021 宿探し
「お前たちが客将の部隊か?」
話しかけてきたのは宰相のボルケだ。
レイは部隊を代表してボルケに挨拶をする。
「お初にお目にかかります。辺境伯様に客将として雇っていただいているレイと申します。」
「ふむ。話には聞いていたが本当に子どもだけの部隊のようだな。」
ボルケはレイの挨拶に応えず、レイたちのことをじっと眺めていた。
「あのー……。」
「ん?……ああ。私はバルカディア王国宰相のボルケ・フォン・ナーディスだ。」
レイが続けたい言葉を察し、ボルケは自身の役職と名を告げた。
「この者は王国騎士団団長のフリッツ・フォン・アルニム。今回の合同訓練でお主たちはこのフリッツの指揮下に入ってもらう。」
続けて、ボルケは同行させていたフリッツの紹介を行うが――
「……おい。」
フリッツのレイに対する第一声は、友好的とは言い難い呼びかけだった。
「本物の客将はまだ来ていないのか?」
「よせ、フリッツ。」
挨拶もせずにレイを偽物扱いしてきたフリッツ。
ボルケがやんわりと制止の言葉をかけるが、フリッツは尚も止まらなかった。
「宰相殿、書状を持っていたからといってこの者が本物の客将である証拠にはなりません。ましてやこれはただの子どもですよ?」
レイをただの子ども扱いするフリッツ。
バルカディア王国の辺境伯軍。その客将ともなれば、王国騎士団団長であったとしてもそれなりの敬意を払わなければならない。
フリッツのこの態度は、本来であれば罰せられてもおかしくないものであった。
「僕が客将である証拠は、先ほどお渡しした書状以外にありません。信じていただけないようであれば、我々は辺境伯領に帰らせていただきます。」
くるっ
元々来たくて来たわけでもないレイは、あっさりと身分の証明を放棄し、踵を返した。
しかし、そこに宰相の声がかかる。
「待て。」
「…………。」
レイは足を止め、首だけ振り向いた。
「この者たちが本物であることは、宰相である私が保証する。」
「宰相殿……。」
宰相の言葉にフリッツは半ば呆れたような声を発した。
「フリッツよ。よく考えてみよ。お前の言うようにこの者がただの子どもだったとして、王国の宰相と騎士団長を前にこれだけ堂々と振る舞えると思うか?」
「…………。」
レイのこれまでの態度を脳裏で思い返してみたフリッツだったが、たしかに年齢に不相応なものだったことに思い至る。
「レイ、といったか。なにぶん例外の多い事態でな。王国のためを思えばこその言動だったのだ。多めに見てやってはくれぬか?」
「もちろんでございます。信じていただけるのであれば、私から否やはございません。」
レイは今度こそ体ごと振り返り、にこっと笑顔を見せた。
「くっ……。」
レイの態度が癪に障ったフリッツだったが、宰相が身分を保証してしまった以上、さらなる追求は分が悪いと考え、沈黙を選ばざるを得なかった。
「合同訓練についてはフリッツに一任しておる。詳しいことはフリッツに聞くように。」
「フリッツ騎士団長殿。お世話になります。」
「……ふんっ。合同訓練は明日から行う。明日の朝、もう一度ここに来い。案内については門兵に話を通しておく。」
レイに頭を下げられたフリッツは、少し溜飲を下げたようだった。
「承知いたしました。」
「宿は王都に用意することもできるが、どうする。」
「ご厚意感謝いたします。ですが、折角ですので自分たちで宿を取ろうかと……。」
「そうか。ではこれで…………そういえば。」
「?」
話を終えようとしたところで、ボルケが何かを思い出したように言葉を切った。
「お前たちはどうやって、辺境伯領から王都までやってきたのだ?」
「走ってまいりました?」
「……馬でか?」
「いえ、自分たちの足で走ってまいりました。」
「……は?…………辺境伯領を発ったのはいつだ?」
レイの返事に脳の処理が追いつかないボルケはさらなる質問を重ねる。
「昨日の日暮れ前でございます。」
「………………そうか。時間を取らせたな。もう行って良いぞ。」
「……?それでは失礼いたします。」
質問の意図が読めなかったレイは、訝しみながらも辞去の挨拶を述べた。
レイたちの去って行く背中を見ながら、ボルケはフリッツに尋ねてみた。
「今の話、どう思う?」
「あの世迷言を信じるのですかっ!?」
「…………」
ボルケの有無を言わせぬ視線に、フリッツは渋々意見を述べる。
「……我が騎士団でも実現できるのは数人程度でしょう。あくまでも本当であれば、ですが。」
フリッツはレイたちが辺境伯領から走って王都に来たなど、微塵も信じていなかった。
「…………明日、しっかりと奴らを見定めよ。」
「…………分かっていますよ。」
宰相の言葉に、苦々しい顔で頷くフリッツなのであった。
――――――――――――――――
「さっきここを通った時に、すごくいい匂いがしたんだよねー」
レイたちは城門を離れ、宿探しをしていた。
「宿探しをしているのではないのですか?」
「だからこそさっ!美味しいお店が近くにあった方がいいでしょ?」
半眼で見てくるアルに対して、レイは、それはもう楽しそうな表情で返事を返した。
「それはそうかもしれませんが……」
「レイ!あっち!」
「あの店からいい匂いがする!」
「おーー!!でかした!」
アルの言葉はふたごの元気な声に遮られ、レイはふたごが指した方向に走り出してしまった。
「……さっきの人ではないですけど、こうしてみるとレイ様って、本当に子どもにしか見えませんよね。」
「……まったくです。周りに侮られないよう、我々がしっかり手綱を握らなければいけませんね。」
「……はい。」
アルとリリーの間で、レイの暴走を抑える会が結成された瞬間である。
そんなことを知る由のないレイは、お店の扉を開けているところだった。
「すみませーーん!!」
「いらっしゃい!!」
中からは、従業員の女性の元気な声が聞こえてきた。
「メシと宿。どっちの利用だい?」
30代くらいの褐色の肌をした女性だ。
口調は少し乱暴であるものの、女性の笑顔をみると特に悪い感情は湧かなかった。
「宿もやってるんですか?」
「ああ、やってるよ!宿泊かい?」
どうやら宿と飲食店を兼ねているらしい。
「2部屋取りたいんですけど、おいくらですか?」
「1泊1人あたり銀貨40枚だよ。メシをつけたいなら朝晩1食あたり、プラス銀貨2枚いただくよ。」
(け、結構高いな。さすが王都……)
辺境伯領よりも物価が高くなっていることに少し尻込みするレイ。
しかし、今回の合同訓練に際してハラルトからいくらか援助を受けていたので、懐には余裕があった。
「ではとりあえず、2部屋を5人で2泊お願いします。」
「ベッドは1部屋につき2人分しかないけど大丈夫かい?」
「はい、問題ありません。」
部屋の分け方はアルとレイ、ふたごとリリーにするつもりだ。
全員まだ体が小さいので2人用のベッドでも余裕を持って横になることができる。
「宿泊中のメシはどうするんだい?」
「それに関しては、今から食べて判断させていただきます。」
レイは挑戦的な笑みを女性に向けた。
「はっはっは!生意気なことを言うじゃないか!うちのおすすめはワイルドボアの香草焼きだよ!」
「ではそれを5人前お願いします!」
「あいよ!空いてる席に座って待ってな!宿代はメシ代と一緒に後で払っておくれ!」
そう言い残して、女性は厨房の方へと注文を伝えに行った。
レイたちは空いていた席に腰を下ろした。
「いやあ、宿も見つかってよかったね。」
「勢いで決めてしまいましたね。王都にしては比較的安い方だとは思いますが……」
「まあまあ。ハラルト様からいくらか援助はしてもらってるから、そんなに長く宿泊しなければ大丈夫だよ。」
お金の心配をするアルだったが、それもそのはず。
王都と辺境伯領では物価が2倍近く違うのだ。
辺境伯領であれば銀貨1枚で充分お腹を満たせるが、王都では串焼き1本買えるかどうかというところ。
「それにしてもレイ様。注文はワイルドボアの肉でよかったのですか?昨日の野営で「もうワイルドボアは一生分食べた」とおっしゃられていたので。」
「そうなんだよね……。おすすめと言われたら頼まずにはいられなくて。みんなもごめんね。勝手に頼んじゃって。」
昨晩の野営でワイルドボアの肉を食べていたレイたちだったが、1頭分の肉を全て焼いて残さず食べたので、食傷気味になっていた。
「大丈夫」
「ワイルドボア、美味しい」
昨晩も、ずっと飽きずにワイルドボアを食べていたふたごは、今もよだれを垂らしながら料理の到着を待っていた。
「はいお待ちぃ!」
ドンッ
先ほどの女性店員が料理をテーブルに勢いよく置いた。
一人ひとり皿が用意されているが、そこに盛られた肉の量は予想よりもだいぶ大盛りだった。
「「ふおおおぉぉっ!!」」
ふたごは目をキラキラさせ、興奮しながら料理を見つめている。
「これはまた……」
「すごい量きちゃいましたね……」
アルとリリーは、その量に若干引いていた。
「なんだいなんだい!若いんだからこれくらいペロッといけるだろう?」
アルとリリーの様子を見かねた女性が発破をかけてくる。
「「あはははは……」」
事情を説明するわけにもいかないアルとリリーは、苦笑いすることしかできなかった。
「まあまあ二人とも。とりあえず食べてみようよ。」
レイの言葉を合図に、全員が手を合わせて食事の号令をとる。
「「「「「いただきます!」」」」」
パクッ
全員が一斉に一口目を口に入れた。
「………………」
数秒の沈黙。
最初に破ったのはふたごだった。
「これが……」
「ワイルドボア?」
ふたごが手に持ったフォークは小刻みに震えていた。
その理由は、レイの次の言葉によって判明した。
「うっまあああああぁぁぁぁぁ!!!」
レイは店中に響き渡るぐらいの大声をあげた。
それほど、たった今口に入れたワイルドボアの肉の美味さが衝撃的だったのだ。
「なにこれ!?本当に僕たちが昨日まで食べてたワイルドボアと同じ肉!!?」
驚いているのはふたごやレイだけではなかった。
「……すごく美味しいです。臭みが全くなくて、噛むたびに肉汁が溢れ出してきます。」
「もう食べ飽きたと思っていましたが、これならいくらでも食べられそうです!」
アルとリリーも料理の味に感動を覚えていた。
それを見ていた女性店員が、笑いながら話に入ってくる。
「はっはっは!その様子だと、焼いて塩振っただけのワイルドボアしか知らないようだね。」
アルとリリーは食事の手を止め、女性店員の話に耳を傾ける。
「うちのは香草で肉の臭みを消して、秘伝の焼き加減で肉汁を限界まで閉じ込めてるからね。素人の適当焼きと一緒にしてもらっちゃ困るってもんだよ!」
女性店員は余程料理の味に自身があるのだろう。
胸を張って、素人のそれとはモノが違うのだと言ってのけた。
「「「おかわり!!」」」
レイとふたごの声が重なる。
「え!?」
「はやっ!?」
アルとリリーは皿を突き出す3人に、驚きの声を上げる。
「おっ!!良い食べっぷりじゃないか!……おかわりは3つでいいのかい?」
女性店員は挑戦的な口ぶりで、アルとリリーに目を向ける。
「「…………」」
アルとリリーが目を見合わせること数瞬――
ガツガツガツッ
「「おかわり!!」」
ふたりとも一心不乱に料理を食べきり、お皿を突き出しておかわりを催促するのであった。
「そうこなくっちゃね!!おかわり5つ追加ぁっっ!!」
女性店員は笑顔で厨房に向かってオーダーを叫んだ。
「本当にびっくりですよ!あのワイルドボアの肉がこんなに美味しくなるなんて!」
レイが料理の味を褒めちぎる。
「はははっ!最高の褒め言葉だね!…………で?宿泊中のメシはどうするんだい?」
女性店員は答えがわかり切っている問いを投げかけてくる。
「もちろんっ!朝晩全員分おねがいします!」
「よしきたっ!宿泊代と合わせて金貨4枚と銀貨40枚だよ。あんたたち面白いから、この食事代はサービスしといてあげる。」
「本当ですか!?ありがとうございます!みんな食べ放題だよ!」
「バカ言ってんじゃないよ!おかわり1回分までに決まってんだろ!」
「「「「「ええーーー。」」」」」
レイたちの声が重なる。
「「「「「……………………」」」」」
顔を見合わせる面々。
ドッ
賑やかな笑い声が、店中に響き渡るのだった。
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