002 魔物との遭遇
「結構歩いたつもりだけど全然森を抜ける気配がないな。」
すでに歩き出して1時間が経過していたが、周囲の風景は代わり映えしていない。
草木生茂る森が延々と続いていた。
「魔物にも全然遭遇していない……ここがたまたま魔物がいない場所なのか、それとも魔物は夜型なのか……」
最初に考えて然るべきことに今更思い至り、玲の中に焦りが生まれる。
「まずいな……。もうすぐ森を抜けられることに賭けるより、夜休める場所を探した方が無難か……。日が傾き始めてるから急いだ方がいいな。」
玲は急いで休める場所を探し始めた。
――探索を始めて2時間。
玲は休むのにちょうどいい場所を見つけることができた。
「よかった。この大きい木の洞なら雨風も凌そうだ。」
玲は大人が2人は入る事ができるほど大きな木の洞を発見し、これで夜をやり過ごせると安堵した。
「お腹は空いてるけど、もう日が落ち始めてるから食糧探しはやめとこう。」
食料探しを明日にしてこの日は休むことにした。
無理をして怪我や体調を崩すことを恐れたのだ。
「今日はもう休んで続きは明日の朝にしよう。さすがに明日には森を抜けられる……はず……」
自信のない推論をこぼすも、誰も応えてはくれない。
虚しさを感じた玲は横になって静かに眠りに――
――つけなかった。
(いや眠れないよ!暗いよ!怖すぎるよ!)
玲の感じる恐怖ももっともで、夜の闇は時間が経つほど濃く、深くなり、かろうじて木々のシルエットが見える程度だった。
(しょうがない、朝になるのを待つか。朝になってから睡眠を取ることにしよう。)
この状況での睡眠を諦め、朝がくるまで起きていようと覚悟を決めたその時。
ガサッ
近くの茂みが不自然に動いた。
「っっっ!?」
心臓が飛び出るほど驚いたものの辛うじて声を出すことはしなかった。
何よりもまず状況を把握するために、息を殺してそっと洞の外側を覗く。
ザッ、ザッ
足音と思われる音が聞こえる。
もはや何か生物がいることは間違いないだろう。
その姿を確認するためにじっと闇を見つめた。
「っっっ!?」
二度目の衝撃が走る。
生物の正体を確認してしまったのだ。
その姿はよく知る動物の姿に似ていた。
――狼だ。
だが、その姿は玲が知る狼とは決定的に違う部分があった。
額に角が生えているのだ。
その特徴をもとに玲は確信する。
(これが魔物……)
異世界にきてとうとう始めての魔物に出会った玲は、気配を消すことに全力を尽くした。
(気づかれたら死ぬ!あんなの倒せるわけないだろ!……っそうだ!鑑定!)
自身が持つ鑑定スキルを思い出し、気配を消しながら対象に鑑定をかけた。
――――――――――――――――
【種 族】 ダークアドゥルフ
【レベル】 60
【等 級】 B
【状 態】 瀕死
【体 力】 35 / 13,910
【魔 力】 9 / 9,880
【攻撃力】 8,120
【防御力】 6,140
【速 さ】 6,958
【知 力】 5,217
【スキル】
火炎球:Lv.3 縮地:Lv.2
――――――――――――――――
(っ!?強すぎだろ!?......あれ?でもこいつ死にかけてる。)
目を凝らして見てみると呼吸は荒く、体の至る所から出血している。
鑑定で見た情報通り瀕死の状態であることは間違い無い。
放っておいたらまもなく絶命するだろう。
玲の存在に気づけていないことからもステータス通りの力を発揮できていないことがうかがえる。
(これなら僕でも倒せるんじゃ……)
普段なら絶対に取らない選択だが、異質な状況や極度の緊張が玲から正常な判断力を奪ってしまっていた。
玲は近くに落ちていた石を数個拾い、狼を倒す算段をつけ始める。
(あの状態なら、頭に石を思いっきり投げつければ……)
狼は現在こちらに背を向けている状態だった。
(あの頭に石を当てるには……)
玲がたてた作戦はこうだ。
まず狼の胴体に石を投げ、こちらに頭をむかせる。次に全力で頭に石を投げる。
……とてもシンプルな作戦だった。
ダメージが大きいのは頭だと考えたのだ。
狼との距離は3mほど。
(狼はすぐそこだ。大丈夫、絶対当たる。あとは勇気だけだ。すぅ------------、はぁ------------。……よしっ!)
薄く長い深呼吸をして覚悟を決めた玲はまっすぐ狼を見据え、石を持った右手を大きくふりかぶって――投げた。
ブンッ
「ガッッ!?」
石は真っ直ぐ、力強く狼に向かっていき、鈍い音を響かせながら狼の胴体に直撃した。
――これで倒れるかも、と浅く抱いていた期待は裏切られたが、狼は作戦の通りにこちらへと体を向けすぐに臨戦態勢に入った。
(落ち着け、この石が当たれば絶対に倒せる!信じるんだ!)
すでに次の石は振りかぶっており、この握り締めている石が勝負を決めてくれることを願い、狼の頭目がけて石を投げる瞬間――。
「ガアッッッッッッ!!!」
――狼が吠えた。
狼が死力を尽くして吠えたその迫力に玲は怯み、石を投げる手元が狂った。
カキンッ。
投げた石は狼の角に当たった。
想定していなかった最悪の事態。
「やばっ!?」
バッ
焦る玲に向かって狼が飛びかかってきた。
玲は咄嗟に狼とすれ違うようにヘッドスライディングを行う。
「ぐあっ!!」
狼はすれ違いざま玲の背中を前足の鋭利な爪で引き裂いた。
ズシャッ
思い切り地面に顔を擦ってしまう。
背中の焼けるような痛みに泣き叫びたかったが、状況がそれを許さない。
膝をつきながらすぐさま振り向くと、そこには地面に転がっている狼がいた。
ふらつきながら立ち上がり体勢を整えようとしている。
(あの体勢から前足を振ったから着地に失敗したのか!)
背中の傷と引き換えに最大のチャンスが生まれる。
――このチャンスを逃したら……死ぬ。
背中の痛みを強引に無視して、石を振りかぶる。――最後の石だ。
もう次の石を拾う機会はない。
(怯んだら死ぬんだ!今度は絶対に怯まない!)
「ガアッッッッッッ!!!」
狼は先ほどと同じく吠え声で玲を威圧してきたが――
「うおぉぉっっっ!!」
玲は狼の威圧に怯むことなく、腕を思い切り振り切った。
ビュンッ
石は狼に真っ直ぐ向かって行き――
「グガッッッ!!」
狼の目に直撃した。
石は狼の目を潰し、石が当たった場所からは血が流れていた。
狼は叫び声を上げたあと、呻き声を上げながらふらふらと体を揺らしている。
(頼むっ!もう倒れてくれっ!!)
背中の傷のせいで意識が朦朧としてきた玲が、狼が倒れることを全力で願ったその時――
ギロッ
狼が玲の目を鋭く睨んできた。
――ここで負けたらダメだ。
本能的に何かを感じた玲は力強く狼の目を睨み返した。
「…………」
玲には睨み合っているこの時間が永遠にも思えた。
スッ
――狼が諦めたように目を閉じる。
その直後、バタッと狼が横向きに倒れた。
玲は呆然とその様子を見つめていたが、何秒たっても動くことのない狼に自分が勝利したことを確信し――
「よっしゃあぁぁぁ――――ー!!!」
喜びの声をあげた。
この勝負に勝つことができた自分が誇らしかった。
「やった!やった!倒したっ!倒したんだっ!生き残っ――」
ピロンッ
唐突に音が聞こえてきた。
『レベルアップしました。』
「……えっ?」
いきなりの機械音に驚いたものの、すぐに理解する。
「そうか、狼を倒した経験値でレベルアップしたのか。」
玲はレベルを確認するため自身に鑑定を行う。
――――――――――――――――
【名 前】 古谷 玲
【種 族】 ヒューマン
【レベル】 1 ➡︎ 11
【状 態】 瀕死
【体 力】 10 ➡︎ 2 / 442
【魔 力】 10 ➡︎ 10 / 307
【攻撃力】 10 ➡︎ 261
【防御力】 10 ➡︎ 221
【速 さ】 10 ➡︎ 176
【知 力】 10 ➡︎ 243
【固 有】
早熟:Lv.1 言語変換
【スキル】
鑑定:Lv.10 NEW 火炎球:Lv.1
――――――――――――――――
「一気にレベル11!?ステータスもすごく上がってるな。……これが早熟の効果か……獲得経験値3倍はやっぱりありがたい。お、スキルが増えてる。火炎球Lv.1か。」
倒したダークアドゥルフが持っていたスキルを【早熟】の効果で取得できたのだ。
ダークアドゥルフの火炎球はLv.3だったが玲の火炎球はLv.1となっていた。
「倒した相手のスキルレベルのままってわけにはいかないのか。」
玲はステータスパネルを見るのをやめ、これからのことについて考えた。
「狼の血の匂いにつられて魔物が寄ってくるかもしれない。すぐに場所を変え――」
フラッ
(あれ?)
バタッ
玲はその場に倒れてしまった。
興奮状態が解けたことで、蓄積した疲労に加え、血を流しすぎていることもあって体が限界をむかえたのだ。
(まずい……はやく……いどう……しな…い…と…………)
玲の意識はここで途切れた。
――――――――――――――――
「おーい!こっちだ!子どもが倒れてるぞ!」
「なんだとっ!?なんでこんなとこに子どもがいるんだ!?」
兵士のような服装の2人組が倒れている玲に駆け寄る。
「大丈夫か坊主!おい!……こりゃあひどい怪我だな。……よし、まだ息はある。」
1人が玲の安否を確かめた後、すでに息絶え、横たわっているダークアドゥルフを発見した。
「って、うおっ!!ダークアドゥルフじゃないか!?……こいつもしかしてさっき取り逃がしたやつなんじゃ……」
「確かに剣で切られた傷があるな。ということはこの子どもは俺たちの不手際のせいで……。」
「……んなこと気にしてる場合じゃなかったな。すぐに屋敷に運ぶぞ。俺が坊主を担ぐからお前は周辺警戒を頼む。」
「分かった、急ごう。」
こうして玲は男たちに運ばれていくのだった。
――――――――――――――――
「――ぅん……どこだここ?」
玲はベッドの上で目を覚ました。
「狼を倒した後どうなったんだっけ……たしか背中に傷が……あれ?痛みがない。」
狼との戦いで負った背中の傷のことを思い出し、服を脱いでみた。
「……傷がない。どうなってるんだよ。まさか夢オチとかじゃないよな。」
だが周りを見渡しても自分の知っている風景は一つもない。
辺りを見回して呆然としていると……
ガチャッ
女性がワゴンのようなものを押しながら入ってきた。
ロングスカートのいかにもなメイド服を着ており、年齢は50代くらいに見えた。
女性は起き上がっている玲を見て驚きを一瞬顔に出すも、すぐに平静を取り戻しワゴンを押しながらこちらにやってくる。
「お目覚めでしたか。私、この屋敷のメイド長のラミアと申します。以後お見知りおきを。」
「……どうも。」
にこっと微笑みかけるその笑顔に安心感を得た玲は、ラミアに質問を投げかけた。
「あの……失礼ですが、ここはどこでしょう?」
「はい。ここはご当主様であるウィズモンド辺境伯のお屋敷でございます。あなた様は……失礼ですがお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「すみません。こちらこそ失礼いたしました。僕は……玲といいます。」
フルネームを教えるのは気が引けたので、とっさに名のみ告げた。
「レイ様、ですね。承知いたしました。レイ様はガリア大森林を巡回中の兵士によって昨夜ここに運び込まれたのです。兵士が発見した際には背中に深い傷があり一刻を争う状態だったと聞いております。」
(やっぱり夢じゃなかったか……あれ?でも……)
その話を聞いてふと疑問に思ったことを告げた。
「背中の傷がなくなっているのですが、何かご存知でしょうか?」
「お背中の傷は中級ポーションで治療済みでございます。」
(あの傷を治せる薬があるのか……さすが異世界だな。)
「そのー……代金はおいくらでしょう……」
「ふふっ。代金は必要ございませんよ。」
ラミアは怯えた様子の玲にくすりと笑いながら告げた。
「本当ですかっ!」
「その代わりと言ってはなんですが、ご当主様がレイ様とお話をさせて欲しいとのことでございます。」
「わかりました。僕も傷を治していただいたお礼をさせていただきたいので伺わせていただきます。」
「ありがとうございます。お召し物はこちらで用意させていただきましたので、お着替えがお済みになりましたらお声がけください。部屋の外でお待ちしております。」
「こちらこそ、なにからなにまでありがとうございます。」
ラミアはにこっと微笑むとお辞儀をして部屋を出て行った。
(さて、なんて説明するべきかな……)
この着替えの時間で辺境伯への説明を考えることにした。
(即席の嘘なんてすぐバレるよな。うーん……)
声に出すと部屋の外に聞こえるかもしれないので、頭の中で話す内容を整理した。
着替え終わるのと同時に話す内容の整理も終わり、玲は部屋を出た。
「お待たせしました。」
「とんでもございません。それではご案内いたします。」
玲はラミアの後について歩き出した。
「面白い!」 「ワクワクする!」 「続きが気になる!」
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