003 辺境伯と会う
「レイ様がお目覚めになられたので、お連れいたしました。」
「ああ、入ってくれ。」
ラミアが扉にノックして声をかけると、中からは優しく柔らかな男性の声が返ってきた。
「レイ様、お入りください。」
ラミアに促され玲は部屋の中へと入った。
「やあ、レイと言うんだね。僕は陛下からガリアの統治を任されているハラルト・マルクグラーフ・フォン・ウィズモンドだ。」
「僕はレイと申します。この度は命の危機から救っていただきありがとうございました。」
礼を失することのないよう深く頭を下げる。
「これはご丁寧に……どういたしまして。」
ハラルトは優しい笑顔で玲の感謝を受け取った。
「レイはしっかりしているね。年齢を聞いてもいいかな?」
「はい、8歳です。」
ハラルトは少し驚いたように目を開いた。
「……8歳でこれほど礼儀正しい子は初めてだよ。」
「お褒めに預かり光栄です。」
ハラルトの称賛に対して今度は軽く頭を下げた。
「君は本当に礼儀正しいね。実際にレイを助けたのは兵士の2人だから私にそれほどかしこまる必要はないよ。あとで兵士の2人に会う機会をつくってあげるね。」
実際に自身を助けてくれた人たちにもお礼をしたいと考えていた玲にとって、この申し出はありがたかった。
「――とまあ挨拶はこのくらいにして、少し話を聞かせてもらってもいいかな?」
……少し、ほんの少しだけハラルトの雰囲気が変わったのを感じ取った玲は、わずかに身を硬くした。
「さあ、座ってくれ。」
「……失礼します。」
ハラルトに促されソファに腰掛け、ハラルトとは机を挟んで向かい合う形となる。
「早速質問なのだが、レイはなぜガリア大森林にいたんだい?」
(――きた。)
想定していた質問が来たので、用意しておいた答えを口にする。
「信じてもらえないかもしれませんが、つい先日まで僕は日本という場所におり、瞬きをした次の瞬間にはあの森にいたのです。」
共通認識を得られない可能性を考え、白い空間に関してはぼかしているものの、玲は真実を伝えることにした。
スキルについてはもう少し様子を見るためここでは隠すことに決めていた。
「森を抜けようと歩いているうちに夜になったので、木の洞で休んでいたところに狼がやってきて命からがら倒すことができたのですが、その後意識を失って今に至る……という感じです。」
「ふむ……」
ハラルトは話を聞きながら何かを考えるように顎に手を添えていた。
「ラミアはニホンという地名に聞き覚えはあるかい?」
「いえ、聞き覚えがございません。この大陸に存在する地名は微細なものでも覚えているつもりでしたが……お力になれず申し訳ございません。」
「いいんだ。私も知らなかったんだからね。」
次にハラルトは玲に尋ねた。
「レイ。ニホンという場所が大陸のどこにあるか分かるかい?」
ハラルトがこの世界の地図を出しながら玲に質問を投げかけてくる。
「……すみません。このような地図を見たことがないため分かりません。」
「……そうか。レイが身につけていた服からして大きい都市の出身だと予想していたのだが、当てが外れたようだ。」
続けてハラルトは別の話題を振ってきた。
「ところでレイは特に武器を持っていなかったようだけど、どうやって狼を倒したんだい?」
「石を投げて倒しました。」
「……石?」
「はい。幸いなことに狼は満身創痍で今にも倒れそうな様子だったので、石をぶつければ倒せるのでは、と考えました。……今考えると無謀なことだったと自覚しています。」
「……そうだね。ガリア大森林の魔物に石を投げつけて倒せたということは瀕死の状態だったのだろう。運が良かったね。」
「はい。同じ状況になったら次はすぐに逃げ出します。」
「ははっ、そうだね、それがいいよ。ガリア大森林にはCランク以上の魔物しかいないからね。ちなみにレイが遭遇した狼はBランクのダークアドゥルフという魔物だよ。」
「……すみません。僕からも質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんさ。何が知りたいんだい?」
「魔物にはランクがあるのですか?」
「……魔物のランクを知らないのかい?」
ハラルトが疑うような視線を向けてきたので玲は焦った。
(やばい!薮蛇だったか!?)
「……まあいい。魔物にはランクというものがあって、一般的にはFからSまで7つのランクに分かれているんだ。FからSにランクが上がるにつれて脅威度も上がっていく。これは魔物の脅威に対する指標ではあるが、他にも冒険者の強さを表す指標でもあるんだ。」
(危なかった……それにしても冒険者か。ファンタジーの定番職業だな。)
「その指標で言うと、ガリア大森林の魔物の脅威はAランクと認定されている。あそこにいる魔物は最低でもCランクで、Aランクの魔物も数多く生息しているからね。」
「Aランクとはどれくらいの強さなんでしょうか?」
「……そうだな。レイに伝わるかはわからないけど、一般的な軍の尺度でいうと、1個旅団で挑めば安全に倒せるだろうというレベルだね。ちなみに我が国の1個旅団は2,000人編成だよ。」
「2,000人!?それだとBランクは……」
「Bランクを安全に倒すなら1個連隊かな。500人だね。」
「500人!?1体の魔物を倒すのに500人必要なんですかっ!?」
「うーん、一概にそうは言えないかな。1体でBランクに相当する魔物も多くいるけど、ダークアドゥルフは集団行動をとることからBランクに認定されているんだ。単体だと群れの長でない限りCランクがいいところだろうね。Cランクだと2個中隊、100人いれば倒せるというレベルだね。……運が良いと言った意味を再認識できたんじゃないかい?」
「……はい。」
(本当に今生きてるのは運が良かったんだな……)
「まあ、今のは民間人より少し強いくらいの兵士を基準に考えられた指標だから少し大げさなんだけどね。他に聞きたいことはあるかい?」
「そうですね……。ここはなんという国なのでしょうか?」
「バルカディア王国だよ。」
「バルカディア……」
(……まあ知ってるはずがないか。)
「聞き覚えはあったかい?」
「いえ、やはり聞いたことのない国名でした。」
「……そうか。ちなみにレイは自分の元いた場所に戻りたいってことで良いんだよね?」
「はい。可能ならば戻りたいと思っています。」
「わかった。私の方でもレイの故郷について調べてみるよ。」
「ありがとうございます。」
「レイは行くあては……ないよね。それならうちでレイを客人として迎え入れるよ。」
「そんな!そこまでご迷惑は――」
迷惑はかけられない。そう言おうとしたが現状自分にはお金もなく、土地勘もなく、住む家もない。こんな状態でこの屋敷を出れば1週間もせずに死ぬことは明白だった。
「……お言葉に甘えさせていただきます。」
「良いんだ。ここで出会ったのも運命の導きだろう。」
「ありがとうございます。」
玲は深く頭を下げた。
「よし、話は以上だ。起きぬけに無理をさせてしまってすまないね。そうだ、レイを助けた2人には今から会うかい?」
「是非お願いします!」
「わかった。ラミア、お願いしても良いかい?」
「承知しました。レイ様を兵舎にお連れいたします。」
「ああ、よろしく。それではレイ、私は忙しくてあまり会える機会は少ないかもしれないが自分の家だと思ってくつろいでくれて良いからね。」
「ご配慮感謝いたします。」
「レイ様、こちらへ。」
ラミアに促され玲は部屋をでた。
「それではレイ様を助けた2人の兵士の元へご案内いたします。」
「お願いします。」
玲は再びラミア先導のもと歩き出した。
――――――――――――――――
「こちらは兵舎といって、兵士たちが普段生活をしている場所です。」
ラミアに連れられてきたのは先ほどまでいた屋敷から少し歩いた場所にある兵舎だった。
「ここにある建物全部兵士の人たちの家なんですか?」
そこには団地のような、外観は全く同じいくつもの立派な建物が並んでいた。
「辺境伯の軍は通常の街の警備の他にガリア大森林の監視の役目がありますので、通常の貴族の私兵とは数が大きく異なります。その人数を管理するための兵舎もそれだけ多くなるのです。」
「なるほど。」
「それではこちらへどうぞ。」
案内されたのは兵舎よりも小さいが、お金がかかっていそうな外観の建物だった。
「こちらは軍の司令本部でございます。」
中はホテルのロビーのような内装だった。
「そちらのソファにかけてお待ちください。」
ソファに座って周りを眺めながら時間を潰していると、程なくしてふたりの男性が玲の元へやってきた。
「よおっ!目が覚めたようで安心したよ。あの傷じゃあ助かるかどうかギリギリだったからな。」
「全くだ。見つけた時は肝を冷やしたぜ。」
気さくに話しかけてくるふたりの男に対してラミアが告げる。
「おふたりともこちらはご当主様が客人としてお迎えになったレイ様です。」
客人という単語を耳にして男たちは姿勢を正した。
「これは失礼いたしました。自分は辺境伯軍所属、ダニエル・フェルトマン中尉であります。」
「同じく、辺境伯軍所属、アントン・パウルス中尉であります。」
敬礼しながら自身の所属を告げるダニエルとアントンに対してレイは慌てて訂正した。
「失礼だなんてそんな!僕はハラルト様のご厚意で客人として迎えていただいただけなのでそんなにかしこまらないで下さい。」
「おっ、いいのか。堅苦しいのは苦手だから助かるぜ。」
「おいおい大丈夫かよ……。なあラミアさんこれどうなんだい?」
ダニエルのあっさりとした態度を見て、アントンはラミアに確認をとった。
「当の本人であるレイ様がおっしゃるのでしたら問題はないかと。」
「問題ないならいいか。まあ何にせよ無事で良かったよ。」
「おふたりに救っていただかなければ僕はここにいませんでした。本当にありがとうございました。」
レイはふたりに向かって深くお辞儀した。
「こんな小せえのに礼儀正しい奴だな。……まあ顔をあげろよ。原因は俺たちにもあるからな。」
「えっ?」
ダニエルの言葉にレイは疑問の声を発した。
「俺たち辺境伯軍は5日に1度、ガリア大森林の調査と接敵した魔物の討伐を行なっているんだ。その帰りに俺たちの隊がダークアドゥルフの群れと戦闘になったんだが、1体逃しちまってな。深手を負わせていたこともあって追撃はしなかったんだよ。」
「歩き始めて少し経った時にダニエルが突然、何か聞こえるって言って走り出したから俺もついていったら大怪我してるレイがいたってわけだ。」
「なるほど、それで……」
「だからレイの怪我は俺たちにも非があるんだ。すまなかったな。」
ダニエルが申し訳ないという顔で玲に謝罪の意を伝えた。
「いえ、あの森であのまま彷徨っていたらどのみち生きてはいなかったでしょうから、今の僕があるのはやっぱりおふたりのおかげです。」
「ハハッ!お前いい奴だな!客人ってことはしばらく屋敷にいるんだろう?困ったことがあったらなんでも俺たちを頼っていいからな!」
「俺たちが次にガリア大森林の調査をするのはまだだいぶ先になるからな。当分の間は兵舎にいるからよ。」
「ありがとうございます!」
「おふたりとも、レイ様は病み上がりですのでこの辺りで。」
ラミアがレイの体調を気にして会話を切り上げるように促してきた。
「おお、そうだったそうだった。レイ、今日はゆっくり休むんだぞ。」
「元気になったらこっちに遊びに来ていいからな。」
「はい!」
ふたりに別れを告げ、玲はラミアと共に屋敷に戻った。
――――――――――――――――
「それでは玲様、お食事はお部屋に運ばせていただきますが、何か苦手なものはございますか?」
部屋に戻った玲は、ラミアから苦手なものはないか聞かれていた。
「いえ、特には……。お気遣いありがとうございます。」
「とんでもございません。それではごゆっくり。」
そう言ってラミアは部屋を出た。
「ふう。あんまり動いたわけでもないのに疲れたなあ。……そうだステータスをもう一度確認しておこう。」
玲はベッドに腰掛けながら、ステータスを確認する。
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【名 前】 古谷 玲
【種 族】 ヒューマン
【レベル】 11
【体 力】 442 / 442
【魔 力】 307 / 307
【攻撃力】 261
【防御力】 221
【速 さ】 176
【知 力】 243
【固 有】
早熟:Lv.1 言語変換
【スキル】
鑑定:Lv.10 NEW 火炎球:Lv.1
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「……状態の欄が消えてる。瀕死って書いてあったはずだけど……状態に異常がなければ表示されないってことかな。」
最後にステータスを確認した際には確かに状態の欄が表示されていたが、玲の推測どおり、健康な状態だと表示されない項目だった。
「ステータスが上がってるのは置いといて、気になるのはこの火炎球ってスキルだよな。」
玲は火炎球の詳細を見ることにした。
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火炎球:Lv.1
スキル【火球】の上位スキル。
超高温の火炎の球を生み出す。
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「戦闘向けのスキルだな。しかもいきなり上位スキルを取得してるし。」
異世界にきて初めての戦闘系スキルにテンションが上がる玲。
「試してみたいけど、場所がなぁ。明日ダニエルさんたちに相談してみるか。」
この後も玲は自身のステータスを眺めつつ夜を過ごすのだった。
――――――――――――――――
時は玲が辺境伯との話を終え、部屋を出た頃に遡る。
「……どう思う?」
ハラルトは玲とラミアが部屋を出て自身以外誰もいない空間で話し始める。
「率直に申し上げますと、怪しさしかありません。」
何もない空間にスッと男が現れた。
「まあ、それはそうなんだけどね。どうも彼が嘘をついているように思えないんだ。ただ何かを隠しているのは間違いない。」
「あの少年の言葉を信じておられるのですか?ラミア殿がおっしゃるように、王国が認知している村や町にニホンという名のものはありません。もちろん我々が知らない可能性もあるでしょうが、だとするとあの礼儀に則った喋り方の割りに常識がなさすぎる矛盾への説明がつきません。」
「だよね。少数民族とかなら常識のなさに説明はつくけど、レイはあまりにも礼儀正しすぎる。あのレベルの教育が閉鎖的な環境で施されるのは想像しづらい。」
「如何致しますか?」
「引き続きニホンの調査は進めてくれるかい?もちろんレイの監視も怠らないようにね。」
「はっ。」
言い終わる頃には男の姿は景色に溶け込み見えなくなっていった。
今度こそ誰もいなくなった部屋でハラルトはひとりごちる。
「個人的にレイは気に入っているから味方だと嬉しいな。」
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