017 リリーの武器
「……ぅん?」
エリックは闘技場の隅っこで目を覚ました。
周りには既に誰もいない。
冒険者ギルドは決闘の立ち合いと契約以外には全くの無干渉であるため、気絶したエリックは闘技場に放置されっぱなしだったというわけだ。
エリックは身を起こす。
「うっ!」
頬に痛みが走る。リリーに殴られた箇所だ。
「くそがっ!!」
ダンッ!!
エリックは悔しさから地面に拳を叩きつける。
(なぜだっ!この俺があんな無能に負けるなどありえないっ!)
エリックは闘技場から冒険者ギルド内に移動し、建物から出ようとしたところで声をかけられる。
「エリックさん!目を覚まされたんですね!」
こちらに駆け寄ってくるのは決闘の立ち合いをしたギルド職員だった。
「既に契約が発動しておりますので、ご連絡をと思いまして。」
「んなこたぁ、わかってんだよっ!」
「決まりですのでお伝えさせていただきますね。エリックさんがリリーさんに話しかけたり、半径10m以内に近づいたりすると体中に激痛が走るようになり、違反行為を続けると死に至りますのでご注意ください。」
エリックの都合など関係ないとばかりに、ギルド職員は淡々と契約内容について忠告してくる。
「…………」
エリックは返事をするのも嫌だったのでギルド職員の話を無視した。
「大変心苦しいのですが、決闘の敗者は金貨1枚を冒険者ギルドへお支払いする必要がございます。本日支払っていかれますか?」
「…………」
エリックは尚も無視を貫く。
「お支払いに関するご忠告ですが、1週間以内にお支払いいただけない場合、冒険者資格の剥奪ならびに借金奴隷として――」
「これで文句ねえだろっ!」
エリックはギルド職員に向かって金貨を投げつける。
パシッ
しかし、その金貨は職員の手によってキャッチされてしまった。
「金貨1枚、確かに受領いたしました。」
ギルド職員は金貨を投げつけられたことなど気にもせず定型文を述べる。
「それでは私はこれにて。またのご利用お待ちしております。」
ギルド職員はエリックに無視されたのも気にせずに、一礼してエリックの元を去っていった。
「……ちっ。」
去っていくギルド職員の後ろ姿を見ながら、エリックは舌打ちを漏らした。
今度こそギルドを出て行こうとしたエリックにまたもや声がかかる。
「おっ!ストーカー野郎じゃねえかっ!」
ギルドに併設されている酒場のテーブルで酒を飲んでいたのは、観覧席にいた野次馬たちだった。
「おいおい!あいつの二つ名はワンパンKO野郎で決まりだって話はついただろっ!」
「何言ってんだ!どう考えてもストーカーの方がインパクトが強いだろっ!」
(くそどもがっ!言わせておけばっ!……)
今にも野次馬たちに襲い掛かりそうなエリックだったが、次の言葉で動きを止めた。
「かわいそうになぁ。もう別の男が出来ちまったんだろ?」
「決闘終わった後に話してたあのガキのことかぁ?いくらなんでもガキすぎるだろ。」
(そうだ。リリーの隣にいたあのガキ……レイといったか。)
エリックは野次馬たちの言葉から、レイの存在を思い出した。
(辺境伯軍の客将とかなんとか言ってたな……どうせホラ話だろうが、もしかしたらリリーが強くなったのと何か関係があるのかもしれねぇ。)
エリックは踵を返すと今度こそ冒険者ギルドから出ていくのであった。
「なんだなんだ!行っちまうのかよっ!」
「揶揄い甲斐のねえ野郎だなぁ。」
「そっとしといてやれよ。女にふられたんだ。腑抜けちまうのも無理ねえさ。」
「「ちげえねえ!!」」
野次馬たちの勝手な憶測はエリックが去った後も加速していくのだった。
――――――――――――――――
「まいどありー!」
レイとリリーが武器屋から出てくる。
「あのーレイ様……武器を買っていただいたのは嬉しいのですが、これはちょっと……」
「え?ダメだった?」
「……いえ、ダメというわけではないのですが……」
「僕は良いと思うけどなぁ…………ガントレット。」
エリックとの決闘後、レイは当初の目的どおりリリーに武器を買いに来ていたのだった。
「うら若き乙女が、ガントレットを武器にするのはいかがなものかと思うのですが……」
リリーはレイの勧めで武器として両手に真っ白なガントレットを装着させられていた。
「さっきの決闘だって見事な正拳突きだったじゃないか!僕はあれをみてピンと来たんだよ!殴る回復魔法士、これは売れる……ってね!」
「何が売れるんですか!意味がわかりませんよ!」
「まあまあ、モノは良いみたいだからさ。付与魔法のおかげで身につけている間は攻撃力が10%も上昇するらしいよ?」
「それは確かにすごいですけど……」
レイの言うとおり、リリーが身につけているガントレットは所有者の攻撃力を10%引き上げる付与魔法がかかっており、金貨10枚もする逸品だ。
「明日試してみてダメだったらまた考えようよ!ねっ!」
「……はあ、わかりましたよぉ。」
こうして渋々ではあるが、リリーの武器がガントレットとなったのであった。
――――――――――――――――
「さてと、リリーの武器も買えたし……後は最後のイベントを残すのみかな。」
レイはリリーと別れ、街と屋敷を結ぶ道をひとりで歩いていた。
(そろそろ仕掛けてきそうなもんだけど……)
レイがリリーと武器屋から出たあたりから、数人に尾けられていることを索敵スキルで察知していたレイ。
尾行対象が自分かリリーかわからなかったため別行動を取ったのだ。
(数は5人……よかった。全員僕の方に来たみたいだな)
尾行の対象がリリーでなかったことにほっとするレイ。
「よお。」
ほっとしたのも束の間、尾行していた人物の一人がレイの前に姿を現した。
「君は……」
レイの前に立ち塞がったのは、先ほどまでリリーが戦っていた相手、エリックだった。
「さっきはよくも恥をかかせてくれたなあ、おい。」
「どっちかというと恥をかかせたのはリリーだと思いますけど。」
「……んなことはどうでも良いんだよ。……それよりお前。あの無能にどんな魔法具を持たせやがった?」
「魔法具?……リリーに買ってあげたガントレットのことですか?」
思い当たるのはつい先ほどレイがリリーに買い与えたガントレットのことだったが……
「違う。あの趣味の悪りぃガントレットのことじゃねえ。」
ピクッ
エリックの「趣味の悪い」という発言に、レイのこめかみが反応する。
しかし、ここで怒っては話が進まないと必死に怒りを堪える。
「決闘の時にお前があの無能に持たせた魔法具のことだよ。」
「決闘の時?リリーに魔法具を持たせた覚えはありませんが……」
「とぼけんじゃねえよっ!!そうでもなきゃあの無能がこの俺に勝てるわけねえだろっ!」
エリックがいきなり喚き始める。
「もーうるさいなー。現実を受け入れなよ。君は無能無能と呼んでた女の子に負けたんだ。」
レイはエリックの喧しい声に苛立ち、丁寧な言葉遣いを捨てて話し始めた。
「……話すつもりはねえってことか。……おい、お前ら!出てこいっ!」
ざっ、ざっ
尾行をしていた残りの4人が、レイを囲むように木の陰から武器を構えて現れる。
「はっはっは!俺のパーティメンバーだ。……逃げられるなんて思うなよ?」
エリックの言葉には取り合わず、レイはさっと全員の鑑定を済ませる。
「……なるほど、なるほど。君より強いメンバーはいないみたいだね。」
「あっ?俺がパーティリーダーなんだ。何を当たり前のこと言ってやがる。」
レイの言葉にエリックは呆れたような声音で返した。
「素直に魔法具を渡せば半殺しで済ませてやる。さもねえと――」
エリックの言葉を切るようにレイが話し出す。
「あー良い、良い。面倒なやり取りはやめてさ…………さっさと来なよ。」
「ぐっ……」
レイの鋭く冷たい目に睨まれたエリックは一瞬たじろぐも、すぐに気を持ち直してパーティメンバーに指示を飛ばした。
「お前らぁっ!やっちまえっ!」
エリックの合図で、剣を構えた2人が左右からレイに殺到する。
「おらぁっ!」
左側の男がレイに突進しながら切りかかってくる。
避けてくださいと言わんばかりの大振りだ。
さっ
レイは方足を引き、半身の体勢になって剣を避ける。
シュンッ
(おっ?)
すると今度は、右側にいた男から鋭い斬撃がレイの頭目掛けて水平にふるわれる。
レイは意外な鋭い攻撃に少し驚きを見せるも、上体を反らして斬撃をかわす。
「土槍っ!!」
レイが上体を反らした瞬間に、地面から土の槍が現れる。
「よっ!」
レイは土の槍が伸び切る前に足に力を込め、斜めに素早く飛び上がることでこの攻撃をいなした。
バシュンッ
勢いのままバク転の要領で両手を地面につこうとしたレイだったが、パーティメンバーの最後の一人が、空中にいるレイの背中目掛けて弓を放ってきた。
空中では避ける術もない。
放たれた、必中のはずの矢は――
ガシッ
レイの手に掴まれた。
レイは体を勢いよく捻ることで、背中に飛んできていた弓矢を右手で掴んで見せたのだ。
体を捻った勢いのまま、レイは足から地面に着地した。
「あーあ、少し指が切れちゃった。」
「「「「「……………………」」」」」
攻撃を仕掛けたはずの面々が驚きで固まってしまっていた。
「いやあ、正直驚いたよ。まさか最初の大振りが油断を誘うためのものだったなんてね。」
「っ――!!」
最初に大振りをした男が、悔しそうにぎりっと歯を食いしばる。
「よく出来た連携だったよ!僕の部隊でさっきの攻撃に対応できる子はまだいなかっただろうなぁ。」
レイはさきほどの連携攻撃を手放しで称賛する。
「でも弓を放った後がお粗末だったかな。地面に着地する瞬間に土槍がきてたら少し対応に困ってたと思うよ?」
レイはご丁寧に連携攻撃の足りない部分も指摘してみせた。
「……ねえ。なんか反応して欲しいんだけど。」
「……………………」
一向に口を開こうとしない面々に、レイはハッとした。
「もしかして矢についてた毒のこと?僕には毒が効かないから待ってても効果は出ないよ?」
「なっ!!?」
ここではじめて、攻撃に参加せず高みの見物を決め込んでいたエリックが驚きの声をあげる。
(なーんて。現状無効化できるのは5級以下の毒物だけなんだけどね。)
レイは自身が矢で指を切ったと悟った瞬間に、矢に付着していた毒の鑑定を済ませていた。
――――――――――――――――
麻痺毒:5級
対象を一定時間麻痺させる。
効果は対象の持つ耐性により変動する。
――――――――――――――――
(余裕ぶっちゃったけど、毒が5級で助かったー。)
レイは内心冷や汗を垂らしていた。
ここで4級以上の毒物が使用されていれば、レイも無事では済まなかっただろう。
「……な、なんなんだお前は。何者なんだよっ!!」
さっきの威勢からは一転。
エリックの口調には焦りや恐怖が混じっていた。
「最初にあった時に言ったよね?辺境伯様に客将として雇われているレイだって。」
「う、うそだっ!お前みたいなガキが辺境伯軍に入れるわけねえだろっ!!」
「別に信じなくても良いよ。……まあとりあえず正当防衛ってことで。」
シュンッ
「なっ!」
突如、レイの姿が全員の視界から消えた。
「これは君に無能無能と言われたリリーの心の傷の分」
「うわぁっ!」
いつの間にかエリックの後ろに移動していたレイ。
エリックが後ろを振り向くと同時にレイの拳がエリックの顔面を捉える。
ドゴッ
衝撃で真横に吹っ飛ぶエリック。
するとなぜか吹っ飛んだ先にレイがいた。
「そしてこれは、面倒ごとに付き合わされた僕の分」
ゴキッ
レイのアッパーによって、エリックの体が宙へ浮かぶ。
そして、当たり前かのようにレイは空中でエリックが飛んでくるのを待っていた。
「最後は――」
レイは今までで一番気持ちを込めた拳を繰り出した。
「お前に悪趣味だと言われたガントレットの分だああぁぁぁぁっっっ!!!」
ドガアァァァンッ
地面に叩きつけられたエリックは、白目を剥いて気絶していた。
スタッ
「はぁー、スッキリした!」
地面に降り立ったレイは、溜まっていた鬱憤を晴らしたことでスッキリした表情を浮かべていた。
「よっと」
ぶんっ
レイは気絶したエリックを持ち上げ、近くにいた男に放り投げる。
「うわぁっ!」
男は倒れ込みながらもなんとかエリックをキャッチすることに成功する。
「それ連れて帰りなよ。それとも――」
レイは一度言葉を区切り、スッと目を細めた。
「まだやる?」
ぶんぶんぶんっ
男たちはレイの一言に、千切れんばかりに首を横に振る。
その様子を見たレイは雰囲気を緩めた。
「じゃあもう行った行った!」
パンパンッ
レイは手を叩いて男たちの行動を促す。
「っっ!!」
男たちは立ち上がり、エリックを肩に担ぎながらそそくさと逃げ去って行った。
「もうリリーに近づかないようにねーー!!」
レイは最後に男たちの背中に向かって警告を発するも返事はなかった。
「ふぅ。僕も帰ろっと。」
この日最後のイベントを終えたレイは、街へと戻っていくのだった。
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