023 合同訓練2
「持久戦……ですか?」
アルがレイの呟きに疑問の声を上げる。
傍から見ると、防戦一方になっているリリーが明らかに不利なように見える。
「うん。一見リリーが不利なように見えるけど、リリーは相手の攻撃になんとか反応できているだろう?」
「たしかに……」
先ほどから追い込まれているように見えるリリーだったが、傷どころかまだ一太刀もまともに受けていなかった。
両手のガントレットで、上手く攻撃を捌くことができている。
「ガントレットに慣れるために、みんなと組み手もやったからね。その経験を上手く活かせてるみたいだ。」
「はい。意外でしたが、リリーはガントレットとの相性が良いように感じました。」
レイたちは王都につくまでの合間合間で、それぞれの武器に慣れるために隊員同士で組み手を行っていたのだ。
「僕もそれは意外だったよ。特に適性があるってわけでもなかったからね。」
レイの鑑定では、リリーに適性のある近接武器を見つけることはできていなかったのだ。
しかし、リリーはガントレットの扱いが妙に上手だった。
「持久戦というのは、リリーがこのまま防御に徹することで、相手の疲労を待つということでしょうか?」
「うーん。見たところ相手は物理戦闘に特化しているようだから、スタミナの疲労という意味では、リリーより先にへばることはないだろうね。」
「ではいったい、どういう…………っそうか!身体強化ですね!」
アルはしばし考えたのち、レイの考えにたどり着くことができた。
「正解。流石に相手も身体強化を習得してるみたいだけどね。魔力の総量も、その使い方も、リリーの足元にも及んでいない。」
レイの鑑定ではこのように見えていた。
――――――――――――――――
【名 前】 リリー・フラウエン
【種 族】 ヒューマン
【レベル】 30
【体 力】 1,256 / 1,392
【魔 力】 4,628 / 4,628
【攻撃力】 1,097
【防御力】 1,055
【速 さ】 557
【知 力】 3,109
【スキル】
治癒光:Lv.3 守護結界:Lv.3
――――――――――――――――
【名 前】 リーノ・フォン・ブッカー
【種 族】 ヒューマン
【レベル】 32
【体 力】 2,735 / 3,030
【魔 力】 143 / 738
【攻撃力】 2,616
【防御力】 1,971
【速 さ】 1,532
【知 力】 835
【スキル】
怪力:Lv.2
――――――――――――――――
対戦相手のリーノは魔力の減りが著しい一方、リリーの魔力は全く減っていない。
「しかも、リリーが身につけている聖法衣の魔力回復が、身体強化で消費する魔力を上回っているみたいなんだ。」
「あの法衣ってそんなに凄いものだったんですね。……そういえば、先ほど守護結界の使用を制限するようおっしゃっていましたが……」
「ああ、あれね。」
レイは試合の開始前にリリーに告げた言葉を思い出す。
――守護結界の使用は最低限にしてみて
リリーは今のところ守護結界は使用していない。
レイの言いつけを律儀に守っているのだろう。
「リリーがどういう風に解釈するのか楽しみだよ。」
レイは敢えて、全ての意図をリリーに伝えることはしなかった。
それは意地悪や酔狂といった類のものではなく、リリー自身の対応力を伸ばすためであった。
エリックの時とは違い、今回の相手はリリーのスキルを知らない。
そういった戦闘における切り札の使い方を、自分自身で見つけて欲しいというレイなりの親心だった。
「はあっ!はあっ!」
リリーを防戦一方に追い詰めていたリーノだったが、とうとう肩で息をするようになってきた。
魔力が切れてきたことで、虚脱状態に陥ってしまうというロストの兆候が出始めたのだ。
「くそっ!」
リーノからは一撃一撃の精彩さがどんどん損なわれていく。
その一方で、最初は防御に精一杯だったリリーには余裕が生まれ始める。
(ま、まずい!このままでは魔力が切れてしまう!早く決めてしまわねばっ!)
「う、うおおおぉぉぉっっ!!」
隙だらけの大振りだ。
一見すると容易に反撃できそうな攻撃。
しかしリリーは、その攻撃を避けもせず、防御の体勢すらとらなかった。
リリーがとった選択は――
「守護結界!!」
ガキンッ
「……えっ?」
リーノは予想だにしていなかった防御手段に呆気にとられる。
スッ
すると、呆然としているリーノの視界の下に何かが映り込んだ。
さっと視線だけを向けるとそこには――
――拳を構えた状態で屈んだ、リリーの姿があった。
「やああぁぁぁっ!!」
ドガッ
「ぐふうっ!!」
思い切り振り上げられたリリーの拳が、リーノのガラ空きの顎に突き刺さる。
斜め上空に放り出されたリーノの体は、数秒空を漂った後、地面へと背中から落ちていった。
ドサッ
「…………」
既にリーノに意識はなく、勝負の行方は誰が見ても明らかであった。
「…………」
目の前で起きた現実を受け入れられない騎士団の面々。
そしてそれは審判であるフリッツも同様であった。
(……なんだこれは?なにが起こったのだ!?)
混乱するフリッツは、勝利のコールを告げられずにいた。
そんなフリッツを見て、レイはため息を吐きながらリリーに声をかけた。
「リリー!まだ勝負はついていないみたいだよっ!」
「えっ?は、はいっ!!」
バッ
レイの言葉の意味を理解し、拳を構えるリリー。
しかし、それはフリッツの言葉によって遮られた。
「ま、待て!勝負アリだ!」
リリーは勝負が決まったことに、ほっと一息ついた。
「まったく!相手が女だからと油断しおって!」
フリッツがいまだに気絶しているリーノに対して罵声を浴びせる。
「だれかこいつを医務室に運べ!」
「あのー……」
リーノを医務室へ運び込むように叫ぶフリッツに対して、リリーが控えめに手をあげる。
「……なんだ。」
「私が回復しましょうか?」
「……なんだと?」
自らリーノの治療を申し出たリリーだったが、リリーのスキルを知らないフリッツは疑問を返した。
リリーは見せた方が早いとばかりに、スキルを使用する。
「治癒光」
パアッ
リリーの治癒光が、リーノの体を包んでいく。
「うぅ……。」
意識を失っていたリーノだったが、呻き声を上げながら目を覚ます。
「それでは失礼します!」
リーノの様子を見届けたリリーは、ぺこっと一礼してレイたちの元へと走って行った。
「回復魔法も使えるだと……?」
フリッツは、リリーが防御魔法に加え、回復魔法も使えることに静かに驚いていた。
「お疲れ様、リリー。」
走り寄ってきたリリーに対して、レイは労いの言葉を投げた。
「素晴らしい戦いでしたよ。」
「リリーすごい。」
「かっこよかった。」
アルやふたごも次々にリリーを称賛する。
「ありがとうございます!」
リリーは笑顔で感謝の言葉を口にした。
「守護結界の使い所も完璧だったよ。最初から狙ってたの?」
「いえ、最初はレイ様の言葉に従って使用を控えていただけだでした。でも、相手に疲れが見え始めたので、もしかしたら守護結界で意表をつけるかもしれないと思ったんです!」
「素晴らしいよ。僕の予想以上の結果だ。」
「〜〜っっ!!」
レイによる掛け値なしの称賛に、リリーは声にならない喜びを感じていた。
「よーし!まずは1勝だね!次はどうしようかな。」
くいくい
「ん?」
見ると、レイの裾をふたごが引っ張っていた。
「次」
「行きたい」
ふたごが気合十分という顔でレイに告げる。
「お!じゃあ次はベルとリルに任せようかな!思いっきりやっておいで!」
「「ふんーっっ!!」」
ふたごは荒い鼻息を吐くと、くるりと背を向けてノシノシと歩いて行った。
リリーの試合に感化されたのだろう。
ふたごからは十分すぎるほどの気合が感じられた。
こちらからふたごが歩いてきたのを見て、騎士団からは2名の騎士が前に出てくる。
両者が立ち位置につく。
「私は王国騎士団所属のヨアン・フォン・ユンカーだ。」
「同じく、ローガー・フォン・ハーリッツだ。」
騎士たちが先に名乗りをあげる。
ヨアンは背中に矢筒と弓を背負っており、ローガーの手には杖が握られていた。
「ベル」
「リル」
ふたごも言葉少なに名を告げた。
「おまえたち。」
フリッツは騎士たちに近づき、耳元で囁く。
「先ほどのような失態は許されん。分かっているな?」
「もちろんです。」
「おんな子どもといえど、容赦いたしません。」
騎士団の面目のためにも、これ以上の敗北は許されない。
騎士たちの顔に油断は感じられなかった。
フリッツが審判の立ち位置に戻ったところで、試合開始の合図が出される。
「両者構え!――――はじめっ!!」
「…………」
先ほどのリーノとは違い、ヨアンもローガーも下手に飛び出すことはせず、ふたごの出方をじっと見ている。
ふたりは、実力自体もリーノを上回っていた。
――――――――――――――――
【名 前】 ヨアン・フォン・ユンカー
【種 族】 ヒューマン
【レベル】 35
【体 力】 5,504 / 5,504
【魔 力】 1,101 / 1,101
【攻撃力】 2,831
【防御力】 1,297
【速 さ】 1,573
【知 力】 1,211
【スキル】
弓射:Lv.2 操糸:Lv.2
――――――――――――――――
【名 前】 ローガー・フォン・ハーリッツ
【種 族】 ヒューマン
【レベル】 36
【体 力】 1,663 / 1,663
【魔 力】 4,073 / 4,073
【攻撃力】 1,278
【防御力】 1,382
【速 さ】 1,663
【知 力】 2,993
【スキル】
火球:Lv.2
――――――――――――――――
ダッ
今回先に仕掛けたのはふたごだった。
ヨアンに対して、二手に別れることなく向かっていく。
まずは、ひとりを確実に倒す作戦なのだろう。
意外にも思えるふたごの行動だったが、ヨアンに焦りは見られなかった。
「火球っ!」
ボウッ
ふたごの間に放たれる火球。
ベルとリルもこの攻撃に焦ることなく、別々の方向に跳び避ける。
火球が放たれた方には、杖を突き出した状態のローガーがいた。
ふたごが避けた瞬間、騎士のふたりはお互いがふたごの片割れと相対する位置に移動する。
「ふたり揃って真価を発揮できるそうだが」
「それにわざわざ付き合うつもりはない。」
ふたごは相手の作戦によって、1対1を余儀なくされてしまった。
ベルがヨアン、リルがローガーと相対する形となっている。
「「…………」」
目論見が外されたかに思われたふたごだったが、沈黙するばかりで特に表情に焦りは見られない。
ビュンッ
ヨアンによって射られた矢が、ベルを襲う。
スッ
しかし、ベルは苦もなくこの矢を避け、ヨアンに向かって前進してくる。
「ほう……。」
ビュンッ
ビュンッ
ビュンッ
今度は、3本の矢を時間差で立て続けに放つヨアン。
「…………んっ!」
最初の2本はなんとか避けて見せたベルだったが、3本目の回避は傍から見ても間に合いそうにない。
本人からも思わず声が漏れ出てしまう。
相手が避けるであろう位置に放たれた、不可避の攻撃であるはずだったが――
バキッ
――最後の1射は、ベルによる双剣の一振りで無情にも半ばからへし折られてしまった。
「なにっ!?」
ヨアンの驚愕をよそに、前進を続けるベル。
剣の射程にヨアンを捉えようとしたその時――
シュンッ
後ろからベル目掛けて矢が飛んできた。
「っ!!」
咄嗟に横に転がり、矢の直撃を避けたベルだったが――
ツー
どうやら完全に避けることはできていなかったらしい。
その頬には薄い血の線が浮かび上がっていた。
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