9.夢見る聖人は目覚めない
とりあえず最高神に送られて来た映像の場所に向かうとイメージ通りの城があった。
妖花の城は紫やピンクなどの怪しげな色をしていたので、普通のことなのにとてもまともに感じる。
恐らく人間の造った城なのだろう。
「なんだか異様な光景だな……」
生き物の気配はするのに動いている様子はない。
人間が眠ってから結構経っているのか全体的に埃っぽい。
しかも最高神の映像通りに進んでいくと、俺もなんだか眠くなってきた。
「これは気のせいか、怠惰の状態異常耐性を貫通するほどの力なのか」
気のせいなら良い。
でも怠惰の能力を貫通しているのなら俺では相手にならないかもしれない。
「リーチェめ、一体どんな能力を渡したんだ」
俺の能力を超えるなんて人の魂が耐えられる気がしない。
無理に渡そうとしたら魂が粉砕するはずだ。
それにも関わらずこの威力とは、何か想像もつかないことをしているのだろう。
一人でいるせいで増える独り言を口にしながら城の中を進んでいく。
普段はここまで独り言を言わないが、今はしゃべっていないと眠ってしまいそうだ。
「ガスマスクもしてるのになんて威力。精神系の能力か?」
空気感染型ならガスマスクで多少なりとも効果を抑えられるはずだ。
なのに全く効いている気がしない。
「あー、くそ眠い」
城の中は美術品のような壺や絵画にあふれているというのに見ている余裕がない。
「間違いなく状態異常にかかってるな」
あくびを噛み殺しながら聖女のいる部屋の扉を開ける。
するとそこにはきらびやかな服を着た人や天使、悪魔など様々な種族がいた。
恐らく彼らなりに元凶をどうにかしようとしたのだろう。
召喚時に立ち会った瞬間に寝たと思わしき人間たち以外の天使や悪魔は聖女に向かって手を伸ばしたり、逃げようと聖女に背を向けたりしている。
この部屋の扉の外にもそういった天使や悪魔が居たのだ。
聖女の能力の高さが伺える。
「何も嬉しくない情報だな。とりあえず聖女の顔も拝んだし、俺も逃げるか」
寝ている人や天使、悪魔の中心にいる聖女はなぜか布団にくるまって寝ていた。
無警戒な寝顔だが、周りの光景からすると違和感しか感じない。
召喚されてすぐに寝たとしたらどうやって布団を出したんだ?
聖女の能力は布団の召喚と精神攻撃(睡眠)とかだろうか?
この世界の世界観と布団が噛み合ってないし。
聞いたこともないけど布団の召喚は少し羨ましい。
「まあ、俺は亜空間から取り出せばいいだけだけどな」
最高神が聞いているかもしれないから強欲の能力とは言わない。
でも眠気のせいで口が滑りそうだ。
このままだと言ってはならないことを言う危険性がある。
「とりあえず聖女の掛け布団を奪っておくか」
いくら寝続ける能力(仮)とはいえ寒ければ起きるかもしれない。
もし布団にも能力の痕跡があれば、聖女を起こすヒントになるだろう。
けして羨ましいから剥ぎ取った訳じゃないからな!
俺だって色々考えているのだ。
剥ぎ取った掛け布団を亜空間にしまい、俺は怠惰の能力で城から遠ざかる。
行きとは違って直に妖花の城に戻っても良かったが、眠気を散らす為に少し歩くことにした。
「あー、眠い……」
何度目になるか分からない言葉を吐きながら全力で走ってみる。
城からは遠ざかったのに眠気が消えない。
途中で柔軟をしてみたりバク転をしてみたりしたのに眠気がとれないとかどんだけだよ。
むしろどんどん眠気が強まっている気がするんだけど!
「おーれー! がんばーれ、おれー!」
即興でつくった謎の歌を歌いながら爆走しても頭が冴えることはない。
もしかして怠惰の能力が眠気を増幅しているのか?
すごーく、すごーく、ものすごーく眠い。
ここまで酷いと眠った方がスッキリしそうだ。
半ば意地で起きていたが、よく考えれば寝ても問題ないはずだ。
もう聖女のいる場所からも離れた。
聖女の能力が範囲指定のデバフならここで寝ても大丈夫だろう。
なんだか嫌な予感は消えないが眠気も限界だ。
これ以上起きていられる気がしない。
「眠るのに適した場所でも探すか?」
悩みながら辺りを見回すと、見事に荒廃した景色がうつる。
爆走していたから気付かなかったが、この世界に来て最初にみた景色のようだ。
「あー、妖花の城からワープしたあたりに着いたのか……」
怠惰の瞬間移動は一度行ったことのあるところにしか行けない為、行きはこの場所から空を飛んでいったのだ。
「てか妖花の城って魔界だから走っても着かないわ」
眠すぎて忘れていたが、ここは星界だ。
妖花のいる魔界ではない。
「飛ぶか……寝るか…………」
勝手に閉じようとする目をこすりながらやっぱ寝ようと思った瞬間、薄緑色の髪の女が眠っているカエルを食べようとしているのが目に入った。
口を開いて今にもカエルを食べようとしている女も視線を感じたのか、こちらを見てかたまっている。
「…………」
「…………」
互いに無言で数秒間見つめ合う。
「……元気そうだな」
まさか別れた女神がカエルを食べようとしているなんて思ってもいなかった。
しかもカエルは生だ。
「あ、アルー!!」
この世界に着いてすぐ離れ離れになったリーチェが髪を振り乱して抱きついてくる。
本気で心細かったのか既に鼻声だ。
この様子だと俺の服に盛大に涙と鼻水をつけているのだろう。
「もう、もう会えないかと思ってました」
リーチェはごしごしと額をこすりつけ、絶対に離さないとばかりに腕をまわしてくる。
生のカエルは放り出したらしい。
「置いていって悪かった」
流石にカエルを生で食べようとしているところを見てしまうと罪悪感が沸く。
まして俺が蹴り飛ばしたせいで離れ離れになったのだ。
せめてカエルを焼いて食べようとしていればここまで可愛そうだとは思わなかったかもしれないが、リーチェにそこまでの文明性を求めるのは酷だ。
いや、そもそもカエルを食べる女神ってどうなんだ?
鳥のササミに似た味がすると聞いたことはあるけど食べたいと思わないんだけど。
女神にまでなると感覚が俺のような悪魔とは異なるのか?
どこか血走った目でカエルを掴んでいたリーチェが頭から離れない。
しばらくは忘れられないだろうなと思いながら抱きついているリーチェの頭を撫でる。
見た目だけは神秘的で近寄りがたい女神なのだ。
一瞬眠気も忘れるほどの破壊力があった。
「ん? ということはより強い衝撃を受ければ忘れられる?」
確かに一瞬とはいえ眠気を忘れていた。
思い出してしまった今はすごく眠いが、あの眠気を一瞬でも振り払えた効果は大きい。
「いや、でもあれを超えるインパクトは早々ないぞ」
「……なんのことです?」
「いや、カエルが……」
「カエル? カエルがどうかしましたか?」
カエルと口に出した瞬間、リーチェが菩薩のような微笑みを浮かべて聞き返してくる。
消し去りたい過去なのかもしれない。
「ナンデモナイ……。きっと見間違えだ」
「そうですよね」
抱きついたまま見上げてくるリーチェはただ笑っているだけなのになんだか怖い。
きっと触れない方が良いだろう。
カエルを食べようとしても女神なわけだしな!
俺はリーチェに頷いた。
でも何かひらめきそうなんだよな。
何か可能性を見逃しているような……。
何がそんなに引っかかっているのか分からないけれど、なぜか先ほどのリーチェの行動が気になる。
カエルを食べる。
カエルを生で食べる。
カエルを食べて消化して吸収する……。
消化して吸収。
消化して吸収……?
「あー! そうか吸収してみれば良いんだ!」
眠気を吸収するなんて考えたことがなかった。
でも暴食の能力を使えばできるかもしれない。
暴食は毒だろうと吸収する能力だしな!
食べることに関しては貪欲な能力だ。
既に体に入っている状態異常だけど、イメージ次第ではなんとかなるかもしれない!
俺は俺の腰についていたポーチを勝手にあさってアメを見つけ出し目を輝かせているリーチェを放置して暴食の能力を使ってみることにした。
ちなみにリーチェは俺が突然叫んだせいでアメを落としてしまったらしい。
アメに息を吹きかけて食べられるか考えているようだ。
流石に気になって仕方がない。
「そんなものよりこれを食え」
一瞬無視しようかとも思ったが、落としたアメを食べるリーチェを見たくないので強欲の能力を使って亜空間からサンドウィッチを取り出す。
ツナと卵と照り焼きの3種セットだ。
これだけでは食べにくいかもしれないので水の入った水筒も出してリーチェに手渡す。
「あ、ありがとうございます!」
きちんと地面にシートも敷いて皿も出したからリーチェでも大丈夫だろう。
つい世話を焼いてしまった自分が恐ろしい。
全く、リーチェめ!
仮にも女神なんだからもう少し気を配れ!
見てられないだろうが!
俺はリーチェが勢いよく食べ始めたのを見て、ようやく暴食の能力を使ってみることにした。
こんな使い方はしたことがないのでイメージが難しい。
うーん、体内に入り込んでいる異常の除去……。
異物の排除?
ものじゃないから難しいな。
目の前でリーチェが食べているサンドウィッチを奪い取ることなら簡単に出来そうなんだが……。
リーチェは好きなものを後に残しているようなので、残っているツナのサンドウィッチを食べてしまったら泣かれそうだ。
俺はサンドウィッチから意識を逸らして暴食の能力に集中することにした。
ところで女神って肉を食べても大丈夫なのだろうか?