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030 ファーストダイブ

 次の日、レイたちはとあるダンジョンの前に集まっていた。


「必要な物は揃えてきたかい?」


「うん。ニケに言われた通り、最低限の魔法薬は買っておいたよ。」


 レイたちはニケのアドバイスに従い、朝からダンジョンに潜る準備をしに買い物に行っていたのだ。


「低ランクダンジョンとは言っても、不測の事態への備えは冒険者の鉄則だからね。……ところで、素材袋は本当になくていいの?」


「それは問題ないよ。」


 ダンジョンに潜る際には、魔物などの素材を入れる大きめの袋を持っていくのが定石である。


 しかし、レイはハラルトから借りていた収納袋を持っていたため素材袋を持つ必要はなかった。


「そこまで言うならいいけど……それじゃあ早速ダンジョンに入ろうか。」


「そういえば聞いてなかったけど、ここはどういうダンジョンなの?」


「ここはEランクの【粘性ダンジョン】だよ!」


「【粘性ダンジョン】?」


「簡単にいえば、色んなスライムが出てくるダンジョンだね。ルーキーが一番最初に挑戦するダンジョンとして有名なんだ。」


 ダンジョン都市にはEからSSランクのダンジョンがあるが、それぞれのランクの中でも難易度にはばらつきがある。

 中でも粘性ダンジョンは、最も易しい難易度のダンジョンとして知られていた。


「スライムか……そういえば戦ったことなかったな。」


「そうなのかい?……まあ、初見でもお兄さんたちなら問題ないと思うけどね。」


「遅くなっちゃったけど、僕のことはレイでいいよ。僕ももうニケって呼んじゃってるし。」


「私たちのことも名前で結構ですよ。」


 アルもレイの言葉に追従する。

 リリーやふたごもその言葉にうなづいていた。


「そうかい?じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな!……そうだレイ。Eランクダンジョンは、入るのに1パーティ銀貨1枚かかるんだけど手持ちはあるかい?」


「ダンジョンって入場料とるんだ……」


「ああ、そのお金が都市の運営費に充てられてるんだ。」


「へぇ。」


「しかも、ダンジョンの等級が上がるごとに入場料も高くなっていく仕組みになってるんだよね。」


「それは1日で相当な金額が集まりそうだけど、冒険者たちから苦情は出ないの?」


 この都市の冒険者たちが1日にどれくらい稼ぐのか分からないが、冒険者という生き物は総じてガメつい、というのがレイの認識であった。


 その考えからいくと、冒険者たちが黙って入場料を払っているのが、レイには不思議に思えた。


「それが出ないんだよ。っていうのも、冒険者がダンジョンで遭難した時には、冒険者ギルドがそのお金で高位冒険者を雇って救出に向かわせる仕組みになってるからさ。」


「ダンジョン内での遭難ってそんなに多いの?」


「うーん……決して多いとは言えないんだけどね……ダンジョンはごく稀に変異することがあるんだよ。変異が起こるとベテランの冒険者でも対応できないことがあるんだ……っと、少し話がそれちゃったね。変異については追々説明するとして、とりあえずダンジョンに入ろうか!」


 ニケは脱線気味だった話を切り上げ、ダンジョンに入ることを提案した。


「わかった。みんな準備はいいね?」


 レイの確認に全員がコクリと頷く。


「いざ、ダンジョンへ!」


 こうして、レイの号令のもと【執行者】のファーストダイブが開始された。




 ――――――――――――――――




「こ、これは……」


 あまりの衝撃で言葉に詰まるレイ。

 その理由はダンジョンにあった。


「……手応えがなさすぎる。」


 レイはそう言いながら、自身に向かってくるスライムをペシっとはたき落とす。

 スライムはその一撃で力尽きてしまった。


「歯応えない」

「ダンジョン、失望した」


 冒険者としてダンジョンに潜ることにワクワクしていたふたごは、その表情に絶望を浮かべていた。


「まあ、こうなるだろうとは思ったよ。ここはEランクダンジョンでも一番難易度の低いダンジョンだからね。」


 冒険者ギルドの一件で、レイたちの強さをある程度把握できていたニケは、レイたちに取って粘性ダンジョンが物足りないことは容易に想像できていた。


「これが魔力核?」


 レイは、力尽きて原型を留められず、ネバネバした粘性の水溜りと化したスライムの上に浮かぶ小さな石を摘んでみせた。


「そうだよ。魔力核はダンジョン内の魔物だけが保有しているんだ。ダンジョン都市にはこの魔力核を使った魔法具がたくさんあるから、ギルドに持っていくと換金してくれるよ。」


 強い魔物から取れる魔力核は純度が高く、ギルドでの換金も高くなるのだが、スライムの魔力核は1つで鉄貨10枚の価値しかない。


 鉄貨1,000枚で銀貨1枚分なので、スライムを100匹倒してようやくダンジョンへの入場料と相殺できる計算となる。


 あまりにもうまみが無いように思えるが、この粘性ダンジョンは初心者冒険者の勉強用ダンジョンとしては人気を博していた。


「んー。僕たちがスライム倒してもしょうがないからなー……この辺でニケの力を見せてもらおうかな?」


「オ、オイラかいっ!?」


 レイの唐突な提案に焦るニケ。


「うん!余裕があるうちにニケの罠を見ておきたくてさ!」


「べ、別にいいけど……期待するのはなしだからね!」


「大丈夫、大丈夫。じゃあスライム持ってくるね!」


 レイはそう言って、近くにいたスライムを1匹捕まえて戻ってくる。


「それじゃあ、罠の設置お願い!」


「え?あ、ああ……ど、毒罠!」


 レイの意図を汲めず一瞬呆然としたニケだったが、とりあえずレイの言葉通り罠を仕掛けることにした。

 

 ニケがスキル名を口にすると、目の前に魔法陣のようなものが現れた。


「お!そこだね……ほいっと。」


 レイは罠の上に、持っていたスライムをぽいっと放り投げた。


「それじゃあ、罠の意味がないような……」


 スライムが罠の上に着地すると、少し紫がかったエフェクトが一瞬だけスライムを覆った。


「まあまあ……ちなみにこれはどういう罠なの?」


「これは毒罠って言って、罠にかかった相手を毒状態にできるんだ。」


「え?それってすごいんじゃ……」


 罠にかけるだけで相手に継続的なダメージを与えることができるのであれば、それは非常に有益なスキルだとレイは考えた。


「そうでもないよ……オイラのスキルレベルじゃ、毒の等級は精々が6級程度。スライム1匹でさえ、倒すのに10秒くらいかかっちゃうんだ。」


 ニケが話し終わる頃にスライムが力尽きた。


「ふーん……罠の設置ってどれくらいできるの?」


「設置には魔力を使っているから魔力次第ってことにはなるんだけど、最大数の制限なんかはないよ。」


「ってことは……アレでいけるんじゃ……」


 いきなりぶつぶつと何か言い始めたレイ。

 不思議に思ったニケが声をかける。


「どうしたんだいレイ?」


「ねえ、ニケ!ニケのスキルって魔物に使えば使うほどレベルが上がるっていう認識でいいんだよね?」


「え?まあ、一般的にはそう言われてるけど……」


 ニケの応えを聞き、レイはメンバーに声をかける。


「よしっ!みんな!両手に持てるだけのスライムを持ってきて!」


「え?は、はい!わかりました!」


 アルの返事をきっかけに、他のメンバーはスライムを捕まえに行った。


「レイ?なにするつもり?」


 レイの突然の行動に理解が追いつかないニケ。


「ニケのスキルレベルを上げちゃおうかと思って。」


「それってどういう……」


「レイ様!持ってきました!」


 そうこうしているうちにアルたちが戻ってきた。

 全員が全員、両手に溢れんばかりのスライムを抱えていた。


「ありがとう!それじゃあ、ニケは僕の後ろに移動して、ここら辺一帯に仕掛けられるだけ罠を仕掛けちゃって!」


「え?ちょっと説明を……」


「いいから!」


「わ、わかったよ。」


 レイの勢いに飲まれて、ニケはレイの後ろに移動し、渋々毒罠を仕掛け始めた。


「よっ!ほっ!やっ!」


 レイはみんなが持っているスライムを掴むと、ニケが罠を仕掛けた場所に次々と放っていく。


 スライムたちが次々と毒状態となる中、アルたちは持っていたスライムがなくなると、次のスライムを補充しに走る。


 しばらくすると、ニケの息遣いが荒くなってきた。


「……はぁ、はぁ。レイ、もう限界だよ。」


 ロストが近くなってきているであろうニケに対して、レイは魔力回復薬を差し出して告げる。


「じゃあこれ飲んで!魔力回復薬がなくなるまでひたすら続けるよ!」


「ひっ……」


 こうして、突如始まったレイのスパルタ特訓は、持ってきた魔力回復薬がなくなるまで続けられた。




「レイ様、もう近くにスライムが見当たりません。」


「もういなくなっちゃったの?まだ100匹くらいしか倒してないと思うけど……」


「レ、レイ……もう休ませて。」


 時間にしたら十数分程度であったが、これほどたくさんの罠を仕掛け続けた経験のないニケにとっては、辛く長い時間だった。


「うーん。スライムがいないんじゃ仕方ないか。」


「た、たすかった。」


 ニケの懇願に応えてくれたというわけではなかったが、とにかくこの時間が終わることを、ニケは心の底から喜んだ。


「あっ、そうだ。」


「今度は何さ……」


 レイがまた変なことを言い出すのではないかと思って、つい身構えてしまうニケ。


「最後の方、スライムを倒すペース格段に早くなってなかった?」


「そうだった!息つく暇もなかったから言いそびれてたけど、たぶん毒罠のスキルレベルが上がったんだと思う!」


「おー!たくさんスライムを倒した甲斐があったね!」


「そ、そうだね……」


 スキルレベルが上がったことは大変喜ばしいことであったが、つい先ほどまで行われていたスパルタ特訓を思い出すと、素直に喜びきれないニケなのであった。


「ニケのスキルレベルも上がったみたいだし、本格的にこのダンジョンは用済みだね。」


「いやいや、どんな罠があるのかとか、通常の魔物とダンジョンボスの強さの違いとか、学ぶことはまだあるよ!」


「そういえばまだダンジョンの罠を見てないな……」


「はぁ……レイは掴み所のない人だね。」


 レイに振り回されっぱなしのニケは、思わずため息を吐き出した。


「気苦労お察しします。」


 アルがニケのため息を聞いて同調してきた。

 レイに振り回される者同士、なにか繋がるものがあったのだろう。


「なんでアルが同調してるのかは置いといて、ニケは罠がある場所は分かるの?」


「このダンジョンの罠は全部把握してるよ……例えばそこ。」


 ニケはダンジョンの地面を指差した。


「地面に少しくぼみがあるだろう?そこを踏んじゃうと天井の穴から石が飛び出すんだよ。」


「へー。」


 レイはそう言って、何の躊躇もせずニケが指摘したくぼみを踏みに行く。


 するとニケの言う通り、天井から小石がそれなりのスピードで落ちてきた。


 レイはその石をパシッと掴んでみせる。


「すごいね!これが罠かー。たしかに魔物との戦闘中に踏んじゃったら厄介かも。」


「……罠だとわかってるのに踏みに行くかな。普通……」


「ニケさん。直に慣れますよ……」


 レイの奇行に呟くニケに対して忠告してくれたリリーは、何か悟りを開いているかのような、優しく、穏やかな目をしていた。


「ニケはこういう罠の解除もできるの?」


「こういうタイプは解除方法がないから、見つけ次第パーティに報告するだけだよ。」


「え?簡単に壊せそうだけど……」


「ダンジョンの壁や天井は不壊と再生の属性を持ってるから、基本的に壊せないし、壊せたとしてもすぐ再生しちゃうんだよ。だから罠を壊す行為っていうのはすごく効率が悪いんだ。」


「なるほどー。じゃあ罠の解除って宝箱以外にはあんまり使うことないの?」


「うーん。それは実際見せた方が早いかな……よしっ!じゃあダンジョンボスを倒しに行こうか!」


「……?」


 レイの疑問を他所に、ニケはダンジョンボスがいるであろう方向に歩き出した。




 ――――――――――――――――




「ここがダンジョンボスがいる場所。通称【ボス部屋】だよ!」


 ニケが一行を案内したのは、大きな扉の前であった。


「ここがボス部屋なの?まだ階段昇ったり降りたりしてないけど……」


「たしかに他のダンジョンだと階層移動があるのが普通だけど、この粘性ダンジョンは1階層しかないダンジョンなんだよ。」


「そうなんだ……」


「がっかり……」

「失望……」


 ダンジョンといえば何階層もあるもの、という想像をしていたふたごは1階層しかないことを知り、さらに絶望していた。


「それで……先ほどの罠の話とこのボス部屋がどう関わってくるのですか?」


 アルは罠の解除とボスの関連性について、改めてニケに尋ねた。


「ああ。これは全てのダンジョンに共通して言えることなんだけど、ボス部屋の扉はそのまま開けようとすると呪いが降りかかるようになってるんだ。」


「呪い……ですか?」


 アルは、呪いという単語に引っかかって思わず聞き返す。


「うん。昔、ボス部屋の扉を破壊しようとしたパーティがいて、その場にいた全員のステータスがレベル1の状態まで下がったんだって。」


「それはむごいですね……」


 以前までレベルが中々あげられない環境にいたリリーは、呪いの内容に恐怖を覚えていた。


「さらにこの呪いがいやらしいのは、下がるのはステータスだけでレベルは下がらないんだよ。」


 レベルが下がらないということは、次のレベルアップに必要な経験値はそのままということ。

 つまり、ステータス低下で弱くなっているにもかかわらず、レベルアップするためには大量の経験値を獲得しなければならないということだ。


 元が高レベルであるほど絶望は増すことだろう。


「ニケはこの扉の罠は解除できるんだよね?」


「ああ!早速やってみせるね。」


 そう言ってニケは、扉に向かって手をかざし呟いた。


「罠解除」


 次の瞬間、ニケの手と扉の間に、毒罠の時よりも更に複雑な模様の魔法陣が現れた。


 ニケは両手を使い、魔法陣の図形をまるでパズルでも解くかのように動かしていく。


「よしっ。これで完了!」


 ニケが腕を振ると同時、カチッという音がして魔法陣が砕けたと思ったら、扉全体が黄金色に輝き始めた。


「わあ……」

「きれい」


 ふたごが感嘆の声を漏らす。


「すごくきれいだね。」


「そうだろう?この光景こそが罠士最大のやりがいさ!」


 レイの感想に、ニケは胸を叩き、笑顔で応えてみせる。


「……もう扉を開けても良いんだよね?」


「ああ!扉の先にボスがいるよ!」


「よしっ!みんな行くよ!」


「「「「「おー!」」」」」


 こうしてレイたちは、ボス部屋に足を踏み入れた。

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