004 訓練場にて
次の日の朝。
「レイ様、おはようございます。」
「おはようございます。ラミアさん。」
玲が着替えて部屋を出るとラミアが廊下の外に立っていた。
「もしかして、ずっと待っていてくださったんですか?」
「お気になさらず。」
これは、もしかしなくともそういうことだろう。
「……ありがとうございます。」
これ以上何か言うのは無粋と感じ、感謝の言葉だけ述べた。
「とんでもございません。お食事のご用意をしておりますので、こちらへどうぞ。」
ラミアについて行くと、人が100人は入れそうな部屋に着いた。
「こちらの食堂は先々代のご当主様がおつくりになられたそうで、主にこの屋敷の使用人が利用しております。」
「僕もここを利用していいのでしょうか?」
「はい、基本的にお客人の場合はお部屋に食事をお持ちするのですが、レイ様はあまり使用人の利用に慣れておられないご様子でしたので食堂を利用する方が良いかと思いまして……。ご迷惑でしたでしょうか?」
「とんでもないです!……お世話になっている立場で皆さまにできる限りご迷惑はおかけしたくなかったので助かります。」
「お気遣いありがとうございます。ですがレイ様、私たちはあくまで使用人ですので、お困りの際は遠慮なくご用命ください。」
「ありがとうございます。何かありましたらご相談させていただきます。」
「はい。それでは、食堂の利用方法をご説明いたします。」
そうしてラミアから食堂の利用方法を聞いた後、朝食を持って席についた。
「レイ様は本日のご予定はございますでしょうか?」
「はい。今日はダニエルさんとアントンさんに会いに行こうと思います。」
「場所はお分かりですか?」
「はい。昨日連れて行っていただいたのでひとりでも大丈夫です。」
「かしこまりました。レイ様が客人であることは全ての兵士に通達済みですので、お名前を伝えていただければ話が通るようになっております。」
「たった1日でそこまで……ありがとうございます。」
「いえ、それでは失礼いたします。」
ラミアが去った後、玲は改めて朝食に目をやった。
「じゃあ食べますか。……なんか普通なんだよな。昨日の夜運ばれてきた食事もそうだったけど、もっと異文化なものが出てくるかと思ったのに。」
ファンタジーな食事を期待していただけに肩透かしを食らったような気分だった。
それでも苦手な味ばかりよりはマシだと、朝食を食べ進める。
「ふー。食べた食べた。」
朝食を食べ終えた玲は器を返却しに席を立った。
「ごちそうさまでした!」
「……?」
いつもの癖で何気なく厨房に向かって言葉をかけると、そういった文化はないのか調理人たちは訝しむ様子で玲を見つめていた。
特に悪い事をしたわけでもないが、向けられる視線に耐えきれず玲は慌てて食堂を出た。
「こっちでは調理人の人たちに挨拶しないのかな?……まあ文化が違うのは当たり前か。今度から気をつけよう。」
気を取り直した玲は、兵舎に向かって歩き始めた。
――――――――――――――――
玲は先日ラミアに連れてきてもらった司令本部へやってきた。
「すみません。わたくしレイと申しますが、ダニエルさんとアントンさんはいらっしゃいますでしょうか?」
「ああ、レイ様ですね。ダニエル中尉とアントン中尉は今訓練場にいると思いますよ。」
「訓練場ですか?」
「はい。この司令本部の裏にあるんですが、とても広いので見たらすぐにわかるかと思います。」
「わかりました。ありがとうございます。」
言われた通り建物の裏に周ってみると、高い柵に囲われたとてつもなく大きいグラウンドが広がっていた。
「ひっろ……。ここからダニエルさんたちを見つけられるかな。」
あまりの広さに呆然としていると……
ドガッ、ドガッ
鈍く大きな音が聞こえてくる。
音のする方をみるとふたりの男性が戦っていた。
――ダニエルとアントンだ。
「……すごい。」
玲はふたりの戦いに圧倒された。
玲の知る範囲では、人間はあんなに高く跳躍することも、視認できない速度で走ったりもできない。
ピピピッ、ピピピッ
いきなり場違いな音が鳴り響いたかと思うとふたりは戦いをやめた。
終了の合図だったようだ。
ダニエルが玲の存在に気付き声をかけてきた。
「おお!レイ!昨日ぶりだな。ゆっくり休めたか?」
「はい。お陰様ですっかり元気になりました。」
「そりゃよかった。今日はどうしたんだ?」
「おふたりにお聞きしたいことがありまして。」
「いいぜ。なんでも聞いてくれ。」
アントンが了承の返事をくれた。
「みなさんがどうやって魔物と戦っているのか教えていただいてもよろしいでしょうか。」
「どうやって魔物と戦っているかだって?そんなもん知ってどうすんだよ?」
「はい。先日ダークアドゥルフと戦って死にかけた時思ったんです。もっと力があればって……。皆さんの戦い方を参考にさせていただくことで少しでも強くなりたいんです!」
「……なるほど、レイも男だったってわけだな。わかった、俺たちで良ければ力になるぜ!」
ダニエルは快く玲の申し出に応じてくれた。
「ありがとうございます!」
「それで、何から聞きたい?」
アントンが玲に問いかける。
「先ほどのおふたりの戦闘ですが、どうやってあんな動きを実現しているのでしょうか?」
先ほどの常識外れな戦闘について玲は尋ねた。
「ああ、あれは身体強化って言って、体内の魔力の流れを活性化させることで身体能力を大幅に上昇させる技術だ。」
「保有している魔力量が多ければ多いほど身体能力は向上するんだけど、その分制御も難しくなっていくんだよ。」
「魔力ってみんな持っているんですか?」
「……はあ?」
「本気で言ってるのか……?」
ダニエルとアントンは信じられないものを見る目で玲を見た。
「……あの、実は――」
玲はハラルトに説明した内容をふたりにも教えることにした。
「――すみません。そんなわけで色々と常識を知らないんです。」
「そういう事情ならしょうがねえ。一から説明してやるよ。」
「魔力ってのはどんな生物でも持ってるんだ。人間はもちろん、そこらの草木でもな。」
「その魔力を消費することでさっき言った身体強化やスキルを使うことができるんだよ。」
「なるほど、身体強化とスキルは別物なんですね。魔力が無くなったらどうなるんですか?」
「ああ、ロストって言って全身の力が抜けた虚脱状態になっちまうんだ。魔力がある程度回復するまではほとんど身動きが取れなくなる。」
「うまく使わないと危険なんですね。」
玲は、一度魔力を消費する感覚を体験しておくため、スキルを使ってもいいか聞くことにした。
「その、ロストを体験しておくために攻撃系のスキルを使ってみたいのですが……まだ使ったことがなくて……」
「レイは何か攻撃系のスキル持ってるのか?」
「……実は火炎球というスキルを持っているようでして……。」
「火炎球だとっ!?火球の上位スキルじゃねえか!」
「すげーな……。スキルは先天的なものか?」
「先天的……ですか?」
「ん?最近どこかでステータス診断でもしたのか?」
「え、そういうわけではないんですけど……」
「じゃあレイはどうやってそのスキルを自分が持っている事を知ったんだ?」
「あー、それは……。」
(鑑定スキルの事は喋っても大丈夫か?でもLv.10って普通なのか?………うーん。)
「あ、いや、言わなくていい。すまん、詮索しすぎだな。えーっと、スキルを使ってもいいかって話だったよな。……そうだなあ、今は人も少ないし大丈夫か。あっちに向かって使ってみるといい。」
「ありがとうございます。」
ダニエルは周りを見渡し、人がいない場所を指差した。
玲は深呼吸を始める。
「すぅ――、はぁ――。」
気持ちを整え、自身が持つ全力をイメージしながら手を突き出し……
スッ
――スキルの名を口にした。
「火炎球っ!!」
――瞬間、玲の目の前に爆炎が広がった。
ドッッッッッッッガアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァン!!!!!
爆炎は玲が手を向けた方角に飛んでいき着弾すると大爆発を起こし、煙が立ち込める。
煙が晴れた後には大きなクレーターができていた。
「「……………………………へ?」」
ダニエルとアントンはふたり揃ってあんぐりと口をあけており、明らかに目の前で起こった現実を受け入れることができていない様子だった。
それを巻き起こした張本人はというと――
「……………………………へ?」
ふたりと同じ反応を取っていた。
3人が呆けているとにわかに周りが騒然とし始める。
「訓練場から爆発音が聞こえたぞっ!?」
「何があったんだ!?」
「あのクレーターなんだよ……。」
「あれってダニエルとアントンじゃねえか?」
「どんなスキル使ったらあんなことになるんだよ。」
兵士たちがなんだなんだと訓練場に押しかけてきた。
騒ぎが大きくなってきたその時――
「これはなんの騒ぎだ。」
集まっていた兵士たちは声の主を確認すると、すぐに直立不動で敬礼する。
声の主は呆然としているダニエルとアントンの姿が目に入ったので、ふたりに声をかけた。
「ダニエル中尉、アントン中尉。状況の説明を。」
声をかけられたふたりはようやく自我を取り戻して、他の兵士たちと同様に直立不動で敬礼を行った。
「はっ!ラルフ大佐!これは……その……。」
ダニエルが言い淀んでいるとラルフはレイに目を向けた。
「君は……いえ、失礼。お客人のレイ様ですね。お話は伺っております。……それはそれとして、何か事情をご存知ではありませんか?」
丁寧な言葉の裏に有無を言わせない意思を感じ、玲はたじろいだ。
「あ、あの……。」
玲がなんと説明すれば良いか戸惑っていると――
「まーたそうやって怖い顔するんだからー。ラルフの悪い癖だよ?」
場違いな声が乱入してきた。
少し背の低い細目の男性だ。
「ニコか。俺は怖い顔などしていない。」
「それは無理あるって!見てみなよこんな小さな子を怯えさせちゃって!」
ニコはラルフに臆さず思った事を口にする。
「ニコ。通達にもあったがこの方はハラルト様のお客人だ。失礼な言動は慎め。」
「えー、いいじゃん!ねーレイくん、別にいいよねー?」
「はぁ……」
「ほら!レイくんもこう言ってる!」
「本人の同意があるから良いというものではない。我々の一挙手一投足が下の者たちへの示しとなるのだ。大佐という階級にふさわしい言動を心がけろ。何回言わせるつもりだ。」
「そっちこそ堅苦しすぎるって何回言わせれば気が済むのさ!」
ふたりが言い合いを初めてしまった。
誰も止めることができずにいると突然――
ぱん、ぱん。
2回の手拍子がその場にいた全員の注目を集めた。
音の発生源では、ラミアさんが胸の前で手を合わせた状態で立っていた。
「この騒ぎの当事者は私とご同行願います。ご当主様が何があったのかお聞きしたいそうです。」
ダニエルとアントンは一気に顔を青ざめさせ、玲はとんでもない事をしてしまったのではと激しく後悔するのだった。
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