025 合同訓練4
もはや、騎士団の者たちは息すらしていないのでは、というほどの沈黙に包まれている。
「……勝負あり。」
フリッツはどこか投げやりに決着の合図を発した。
スタスタと歩いてきたアルに、レイが声をかける。
「いやぁ、アルの戦い方は安定してるねー。安心して見ていられたよ。」
「さすがです!」
「アル、強い」
「くーるだった」
「ありがとうございます。なんとか連勝記録をつなげることができました。」
皆の称賛に、アルも笑顔で応える。
「さーて!最後は僕だね!この流れでいくと騎士団長殿とかな?」
レイの声が聞こえていたのか、フリッツが慌てた様子で話し始めた。
「……は、はっはっは!客将殿の部隊の力量は大方把握できた!これ以上の試合は必要なさそうだな!」
「え?まだ僕が残っていますけど?」
「客将殿の相手は、当然騎士団長である私がやる予定だったのだがなっ!如何せん今日の私はいささか体調が芳しくない!よって客将殿の力量はまた別の機会に見せていただこう!」
体調が悪い割には、大声で捲し立てるように話すフリッツ。
「んー。それでは僕が、自分の部隊のものたちと戦うのはいかがでしょうか?」
「「え゛」」
アルとリリーの声が重なる。
「既に戦いを披露した者たちとの戦闘ならば、ある程度力量を推測することもできるかと思いますが?」
「……4人全員と戦うのか?」
「ええ、良くやっていることですから。」
「……良く?ま、まあいい!では見せてもらおうか。」
「かしこまりました。」
フリッツにぺこっと一礼して、アルたちの方に体を向けるレイ。
「というわけで……」
「「ひぃっ!」」
レイの笑顔に顔を引きつらせるアルとリリー。
「いつも通り、全力組手といこうか。」
「のぞむところ」
「今日こそ一発入れる」
ふたごはやる気満々だった。
「……やるしかないようですね。リリー、切り替えましょう。本気でやらないと大怪我では済みませんよ。」
「……そうですね。みなさん!回復は任せてください!」
ババッ
そう言って、全員が当然のようにフル装備で臨戦態勢に入る。
「…………」
沈黙が場を支配すること数秒。
「それじゃあ、まずはおさらいから。」
最初に動き出したのはレイだった。
「まず、敵は治癒士を潰そうとするよね。」
シュッ
「さあ、どう動くべきかな?」
一瞬でリリーの前に現れたレイ。
その拳は今にも突き出されようとしていた。
当然、騎士団の者でこの動作を目で追えているものはいなかった。
――そう、騎士団の中には。
「雷槍!」
レイの動きにいち早く反応したのはアルだった。
レイの頭を撃ち抜かんとばかりに放たれたアルの雷槍だったが、レイはバックステップを踏むことでこれをたやすくかわす。
「牽制の魔法で、敵の意識を治癒士から自分に向ける。良いね!じゃあ、次の標的は魔法士だ!土槍!」
ギュンッ
レイがスキルによって生み出した土の槍が、凄まじい音を立てながらアルに迫る。
ガギイィィィンッ!!
それをとめたのは、双剣を構えたリルだった。
「ぐっ!あぁっ!!」
苦しい表情を見せるリルだったが、なんとか土槍の軌道を逸らしてみせた。
シャシャシャシャッ
いつの間にかレイに接近し、双剣による怒涛の攻めを見せるベル。
しかし、その攻撃のことごとくがレイによって躱されている。
「っっ!!」
そこにリルも加勢して、レイを一気加勢に攻め立てる。
「うんうん。前衛と後衛の役割分担がしっかりできているね。」
ふたごの攻撃を笑顔で躱し続けるレイ。
「でも」
しかし次の瞬間。
ガシッ
ガシッ
レイはふたごの手を掴み――
ドゴォォンッ!!
――地面に叩きつけた。
「「がはっっ!!」」
ふたごには目もくれず、レイはリリーの目の前に移動する。
「アルとリリーの位置関係はダメダメだね。」
「雷そ……っ!」
レイに向かって雷槍を放とうとしたアルだったが、自分とレイを結んだ線上にリリーがいたためスキルの発動を中断する。
「守護結界!!」
少し遅れて守護結界を展開したリリーだったが――
バキンッ
レイによるただのパンチで、結界は容易く砕かれてしまう。
ビュンッ
続けて繰り出されるレイの回し蹴り。
胴体に向けて放たれたこの蹴りに対して、リリーはなんとかガントレットによる防御を間に合わせた。
「ぐうぅっ!!」
しかし、その程度でレイの蹴りを受け止められるはずもなく呻き声を上げながら吹き飛ばされるリリー。
「リリー!!」
リリーの身を案じて声をあげるアルだったが――
「敵から目を離しちゃダメだよ。」
「かはっ!」
いつの間にか目の前に来ていたレイのボディーブローをまともに受けてしまい、一瞬で意識を失うアル。
ものの数十秒で、レイによって全員が無力化されてしまった。
アルが倒れていくのを眺め終え、レイは涼しい顔で声を上げる。
「よしっ!各々の課題も見えたことだし、ここまでにしようかっ!リリー!みんなの回復お願い!」
先ほど回し蹴りで吹き飛ばしたリリーに、回復を頼むレイ。
「う、うぅぅ。わかりましたぁ。」
レイの手加減を受けていたリリーは、自分の脇腹を回復しつつ、アルとふたごの回復へと向かった。
「…………」
戦いの一部始終を見ていたフリッツは、開いた口が塞がらなかった。
騎士団の面々を倒した者たち。
その実力はこの目で確認したはずだ。
正直に言えば、全員が侮れない実力者たちだった。
その者たち全員を相手にしての圧倒的な勝利。
あの力を向けられたら、自分などひとたまりもない。
その現実を突きつけられたフリッツは、たちまち恐怖に襲われた。
(わ、私はとんでもない化物に喧嘩を売っていたのでは……)
「騎士団長殿」
「は、はいぃぃっ!!」
突然レイに話しかけられたフリッツは、つい敬語で反応してしまった。
「……?」
「いや、なんでもない。どうしたのだ?」
首を傾げるレイに、フリッツはなんとか平静を取り戻して問いを返した。
「僕の力量の確認はできたでしょうか?」
「んっ!?そ、そうだなっ!まずまずと言ったところか!」
フリッツは挙動不審になりながらも、精一杯の虚勢を張って見せた。
「それはそれは。今後も精進して参る所存でございます。」
「うむ!励むがよいぞ!」
「では、訓練の目的も達成したところで、本日は失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああっ!今日はもう帰って良いぞ!ご苦労だったな!」
一刻も早くレイから離れたいフリッツは、レイの提案に飛びついた。
「いえ、こちらこそありがとうございました。明日も同じ時間に伺わせていただきます。」
レイは一礼すると、いまだに意識が回復しないアルをおぶって訓練場を後にする。
リリーとふたごもレイに続いた。
レイが訓練場を去ったのを確認し、フリッツは呟く。
「……明日も来るのか。」
――――――――――――――――
「――ァル……アル!」
「はっ!」
宿のベッドの上で目を覚ましたアル。
アルの名前を呼んでいたレイの顔がほっと綻ぶ。
「あーよかった。全然目を覚まさないから、ヤっちゃったのかと思ったよ。」
ふぅ、と流れてもいない汗を拭うレイ。
「……ど、どれくらい気絶していたのでしょう……」
「1時間くらいだね。」
レイの言葉に目を見開くアル。
「さ、最長記録ですね。」
「だね!リリーの30分を大幅に塗り替えたよ!」
ここでいう「記録」とは、訓練によって気絶していた時間のことだ。
魔物との戦闘で気絶することはなくなった面々だが、レイとの模擬戦では必ずと言って良いほど誰かが気絶に追い込まれていた。
「リリーなんて30分超えたところでガッツポーズしてたんだから!」
じー
レイの言葉を受けて、リリーをジト目で見つめるアル。
対するリリーは気まずそうに言い訳を並べ始めた。
「え?いやぁ、脈拍は安定してましたし、命に別状はなかったのであわよくば記録を塗り替えてくれると嬉しいなー。なんて思ったり……あはっ、あはははっ!すみませんでしたぁっ!!」
全力で頭を下げるリリーに、ふっと表情を緩めるアル。
「謝る必要はありませんよ。私の力不足が招いた結果ですので……」
「うんうん!自己分析がしっかりできていてよろしい!ちなみに僕の辛口採点でいくと、ベルとリル60点、リリー30点、アル10点ってところだね!」
「「うっ……」」
アルとリリーは思いの外低い点数に顔が引きつる。
「まずベルとリル。ふたりは自分たちの役割をしっかり把握して動けていました!なので60点は誇って良い点数と言えます。」
「「!!」」
「しかし!剣の軌道が素直すぎて読まれやすいです!よってマイナス40点!」
「「はい!師匠!」」
なぜかこの時ばかりは、レイのことを師匠と呼ぶふたご。
そんなふたごに、レイは少し表情を緩めて言葉を加える。
「とはいえ、このままだとふたりの成長にも限界があるね。剣の師匠を見つけきれていないのは僕の責任だ。よって僕にマイナス100点!」
「マイナス……!」
「100点……!」
ふたごは師匠のマイナス100点に衝撃を受けていた。
「次!リリー!」
「はい!」
「僕の攻撃に守護結界が間に合ったのは、今回が初めてだったよね。そこは高く評価しています。」
「ありがとうございます!」
「しかし!敵と仲間との距離感が全く掴めていませんでした!よってマイナス70点!」
「うぅ。精進いたします。」
自分でも自覚できていた部分だったので、この指摘をリリーは素直に受け入れた。
「次!アル!」
「……はい。」
部隊の中で最低点をもらったアルは、落ち込んだ様子でレイの話に耳を傾けた。
「まず最初の牽制に関してはよくできていました!」
「ありがとうございます。」
「しかし!その後はボロボロでした!ふたごが戦っている際、魔法による援護が全くなかったこと!リリーを守れる位置取りができていなかったこと!極め付けは戦闘中に敵から目を離したこと!これら全てを加味してマイナス90点!」
「……面目次第もございません。」
落ち込んでいた肩をさらに落ち込ませてしまうアル。
その様子を見てレイは、表情を優しい笑顔に戻して告げる。
「アルには難しい役割を任せてしまっているからね。その分求めることも多くなってしまうんだ……でも僕は、アルならきっとできるって信じてるよ!」
「はい!必ずやご期待に応えてみせます!」
先ほどまでとは違い、アルは力強い瞳で返事を返した。
「うむっ!全員の課題も整理できたところで、今日はゆっくり体を休めて、明日に備えよー!」
「「「「おーーー!」」」」
こうして、合同訓練の1日目が終了した。
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