1.いざゆかん天界へ
ここは魔界。
泣く子も黙る悪魔の住処。
魔界である。
「ぶえぇぇくしゅん!! あー、今日も酷く瘴気が充満してるぜ」
生まれた時から持っている瘴気アレルギーが憎い。
なんで魔王の息子の俺が瘴気アレルギーなのか。
魔王の息子ならむしろ瘴気を吸ってレベルアップしてもと思うんだが。
俺は自分の体質を憎らしく思いながら何もない空に手を伸ばし、強欲の能力で亜空間から愛用のガスマスクを取り出して着用する。
そのまま横になると魔界の澱んだ空気など一切気にならなくなった。
「このまま今日は昼寝でもするか」
普段生活している魔王城が視界の端にちらつくのは気のせいだ。
俺は仕事なんてしていない。
腰に刺さっている剣はただのおもちゃ………。
そのまま気持ちよくお昼寝タイムに入ろうとしていたところに邪魔者が登場した。
「アル! アルー!! おい、アルベルト・フォーン!! 魔王の第26子アルベルトォォォオオ!! この深炎の貴公子たる俺様に探させるとはいい度胸だな」
そんなに揺さぶるなよ。
目が回って気が遠くなっちゃうだろ……。
ぐぅ……。
「この俺様が揺すっているのに起きないだと!? そんなことが許されると言うのか? いや、許されるはずがない!」
「うるさいな。俺がいなくても世界は回る……」
仕事なんてしたいやつがすればいい。
悪魔が真面目に仕事なんてするわけがないだろ。
若干今の名言じゃねと思いながら再び眠りにつこうとすると、強烈なビンタが飛んできた。
何があっても俺を起こしたいらしい。
「……なんだ、騒々しい」
無駄に整っていると言われる顔をしかめて緩く手で払う。
これだけで大抵の悪魔は我に返って頭を下げてくれる。
けれど今回呼びに来たのは名前も知らない悪魔ではなく、幼馴染のルドヴォスだった。
「貴様ごときが決めポーズをとったところで俺様の美貌を抜けるはずがないだろう? さっさと起きるがいい。そもそもガスマスクで顔なんて見えん」
目が見えるだろ、目が。
あ、寝てるから閉じてるか。
まあ髪からイケメン臭がただよってるっしょ。
悪魔には珍しい透き通るような金髪よ。
「……かきあげるだけで女の悲鳴がこだまするー」
「何!? 俺様より貴様がイケメンだとでも言うのか! 俺様を侮辱するのも大概にするがいい!!」
なんかルドヴォスが興奮すればする程あたりが熱くなってきたような……。
「っておい! 本当に燃えてんじゃねぇか! 何すんだよ! しかも逐一口調がおかしいんだよ!!」
流石におかしいと思って目を開くと辺りが火の海だった。
ルドヴォスの憤怒が辺りに火をつけたようだ。
仕方なく暴食の能力を使って辺りの火を吸収する。
なんで俺がこんなことをしなければならないのか……。
「ふん、貴様が消せる程度に抑えてやったのだ。感謝するがいい。なぜ最初から反応しない!」
ルドヴォスが苛立っているのか俺に人差し指を突きつけてくる。
人に指を指すな!
失礼だろうが!
さり気なくルドヴォスの人差し指を反対側に曲げながら起き上がる。
「だってめんどくさいじゃん?」
「いたた! 折れる! 俺様のチャームポイントの指が!」
「指がチャームポイントってなんだよ! 聞いたことねーよ!」
お前の指はそんなに特徴的な形なのか!?
普通の指じゃねーか!
「ふん、貴様が俺様を無視するから燃やしたのだ。当然の結果だろう? 貴様の熱耐性が思ったより上がっていたせいでダメージがなかったようだが、次は覚悟するがいい」
「うるさいな。お前にやられないように怠惰を上げてるんだよ」
悪魔は7つの大罪と呼ばれる傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰のどれかの欲望を上げることで強くなる。
普通は1つの欲望をストイックに上げ続けるのだが、俺はそうしていなかった。
怠惰が結構育っているが、暴食や強欲なんかも並列して育てている。
正確に言うと育てている訳ではなく、日々の生活で勝手に育っているだけだが。
「貴様、中々やるじゃないか。この俺様を好敵手とみなすとは良い目をしている。流石は俺様の幼馴染だ。貴様なら爵位も狙えるだろう? なぜ平の悪魔で満足しているのだ? 俺様には理解できない」
「そんなメンドくさいことできるか。爵位なんて爵位持ちの悪魔を殺して奪わないといけないだろうが! なったら今度は命を狙われる立場になる訳だし。んな面倒なことやってられるか!」
「その程度だから貴様は魔王様から見放されるのだ。俺様を見よ! 既に子爵位を得ているぞ」
悪魔は自分の欲望に忠実な者が多いのでより上の地位を目指して能力を高め、地位を奪い取っていく。
その為、地位が上がれば上がるほど維持が大変になるのだ。
よくそんな殺伐とした世界で生きていられるよなとルドヴォスを見ると、ルドヴォスが不敵に笑った。
「なんだ? 俺様のことを褒め称える気になったのか? そういうことは口に出して言うがいい」
「誰がお前なんかを褒めるか!! お前の方こそその厨二を卒業しろよ!」
こんなのが幼馴染とか恥ずかしくて仕方がない。
もーちょいマシな幼馴染はいなかったのか!
可愛い女の子とか!
俺が理想の女の子に思いを馳せている間、ルドヴォスは俺の体を叩いて何かの確認をしている。
「気色悪いな。なんだよ」
「ふん、俺様には劣るが素晴らしい耐久性だ。前より怠惰が伸びているな」
「怠惰は防御だっけ? どーなんだろうね。血筋の影響じゃね?」
欲望の上がりやすさは生まれも影響する。
高い欲望を持つ親から生まれるとなぜか欲望が上がりやすい。
親と同じ欲望が最も上がりやすいらしいが、親が魔王な俺は普通の悪魔より全体的に欲望が育ちやすいのだ。
「羨ましい限りだ。嫉妬に目覚めそうだ」
「目覚めればいんじゃね?」
「無知は罪だな。横道に逸れたら待ち受けるのは死だ。新しく育てることは同じ時間かけて積み上げられるはずの強さを諦めるということだ。俺様のようにハイスペックな悪魔なら問題ないかもしれないが、塵芥は下克上を受けて死ぬぞ」
「あー、貴族様は大変だな」
これだから平の悪魔はやめられない。
命の危機が常に付きまとう世界になぜみんな行きたがるのか。
まったくもって理解できない。
「で、ルドヴォスは何しに来たんだ? まさか昼寝の邪魔するためってだけじゃないよな」
「ああ、俺様は優しいからな。たまたま小耳にはさんだ噂を貴様に教えてやりに来たんだ。感謝するがいい。貴様、このままだと城を追い出されるぞ」
「な、なんで!?」
魔王城から追い出されたら住む家がなくなってしまう!
働かないで生きていきたい俺にとっては死活問題だ。
「ふん、この前魔王様に第128子が誕生したことは流石に知っているだろう? そろそろ部屋が足りなくなるから活躍していない者を追い出すとのことだ。まあ、当然のことだろうな」
「えぇー!! 確かに何もしてないけど酷くない? 俺だって頑張って生きてるのに!」
「頑張る方向性が間違っている。他の魔王子は最低でも男爵位に就いてるじゃないか。貴様も俺様の幼馴染なんだ。俺様が恥ずかしくない爵位をとってくれたまえ」
「やる気の出し方を教えてくださいー」
大体悪魔が働かなきゃいけないという考え方がおかしい。
何のために働くんだ!
働いても欲望は育たないぞ!
「貴様が食べてる食事も作ってる悪魔がいるから成り立っている。力の強い悪魔は食事をしなくても生きていけるが、普通は何か食べるからな。そういう働き方したくないなら下克上で悪魔貴族になるんだな」
「貴族って何すんの?」
「領地の調停役に決まっているだろう? 税の収集も行う、魔王様の手足のようなものだ」
「えー、やだ面倒」
「貴様、そういうところは欲望に忠実なのだな。まあ、怠惰は食事をしなくても生きていけるらしいから道端にでも転がっていればいいだろう? 俺様はそんなことをするくらいなら名誉ある死を選ぶがな」
思い切り見下したルドヴォスの視線が突き刺さる。
道端に寝転ぶ生活……。
何もしなくて済む。
誰にも邪魔されない?
意外と良い生活では?
「貴様が何を考えているのか手に取るように分かるぞ。もうすこし品格を保てないものか。嘆かわしい。まあ、貴様が風雨にさらされようと俺様には預かり知らぬことか」
軽蔑した視線を俺に向け、鼻を鳴らしたあとルドヴォスが飛び去っていった。
薄情なやつめ。
友人が風雨にさらされても良いというのか!
「なんかこう……簡単にできて手柄がたてられるやつ……」
できれば一生好きに暮らせるような……。
貴族にはなりたくないし、働くのも嫌……。
「あ! 天使を堕落させればいんじゃね!?」
確かあれはポイント高かったはず!
親父もやってたし、頑張ればできるのでは?
上手くいけば堕天の貴公子とか呼ばれちゃうかもしれない。
ぐへへ。
やっぱ望みは高く持っておかないとな!
「そうと決まれば天界へ行ってみるか。白い羽を生やしとけば何とかなるだろ」
天使の羽はコウモリやドラゴンのような悪魔の羽と違って純白の鳥の羽みたいなやつだ。
でも何故か俺は2対4翼の天使の羽も出すことができる。
親父が堕天使のせいか悪魔の羽もコウモリやドラゴンではなく鳥の羽だが、色はちゃんと漆黒だ。
こちらも2対で4翼ある。
色が変わるだけだが、天使の羽は初めて出すので少し緊張する。
初めての飛翔!
いざ行かん天界へ!
俺はガスマスクをしたまま純白の羽を出して上へと飛び立っていった。