6.はじめまして異世界
目を覚ますと、どこまでも続く曇り空と荒野が広がっていた。
「うーん、見事に荒廃してるな。これをリーチェが……」
逆にすごい力なんじゃないかと思いながら辺りを見回すと、なにか違和感を感じる。
あるはずのものがないような。
いるはずのものがいないような……。
おかしいとは思うのに原因が分からない。
しばらくそのまま考え込んでいると、ふと頭をよぎるものがあった。
あれ?
リーチェがいない。
あいつ一人で逃げやがったのか!?
もしくは神様対応でこの世界の天界にいるとか?
……流石にそれは許されないんじゃないだろうか。
この場にいないリーチェに苛立っていた時、足元から聞き慣れたリーチェの声が聞こえてきた。
「うーん、お布団が硬いです。うぅ……」
あ、そう言えば遠くばっかり見てて足元見てなかったわ。
よっこいせと掛け声をかけながら起き上がろうとすると、なぜか起き上がれない。
痛っ!
なんだんだ?
顔面から地面にダイブとか勘弁してくれ、俺は痛みを快感に感じるタイプじゃないんだ。
若干げんなりしながら違和感がある足元を確認すると、何故か俺の足にしがみつくリーチェがいた。
ぎゅうぎゅう抱きつかれているのに柔らかな感触がない。
リーチェかよ!!
しかし……小さいとは思っていたけど、まさかここまで残念だったとは……。
逆に哀れで文句を言いづらい。
とりあえず足を振ってみると、何故かリーチェが余計にしがみついてくる。
寝ぼけているのか抱き枕と勘違いしているのか。
「離せ!! 起きろ!!」
揺すっても起きないので、思いっきり足を動かすとリーチェの腕が離れ、遠くへ飛んでいった。
おおー、ナイスシュート。
これは自己新記録かもしれない!
流石俺!
リーチェが離れたことに満足しながら、綺麗な弧を描いて飛んでいく姿を目で追う。
荒廃した土地で木が生えていないからどこまでもリーチェが見える。
「あ、落ちた」
どしゃっと音が聞こえて聞こえてきそうな良い落ちっぷりだ。
女神じゃなきゃ死んでいるだろう。
「よし、逃げよう」
吹き飛ばされたことで目が覚めたらしいリーチェの恨みのこもった視線が突き刺さる。
信仰心が切れたようだから神罰の心配はないが、なんだかやばそうなので逃げるに限る。
俺は異世界の最高神の教訓を活かし、リーチェから目を離さず後ろ向きに走り出した。
「アールー!!」
神様、それも女神の出していい声を超えた、ものすごい怒気を含んだ唸りが聞こえる。
まるで魔界に轟く怨嗟のようだ。
聞いただけで不幸になりそうな声に俺は逃げるスピードを上げた。
「あいつ女神より悪魔としての才能があるんじゃないか……」
まさかあんな声が出せるとは。
俺でも無理だ。
声帯がぶっ壊れる。
でも足はあまり早くないようで、どんどん遠ざかっていく。
けれどすぐに安心はできない。
追いつかれたらひどい目に合いそうだ。
俺は少しでも追いつかれないようにリーチェが視界から消えてしばらくたったところで走るのをやめた。
異世界神から逃げていた時ほどのスピードは出ていないが、傲慢の能力を使い続けるのも疲れる。
「傲慢はいまいち慣れないんだよなぁ。肉体強化にもなるから便利なんだが……」
元々素質がないのか、傲慢の能力を使うと違和感がある。
なんだか使えない筋肉を無理やり酷使しているような、目でものを見ているのに脳で認識されていないような感じがする。
魔王は傲慢の能力を伸ばして魔王の座に君臨しているというのに残念なことだ。
俺も親父の影響か、傲慢が一番伸びているというのに。
「さて……リーチェからは逃げられたけど、これからどうするかな。見た感じ俺のいた世界じゃないようだし」
世界というものは数多存在し、ひとつの世界に1本の世界樹とその世界を治める最高神と魔王が1人ずつ存在する。
この世界の最高神や魔王の考えを知らないうちから動くのは危険だろう。
「あのエセ爽やか最高神ももっと情報を渡しておくべきだろ。世界が滅びそうだから助けてってことしか分からないぞ。俺よりイケメン……いけ……めん…………かもしれないからって調子乗るなよ!」
あの異世界の最高神がどうして欲しいのかなんて分からないが、せめてどうやったら元の世界に帰れるか程度教えろよ!
確かなのは俺の今の力だと自力で界渡りをして元の世界に帰ることが不可能だということくらいだ。
「あの最高神の理想の世界も分からないんだし、放置してこの世界を満喫するか? 元の世界にどうしても帰りたい理由もないし」
「そうなの? 貴方が此処に居てくれるのならワタシは歓迎するわよ」
「誰だお前」
とりあえず今後の予定を考え始めた時、何もなかった筈の虚空が裂けて妖艶な美女が現れた。
胸元のあいた大胆な服を着こなし、見事なプロポーションを晒している。
リーチェには逆立ちしてもできない芸当だろう。
「ワタシは妖花。この世界の数少ない生存者よ」
「数少ない? この世界の生物の大半が死んだのか? 天使や悪魔も?」
「いいえ、死んではいないわ。天使や悪魔は直接の被害を免れたし、他の生物もずっと眠っているだけ。でも天使や悪魔以外は目覚めたら死ぬでしょうね。食料がないのだもの。それとも聖女が目覚めたら植物も眠りから覚めるのかしら」
「……」
美女の言っていることが分からない。
眠っているとはどういうことだ?
聖女がどうとか言ってるからリーチェの送り込んだ聖女が何かしたのか?
よく分からないが、このままだと面倒ごとに巻き込まれそうな気がする。
「俺もこの世界の住民になってずっと寝てようかな」
「あら、寝てしまうの? 残念ね。久しぶりにワタシの相手をしてくれる人型生命体を見つけたと思ったのに」
え?
妖花の相手?
それは喜んでしたい。
くそ、誘惑が多すぎる!
「妖花は色欲の悪魔なのか?」
「しきよく? ワタシは夢魔よ。夢の中で色々な生物と遊ぶの」
「あー、俺の世界と違うのか。でもそれなら俺も寝たほうが良いんじゃないか? それに夢魔なら相手をしてくれる人がいっぱいいる状況だろ?」
今の状況は夢魔にとってウハウハなはずだ。
夢も見ないほど深い眠りについているなら別だろうけど。
「夢だけだと飽きるじゃない。たまには生き物と触れ合いたいわ」
「それはわかる気がする。だが、本当にそれだけか?」
あのエセ最高神の言っていることが本当だとするのならこの世界は滅びに貧していることになる。
話し相手と言いつつ異世界へ逃げる道を探しているのではないだろうか?
俺が妖花の立場ならそうする。
いくら妖艶な美女だからってごまかされないんだからな!
そう思いつつ妖花を睨みつけると、妖花が驚いた顔で見返してきた。
やっぱりと思う反面、単純に話したいわけではないと分かって少し悲しい気持ちになる。
しかし次に妖花の言ったことは予想外だった。
「あら、貴方はどこでリリーちゃんのことを知ったの? この世界の人でもないようなのに」
「リリーちゃん?」
リリーちゃんって誰だ?
しかも俺が異世界から来たってバレてるし。
まあ、俺の世界とか言ってたから知られてもおかしくないけど。
「リリーちゃんのことを知っているわけではないのね? それなら何が言いたかったのかしら」
理解できないと首をかしげる妖花に俺は墓穴を掘ったことを自覚した。
「悪い。この世界が限界だと聞いてたからさ。てっきり妖花も逃げたいものだと思ったんだ」
「あぁ、そういうこと。残念ながらワタシたち夢魔はこの世界から逃げたいと思ってないわ。夢魔にとっては警戒せずに寝ている今の方がご飯が多いのだもの。おかげで力のない子もお腹いっぱい生気を食べれているみたいね」
「なるほどな。その結果死のうとも気にしないというわけか」
確かに寝ている人間が多い方が夢を通じて力を蓄える夢魔にとっては都合がいいのだろう。
けれど世界が滅びれば夢魔も含めて全員死んでしまう。
普通は逃げる方を取るが、妖花たち夢魔は違う選択肢を選んだのかもしれない。
「流石に進んで死にたいとは思わないわ。でもワタシたちには異世界に渡るほどの力も、この世界を救うだけの力もないの。享楽に耽って死ぬのならそれも有りだというのがワタシたちの判断よ」
「ふーん、俺はゴメンだけどな。それがお前たちの決断なら良いんじゃないか? 俺の邪魔をするようなら考えるけど、今のところそういう訳でもなさそうだし」
「そうね。別に敵対するつもりも邪魔をするつもりもないわ。ただ、貴方がワタシたちの平穏をむやみに乱すようならワタシの方も考えなければいけないけれど」
おっとりと微笑む妖花からは敵意のようなものを感じない。
ただ、場合によっては妖花たち夢魔が最大の障害になるのかもしれない。
そんな予感が俺の中で芽生えた。
まあ、ただの考えすぎかもしれないけど。