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006 入隊

「……強く……ですか?」


 ハラルトからのいきなりの提案に玲は疑問を持った。


「ああ、この世界では人間は常に魔物の脅威に晒されている。街には警備兵が、国には軍があるが、それらの手が届かない場所で脅威が襲ってきた時に個人では対処できない。だからこそ、個人の強さも必要なんだ。」


「……はい。」


 ハラルトが言っている事は当然わかる。

 玲自身、ダークアドゥルフに襲われて死にかけているのだ。


「……率直に言おう。レイに私の軍に入ってもらいたいんだ。軍に入れば魔物を倒す機会も多くあるからね。強くなりたいのならうってつけだと思うよ」


 ハラルトの言葉にいち早く反応したのは玲ではなく、ラルフだった。


「ハラルト様!それはっ!」


「ラルフの言いたい事は分かっているよ。辺境伯軍への入隊は厳しい審査が必要だ。そしてそれは王国の法で定められている。私の独断で軍への入隊を決める事は本来できない。」


「おっしゃる通りです。それでは……?」


 ラルフはハラルトの発言の矛盾に混乱した。


「ああ、だからレイを客将として迎えようと考えているんだよ。」


「っ!!客将……ですか。」


 ラルフとハラルトの話がどんどん進んでいく。


「あのー……」


 話についていけていなかった玲は、思わず口を挟んでしまった。


「ああ、すまないね。客将というのは、強い力を持った者を審査を通さず辺境伯の判断で軍に迎え入れることができる、法にも定められている制度なんだ。」


「…………」


「いきなり言っても混乱してしまうよね。……だが少し考えてみてくれないかい?ああ、もちろん断っても客人としての待遇を変える事はないし、秘密を漏らすこともない。約束する。」


「…………」


 玲にとっては願ってもいないことだった。

 軍に入ればひとりでピンチに陥ることもなくより安全に強くなることができる。

 この世界での個人の優劣を決めるのは武力である、ということはもはや疑いようがない。

 何より、客人としてただ世話になっていることが心苦しかった。


「レイ、俺は歓迎するぜっ!」


「俺もだ。レイは危なっかしいからな。俺たちがサポートしてやるよ。」


ダニエルとアントンは玲の客将入りを望んでいる。


「「…………」」


ラルフとニコは納得はいかないのだろうが、ハラルトの手前何も言えないでいた。


「こらこら、ふたりとも。レイにも考える時間が必要だ。レイ、答えは今すぐじゃなくていい。ゆっくり考えてくれれば……」


「お願いします。」


「えっ?」


「是非、僕を軍に入れてください。」


「……本当にいいのかい?」


 玲の突然の承諾にハラルトは念を押して確認した。


「はい。強くなりたいんです。もうあんな思いはしたくないから……」


「レイ……分かった。レイを客将として迎え入れよう。」


「「よっしゃーーーーーー!!」」


ダニエルとアントンは飛び上がり、拳を突き上げながら体全体で喜びを表現していた。


「条件についてはこちらで書面を用意しておくから、また明日ここにきてくれるかい?」


「分かりました!」


「よろしい。それでは今日はひとまず解散としよう。……ラルフとニコ、ゲルトは残ってくれ。」


「「「はっ。」」」


 そうして話し合いは終わりとなり、玲、ダニエル、アントン、ラミアは部屋を出た。

 部屋を出た瞬間ダニエルとアントンが声をかけてきた。


「レイ!これからは同僚としてよろしくな!」


「レイはどんどん強くなっちまうだろうからな。俺たちも追い越されないように頑張らねえとなっ!」


「はい。これからよろしくお願いします。」


 これからの生活への期待が高まる中、ラミアが話しかけてきた。


「レイ様、正式な契約は明日になるかと思いますので、お部屋に関しては今のお部屋をそのままお使いください。」


「ありがとうございます。」


(そうか。軍人になったら兵舎で暮らすことになるのか……)


「レイ!今日は兵舎の食堂に来いよ!一緒に飲もうぜ!」


「それいいな!今日は宴会だ!俺の隊の奴らは全員参加させるぜ!」


ガシッ


「それいいな!俺の隊の奴らも全員参加だ!」


ガシッ


「え、えぇ………」


 ふたりは玲の肩をガシッと掴んでくる。

 申し出を嬉しく思うものの、大騒ぎして周りに注目されるのは避けたいと思った玲はラミアに視線で助けを求めた。


(助けてラミアさん!)


「……ハメをはずして、明日寝坊するようなことだけは気をつけてくださいね。」


(ラミアさーーーーーん!)


願い届かず、玲はふたりにひきづられながら連行されていったのだった。




 ――――――――――――――――




 一方、部屋に残ったラルフとニコは……


「ふたりは納得がいっていないようだね。」


「「…………」」


 ハラルトの問いにふたりは肯定といったように押し黙る。


「いいよ。ここにレイはいないんだ。さっきみたいに止めないから思っていることを教えてくれ。」


 ハラルトの言葉に先に反応したのはラルフだった。


「……私は、やはり怪しいと思います。彼の年齢不相応な落ち着き方やここに至る経緯、それに破格なスキルの数々。話があまりにも荒唐無稽すぎます。他国の間者でない証拠にはなり得ません。」


「私も同意見です。それに先ほどのスキルの話が本当だとすると、我々では手に負えない化物になるのも時間の問題です。」


 ラルフの意見に賛同するようにニコも自身の意見を口にした。


「……そうか。ゲルトはどう思う?」


「私はふたりとは違い、彼を客将として迎え入れることに賛成です。」


「ゲルトは以前、レイを怪しい人物と評価していたよね?なぜ考えが変わったんだい?」


「はっ。私が彼を怪しいと思っている事に違いはありません。しかし、彼が他国の間者であると仮定すると、ここを出ていかれると我々の不利益となります。」


「……不利益?」


「はい。彼が間者であり、ここを出てどこか別の場所でその正体を暴かれた場合、その者を客人として迎え入れた辺境伯に非難の声を向ける者もいるでしょう。」


「なっ!そんなの知らぬ存ぜぬでしらを切ればいいじゃないか!」


 たまらずニコが声をあげた。


「だが彼はすでに客人として屋敷の人間全員に認識されている。軍の人間の口に戸をたてられても、それ以外の人間の口を完全に塞ぐのは難しい。」


「そ、そんな……」


「私がレイを客人として迎え入れたのが早計だった。……ということかな?」


 ハラルトが苦笑してゲルトに告げる。


「とんでもございません。どちらにせよ彼は我々の管理下にあった方が都合が良いのです。間者であった場合はもちろんですが、あの話が全て本当だった場合、彼は貴重な戦力となります。」


「ありがとう。まあ、管理っていう言葉は少し引っかかるけど、みんなが言う通り間者の可能性は捨て切れないから警戒だけはしておいた方がいいね。ゲルト引き続き監視を頼むよ。」


「はっ!」


「ふたりもそれでいいかい?」


「「はっ!」」


 ラルフとニコは、玲に対してハラルトが完全に心を許したわけではないことを知ったことで、玲を客将として迎え入れることに納得した。


「じゃあ、誰にレイの面倒を見てもらうかだけど……やっぱりダニエルとアントンが適任だよね。ラルフ。彼らの小隊にレイを組み込みたい。編成をお願いできるかい?ベルンハルトには私から伝えておくよ。」


「承知しました。」


「さて、レイがどう成長するのか楽しみだ。」


 ハラルトは窓の外を眺めながら玲の行く末に期待を寄せた。

 窓から見える空は高く、蒼く、澄み渡っていた。




 ――――――――――――――――





 次の日の朝、玲はハラルトの部屋の前にいた。


「はぁー、起きれてよかった。……昨日は大変だったな。あんなに人が来るとは……」


 ダニエルとアントンが兵舎の食堂で宴会を開いてくれたのだが、ふたりの部下の人たちがたくさん集まってのどんちゃん騒ぎとなったのだ。


「すぅ---、はぁ---。よし!」


 玲は深呼吸をして気持ちを切り替え、ドアをノックした。


「どうぞ。」


 中からハラルトの声が返ってくる。


「失礼します。」


 部屋にいたのはハラルトのみだった。


「おはようレイ。昨日は大変だったようだね。」


「おはようございますハラルト様。ダニエルさんとアントンさんのおかげで楽しい夜を過ごせました。……少し盛り上がりすぎたような気がしないこともないですが……」


「ははっ、仲良くやれているようで良かったよ。……では早速、客将の条件について話をさせてもらってもいいかな?」


 ハラルトは挨拶もそこそこに本題を切り出してきた。


「……はい。お願いします。」


「ではまず給金の話からさせてもらうね。」


「……お金をいただけるんですか?」


「もちろんさ。私がレイに客将になって欲しいと要請して、それを承諾してもらうような形だからね。」


「……なるほど」


 玲にとっては衣食住を保証してもらっていることだけでもありがたいことだったが、その上お給料もくれるらしい。


「給金はひと月で金貨100枚。魔物の討伐実績や軍への貢献によって給金は都度見直される。……と言ってもレイは貨幣の価値をまだ知らないかな?」


「はい……。金貨100枚とはどれくらいの価値があるのでしょうか?」


「一般的な家庭なら金貨3枚あればひと月の家計をまかなえるくらいだね。」


「え?それでは金貨100枚って大金なんじゃ……」


「ああ、私の軍の給金は王国でもかなり高い方だからね。」


「そ、そんなにいただくわけには……」


「いいや、これには理由があるんだ。彼らは5日に1度ガリア大森林に遠征をするんだけど、その時に狩った魔物は街の業者や冒険者ギルドに売っているんだ。その売上によって高い給金を用意できているというわけさ。ガリア大森林の魔物は高ランクばかりだからね。加えて言うと、遠征の目的はガリア大森林の調査と魔物の間引きだ。当然危険が伴うし、実際に命を落とした者も少なくはない。」


「…………」


 命を落とす可能性を示唆され、玲は体を強張らせた。


「命の危険がある仕事なんだ。当然給金も高くなる……というわけさ。」


「……はい。理解できました。」


「とは言っても、レイには森の浅いところで経験を積んでもらうからそこまでの危険はないんだけどね。」


「そうなんですね。……あの、ひとりで魔物と戦うのでしょうか?」


 森の浅い場所とはいえひとりで戦うのは怖かった。ガリア大森林の魔物は最低でもCランクと聞いていたからだ。


「ああ、ではその話をしようかな。まずひとりで戦うということはないよ。」


「……そうですか。」


 ひとりで戦うことがないと知って玲はほっと胸を撫でおろした。


「玲にはダニエルとアントンが率いる小隊に加わって魔物の討伐をおこなってもらおうと思う。ふたりならすでに打ち解けているから安心だろう?」


「ダニエルさんとアントンさんですか。ご配慮いただきありがとうございます。」


「喜んでもらえて何よりだよ。今回は2個小隊の40人規模だけど、私の軍は精鋭揃いだからね。Cランク相手だと10人もいれば安全に討伐できるよ。」


(この前魔物の強さについて聞いた時、Bランクだと500人必要って話だったような……)


「あの、ハラルト様の軍だとBランクの魔物は何人くらいで倒せるのでしょうか?」


「ああ、人数でいうと50人で安全に倒せるレベルだよ。」


(10分の1!?一般の兵士の10倍以上の強さってことか。)


 王国の辺境伯軍は小国の軍と比べても全く見劣りしないというのは、他国での共通認識であった。


「みなさんお強いんですね……」


「はははっ。レイならすぐに追いつけると思うよ。」


「……頑張ります。」


「ああ、期待しているよ。具体的な仕事内容だけど、さっき話したようにガリア大森林周辺部の魔物討伐だ。頻度は、ダニエルとアントンがレイの疲労具合をみて決めることになっている。詳細なスケジュールはふたりに任せているからあとで聞きに行ってくれ。」


「わかりました。」


「あとは衣食住だね。兵士が着る服はこちらで用意するから問題ない。食事に関しては兵舎の食堂でも屋敷の食堂でもどちらを使ってくれても構わない。もちろん食事の代金は必要ないよ。ちなみに兵舎の食堂はボリューム重視、屋敷の食堂は健康と彩り重視って感じだね。あと部屋は……兵舎に空きがなくてね。そのまま今使っている部屋を使ってくれると助かるよ。……ここまでで何か質問はあるかい?」


「いえ、大丈夫です。」


「よし!じゃあ話は以上だね。この書面をよく読んで問題なければここにサインしてくれ。」


 ハラルトが紙とペンで名前を書くように勧めてくる。


(少し寂しいけど、こっちの世界じゃ特殊だろうからな。)


 名前を古谷玲ではなく、レイと書いた。この世界で古谷玲という名前は特殊であるため、レイとして生きていくことに決めたのだ。

 サインを終えたレイはハラルトに紙を返す。


「素晴らしい。言語変換のスキルはちゃんと記述にも対応しているようだね。それではこれでレイを客将として迎える正式な契約が交わされた。これからよろしく頼むよ、レイ。」


「はい。誠心誠意頑張らせていただきます。」


 こうしてレイは書面場でも正式に辺境伯軍の客将となった。




 ――――――――――――――――




 ハラルトとの話を終えたレイはダニエルとアントンの元を訪れていた。


「ダニエルさん、アントンさん、改めてこれからよろしくお願いします。」


「こっちこそよろしくな!にしてもさすがハラルト様だよな。気が効くっていうかなんというか。」


「全くだ。俺たちとしてもレイが他の隊に行っちまったら、そっちが気になってしょうがなかっただろうからな。」


「ちげえねえ!」


 和気藹々と談笑を交わす中、レイはふたりへの用事を思い出していた。


「そういえば、ハラルト様からおふたりに僕のスケジュールを聞くよう言われたのですが……」


「おうよ!しっかり俺たちがスケジュール組んどいたぜ。」


「この紙にやること書いといたからよ。あとで読んどいてくれ。とりあえず明日は朝から訓練場に集合だ!」


 レイはアントンからスケジュールが書かれた紙を受け取った。


「わかりました!ありがとうございます!」


「じゃあ俺たちは訓練があるから戻るわ。明日は寝坊すんなよ!」


「はい!」


 ダニエルとアントンは手を振りながら訓練場へと去っていった。


「休みの日でも訓練してるのか……」


 辺境伯軍の兵士たちは休みの日でも訓練を欠かさない。

 彼らの主任務であるガリア大森林への遠征は常に死と隣り合わせであるため、鈍った体で挑めばどうなるかは火を見るより明らかだからだ。

 彼らは死なないために訓練を欠かさない。


「……僕も頑張ろう。」


 レイは明日の訓練に向けて静かに意気込むのであった。

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