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龍族の祠とそこに眠るもの Ⅲ

 その隠し通路は遺跡本殿とは異なり実に質素な作りだった。

 荒く掘り抜いたトンネルを石で補強しただけの飾り気も何もない殺風景な道が続く。

 通路は最初、遺跡をぐるりと回るように続いており、このまま開かずの扉の裏側に出るのかと思われたのだが途中から少し方向が変わった。

「扉の方には行かないみたいですね。まさか、このまま外に出てしまうんでしょうか?」

 ケビンが不思議そうな声を出す。

 正確な方向はわからないものの、確かに開かずの扉とは別方向へ進んでいるような感じだった。

「それはないでしょう。あそこからただ外へ出るだけの通路など造っても意味がありませんからね。」

 シリルの言う通りだ。この通路は遺跡の出入り口にあるホールから続いている。単純に外へ出るためだけならばそちらを使えば良いのだ。わざわざ隠し通路など造る理由が無い。

「おそらくあの扉の先にある場所と同じ処へ繋がっていると思っていいでしょう。ですが、もしそうだとするとそこにはかなり大きな部屋があることになりますね。」

 開かずの扉があった部屋もおそろしく広かった。5,6階建ての建物が数棟くらい余裕で入りそうな程だ。

 もし、あの部屋と並行(かどうか明確には解からないが)に通っているこの通路の行きつく場所が開かずの扉のその先と同じであるとしたら、そこにはさらに巨大な空間が広がっていることになる。

「それにしても長い通路ですね。もうとっくにあの扉を越えてしまっているんじゃないでしょうか?」

 しばらく歩き続けてもまだ終わりそうもない通路にケビンがつい愚痴を漏らす。

 実際、例の開かずの扉の位置はとうに過ぎているはずだった。

「と言うことは、あの扉の先もさらに奥へと続く通路になっているのかもしれないな。」

「あのサイズの通路ですか……よくそんなものを造る気になりますよね。」

 イルムハートの言葉にケビンが呆れたような声を出したその時、シリルは魔道具で照らされた前方に何かを見つけたようだった。

「どうやら、やっと終りのようですよ。」

 そこには扉と思われるものがあった。正確には”扉であったと思われるもの”が、である。それは半分壊されていたのだ。

「こっちは遠慮なく破壊したみたいです。」

 開かずの扉についてはベルタ達も破壊を躊躇った。歴史的価値を考えれば当然である。おそらくそれは前回の調査隊も同じだったはずだ。

 しかし、こちらの扉にはその価値を見出さなかったと見える。人ひとり通ることが出来る程度に、あっさりと破壊されていた。

「こちらの扉も封印されていたんでしょうかね?」

「うーん、見た感じそうは見えないけど。」

 開かずの扉と違い、こちらは扉と壁との間には僅かに隙間が見られる。少なくとも隠そうとする意図は感じられない。

「もっとも、内側から鍵が掛かっていた可能性はあるけどね。」

「鍵が掛かっていたと言うよりは、ある意味”封印されていた”と言った方が正しいのかもしれませんよ。」

 そんな会話を交わすイルムハート達に、破壊された扉の隙間から向こう側を確認しながらシリルが声を出す。

「落盤でもあったらしく、扉の向こう側は岩で埋まってしまっています。

 もしかしたらこれは、通路を塞ぐため意図的に行われたものかもしれません。」

「では、ここで行き止まりということですか?」

「いえ、十分通れるだけの隙間が造られています。おそらく前回の調査隊に同行していた冒険者が魔法で切り開いたのではないでしょうか。」

 攻撃魔法を弱体化させる結界の影響はここにも及んではいるが全く使えないわけでもない。時間は掛かるものの土魔法を使って道を造り出すことは可能だろう。

「これなら十分通れそうですね。」

 イルムハートも奥を覗いて確認してみる。当然、いま通って来た通路より格段に狭くはなるものの、その道には通り抜けるための余裕が十分にあった。

「とは言え決して広いわけではないし、ジェイクを置いてきたのは正解だったかな。」

「いえ、むしろ連れてきた方が面白かったかもしれませんよ。」

 ケビンは相変わらず良い笑顔で怖い事を言う。

 ライラには突っ込まれ、ケビンにはいじられる。ジェイクも大変だなと少し同情しながら、イルムハートはシリルに続いて壊れた扉をくぐった。


 岩に埋もれた部分はそう多くなかったようで、すぐにそこを通り抜けることが出来た。そして広い部屋へと出る。

 イルムハート達がその部屋に入ると、まるでその侵入を探知したかのように辺りが明かりで包まれた。見上げるとおそろしく高い天井のあちらこちらに魔道具の明かりが灯っている。

「これは……凄いですね。」

 部屋の様子にはいつも飄々とした態度を崩さないケビンもさすがに感嘆の声を上げた。

 空間の巨大さや自動で起動する魔道具もそうだが、何よりも前方にある何やら不思議な光の幕のようなものがケビンを驚かせていたのだ。

「あれは一体何なんでしょうかね?」

「良く分からないけど……何か巨大な魔道具のようにも見えるかな。」

 確かに、地面にはおそらく金属製であろうと思われる円形の土台が設置されており、そこから蒼白い光が立ち上っているように見える。

 しかし、魔道具にしてはあまりにも巨大過ぎた。軽く見積もってもその直径は20メートル近くあるのだ。しかも、光の幕の高さに至っては優にそれを超えている。

「あれが……魔道具ですか?あんな大きなものが?」

「そう考えるしかないだろうね。どう見ても自然のものとは思えないもの。」

「まあ、それはそうですが……。」

 そんなイルムハート達と同様にシリルも当然驚きの表情を浮かべている。しかし、どうやらそれは他の2人とは異なった理由によるもののようだった。

「”龍の道標”……まさか、本当にあったとは。」

「”龍の道標”?何ですかそれは?」

 イルムハートの言葉にシリルはハッと我に返った。それから少しバツの悪そうな表情を浮かべたが、やがて観念したように口を開く。

「今さら君達に隠してもしょうがないですね。どうやらただの護衛として派遣されたわけでもなさそうですから。

 ……尚、これから話すことは機密事項になります。そのことをお忘れなきように。」

 決して他言するな、シリルはそう言っているのである。だが、そういうわけにもいかない。

「ですが、僕達にはギルドへ報告する義務があります。勿論、ギルド長以外に話すつもりはありませんが。」

「まあ、それくらいは仕方ないでしょう。」

 確かに、何も報告しないというわけにもいかないだろう。その点はシリルも理解していた。

「実は”龍の祠”には裏の伝承があるのですよ。

 そこには龍の島へと導く道標が隠されている、そういう言い伝えられているのです。」

「でも、龍の島が何処にあるかなんて皆知っている事ですよね?今さら道標を隠して意味があるのですか?」

 ケビンの言う通り龍の島がある場所は謎でも何でもない。内海の中央にあることくらい誰でも知っていた。

「そうですね、行き先を示すためだけの道標であれば意味は無いでしょう。

 ですが考えて見て下さい、今現在龍の島は外界から閉ざされた状態にあります。魔力嵐や龍族の妨害により、場所が判っていても辿り着くことが出来ないのです。

 しかし、もしこれがそれを踏まえた上での”道標”だとしたら?」

「障害を回避して島へ入る方法がこの”道標”にあると?」

「……転移魔法か!」

 不意にイルムハートが声を上げた。

「これは転移魔法の魔道具なんですね?龍の島へと続く。」

「どうやらそうみたいですね。

 正直、私も今の今までその”道標”が一体何なのか分かりませんでしたが、これを見て理解しました。どうやら”道標”とは龍の島へと続く転移ゲートだったようです。」

 シリルの言葉にイルムハートもケビンも呆然とする。

 転移魔法は魔法の中でも特に難易度の高いものとして知られており、未だ魔道具化することが出来ていない魔法のひとつなのだ。

 それをおそらくは遥か昔に、しかもこれほどの巨さで創り上げるとは驚くしかない。

「だとすればこれは、大災厄以前の古代文明が創り出した代物ということになりますね。」

 現在の技術では到底創り出すことは不可能だ。古代先進文明の力があればこその魔道具ということになる。

「ベルタさん達はその伝承のことを?」

「知りません。彼女達だけでなく学芸院でもそのことを知るのはほんの一握りの人間だけです。」

 まあ、”機密事項”と言うからにはそうそう誰もが知っているわけはあるまい。

「では、失踪したという例の理事は知っていたのですか?」

 イルムハートの質問にシリルは少し呆れたような顔で答える。

「そこまで知っているのですか。冒険者ギルドも中々油断なりませんね。

 例の理事ですが、伝承については知らなかったはずなんです。少なくとも、それを知る資格が無かったことだけは確かです。」

「でも、わざわざ子飼いの学者を調査隊に潜り込ませたということは、何らかの情報を持っていた可能性は高いですよね?

 あるいは伝承を知っている人間から指示を受けたとか……。」

「そちらについては現在王都の方で調査が行われています。ですが、肝心の理事が行方をくらましていますので中々難航しているようです。」

「行方知れずと言えば……前回の調査隊はどうなったんでしょうね?」

 行方不明で思い出した。イルムハートにとっては前回の調査隊の行方を調べるのがそもそもの目的だったのだ。

「魔道具で龍の島へと転移したのでしょうか?」

 まともに動くかどうかまでは分からないが、少なくとも魔道具自体はまだ”生きて”いるように見える。

 ならば、それを使って転移したのだろうか?と、そう考えた時、ケビンがめずらしく険しい顔つきをしながら口を開いた。

「それなんですが……何かヘンな臭いがしませんか?」

 言われてみると、微かだが何やら焦げくさい臭いがした。

「そう言えばそうですね。何でしょう?」

「たぶん……アレのせいだと思います。」

 シリルの言葉にケビンは前方を指でしめす。そにはその周りだけ黒っぽい地面の上に何やら盛り土のようなものが見えた。いや、土ではない。それは灰だった。

「まさか!?」

 急ぎ全員で駆け寄る。

 よく見て見るとやはりそれは黒焦げの灰で、それに交じり溶けた金属や白い何かが目に入る。

「骨、ですね。たぶん、人間の。」

 持っていた杖で灰を掻きながらケビンが言った。

「ひょっとして調査隊の……。」

「そう考えていいんじゃないでしょうか。溶けた金属の方は冒険者のものかもしれませんね。

 他にもいくつか同じようなものがあります。」

 言われてみると他にも灰の山がある。ここよりも小さいことろを見るとおそらく向こうはひとりずつ、そしてこちらでは何人かまとまって焼かれたということなのだろう。

 その様子からして、死んで荼毘に付されたとは考えにくかった。生きたまま焼かれた可能性が高い。

「惨いことを……。」

 人の死は何度か目の当たりにしたことのあるイルムハートですらも思わず顔をしかめるほどの惨状だった。

「向こうの方も見てきます。」

 そう言ってシリルが離れた所の灰の山を確認しに行く。

「それにしても不思議ですよね。」

 周囲を見渡しながらケビンが呟くように言った。

「これ程の火力を一体どうやって生み出したのでしょうか?」

「ああ、それは僕も考えていた。ここで火魔法を使ったとしても、これほどの火力を出すのは容易ではないはずだ。」

 この大広間も当然、攻撃魔法弱体化の影響下にあった。そんな場所で人を骨まで焼き、金属すら溶かすほどの高熱をどうやって作り出したのか?

 もしそれが魔法によるものだとすれば、一体どれだけの魔力を必要とするか想像もつかない。

「もしかしたら、最上位のドラゴン・クラスなら可能かもしれないけど。」

 ドラゴンが放つブレスは特殊である。基本的には魔法攻撃であるものの、同時に物理的なエネルギーをも持つため防御魔法では完全に防御出来ないという性質を持っていた。

 もしそのブレスであれば弱体化の影響をさほど受けずに使用することが可能かもしれない。

「まさか、ここにドラゴンが棲み付いていると?」

 イルムハートの言葉を聞いてケビンは慌てて再度辺りを見渡す。

「いや、今のところその気配は無いから心配しなくても大丈夫だよ。」

 攻撃魔法同様に魔法での探知も阻害されてはいるが、こちらも完全に無効化されている訳ではないので近くに大きな魔力の存在があるか無いかくらいは判る。少なくとも、今のところ危険な魔力は感じなかった。そう、魔道具の発する光が一段強さを増すまでは……。

「!!」

 突然、転移の魔道具から立ち上る光の幕がゆらめき光を増すと、そこからは恐ろしいほどに強い魔力が流れ出してきた。

 それにはイルムハートですら背筋に冷たいものを感じるほど強大にして濃厚な魔力であり、ケビンに至っては一時的な金縛り状態になってしまう。

 そして、不意に光の幕の中から言葉が……いや”思考”がイルムハート達へと向けて放たれた。

『愚昧にして卑小なる者共よ、またしてもこの地を荒らさんとやって来たか。』

 イルムハートはその言葉に明確な敵意を感じ取った。

(これは、マズい!)

 本能がこれでもかというほどの音量で警報を発する。

「シリルさん!今すぐそこを離れて!」

 魔道具近くにある灰の山を調べていたシリルに向かってイルムハートは大声で叫んだ。だが時すでに遅く、光の幕の中から発せられた”何か”がシリルを襲う。

「ブレス!?」

 それはドラゴンのブレスにも似たものだった。

 イルムハートは咄嗟にシリルの周りに防御魔法と防壁魔法を張ったが僅かにタイミングが遅れ、一瞬だがブレスに晒されてしまう。

「ぐわっ!」

「シリルさん!」

 イルムハートとケビンは苦悶の声を上げて倒れ込むシリルの元へと急いで駆け寄る。シリルは大怪我を負っているものの、イルムハートの展開した魔法によりなんとか命は取り留めていた。

「ケビン、シリルさんの治療を頼む!」

 イルムハートはシリルのことをケビンに任せると全力で魔法による防御を展開した。そして光の中の存在を睨み付けるかのように見つめる。

『おこがましくも歯向かうつもりか。よかろう、その身をもって己の愚かさを知るが良い。』

 そう言って”それ”は光の中から姿を現した。

「ドラゴン!?」

 ケビンが思わず声を上げる。

 確かに、その見た目はドラゴンのようにも見えた。だが、どこか違う。姿形の違いだけでなく、”それ”からはどこか知性のようなものが感じられた。それに、そもそも人語を解し人と会話するドラゴンなど存在しない。

 と言うことは……。

「龍族……なのか?」

 そう考えるのが正しいだろう。

(どうしてこうなった?)

 本来、行方不明になった調査隊一行の足取りを調べるのが目的のはずだった。

 それが龍族と遭遇し、しかも攻撃を受けると言う全く想像もしていなかった展開を迎えてしまったのだ。

 目前の脅威もさることながら、そんな理不尽とも言える展開に危機感を通り越し困惑すら覚えるイルムハートだった。

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