龍族の襲撃と秘めたる力
龍族。
単体においては世に並ぶべく者も無い最強の生物。人間からすれば軍隊レベルでしか対抗出来ないほどに強大な存在。
それに対しこちらは3人、しかもひとりは手負いで動けない。どうやら、そんな状況で敵対するはめになってしまったようだ。
「ちょっと待ってください。僕達はあなたと争うつもりは無いんです。」
相手の様子からしておそらく無駄だろうとは思いつつも、とりあえず説得してみる。だが、返事は無い。はなから話し合いなどすつもりは無いのだろう。
(闘いは避けられないか……。)
とは言え、殺し合いなどしたいわけではない。
相手は龍族、曲がりなりにも知性を持った存在なのだ。そう簡単に命を奪う気にもなれなかった。例え向こうが問答無用で襲い掛かってきているとしてもだ。
だが、このまま大人しくやられるつもりもない。
第1段階解放。
「……ケビン、シリルさんを背負って遺跡の入り口まで戻れるかい?」
イルムハートは目の前の龍族から目を逸らさないようにしながらケビンに問い掛けた。
「身体強化は使えますから問題ありません。それで、イルムハート君は?」
「僕はここでアイツを抑える。」
その言葉にケビンは驚く。
「あの龍族を抑える?
いくらイルムハート君でもそんなこと……まあ、出来るのかもしれませんが、やはり一緒に逃げた方が良くありませんか?」
普通ならイルムハートもその意見に同意しただろう。だが、現状ではそうもいかなかった。
「あの狭い通路を逃げてる間にブレスを撃ち込まれでもしたら大変だからね。
ブレスの効果自体は防げたとしても、その影響で天井が崩落したらかなりマズイことになる。だから、僕はここに残って防御を張るよ。
大丈夫、何とかするさ。僕もこんなところで死ぬつもりなどないからね。」
「……解かりました。」
ケビンの決断は早かった。
勿論、イルムハートのことを心配していないわけではない。しかし、イルムハートの言うことは尤もであり、何よりもその実力をケビンは信じているのだ。
「あまり無理はしないでくださいね。」
「ああ、解かってる。」
そう言うとケビンは負傷し意識を失ったままのシリルを背負い隠し通路まで移動する。それを護るようにイルムハートも続く。
『逃げられると思っているのか。』
その動きを見た龍族は嘲るような声と共にイルムハート達へ向けてブレスを放つ。先ほど光の幕の中から発せられたものより更に強力なものだ。
『何っ!?』
しかし、それはイルムハートの魔法で防御されてしまい、龍族は思わず驚きの声を上げる。
「今だ!早く行け!」
ケビンを通路へと押し込むとイルムハートはその前に立ちはだかった。
そこへ龍族は再びブレスを撃ち込んでくる。しかし、これもまた完全に防がれてしまう。
第2段階解放。
『おのれ、人族の分際で。』
再びの驚きと、そして屈辱による怒りが入り混じった声を出しながら龍族はイルムハートを睨み付けた。
それを見たイルムハートは肩をすくめながら呆れたように言う。
「まったく、人の話も聞かずにいきなりブレスを撃ち込んでくるなんて、龍族とは礼儀も知らない野蛮な連中なんだな。」
『何だと!下等種族が我を侮辱するか!』
イルムハートの言葉に龍族の顔色が変わった。尤も、見た目では判らないので声の調子からそう感じただけなのだが。
「その下等な種族に手こずっているのは一体誰なんだ?」
イルムハートはいつになく挑発的な言葉を口にした。正直、ちょっとむかっ腹を立てていたのだ。
本当なら調査隊がどうしてこのような姿になってしまったのか、それを聞き出さねばならないはずなのだが、どうにも目の前のヤツは人の話を聞こうとしない。己の強さを過信し調子に乗っているガキのようで、そこが鼻に付く。まあ、見た目で言えば自分もただのガキでしかないが……。
『頭に乗るなよ、人族めが!』
龍族は怒りのオーラを身に纏わせ、一歩前に出る。ブレスが通じないのなら肉弾戦で、ということなのだろう。
龍族、と言うかドラゴン系の武器は魔法やブレスだけではない。10メートルは越えるであろう体躯、鋭い爪と牙、そして強靭な尾。どれを取っても他を圧倒出来るだけの武器となるのだ。
『待て、ガルガデフ。』
龍族が今まさに襲い掛かろうとしたその時、光の幕の中からもう一つの声がした。
『ビジャルーアか、何故止める?』
龍族……ガルガデフが光の幕へ向かって言葉を掛けると、そこからはもう一体の龍族、ビジャルーアが姿を現した。
(龍族が2体か……これは少し骨が折れるかもしれないな。)
ただでさえ龍族は強大な相手である。それがもう1体増えたとなればかなり厄介な状況であるはずなのだが、イルムハートはどこか他人事のようにそんなことを考えた。
『その人族、中々に面白いではないか。我が相手をするとしよう。』
ビジャルーアは何やら楽しそうな声を出す。だが、ガルガデフも簡単には譲れない。プライドというものがあるのだ。
『何を言っている。彼奴は我の獲物だぞ。我が倒すのだ。』
『そう言ったところで、実際には手を焼いているではないか。良いから我に変われ。』
何やらどちらが相手をするかでモメ始めたようだ。
勝手にやってろ、と思わないでもないがそれでもイルムハートは敢えてそこに口を挟む。何故なら、後から姿を現したビジャルーアのほうは多少話が通じそうに思えたからだ。
「別にどっちが相手でも構わないけど、その前にちょっと聞きたいことがあるんだけどね。
あれはアンタ達がやったのか?」
そう言ってイルムハートはかつて人間であったはずの灰の山を指差す。
『そうだ。我等が聖域を侵した者の当然の末路であろう。』
さほど興味も無さそうにビジャルーアが答えた。そこには死んでいった者達への憐憫などひと欠けらも感じることは出来なかった。
「彼等だって悪気があったわけではないだろう。ここに何があるかなんて知らずに入ってきてしまったんだ。
それを言い分も聞かず問答無用で焼き殺したのか?」
『言い分など効く必要があるか?お前達だって住処に湧いて出た虫は問答無用で駆除するであろう?それとも虫の言い分を聞くのか?」
「虫は言葉を話さない。だが、人間は違う。同じにするな。」
『違いなど無い。所詮、我等にとって人族など虫ケラにも等しい存在でしかないのだからな。』
(なるほどな、随分と思い上がった連中だ。これなら天狼が毛嫌いするのも頷ける。)
この世界には神が遣わした3体の神獣の伝承がある。
その内の1体、神龍の眷属を自称する龍族は自らを選ばれた種族と考え他の種族を見下すようになったのだと、かつて同じ神獣である天狼からそう聞かされた。
連中の傲慢さは鼻に付く。
確かに、天狼の言葉通りだ。いや、鼻に付くどころではない。本気で腹が立ってくる。
「随分とまた思い上がった連中だな、龍族というのは。」
『何だと!?下賤な人族の分際で偉大なる神龍の眷属たる我等を侮辱するか!』
もう我慢の限界だった。イルムハートの堪忍袋の緒もついに切れる。
「本当のことを言って何が悪い。
そもそも何を勘違いしているか知らないが、こうも愚かなくせに神獣の眷属を名乗るとは笑わせてくれる。」
『貴様!!』
どうやらイルムハートの言葉はビジャルーアとガルガデフの逆鱗に触れたようで、怒号を上げながら襲い掛かって来る。
第3段階解放。
「いいさ、相手をしてやるよ。」
そんな彼等を冷静に眺めながらそう呟くと、イルムハートは己の力の全てを解放させた。
自分は周りとは違っている。
子供の頃からそう言う自覚はあった。
神から加護をもらい転生者としてこの世界に生を受けた身なのだから、”ある程度”特別なのは仕方ないだろう。
そう考えれば身体能力にしろ魔法にしろ、他の人間に勝る才能を持っていたとしても別に不思議なことではないのかもしれない。
が、だからと言ってその力に溺れるつもりも無かった。所詮は自分もただの人間なのだ。
まあ、元の世界に比べ生存環境の厳しいこの世界において、強いに越したことはないだろうがそれでも限度というものがある。
強過ぎる力というものは要らぬトラブルを招く原因ともなりかねないのだ。だから程々の強さがあればそれで良い。そう考えていた時もあった。
しかし、やがてそれが傲慢であることを思い知らされることになる。仲間達が命の危機に晒されている時に自分は何も出来なかったのだ。
単に力不足であったのならそれも仕方ない。だが、そうではなかった。本来ならそれだけの能力があるにも拘わらず、慢心により自ら力を伸ばすことを怠っていたのだと気付いた。
その時からイルムハートは自重することを止めた。
勿論、その力をひけらかすつもりなど微塵も無い。しかし、いざと言う時に後悔することのないよう己の力を最大限まで引き出すための訓練を重ねた。
本来、人間の肉体とは脆弱なものである。どんなに強い力を持っていたとしても身体がそれについていけないと言うことがあった。まあ、これは人族より強靭と言われる魔族ですらそうなのだから、人間の場合は尚更だろう。
イルムハートの場合もそれは例外ではない。
確かに神から授けられた加護のお陰で周りの者達に比べ耐久力はあるようだったが、それでも人間の身体であることに変わりは無いのだ。自身の強大な力を一気に開放すれば身体はその負担に耐えられなくなってしまう。
そこで選んだのが段階的に力を開放する方法だった。
身体強化の魔法で徐々に肉体を強化させながら力を上げてゆく。勿論、これも肉体への負荷が掛かるのは同じだが、一気に上げるよりも受けるダメージは遥かに少なかった。そして、ダメージ軽減のおかげで限界点もかなり引き上げることが出来る。
尤も、これはイルムハートが独自に編み出した手法と言う訳ではない。既に皆が知る普通の強化法ではある。
しかしイルムハートが使用した場合の効果は決して”普通”ではなかった。
その潜在能力の成せる業か、はたまた神の加護によるものか。その辺りは良く分からないものの、通常なら良くて1割から2割ほど限界を底上げ出来るだけのところをイルムハートの場合は数倍にまで伸ばすことが出来た。しかも、それは訓練を重ねるごとに今も伸び続けている。
まあ、はっきり言って反則レベルである。
そして今、目の前の龍族と闘うためにイルムハートは秘めていたその力を解き放ったのだった。
目の前にいる脆弱であるはずの生物は、今や想像もしていなかったバケモノと化した。
だが、ビジャルーアもガルガデフもそれに気付かない。
怒りで目が曇っているせいもあるのだろうが、その根本にはやはり他種族への侮蔑があるのだろう。まさか人間ごときが自分達すら上回る力を持つなどとは考えもしなかったのだ。
それでも、イルムハートの使う防御の魔法には警戒しているようではあった。
先ずはガルガデフがブレスを放つ。次いで、それを魔法で防ぐイルムハートの隙を狙うかのようにビジャルーアが連携し牙を剥き襲いかかってきた。
仕留めた。ビジャルーアはそう思った。
だが、その攻撃はあっさりと躱される。そして、その凶悪な牙が虚しく噛み合う音を聞いた次の瞬間、凄まじい衝撃を横面に受けることになった。
イルムハートに殴り付けられたのだ。
何が起きたのかすら理解出来ないまま、ビジャルーアは意識を朦朧とさせ大音量と共にもんどりうって地面へと倒れ込む。
『き、貴様、何をした!?』
目の前で起きた出来事が信じられず、ガルガデフは思わず動きを止め驚いた顔でイルムハートを見つめた。
勿論、イルムハートにはそれに答える気も無ければ攻撃の手を緩めるつもりも無かった。
土魔法でこぶし大の石を生成すると、それをガルガデフに向かい”手”で投げつける。攻撃魔法が弱体化されているのなら物理的な方法でダメージを与えれば良いのだ。
『ぐふっ!』
龍族の鱗は鋼鉄よりも硬いとされているものの腹部側はむき出しになっている。とは言え、それでも岩のように堅固な皮膚を持っているのだが、イルムハートの投げた石はその上からでも大きなダメージを与えた。
受けた痛みに苦悶の表情を浮かべながらガルガデフが前方を睨み付けると、そこにはもうイルムハートの姿は無かった。ガルガデフの頭上へと飛び上がっていたのだ。
一瞬の間を置いてガルガデフはそれに気付いたが既に遅かった。イルムハートの踵落としが脳天に炸裂する。
ガルガデフは苦悶の声を上げる間も無く、思い切り大地に叩き付けられた。その衝撃は綺麗に均されていた地面に大きな窪みが出来る程だった。
そのままガルガデフは動かなくなる。
まあ、死んではいないだろう。龍族の肉体は頑丈だ。この程度でくたばるほどヤワではない。
『お前は一体何者なのだ!?』
正気を取り戻したビジャルーアがその光景を目の当たりにして叫ぶような声を上げる。
「ただの人間だよ。アンタ達が下等と見下す生き物さ。」
『馬鹿な!人族がこれほどの力を持っているはずがない!』
「アンタ達が勝手にそう思っているだけだろ。」
そう言いながらイルムハートは収納魔法に収めていた柄だけの”剣”を取り出した。
『何だそれは?何をするつもりだ?』
何の役にも立たたなそうなその”剣”を見てビジャルーアが警戒感を露にする。最早、イルムハートは彼の常識を越えた存在となっているのだった。
「何って、こうするのさ。」
その問いに答えるかのようにイルムハートは”剣”をビジャルーアに向けてかざして見せる。すると、柄だけだったはずの剣から光の刃が姿を現した。要は”ビーム・ソード”である。
以前、イルムハートは光魔法を使って剣に高温の空気を纏わせる”似非ビーム・ソード”というものを考え出したことがあった。だが、その実用性はと言えば正直あまり高く無い。
初級レベルの攻撃魔法しか使えない者ならばそれなりに使い出はあるだろうが、イルムハートの場合は普通に魔法で攻撃した方がずっと効果的なのだ。わざわざ手間を掛けてまでそんな真似をする必要はない。
勿論、イルムハートもそんなことは承知の上だ。実用性ではなく、あくまでも趣味の範疇で作り出したものだった。
しかし、趣味の力を甘く見てはいけない。
イルムハートはその後も改良を重ね光魔法から雷魔法へ変更するとそれを防壁魔法で封じ重力操作で圧縮、他にもいくつかの魔法を組み合わせることでついには本家にも劣らない(とは言え、元に世界にも”本物”は存在していなかったが)代物を作り上げたのである。
だが、そうなると剣に纏わせるのはさすがに無理があった。高温のため刀身が破壊されてしまうのだ。なので刀身の無い柄だけの”剣”を使うようにした。
尤も、本来は光の刃そのものを操作出来るので刀身どころか柄すらも必要ないのだが、そこはやはり”趣味”が優先される。彼の中においては柄の無いビーム・ソードなど邪道でしかなかった。……勿論、異論は認める。
「うん、やっぱり多少威力は落ちるけど、まあこれでも十分だろう。」
攻撃魔法弱体化の影響で雷魔法の威力は落ちている。だが、それもさしたる問題ではなかった。要は”プラズマもどき”が生成されればそれで良いのだ。
『何なのだ、それは!?何をするつもりだ!?』
当然のことながらビジャルーアはビーム・ソードなど見たことも無い。しかし、それがひどく危険なものであることは直感的に理解した。
「これかい?これは武器で、こうやって使うのさ。」
イルムハートはビーム・ソードを横なぎに振るう。すると到底ビジャルーアには届かないはずの長さしかない刀身が一気に伸びて彼を襲った。実体のない剣だけに伸縮も自在なのだ。
『なっ!?』
鋼鉄より硬い鱗に覆われているはずの腕が光の刃によってあっさりと切り落とされる。ビジャルーアは痛みよりも驚きの勝った声を上げた。
龍族の身体は頑丈である上に再生能力も高い。”龍核”と呼ばれる魔獣が持つ魔核にも似た高濃度の魔力結晶を持っており、それが破壊されない限りはいくら切り刻まれようといずれ再生するとされていた。
なので、腕一本切り落とされたくらいなら致命的なダメージとは言えないのだが、それでも精神的なショックは大きかった。
『馬鹿な……我の腕をこうも簡単に。』
「なるほど、龍核を壊されない限りは不死身と言うのもまんざら嘘ではないみたいだな。」
内心の動揺はともかく、腕を失っても見た目には平気のように見えるビジャルーアの姿にイルムハートは少しだけ驚いた。
「だが、首を刎ねられたらどうかな?それでも復活出来るのかな?」
そんな言葉をイルムハートは平然と口にする。
尤も、これはブラフである。
実を言うと少し前から例の光の幕の中にもう一体の龍族の気配を感じ取っていたのだ。
そいつは何故か仲間の危機を見ても動こうとしなかった。どうも、こちらの様子を伺っているようだ。もしかすと、何かを企んでいるのかもしれない。
ならば、無理やりにでも引きずり出してやる。それがイルムハートの狙いだった。
「あの世とやらで死んだ者達に詫びてもらおうか。」
そんな芝居じみた台詞を口にしながらイルムハートはビジャルーアの首元めがけて剣を振るう。
『待て。』
ビジャルーアの首が斬り落とされんとしたその時、光の幕の中から声がした。
剣を止め、イルムハートは光の幕を見つめる。
すると、そこからはビジャルーア達よりも二回りほど大きな身体を持つもう一体の龍族がゆっくりと姿を表し、そしてイルムハートに言った。
『もう、そのくらいにしておいてもらえないだろうか。大いなる力を持つ者よ。』
先日、誤字報告を頂きました。
確かに誤字脱字、言い回しの誤用等、読み返すたび恥ずかしいほど目につきます。
ただ、それらについては自戒の意味も込めて当分はそのままにしておこうと考えています。
いずれ何らかの機会に直そうとは思っていますが、それまではお見苦しい点ご容赦ください。
以前にもいくつか報告は頂いてはいたものの、未だなろうのシステムについて使い方を良く理解していないため返信出来ずにいました。
(と言うか、個別に返信が可能なのかどうかも良く解かっていませんが……)
ひとまとめにするのも失礼かとは思いましたが、皆さんにはこの場を借りてお礼を言わせて頂きます。
いつもありがとうございます。