思っただけだよ」


「ふふふっ、ありがとうございます。ところで、来週の文化祭には来れそうですか?」


 嬉しい笑顔を浮かべたまま、下から覗き込むように天音に迫って来る。

 中々にあざといポーズをして来るが、残念ながら天音には通用しない。


「残念だけど行けそうもない、チケットは返しておくよ」


「そうですか……。しょうがないですよね、福斗さんお忙しいですし。あの『舞姫』神坂時雨さんの用事だと断れないですもんね!」


 あからさまにガッカリしているが、必死に明るく振る舞おうとしているのは明らかだった。


「……チケットは持っていて下さい。他に渡す人もいませんし、もしも気が向いたら……いえ、何でもないです」


 返そうとしたチケットは天音の手から離れる事なく、再びポケットに仕舞われる。

 天音が行こうが行くまいが消費されないチケットの行先は、残念ながらゴミ箱で決定した。


 ただ、落ち込んだ榊原に少しだけ悪い気がして、可能性を示してしまう。


「……もしかしたらだけど、早く用事が終われば、お邪魔するかも知れない。だけど、余り期待はしないでね」


「……はい!」


 余計な事を言ったかなと、少しだけ後悔した。





 榊原の訓練を行った翌る日、金曜日から日曜日まで三連休に突入する。

 例の如く、泊まり掛けでダンジョンに挑むのだが、三日間潜るというのもあり余分にアイテムを準備している。


「天音君、無茶はしないようにね」


「はい、いつも通りの探索しかしませんので、大丈夫ですよ」


 受付のお姉さんに見送られて、ダンジョンの塔へと足を向けた。


 探索は順調だった。

 マジカルプリンセス♡キングダムで学んだ技術は本物で、習得した様々な技や魔法を試していく。


 右腕に魔力を集中させ、部分的に身体強化を行う。更に魔力を操り、細胞レベルで浸透させ鋼よりも強靭な腕を作り上げる。

 更に全身に身体強化を施し、アースドラゴンに接近すると、右腕の拳で激しく殴り付けた。


 ドッ! と激しい音と共に、アースドラゴンの巨体は宙に浮かび木々をへし折って地面に転がる。

 そして、弱々しくグオーと雄叫びを上げると、力を失って動かなくなった。


「破壊撃……なんてね。金剛石さんの真似だけど、案外やれるもんだね」


 今試したのは『金剛石』と名高い真壁タツミの技である。

 真壁はこれを常時全身に使って戦っており、国内でも五指に数えられるほどの探索者になっている。

 単純だが強力で唯一無二の技である。

 それを片腕だけとはいえ再現して見せた天音は、彼らの領域に一歩踏み込んでいると言えた。


「さあ、じゃんじゃん試して行こう」


 しかし、天音にその認識はまったくなかった。


 新たな技、新たな魔法は、天音の探索の助けになっていた。


 その中でもお気に入りなのが、新たな武器を使った魔法である。

 武器は柄のみの剣。

 昔、ある企業が遊びで作った魔力を刃に変える魔法剣である。

 これは探索者の間では、最も使えない武器として有名であり、半ばジョークグッズと化している代物だ。


 理由は魔力の消費量が多い割に、効果が低いからである。


 それなら、普通の武器を持っていた方がいいと誰もが判断したのだ。

 一部の厨二心を忘れられない大人達は例外として、殆どの人が手に取らなかったのである。


 天音は、そんな魔法剣(笑)を5本腰に携帯している。


 魔法剣(笑)は魔力を流して刃を作るのだが、裏技として魔法を通しても刃は作れる。

 魔法は魔力を燃料に形作られた物であり現象である。その上不純物が多く含まれており、それを魔法剣(笑)に通すと劣化が早く直ぐに壊れてしまう。


 その代わり、威力は魔力の刃の比ではない。


 使い熟すには熟練の魔力操作と集中力が必要となり、失敗すれば爆発する恐れがあった。


 その魔法剣(笑)を握り、黒い炎の刃を生み出す。

 見た目はまるで黒いライト◯ーバーのようで、これを見た時の天音のテンションは珍しく上がっていた。


 ただし、テンションが上がった理由はカッコいいからではない、この威力の恐ろしさ理解したからだ。


 マジカルプリンセス♡キングダムで出て来た最大の火力魔法は、黒い炎を放つ魔法だった。

 作中では『災悪の獄炎インフェルノォォーー‼︎』と恥ずかしげもなく叫んでいたが、これは間違いなく最強の魔法の一つだった。


 可能なら魔法剣(笑)を使わずにインフェルノ(笑)を使いたかったが、威力が強過ぎて天音自身制御が出来ずにも巻き込まれてしまう恐れがあった。

 そこで制御可能な威力まで抑えようと、魔法剣(笑)を使ったのである。


「インフェルノ」


 魔法剣(笑)を持ち黒炎が溢れ出す。

 それを剣の形に制御してモンスターに向けて振ると、何の抵抗も感じずに切断してしまう。それだけに止まらず、炎は急速に燃え広がりモンスターを焼き尽くしてしまった。


 恐ろしい威力である。

 その代償に魔法剣(笑)も砕けてしまったが、それに相応しい威力を誇っていた。


 条件と回数制限はあれど、最強クラスの魔法を使えるようになった天音は、この数ヶ月で飛躍的に強くなっていた。


 それからも探索を続け、一日目が終了する。

 隠蔽効果のある毛布で身を包み、木のうろで体を休める。短い睡眠を何度か繰り返し、新たなモンスターの接近を感知して仮眠を終了させた。


 二日目の探索が始まり、今日で目処を立てないとなと考えて歩き出す。


 そして、その考えを早々に撤回するはめになってしまった。


 今日も順調に探索が進むと思っていたのだが、次の階に到着すると空の異変に気が付いた。

 いつもは青空なのだが、まるで夕焼けのような朱色に染まっていたのだ。


 何が起こっているのかと背の高い木に上がり、周囲を探ってみると、その原因は直ぐに分かった。


 距離にして3kmは離れた場所に、一体の巨大なモンスターが浮遊していた。

 遠目から見た姿はクラゲのようで、楕円形の体から無数の触手が垂れている。体の色は半透明のオレンジ色で、空の色と似ていた。

 ゆらゆらと揺れる触手は、急激に伸びたかと思えば地上のモンスターを掴み体内に取り込んでいた。

 取り込まれたモンスターは、巨大なクラゲの体まで上がる過程ですり潰され栄養源にされていく。


「あれは……幾ら何でも無理かな……」


 視力を強化して、一連の動きを見て冷や汗が流れる。

 前に戦ったキュクロプス。それを遥かに凌ぐ凶悪さを、あの巨大なクラゲから感じてしまった。


 ユニークモンスター。

 ダンジョンから地上に出て来て、周囲に甚大な被害を齎す災厄のモンスター。


 あれがそうだと、天音の本能が知らせて来る。

 震えて逃げようとする体を鼓舞して、クラゲのユニークモンスターの観察を続ける。スマホでその姿を撮影して保存も忘れない。後でギルドに報告するのに必要になるからだ。

 ただゆらゆらと浮遊して、近くのモンスターを狩るだけなら問題ない。しかし、クラゲの進行方向は天音のいる場所だった。

 まさか捕捉されたのかと思い移動してみるが、その進路に変更はなく、向かう先が下の階に行くゲートだというのに気が付いた。


 恐らくダンジョンから地上に出て、暴れようとしているのだろう。

 動き自体は遅いが、脅威には違いはない。


 早く戻ってギルドに報告しよう。

 そう判断して動こうとすると、強烈な悪寒に襲われた。


 何かに見られている。

 隠れているはずなのに、捕捉されていると分かる。


 全力で動き出した直後に、先程までいた場所を雷撃が貫いていた。

 逃げる逃げる。

 動きの遅いモンスターだとしても、その射程が狭い訳ではない。未だに1km以上離れているが、ここもあのモンスターの射程距離なのだろう。


 上空から何かが降って来る。

 それが魔法による攻撃だと理解すると同時に、前の階に続くゲートに飛び込んだ。

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― 新着の感想 ―
あー、なるほど。ダンジョンと言っているから、てっきり下に行くもんだと思っていましたが…外見的にはタワー型なのでしょうかねぇ。
[一言] はよ正体バレないかなと思いながら読んどるよ。
[良い点] わくわく
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