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龍族の祠とそこに眠るもの Ⅰ

「報告の通り、本当に龍族の祠みたいね。」

 翌日、朝町を発った一行は昼過ぎに目的の遺跡へと到着した。

 そして、その遺跡を見た際にイレーネ・ロージャの発した言葉がそれである。

「龍族の祠?龍族ってあの?」

 イルムハートが驚いたように聞き返す。

「そう、”あの”龍族よ。」

 イレーネは微笑みながらそう答えた。

 イレーネはアルテナ高等学院学術科を出たとのことで、イルムハートとはすぐさま仲良くなった。勿論、研究者は全員アルテナの学術科卒ではあるのだが、まだ22歳の彼女からずればベルタ達よりもイルムハートのほうが身近に感じるのだろう。

「かつて龍族は人族や魔族とも親しく交流していたと言われているの。その際に建てられたのが龍族の祠なのよ。

 ほら、見てごらんなさい。上の方に向かい合った龍の文様が刻まれているでしょう?」

「そうなんですか、知りませんでした。」

 龍族とはその名の通り龍の一族である。外見は竜種、いわゆるドラゴンのような姿をしているが実際は全くの別物で、知性を持ち独自の文化圏を築いていた。

 このグローデン大陸を東西に分ける内海の中央に存在する島、俗に”龍の島”と呼ばれる場所が彼等の住処となっている。

 そこには過去2度の大きな厄災を免れた古代の文明がまだ残されていると言われていたが、その真偽は明らかではない。確認しようにも島を訪れることが出来ないからだ。

 島の近海には常に強い魔力嵐が吹き荒れている上に、当の龍族自体が他種族を拒んでいるため近付く事さえ出来ないのである。

「まあ、知らなくて当然でしょうね。これはあくまでもまだ仮説でしかないのよ。

 何しろ今まで実物が発見されたことは無かったのだから。」

 イレーネが言うには古い文献において龍族の祠についての記述はいくつか見られるものの、いまのところ発掘された事例はまだ無いらしい。

 文献にはかなり詳細な記述が残っているものもあるらしいのだが、それが何処にあるのかについては全く記されておらず、そのため資料自体の信憑性すら疑わている状態のようだ。要するに妄想を書き残したと思われているわけだ。

「だとすれば、本物の龍族の祠が見つかったのはこれが初めてかもしれないんですよね?

 それって大発見じゃないですか?」

「そうなのよ。報告を受けた時はみんな興奮したわ。調査隊も期待に胸膨らませながらここへ来たはずなんだけど……どうにも残念なことになってしまったわ。」

 行方不明となってしまった仲間のことを考えたのだろう。イレーネの表情に翳が差した。

 どう言葉を掛けていいものやら戸惑うイルムハートだったが、ふとイレーネの言葉に引っかかるものを感じた。

「あれ?と言うことは、最初からこれが龍族の祠かもしれないと分かっていたんですか?」

 それが何の遺跡かを調べるために調査隊が派遣された。イルムハートはそう考えていたのだ。

 だが、イレーネの口ぶりからすると、先の調査隊は既にこれが龍族の祠であることを知っていたかのようにも聞こえる。

「そうよ。」

「でも発見したのは猟師なんですよね?その人は龍族の祠のことを知ってたんですか?」

「そうじゃないの。」

 そんなイルムハートの疑問に対し、イレーネは少しだけ笑みを取り戻しながら答えた。

「学芸院には先遣部隊というものがあるのよ。彼等は一足早く現地に飛んで、調査対象についての確認を行うの。そして、その報告を受けて学芸院は調査の方針を決めるわけね。

 今回も先遣部隊の報告を元に調査隊が編成されたのよ。」

 確かに、調べる対象についての情報が無ければどんな人間をどのくらい送り出せば良いかすら判断出来ないだろう。そう考えれば理にかなった話ではである。

 しかし……。

「その先遣部隊の護衛はどうしたんですか?冒険者ギルドから護衛を出したと言う話は聞いてませんけど。」

「先遣部隊はちょっと特殊な部署なのよね。

 調査隊を編成するためにはとにかく早く情報を集めなければならないの。だから彼等は単身で現地へ赴き活動するのよ。冒険者ギルドに依頼を出しているとそれなりに時間がかかってしまうものね。

 先遣部隊には元兵士や元警備隊といった人達が所属していて、護衛無しでも最低限自分の身を護れるだけの力は持っているわ。」

 知識は学者に及ばないとしても現場の状況を正確に報告できる能力があればそれで足りるとのこと。まあ、後は学芸院に判断を任せれば良いのだから専門的な知識などあまり必要としないのだろう。

 ちなみに、シリル・リートラとデルク・ピッツアーもその先遣部隊の人間ということになっているようだった。成程、身分を隠すための偽装としては最適だろう。

「リートラさんやピッツアーさんは他の方々とはちょっと雰囲気が違うと思ってましたけど、そう言うことだったんですね。

 おふたりとは何度か一緒に仕事をされたことがあるんですか?」

「実を言うと今回が初めてなのよ。

 通常、先遣部隊が調査隊に加わることはあまりないし、そもそも2人共学芸院に入ってまだ半年くらいらしいの。だから顔を合わせることもなかったのよね。」

「そうなんですか……。」

 いろいろと腑に落ちた。断片的な情報が少しづつ繋がり始める。

(これは、ギルド長の読みが当たってるかもしれないな。)

 そんな風に考えながら、イルムハートは今朝の事を思い出していた。


 時は遡り当日の朝、調査隊が遺跡へと出発する前にイルムハートはエラントの冒険者ギルドから呼び出しを受けた。所長が話したいとのことだった。

「リートラ氏の言っていた”友人”の正体が判ったよ。」

 イルムハートが所長室へ入ると挨拶もそこそこにオリンドが口を開く。

「マノロ・ベルガド。それが”友人”の名前だ。」

「もう判ったんですか?

 随分と早いですね。」

 イルムハートは驚きを込めた声を返す。

 それはそうだろう。何せ昨日の今日だ。調べる時間が十分あったわけではない。

「実のところ前回の調査隊については行方不明の報告を聞いた時点で調べを始めていたらしいんだ。」

「そこで浮上してきたのが、そのマノロ・ベルガドという人なわけですか。」

「そのようだ。」

「どういう人なんです?」

「学芸院の研究者だ。まあ、あまりうだつの上がらない学者だったようだがね。

 ベルガドは当初調査隊のリストに入っていなかったんだが、後になって急遽参加することになったそうだ。

 どうも理事のひとりが強引にねじ込んだらしい。」

「なるほど、それは嫌でも目に付きますね。

 でも、それだけで今回の事件に関わっているとは言えないのではないですか?」

 ベルガドが調査隊に加わる経緯についてはいろいろ問題がありそうだが、特定の人間を贔屓することなど組織において良くあることだ。それが調査隊の失踪に直接関連するとも思えない。

「確かに、子飼いの学者に箔を付けるために理事が手を回すなんてことはそう珍しくもないのかもしれない。

 だが、ベルガドをねじ込んで来た理事が調査隊失踪の翌日から姿を消したとなれば話は違ってくるだろう?」

「こっちも行方不明ですか……。」

 ベルガドの件については早い段階で分かっていたようだが、イルムハートが思ったようにギルドとしても良くあることとしてあまり重要視していなかったらしい。

 それが、オリンドの報告を受けて隊員の再調査を行ったところ理事の失踪が判明したとのこと。

「勿論、これだけではまだベルガドが”黒”だとは言い切れんがね。

 理事の失踪だって不正が明るみになるのを恐れてのことかもしれないしな。」

 その可能性も無い事は無い。

 自分の権限を利用してベルガドを調査隊にねじ込むような真似をする人間だ。おそらく過去にもいろいろと不正を行っているのだろう。

 今回、調査隊が行方不明になったことでいろいろと捜査が行われ、それらの不正が全て暴かれてしまえばただで済むはずがない。それを恐れて身を隠したのかもしれないのだ。

 だが、おそらくは王国から派遣された捜査官であるシリル達がベルガドのことを調べている以上、全くの無関係でもあるまい。

「今のところ確実なことは言えんが、ロッド・ギルド長は元々その理事が王国に目を付けられたいたのではないかと考えているようだ。

 それが今回の一件で一気に表面化したのではないかとね。」

「だとすれば、王国の対応が早かったことにも説明付きますね。」

「そう言うことだ。」

 イルムハートの言葉にオリンドは大きく頷き、さらにこう言った。

「そして、理事が王国に目を付けられた挙句に姿をくらました理由はおそらくあの遺跡にある。

 これは思った以上に複雑で厄介な状況だ。君達も十分気を付けてくれたまえ。」


「いいよなー、お前。イレーネさんに仲良くしてもらって。」

 イレーネとの会話の後、仲間達の元へ戻ったイルムハートにジェイクがそんな言葉を投げかける。

「イレーネさんだけじゃない。イリアさんやルイズさん、それにマヌエラさんまでもがお前のことお気に入りなんだもんな。」

「はあ?」

 イルムハートとしては全く話が見えない。が、それでもジェイクの愚痴は続く。

「何でお前ばっかそう年上にモテるんだ?おかしくないか?

 ホント、世の中不公平だよな。」

「何バカ言ってるの。自分がモテないからってイルムハートに当たるんじゃないわよ。」

 いつものごとく、即座にライラの突っ込みが入る。

「それに、イルムハートがモテてるのは年上だけじゃないでしょう。サラちゃんもいるし、セシリアだってそうよ。」

「お子様なんかどうでもいいんだよ。俺は大人の女性のことを言ってるんだ。」

 これにはライラも心底呆れたような表情を浮かべた。

「ヒーロー・マニアかと思えば、年上マニアでもあったわけね。まあ、そうやって好きにバカ晒してればいいわ。」

「お前にだけは言われたくないぞ。筋肉フェチのくせに。」

「何ですって!?」

 こうして2人のバトルは幕を開けた。

「……一体、何の話なんだ?」

 置いてけぼりにされたイルムハートは困惑した表情でケビンを見る。

「気にすることはありませんよ。ジェイク君も思春期ですからね。まあ、欲求不満というやつです。」

 ケビンは笑いながらきわどい台詞をさらりと言ってのけた。

「それより、何か情報は得られましたか?」

「あ、ああ、どうやらこれは龍族に関係する遺跡らしい。」

「そうなんですか。だとすると凄いお宝が眠っていそうですね。」

「お宝どころじゃない、もしかすると古代文明の秘密が隠されているかもしれない。」

「なるほど、それなら王国としてものんびりしているわけにはいきませんね。」

 単なる宝泥棒程度にしては王国の動きが早すぎる。それはケビンも感じていたようだ。

「しかも、今回の容疑者として見られている人間はかなり前から目を付けられていたみたいだな。」

 イレーネの話によるとシリル達は今回の事件が起こる前から学芸院に潜り込んでいたようである。おそらく、何らかの情報を掴み内偵していたのだろう。

「そうなると個人の犯罪ではなく、もしかしたら背後には大きな組織が関わっている可能性もありますね。

 中々面白いことになってきました。」

 面白がっている状況ではないと思うが、ケビンの推測もあながち間違ってはいないかもしれない。

 状況からして例の理事は龍族の祠についての秘密を知っていたものと思われる。だからこそ子飼いの学者を調査隊にねじ込んだのだ。

 未だかつて発掘されたことのないはずの龍族の祠。そこに”何か”が眠っていることを理事個人で調べ上げたとも思えない。

 加えて調査隊と護衛冒険者の失踪。それには何か組織的な力が動いていると考えるのは別におかしなことでもないだろう。

 もしかすると今回の調査隊も前回同様に狙われる可能性だってあるのだ。これはかなり気を引き締める必要がある。

 なので……。

「ホントはこんなことしている場合じゃないんだけどなぁ。」

 相変わらずバトルを繰り広げるジェイクとライラを尻目に、イルムハートはそう呟くと大きく一つ溜息をついた。


 その後、いざ遺跡へ入ろうと言う時点でイルムハートとシリルとの間でちょっとした悶着があった。

 先ずはシリルとデルクの2人だけで入り、中の状態を確認すると言い出したのだ。

「調査隊に先立って様子を確認するのが我々の仕事ですから。」

 まあ、先遣部隊を装うからには当然の意見にも思えるが、イルムハートからしてみればその魂胆は見え見えである。

「そう言うわけにもいきません。

 これが通常の場合ならともかく、前回の調査隊が行方不明になっているという状況なんです。

 もしかすると、中には魔獣が潜んでいるかもしれないんですよ。」

「だが、護衛をしていた冒険者の報告によれば遺跡に魔獣はいなかったのでは?」

 シリルは何とか食い下がろうとするがイルムハートも譲るわけにはいかない。

「その時点ではそうだったかもしれませんが、報告の後で封印されていた魔獣が解き放たれてしまった可能性だってあるんです。

 それに、もし魔獣がいなかったとしても何らかのトラップが仕掛けられている恐れはあります。」

「トラップ程度なら我々でも対処は出来ますよ。」

「物理的なものならそうでしょうね。ですが、魔法を使ったトラップの場合は?魔法士でなければ探知出来ないものもあるんですよ?

 これは古代の遺跡なんです。我々の常識では測れない何かが仕掛けられていても不思議はありません。

 用心に用心を重ねても無駄にはならないと思いますが違いますか?」

 今の状況を考えればイルムハートの意見の方が正論である。なので、シリルは何も言い返すことが出来なかった。

「この場合、アードレー君の言い分が正しいでしょう。ここは全員で行動を共にするべきだと思いますよ。」

 隊長のベルタ・トーリにそう言われてはシリルもそれ以上我を通すわけにはいかない。

「……解りました。では、皆でまとまって動くことにしましょう。」

 そう言って引き下がる。

 目的の遺跡はその入り口の部分が山肌から露出しているような状態だった。本体は山の中に埋まっているものと思われるが、その佇まいには少々不思議な感じもする。

 これは山をくりぬいて造られたのか?或いは、後から遺跡を埋めて山にしたのか?その辺りの判断が付かないような状態なのである。

「それにしても、随分と大きいわね。」

 遺跡の入り口を見てライラが思わずそう呟く。

 それは王都の正門にも匹敵しそうなほどの大きさだった。確かに、龍族が出入りしていたとしても不思議ではない程の規模だ。

 尤も、遺跡として残るものの多くは権力者がその権威を示すことを目的とした建造物であるため、必要以上に巨大に造られているのが常である。なので、大きさだけでその真偽のほどが判断出来るわけではない。

「それでは”開錠”しますね。」

 そう言ってベルタは何やら掌に収まる程度の小さな円盤のような物を取り出した。どうやら遺跡にかけられた封印を解除するための”鍵”のようだ。

 ベルタがその”鍵”を入り口に向けてかざすと、今まで何も無かったところに封印の魔道具がその姿を露にする。

「ああやって魔道具自体隠せるようになってるのか……。」

「そうしないと魔道具そのものを壊されてしまうかもしれないでしょ。だから”鍵”が無いとその存在すら分からないようにするのよ。」

 ジェイクとライラがそんな会話を交わす中、ベルタは露になった魔道具に”鍵”をはめ込んだ。すると、今まで灰色がかるくすんだ色をしていた扉が鮮やかな金色に変わる。

「おお、すげー!これ金か?これ作ったヤツは随分と金持ちだったんだな!」

 思わず感嘆の声上げたジェイクだったが、それは全員にスルーされた。

 ただ、ライラだけが小声で「……バカなこと言ってんじゃないわよ。恥ずかしいわね」と呟く。

「さあ、これで入れるわよ。」

 その後、ジェイクの発言などまるで最初から無かったかのようにベルタが皆にそう語りかけた。

 こうしてイルムハート達は遺跡へと足を踏み入れることになったのである。

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