その1
リッチーの父親は宇宙飛行士であった。話はざっと20年以上前に遡る。
当時のリッチーは15歳。荒れた世界で、未来のために働く父親を見てきた彼は、いつしか自分も宇宙飛行士になりたいと思うのは何もおかしなことではなかった。
それは2394年の出来事だった。彼の父親は他9人のクルーを連れて火星へと旅立った。目的は極秘だったが、地球の未来を救うミッションとだけ言われていた。
そのミッションは成功したものの、帰還者はわずか2名。その2名の中に彼の父親の名前はなかった。彼が人生に希望を見いだせなくなったのはその時からだ。
「どうして俺なんです?俺なんかスカウトしたところで無駄足だと思うけど」
そう言うと、デイヴィッド・ペイスは表情筋を少し動かして、
「君はかつて、宇宙と世界を救うことに対して憧れを抱いていたじゃないか。そんな君がようやくこうやってスカウトされるのだよ。もっと光栄に思いたまえ。」
言い方が気に食わなかったのか、リッチーは
「あんたには関係ないことだ。取り敢えず、俺はそんなのに参加しないから。」
すぐさま元の自転車発電機に戻ろうとしたところ、彼は大声で、
「私は君の父親と20年前にミッションに参加したものだ!」
リッチーは足を止めた。続けて、
「君の話は父親からよく聞いていた。とても楽しそうに話していたよ。いつかお父さんと一緒に働くんだってさ。まあいいや、やる気がないようだし他を当たるとするよ…」
彼はデイヴィッドのあとをついていくことにした。意図はなかった。ただ、なぜかついていきたくなるような魅力的なものが、彼の言葉から感じ取れた。
バクシー発電所から2時間近く歩いて、着いた先は国連科学部門の施設。とても国連の施設とは思えないほどボロボロであり、建物には多くの落書きがされている。周りの建物と比べても非常に地味であり、離れたところに見える高い塔のような建物の方が立派に感じられるレベルだ。何か地味にしなければいけない理由でもあるのかなどと思いながら、リッチーはデイヴィッドのあとを付いて行っていた。
「やはりついてきたか。」
初めから気付いていたと言わんばかりに後ろを振り向いた。ビクッっとなりつつも、そのままデイヴィッドに言われるがままに施設に入っていった。
施設は外見からは想像できないほどハイテクであった。はじめにデイヴィッドの指紋、声紋認証が入り、続いて二重パスワードを入力してようやく入ることができた。内装も重厚感がありつつもシンプルでデザイン性に優れており、芸術の感性がそこまで高くないリッチーですらそれらを素晴らしいと認識することができるほどだった。壁には昔の絵画やら写真やら、知らないもので埋め尽くされていた。見たことのない機械が至る所に存在しており、見ているだけで彼はワクワクが止まらなかった。それほどまでに、魅力的だったのだ。
デイヴィッドに連れられ、彼は会議室と書かれた部屋に入った。そこにいたのは、年齢も国籍も異なる7人の男女。
「さあ、ようやくそろったよ諸君。さあさあリッチー、座りたまえ。」
さっきまでの緊張感はどこへやら、彼は気さくそうに語りかけた。彼は言われるがままに、黒い楕円形の机の端っこにある椅子に座った。
「8人そろったから、ようやく君たちにこれからやってもらうミッションの概要を伝えることができる。」
「俺たちがどんだけ待ちくたびれたか分かってンのかよォ‼」
いかにもな感じの見た目の男が声高らかに叫んだ。周りの人間は必死に彼をなだめている。
「ああ、すまない遅くなって。それは置いておいて、本題に入ろう。」
突如デイヴィッドの声のトーンが下がった。周りに緊張が走る。
「20年前、国連科学部門のメンバー10人が、火星に旅立ったということはご存じかね?」
「ああ、内容が極秘だったアレか。たしか帰還したクルーがあんたとそこにいるじじいだろ」
いかにもな彼が年老いた男を指差した。
「そうだ、生還者は私とそこのイリヤ・スタエルスキだけだ。それはそうと、まず私は君たちにその極秘の内容を伝えたいと思う。」
リッチーは少し身を乗り出した。父親が帰ってこなかったほどの危険なミッションの概要をよく聞くために。
「それは、火星の自転を利用して発電しようという無茶苦茶アイデアだった。我々は命令に従い、火星自転発電所を設置したというわけだ。」