019 滅亡へのカウントダウン
王城のとある一室。
「ボルケよ。辺境伯のところの客将についてはどうなった?」
国王がワインを片手に宰相であるボルケに尋ねた。
「多少強引ではありましたが、なんとか辺境伯に了承を取り付けさせました。客将とその部隊は明日にでも辺境伯領を発つことでしょう。」
「もし断っていれば、謀反の罪で首をはねてやったものを。」
国王は辺境伯の了承を取り付けるのに、自身の署名入りの書状を書かなければならなかったことに不満を持っていた。
「王よ。どこに間者がいてもおかしくはありませんので……」
国王の過激な発言を宰相が諫める。
「ふん。今更情報が伝わったところでどうにもならんわ。3日後には全てが終わっておる。」
「最後まで気を抜かれてはなりません。相手はあの辺境伯軍なのですから。」
「まったく、心配性じゃのぉ。……して、客将についてはどうするつもりじゃ?」
国王は宰相に少し呆れつつ、レイの処遇について尋ねた。
「はっ。それなりに実力があれば、王国騎士団の見習いとして雇ってやろうかと……」
「なにぃ?貴族でもないものを召抱えるなど、何を考えておるのだ!」
国王は唾を飛ばしながら宰相を問い詰める。
「い、いえ!栄えある王国騎士団の肉壁として利用するだけでございます!」
「肉壁だと?」
「はい。王国騎士団の名をチラつかせれば、庶民などすぐに飛びついてきます。そうすれば低い賃金でも馬車馬のように働かせることができ、魔物の討伐遠征でも肉壁として役に立つことでしょう!」
宰相は弁明の言葉を早口でまくしたてる。
「……であればよい。しかし、くれぐれも王国騎士団を名乗らせないようにするのだ。貴族どもも黙っていないであろうからな。」
「こ、心得ております。」
宰相は国王が納得したことにほっと胸を撫で下ろした。
ごくっごくっ
国王は持っていたワインを飲み干し、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべながら呟く。
「っぷはあ!……くっくっく。ハラルトめ。やつの慌てふためく顔が目に浮かぶわい。」
国王はふぁっふぁっふぁと高らかに笑うのだった。
――――――――――――――――
レイたちは辺境伯領への出入り口となる門の外側にいた。
「……レイ様。本当に王都まで走っていくのですか?」
アルは改めてレイに尋ねた。
「うん。身体強化の訓練も兼ねてね。ずっと馬車に揺られてたら鈍っちゃうでしょ?」
「それはそうかもしれませんが……」
アルがチラッと横を見ると――
ぐっぐっ
ストレッチをしながらやる気満々なふたごと――
ずーん
両手両膝を地面に突いた体勢のリリーがいた。
「……ここから?……王都まで?……走る?……なんで?……どうして?」
現実を受け入れられないリリーなのだった。
「…………」
混沌とした状況に言葉が出ないアルだったが、ふと気になったことをレイに聞いてみた。
「そういえば、食料などはどうするのですか?荷物も最低限のものしか持ってきておりませんが……」
アルたちはレイに言われて数日分の着替えは持ってきていたが、食料などは用意していなかった。
「そのへんの心配はしなくてもいいよ。辺境伯様からもらった収納袋に日持ちする食料や野営のための道具を入れてきたからね。」
そう言ってレイは収納袋を掲げて見せた。
「お話しされていた1級の収納袋ですか……。名の知れた貴族でも持つものは少ないと聞きますが、さすがは辺境伯様ですね。」
収納袋について聞かされていたアルは、改めてハラルトの偉大さを思い知る。
「本当に気前がいいよね。……欲を言えば収納袋の中の時間が止まってくれるとありがたいんだけど。」
レイがこぼした言葉にアルが呆れた反応を示す。
「そんなものを持っていたら大陸中から命を狙われてしまいますよ。」
「あれ?存在自体はするの?」
アルの言い方に少し引っ掛かりを覚えたレイが疑問を口にする。
「いえ、子どもに聞かせるようなおとぎ話にそういった内容のものがありましたので……」
「おとぎ話?」
「はい。心優しくも貧しい少年をみかねた神様が、少年にある袋を授けるんです。その袋にはあらゆるものを無限に収納でき、その上、袋の中では時間が経過しないというのです。」
それはまさにレイが理想としていた収納袋だった。
「少年は受け取った袋の力で大富豪にまでなるのですが、袋の力を知った商人たちに命を狙われ、最後には殺されてしまうという物語です。」
レイにとって物語の結末は意外なものだった。
「……子どもに聞かせるにはシビアな話だね。」
「大陸では国家間の戦争が絶えませんので、おとぎ話にも血生臭いものが多いのです。」
アルはどこか寂しそうに顔を俯かせた。
「そうなんだ。……おとぎ話でしか語られていないようなら、存在はしないのかなー?残念だなー。」
「1級の収納袋を手にしておいて、そこまで不満が出てくるのはレイ様くらいですよ。」
アルは呆れた様子で応えた。
「僕は諦めないよ!必ず理想の収納袋を見つけてみせる!」
「ふふっ。お供いたしますよ。」
アルは年相応に子どもっぽいレイの様子に笑みをこぼした。
「よしっ!そろそろ出発しようか!みんな準備して!」
レイが出発の合図を出す。
「野営?……野営?……」
「「ふんっ!」」
リリーは疑問を口にしながらもゆっくりと立ち上がり、ベルとリルは片足を引いて、走り出す準備を整える。
「準備はいいねっ!!それじゃあ、いざ!王都へ!」
ダンッ
身体強化をかけた脚力で、全員が一斉に走り出す。
辺りに舞った土煙が晴れる頃には、レイたちの姿は見えなくなっていた。
――――――――――――――――
その頃、とある3国のトップが会談を行っていた。
「各方、これが最後の連絡会となるが首尾はどうかな?」
声を発したのはバルカディア国国王であるアンホルスト・クラッソ・バルカディアだった。
問い掛けた先には水晶のような丸い球体が2つあり、中には人の姿が映っている。
「ほっほっほ、愚問ですな。我が商国はいつでも派兵可能ですぞ。」
最初に応えたのは、小太りで口元に髭を蓄えた男だった。
名前はテオ・ロンメル・ヒュース。ヒュース商国の代表だ。
「公国も既に軍の配備は完了しております。」
商国に続いたのは痩せ型で神経質そうな男。
ガルダ公国の大公、ヴァルター・ジュリアス・ガルダだ。
2国はガリア大森林を挟むように存在しており、王国への入国は辺境伯領を介する必要がある国々の代表だった。
「それはそれは。3日後が楽しみじゃのお。」
「では報酬の最終確認といきましょうか。」
テオが契約の再確認を求める。
「公国はウィズモンド辺境伯領の一部割譲ですね。」
「商国は割譲後の領土に対する輸入品の関税撤廃ですな。」
「そして我が王国は反乱分子を排除できる。ふぁっふぁっふぁ!計画の成就が待ち遠しいのお!」
王国は、ハラルトが治める辺境伯領を他国に侵攻させる計画を練っていた。
辺境伯の力が大きくなりすぎて、王家の威光が通用しなくなりつつあったのがこの作戦が立案された原因であった。
軍事力で他国をはるかに遥かに凌ぐ王国は、辺境伯がいなくなったところで他国に劣るわけがないという判断を下したのだ。
公国は自国の領土を拡大でき、商国は関税を撤廃することで自国の利益を拡大でき、王国は邪魔者を消すことができる。
今回の侵攻作戦は3国にとって有益なものだった。
「そういえば、辺境伯が迎えた客将はどうなったのです?」
テオがアンホルストに尋ねる。
「その者なら明日には辺境伯領を発ち、作戦決行時には王国騎士団の元で動向を監視する予定となっておる。」
アンホルストは宰相から聞いていた情報を伝えた。
「それはよかった。不穏分子はなるべく排除するに限りますからね。」
ヴァルターは慎重な姿勢をみせる。
「ガリア大森林への大遠征の日程も変更はございませんか?いくら我々の軍でも、ベルンハルト殿が率いる主力部隊が相手となると無視できない被害が出てしまいますので。」
テオは、辺境伯軍が毎年行っている、ガリア大森林への大遠征の日程に変更がないか確認を行う。
大遠征とは、辺境伯軍の大将であるベルンハルトが辺境伯軍の主力部隊を率いて行う、ガリア大森林の魔物の大規模討伐のことを指している。
テオは「無視できない被害」と言葉を濁したが、それが軍の全滅と同義であることはヴァルターも認識していた。
「我々の目的は辺境伯軍の壊滅ではなく、辺境伯の首のみ。それで問題はありませんね?」
「ああ、無論だ。ハラルトが死んだ時点で、王命によって辺境伯軍は即座に撤退させよう。」
アンホルストが望むのは辺境伯であるハラルトの死のみであり、辺境伯軍はできるだけ生き残らせて王国軍に取り込む算段となっていた。
「それにしても、ハラルト殿は災難ですなあ。まさか自国の王に裏切られるとは。」
テオの言葉にアンホルストが反応する。
「裏切りという言葉は相応しくないのお。此度の件は、分を弁えぬ愚か者に罰を与えるまでのこと。」
「おー、こわいこわい。」
アンホルストの言葉にテオは大袈裟に怖がってみせた。
「ふんっ。他に何もないようなら回線を切るが?」
「確認したいことは確認させていただきました。」
「私も委細承知いたしました。」
アンホルストの問いにヴァルターが応え、テオも後に続いた。
「この回線は以降使用不可となるので、そのつもりでな。……では、健闘を祈る。」
ブツッ
光が失われた水晶を眺めながらアンホルストはひとりごちる。
「これで後のことはあやつらに任せておけば片がつく。あやつらが万一辺境伯軍に敗北しても、儂との関係を裏付ける証拠は一つもなく、その上辺境伯の力をいくらか削ぐことができる。どちらに転んでも儂の腹は全く痛まん。」
アンホルストはくぐもった笑い声を漏らすのだった。
――――――――――――――――
「いやあ、あの国王がアホで本当に助かります。」
会談終了後、テオは同室にいた人物に声をかけた。
「自ら最強の矛を手放すなど、正気の沙汰とは思えません。」
声に応えたのはテオの右腕といえる人物、宰相のディート・ハイドラーだ。
「全くです。あまりにも現実味がないので裏どりに時間と金がかかりましたが、国王がアホだという情報の価値は何にも代え難い。」
「辺境伯を失った王国は今後どうなるのでしょうか?」
ディートが素朴な疑問を投げかける。
「辺境伯軍自体は残るので国力に変化はない……と、王国は判断しているようですが、それはあまりにも見当違いです。」
テオは一度言葉を区切って続けた。
「現辺境伯のハラルトは恐ろしい男です。辺境伯軍は代々その武勇を他国まで轟かせていましたが、あの男の代で更に力をつけ、手がつけられなくなっています。」
「歴代最強とまで言われていますからね……」
ハラルト率いる辺境伯軍は他国から見てもいまだかつてない脅威となっていた。
「さらに彼には商才まであった。最近では辺境伯領の税収は例年の3倍近くまで上がっています。」
「我が国も、魔物の素材など辺境伯領から得られる恩恵は莫大です。」
力をつけた辺境伯軍が一度の遠征で討伐する魔物の素材は莫大な量になる。
国内への流通はもちろんだが、隣国であるヒュース商国もその恩恵を得ていた。
「本当に恐ろしいのは辺境伯軍ではなく、それを率いるハラルトだというのに……。それだけの存在が失われるのですから、王国の衰退はまず避けられないでしょう。」
「他の大国が王国の衰退を黙って見守っているでしょうか?」
ディートは、他の大国が王国が衰退していくのをただ指を咥えて見ているはずがないと考えていた。
「早急に事を起こすとは考えられません。なにせ王国にはあの【英雄】ベルンハルトがいるのですから。大国もおいそれと手は出せないでしょう。」
辺境伯軍の大将であるベルンハルトは先の国家間戦争において、不利に陥った王国の戦況をたった一人で持ち直したという逸話がある。
そのためベルンハルトの存在は、単体であろうとも他国への牽制となっていた。
「とはいえ、それも時間の問題です。我々にできることは、王国が滅ぼされるまでに絞れるだけ絞り取ることだけですよ。」
「まさに我々の専売特許ですね。」
他者から絞り取ることにかけて、商国の右に出るものはいないという自負がディートにはあった。
「その通り。さあ、稼ぎますよ!商いの神、グリュースの名の下に!」
「グリュースの名の下に!」
テオとディートは自国の繁栄を商いの神様に祈るのだった。
こうして、王国滅亡へのカウントダウンは始まった。
「面白い!」 「ワクワクする!」 「続きが気になる!」
と少しでも思っていただけたようでしたら、ページ下の☆☆☆☆☆から評価をお願い致します!
ブックマークしていただけるとすごくすごく嬉しいです!
「いいね」をポチッとしていただけるだけでも望外の喜びです!




