龍族の祠とそこに眠るもの Ⅱ
遺跡の扉は巨大でかなり重量もありそうだったが実のところ開くのにはさほど苦労しなかった。おそらく重力操作の魔道具が組み込まれているのだろう。身体強化を施していれば女性でもひとりで開けられるほどだった。
中に入るとそこはホールのような場所だった。その奥にはまた別の大きな扉がある。
「やはり中も結構広いわね。」
辺りを見渡しながらベルタがそう呟く。
そこは前回の調査隊が設置したと思われる魔道具によって明るく照らし出されていた。
明かりを作り出しているのは発光魔法の魔道具だ。発光魔法は発光体を生成する魔法ではあるが光魔法とは別のものである。
物体の温度を操作するのが光魔法で、発動の際に対象が光を発するためそう呼ばれている。
一方、発光魔法は熱を持たないただ発光するだけの球体を作り出す魔法で、それ以外には何の効果も無かった。まあ、それだけでも十分有用な魔法ではあることは確かなのだが。
時に両者はよく混同される。どちらも光を生み出すからだ。しかし、このふたつは明確に別の魔法として扱われていた。
その効果から言えば前者が”熱”魔法で後者こそが”光”魔法のようにも思えるのだが、この世界ではそれとは少し違う区分けがされているのである。
「ここは特に異常無いみたいですね。もっと奥へ行ってみましょう。」
思わず足を止め周りを観察し始めたベルタ達をシリルが促す。
「ごめんなさい、つい夢中になってしまって。」
ベルタは少しだけ照れたような表情を浮かべると、封印の魔道具から”鍵”を抜く。
「あれ、外してしまって大丈夫?このまま扉を閉めたりしたら外から封印されるんじゃないの?」
それを見たライラが不安気にイルムハートへ問い掛けた。
「ああ、あれは魔道具を仕掛けた側にだけ力を跳ね返す結界が張られるようになってるんだ。なので、内側から開ける分には問題ないのさ。」
要はオートロックのように機能するわけである。
「むしろ、調査中は封印を掛けておいた方が外部からの侵入者を防げるから、その分安心だろ。」
「なるほどね。」
イルムハートの説明にライラは納得したように頷いたが、同時に少し落胆したような表情も浮かべた。
「外側から封印が掛けられていたものだから、てっきり中には誰もいないはずだと思ったんだけど……そういうわけでもないのね。」
イルムハートも最初はそう思っていた。魔道具で入り口を封印するには誰かが外に出てそれを起動させる必要がある、そう考えたのだ。
だが、使われている魔道具を見てそうではないことに気付く。
結局、第1次調査隊の行方については遺跡内部を調べて見ないことには何も分からないのである。
「それにしても……随分とあっさりしてますね。ほとんど何もありませんよ。」
奥の扉を開けさらにその内部へと一行が足を踏み入れた後、カミル・バントが少し拍子抜けした声を出した。そう感じたのは彼だけではない。それと同じ思いを全員が抱いていた。
勿論、遺跡の中には本当に何も無いわけではなかった。金色に輝く壁面には数多くの宝石が散りばめられ鮮やかに彩られたレリーフがそこかしこに飾られている。それだけでも十分に価値のあるものだ。
しかし、彼等が期待していたのはそんなものではなかった。龍族との繋がりを示すもの、調査隊はそれこそを求めていたのである。
なのに遺跡の中はただ広いだけの場所でしかなかった。石碑や祭壇のようなものは何ひとつそこには存在してはいない。
「どうやら何者かによって既に運び出された後のようです。」
皆とは少し離れ床を探っていたデルクがそんな言葉を口にする。
確かに、よくよく見て見ると床には元々何か置かれていたような跡がそこここに付いていた。
「まさか、前回の調査隊が?」
カミルが驚いたような声を上げる。
「そんなはずはありません。彼等はそんなことをする人間ではありませんよ。」
すかざすベルタがそうたしなめた。行方不明となっている第1次調査隊の面々はベルタとも親しい者達ばかりだったに違いない。そんな彼等が遺跡荒らしのような真似をするはずがない、そう信じているのだろう。
「ええ、彼等ではないでしょう。」
そんなベルタの気持ちを察したわけではないだろうが、デルクはカミルの言葉を否定した。
「この跡を見る限りでは、運び出されてからかなりの年数が経っているように見えます。前回、調査隊がここを訪れた時には既に何も無かったのではないでしょうか。」
「確かにそうみたいですね。」
デルクを真似るように床を手で探りながらイレーネもそれに同調する。
「……運び出した際に付いたと思われる傷はかなり古いもののようです。色が変わってます。
この遺跡には保存の魔法も掛けられているようですから、それを考えると少なくとも数十年、いえもしかすると数百年は経っているのではないでしょうか?」
”保存の魔法”と言っても永久に同じ状態を維持し続けるわけではない。室温や湿度などの変化による負荷を対象物に与えないよう結界を張るわけだが、それでも経年劣化を完全に防ぐことは出来ないのだ。
だが大幅に遅らせることは可能で、そんな状態の中劣化が起こっているということはかなりの時間が経過していることを意味した。
「へえ、そんな魔法が掛けられているのか……。」
ジェイクが感心したように呟いた。
「それだけじゃないわよ。ここには魔法探知を阻害する結界や攻撃魔法の効果を弱める結界も張られてるわ。」
「あと、どうやら転移魔法も使えないようになっているみたいだ。」
ライラに続きイルムハートがそう言うと、途端にジェイクの顔色が変わった。
「じゃあ、いざという時にお前の魔法で逃げることも出来ないってことか?」
「バカ、大きな声出すんじゃないわよ。」
慌ててライラがジェイクを黙らせる。イルムハートの転移魔法についてはパーティー内の秘密ということになっているのだ。
「それに、何で逃げること前提なのよ。情けないわね。」
「いや、別にそういうわけじゃないけど、万一の時の保険というか何というか……。」
「遺跡の中に閉じ込められることを心配しているのでしょ?
ジェイク君は少々閉所恐怖症的なところがありますからね。」
「バ、バカ言うんじゃねえよ。そんなわけないだろ。」
ケビンに図星を指されて慌てるジェイク。
仲間達がそんなやり取りしている中、イルムハートはシリルがずっと黙ったままであることに気付く。彼は無言で正面にある龍と人間が描かれてたレリーフを見つめていた。
「あのレリーフがどうかしましたか?」
「ああ、他のものに比べてあれだけが妙に巨大なのが気になりましてね。」
「正面の飾りだからではないですか?
こう言った儀式的な部屋の場合、皆の目を引くよう正面に大きな装飾をするのが普通だと思いますが?」
「おっしゃる通りだとは思います。」
イルムハートの言うことくらいシリルも分かってはいるだろう。だが、それでも何かが引っかかっているようだった。
「ですが、少し大き過ぎるような気もするのです。
それに、入り口の扉の飾りと大きさが同じというのも何か理由があるのではないかと。」
イルムハートはその言葉を聞いてハッとする。確かに正面のレリーフは後方の扉のそれとほぼ同じ大きさをしていた。それは単なる偶然ではないのかもしれない。
「カミルさん。あのレリーフの周りを調べてもらえませんか?」
カミルは古い建築物に関しての研究者である。イルムハートに言われレリーフの周りを調べた彼はやがて唸るような声を上げた。
「なんと、これは元々扉だったようですね。それを後から塞いだのではないでしょうか。
塞いだ後を飾り枠のように見せかけていますがここだけ他とは異なる技法が使われていますので、後から何らかの処置を施したと見てまず間違いないと思います。」
「じゃあ、その向こうにも部屋があるのね?その扉は開けられないの?」
ベルタは少々興奮気味に問いを発したが、カミルの表情は暗い。
「残念ながら完全に封じられています。扉を壊せば何とかなるかもしれませんが……。」
「そんなこと出来るわけないじゃない。」
「ですよね。」
まあ、そうだろう。いくら何でも貴重な遺跡を破壊するなどベルタ達に出来るはずがない。
「魔法で扉の向こうを調べることは出来ないかしら?」
そうイルムハート達に問い掛けるベルタだったが、しかしその望みは叶わなかった。
「残念ながらここには魔法探知を阻害する結界が張られているんです。」
「そうなの……。」
ベルタはがっくりと肩を落とした。
そんな彼女に今度はイルムハートの方から質問する。
「前回の調査隊が残した日誌にこの扉の件は記載されていなかったんですか?」
「ええ、何も書かれていなかったわ。」
「気付かなかったのでしょうか?」
「そんなことは無いと思うわよ。前回も建築の専門家が参加していたのだから当然気が付いたはずだわ。」
ベルタの言葉にイルムハートは黙り込む。何か嫌な予感がしたのだ。
そんなイルムハートに代わって、開かずの扉を見つめたままのシリルが口を開く。
「この扉に気付いたはずなのにそれが日誌には書かれていない。
となると、これを見つけた直後に調査隊が行方不明になってしまった可能性が高いですね。」
急遽、開かずの扉周りの調査が開始された。
何か手掛かりとなる痕跡が残されていないか、壁や床を全員で調べまくる。
だが、残念ながら何ひとつ変わった様子は見つからなかった。
「何もありませんね。もしかすると、日誌に書かれていないのはまだ気づいていなかっただけなのかもしれませんね。」
そんなベルタの言葉にその場の全員が納得しかけた時、入り口の方からデルクの声がした。
「皆さん、ちょっとこっちへ来て頂けますか。」
「どうしたんだ?」
シリルがそう問い掛けると、デルクは少し戸惑ったような表情を見せる。
「はい、念のため入り口のホールの方も調べようとしたのですが、そこで隠し通路のようなものを見つけました。」
「ホールに隠し通路?
何と、そんなところに……。」
完全に盲点だった。皆、すっかり開かずの扉に注意が向いてしまい、まさか入ってすぐのところにそんなものがあるとは誰も思い至らなかったのだ。
全員がその報せを聞いて入り口のホールへと戻った。
そこには確かに入って来た時には無かったはずの通路が口を開いている。ただ、こちらはあくまでも人間サイズのものだった。高さや幅は普通の家の廊下と変わりない。
「どうやって見つけたんです?」
カミルの問い掛けで皆がデルクに注目する。そしてその時、皆はやっとデルクが当惑したような表情を浮かべていることに気付いた。
「それが……私が来た時には既に通路は開いていたんです。」
「既に開いていた?いや、でも入って来た時にはこんなものありませんでしたよね?」
そう言ってカミルが皆を見渡すと全員がその言葉を肯定するかように頷く。
「ええ、それは私も確認しています。なので、我々が先ほどの部屋にいる間に勝手に通路が開いたのだとしか……。」
「あの開かずの扉のどこかに通路を開く仕掛けでもあったとは考えられませんか?
先ほど扉の周りを調べている際に、偶然仕掛けを働かしてしまったとか?」
そんなシリルの言葉に少し考える様子を見せながらカミルが答えた。
「その可能性も無いことは無いですね。特に何かを嵌めたり押し込んだりしなくても、ただ触れただけで装置が起動する仕組みというものもありますから。」
「でも、そう簡単に開くくらいなら最初から隠す必要なんて無いんじゃないですか?」
ライラの言うことも尤もだった。その程度で露見するギミックではあまり意味が無いようにも思える。
「一箇所だけならそうでしょうね。でも、複数個所を同時に触らなければ起動しないようにしておけば秘匿性はかなり高くなります。」
「なるほど……私達は偶然それを解いてしまったと言うことね。」
「全員であちこちじっくりと触りまくりましたからね。」
相変わらずケビンの表現は際どい。尤も、彼が言うとそれはいやらしい意味では無く、何か危険な雰囲気を醸し出してしまうところがケビンらしいと言えばらしかった。
「……ところで、前回の調査隊も同じように隠し通路を開いた可能性はあると思いますか?」
そう問い掛けたシリルの言葉に答えたのはベルタだった。
「十分あります。あの開かずの扉に気が付いたのであれば、いくら時間がかかろうとも最後にはこの通路に辿りついたに違いありません。
何しろ私達学者という人種はこういった事に関しては気長で、そして諦めが悪いですからね。」
「確かに。」
そんなベルタの言葉に対し、カミルとイレーネは僅かに苦笑しながらも賛同し頷くのだった。
「どうやら、謎を解く鍵はこの通路の先にあると考えて良さそうですね。」
そんなシリルの言葉を否定する者はいなかった。誰が見ても明らかなことである。
「では、私とデルクとで通路を探ってきますので皆さんはここで待っていて頂けますか。」
イルムハートとしてもシリルの推理に異を挟むつもりはない。しかし、後半の台詞についてはそのまま受け入れる訳にもいかなかった。
「それなら僕達も一緒に行きますよ。」
「いえ、とりあえずここは私とデルクで……。」
イルムハート達の同行をシリルが断ってくることは想定内だった。通路の先にあるであろう”何か”を秘匿したいと考えているのはシリルもこの通路の製作者も同じだろう。
それが彼の任務であることは解かる。だが、そうも言っていられない状況なのも確かなのだ。
「僕もシリルさんの言う通りこの先には調査隊が行方不明になった謎を解き明かすための何かがあるのだと思います。
しかし、それは同時に危険が待ち構えている可能性も十分あるということになりますよね。となれば、放っておくわけにはいきません。
これが貴方に与えられた”任務”なのだということは理解しています。ですが、ここは確実に情報を持ち帰ることを優先させるべきではないでしょうか。」
イルムハートの言葉にシリルは少しの間無言で考え込む。そこに隠された意図を理解しようとしていたのだ。
「なるほど……冒険者ギルドは全てお見通しということですか。」
やがて小さな声でそう呟くと、顔を上げてイルムハートを見る。その目は普段装っている”調査隊助手”のものではなかった。
「わかりました、こちらとしても魔法が使える人間にいてもらえると何かと安心ですしね。同行をお願いします。
デルク、万一のために君はここで調査隊の警護をしていてくれ。」
「ケビン、一緒に来てくれ。
ジェイクとライラはここでデルクさんと共に皆さんの警護を頼む。」
この場所だって確実に安全とは言い切れない。なので、人員を2つに分け片方を警護として残すことにした。
「えー、ケビンだけかよ。俺は連れてってくれないのか?」
しかし、ジェイクとしては留守部隊を任されることに不満があるようだった。じっとしているのがどうにも苦手な人間なのだ。
「人数が多ければ良いというものでもないからね。危険だと判断したらすぐ逃げて来るつもりだし。」
イルムハートはそう言ってから小声で「だから、君はイレーネさんを守ってやってくれ」と囁く。
「お、おう、任せておけ!」
途端にジェイクの機嫌が直った。
「全く単純なんだから……。
イルムハートもケビンも十分気を付けてね。」
一方、ライラの方は全く文句無いようだった。と言うか、その表情を見る限りではむしろ喜んでいるようでもある。
「デルクさんと一緒なのが嬉しいんでしょうね。」
ケビンは笑いながら小さく呟く。確かに、ライラはいつの間にかデルクに近い場所へと移動していた。
「まあ、いつも通りで何よりだ。これなら心配いらないね。」
思うところはいろいろあるものの、この状況下でも慌てずマイペースでいられるのは正直頼もしい。調査隊の安全については心配無さそうである。
イルムハートはケビンと顔を見合わせ互いに頷き合った後、シリルへと声を掛けた。
「それじゃあ行きましょうか。」