第41話
「ピンポーン」という玄関の呼び鈴による軽快な音で目を覚ます。寝ぼけまなこを擦りながらベッドの脇の目覚まし時計を確認すると、時刻は午後4時すぎを指していた。
「結構寝てたみたいだな。まあその分体の調子もだいぶ良くなったようで何よりか」
俺はそんな独り言を呟きながら体を起こし、和泉をを招き入れるべく玄関へと向かう。そして玄関のドアを開こうとしたその数瞬後、俺は予想だにしない問題に苛まれることとなる。
「よう、和泉。随分早かったな……ッ?」
「こんにちは、存瀬くん。お体の具合はいかがでしょうか?」
明らかに和泉のものではない口調とその声に、俺は困惑して一瞬硬直してしまう。しかし、その来訪者が「存瀬くん」と呼んだことからこの訪問が間違いではないことは明白であった。
「えーっと……、なんで氷見沢がここに?」
「それについては後ほど説明いたしますので、まずは中に入れていただけないでしょうか?」
彼女にしては珍しく、有無を言わさぬような物言いに何か話でもあるのかと考えた俺は、一先ず家に招き入れることにした。
……いや、普段なら玄関先で話を聞くだけ聞いて面倒くさそうならそのまま適当にあしらって帰すところだが、思ったよりも体がまだ本調子ではないらしく、立ち話は避けたいと判断しただけだ。
それに、氷見沢にはクラスマッチの自主練の時に世話になったから、話ぐらいは聞いてやらねばばちが当たるというものだ。
「こっちが俺の部屋だ」
「お邪魔します。……えーっと、シンプルで綺麗なお部屋ですね?」
「無理に褒めようとしなくていいぞ。あとなんで疑問系なんだ」
「すみません、あまり知人の家にお邪魔させていただくという経験がなかったもので……」
才色兼備という言葉をそのまま人の形にしたような人間である氷見沢が、人の家にあがる経験がないというのは少々意外である。
しかし、彼女と親しい間柄というわけでもない俺がそこに踏み込む必要はないと判断し、話題を逸らすことにした。
「そういえば、今日はどうしてうちに?何か相談があるならこの間の礼も兼ねて乗らせてもらうが……」
「あ、いえ!そういうわけではないんです!ただ……」
「ただ?」
「あることについて相談と言いますか、了承していただきたいと言いますか……」
煮え切らない態度の氷見沢の様子に、一抹の嫌な予感が脳裏をよぎる。
しかしああ言った手前、今更面倒そうだからそれ以上聞かないと言うわけにもいかず、俺は一先ず最後まで話を聞くことにした。
「……それで?」
「もうすぐ存瀬くんもご存知の方がお二人ほどこちらに到着する予定なのですが、受け入れていただけないでしょうか?」
そう言って氷見沢は頭まで下げて頼んできた。その二人の来訪者に関しては話の流れ的に大方予想は着くが、氷見沢がそこまでするということは何か負い目があるということだろう。
なるほど、話が少し見えてきた。なぜ俺の家にやってきたのが和泉ではなく氷見沢だったのか。おそらく、和泉から話を聞いた氷見沢は、和泉が俺に頼まれたことを請け負うと申し出たのだろう。
ただ、そのことについて和泉からの連絡が一切ないことから、おそらくこの状況を楽しんでいるであろうあいつの顔が目に浮かんで癪ではあるが。
「まあ大方事情は察した。氷見沢には借りがあるし、おそらく後から来る二人にも借りがないとは言い切れないからな」
「ということは?」
「先に言っとくが、今回だけだからな」
「ありがとうございます!」
やけにオーバーに喜んでいるように見える氷見沢に何がそんなに嬉しいのかと疑問に思うが、勘違いだったら恥ずかしいので聞くのはやめておく。
「それで、一応聞くがその二人ってのは料理部の奴らだな?」
「ええそうです。和泉さんから存瀬くんが困っているというお話を伺いまして、偶然お昼休みを一緒に食べる約束をしていたお二人にもお話ししたところせっかくなら適材適所でいこうということで話がまとまりました」
「適材適所?」
「本を借りるのは図書委員の詩苑さんが、買い物は体力に自信があるから早く済ませられると言って神楽さんが、そして私が存瀬くんの説得役です」
急な話にしては、随分効率的かつ効果的な案だ。それに……
「偶然、ね……」
「ぎくっ」
どこな事前に用意されたかのような受け応えに疑問を覚え軽くカマをかけてみたつもりだったが、どうやらこの反応を見るに俺の勘は当たっているようだ。
「これはあくまで俺の独り言だと思って聞いて欲しいんだが、俺は氷見沢は人を裏切るようなことはしない誠実な人間だと思っている」
氷見沢は何も言わず、コクコクと頷く。
「だからもし、先ほどの話の偶然がそうでなかったとしても口を割ったりはしないだろう」
「ぎくぎくっ」
「しかし、その人を庇うためにまた別の誰かを裏切ることになってしまうことを考えたことはあるだろうか?」
氷見沢の顔がハッとする。俺の独り言に思考を左右され、コロコロと表情を変える姿はからかい甲斐があって面白い。俺は新しい扉を開いてしまう前に、この独り言にピリオドを打つことにした。
「その人は君の嘘に気づいたとき悲しむかもしれない。ならばそうならないために、その人にも本当のことを打ち明けるべきだ。そしてその人がそのことを黙っていてくれれば、悲しむ人は居なくなる。そう思わないか?」
氷見沢は、ウンウンと先ほどよりも力強く頷いた。そして観念したかのように話し出した。
「実は存瀬くんの看病を代わって欲しいと頼んだのは私なんです。ただ、他の二人を誘うことを提案してくださったのは和泉さんで、おかげでスムーズに事が運んだと言いますか……」
「そういうことか」
「この提案をしたことは内緒にして欲しいと和泉さんから言われているのでどうか……」
まあ結果的にはこれも予想通りだったな。まったく、あいつは絶対俺で遊んでいる。まあ俺も今現在氷見沢で遊んでしまっているし、あまり人のことは言えないかもしれないがそれとこれとは話が別だ。
「それは無理な相談だ」
「ええ、そんな……!冗談ですよね?」
あまりからかいすぎても申し訳ないので俺は少し間を置いて言う。
「冗談だ」
「え?」
「え?」
氷見沢が安心したと言うより、半信半疑という顔で言ったので、俺もつい間抜けな返事を返してしまう。
「えーっと、存瀬くんも冗談を言うんですね」
あー、確かにアルマならまだしも、存瀬柊真の状態では冗談が似合わないような……ってやかましい。自分で冗談か聞いておいてこれはどういうことだ。
氷見沢は安心したのか、呑気に「ふふっ」と笑っているが、俺は若干納得がいかず、これも全て和泉のせいということにして一先ず落ち着かせた。
「ただし、和泉のやつはちゃんと⚪︎す」
「また、冗談ですよね?」
「……」
「「え?」」




