遺跡調査隊と事件の鍵
古代遺跡調査の拠点となる町、エラントに到着したのは王都を出発して3日後の午後だった。
本来、イルムハート達だけなら2日あれば十分なのだが今回は学者先生を同行した旅である。これでも急いだほうだろう。
最初に顔合わせをした際、調査隊の面々はイルムハート達を見て驚いた様子だった。まあ、全員がまだかすかに幼さを残す少年少女ばかりなのだから無理も無い。
勿論、この年代の子供が冒険者をしていること自体、そうめずらしいことではかった。だが、一般的には成人した人間がリーダーとしてパーティーを纏めているケースがほとんどなのだ。
そんな子供だけのパーティーに若干の不安を抱いた彼等は、次いでイルムハート達が皆アルテナ高等学院の生徒であると聞きさらに驚く。
「まさかアルテナの学院生が冒険者をねぇ……。」
随分と物好きな生徒がいるものだ。口にこそ出さなかったが、彼等の表情は雄弁にそう語っていた。
とは言え、それにより彼等の不安が解消されたのも確かだった。アルテナ高等学院の騎士科や魔法士科の生徒であればその実力に疑いの余地はないからだ。
まあ、ひとり学術科の生徒がいて、その上リーダーまで勤めていることに多少の疑問を感じはしたようだが、特に問題視する様子も無かった。
「皆さん、ご苦労様でした。遺跡の調査は明日からとしますので、今日はゆっくりお休みなさいね。」
宿に着くと調査隊長のベルタ・トーリがそう言ってイルムハート達を労う。彼女は随分とイルムハート達に気を使ってくれていた。
おそらく50歳は過ぎているであろうベルタにとってイルムハート達は子供、見方によっては孫とも言える年齢である。そのせいか保護者のような目で彼等を見てしまうのだろう。
調査隊の一行はベルタを筆頭にカミル・バント、イレーネ・ロージャ、シリル・リートラ、そしてデルク・ピッツアーの5人だ。
カミルは30代、イレーネは20代といったところで、2人とも王立学芸院の研究者である。
残るシリルとデルクはその助手とのことだったが、まあこの2人が肩書通りの人間でないことは明白だった。
2人とも年齢的にはイレーネより少し上と言った感じで、一見物腰は柔らかい。だが、時折見せる鋭い目つきは到底世間離れした学者先生のものではなかった。それに、そもそも身体つきが違う。特にデルクの方は軍人並みに鍛え上げられた肉体を持っていた。
「あのオッサン、かなり腕が立ちそうだな。」
デルクに対するジェイクの評価である。およそ30前後であろうデルクであっても彼にかかっては”オッサン”扱いなのだ。
「あれで調査の助手なんて、少しムリありませんか?僕らが気付かないとでも思っているのですかね?
だとしたら随分と甘く見られたものです。お返しにちょっと呪ってやりましょうか。」
「物騒なこと言うんじゃないわよ。そもそも、最初から隠す気なんて無いんでしょ。
それに……デルクさんのあの筋肉は悪く無いわ。呪いをかけるならもうひとりのほうにしときなさい。」
ケビンとライラも相変わらずだった。
当然、彼等も今回の裏事情については知っていた。表向きはお飾りの護衛でしかないが、実際には失踪事件の絡んだ複雑な任務であることも一応は理解している。
にもかかわらず、その様子は普段と全く変わらない。大物と言うか何と言うか、イルムハートとしては呆れを取り越してむしろ感心してしまう。
「僕はギルドへ報告に言って来るよ。皆はここにいてくれ。」
「あら、それなら私達も行くわよ。」
到着したことを報告するためイルムハートが冒険者ギルドへ行こうとすると、ライラ達も付いて行くと言い出した。
だが、イルムハートはそれを押し止める。
「いや、僕ひとりでいいよ。
形だけとは言え、一応は護衛としてここにいるんだからね。全員が依頼者の側を離れるのはマズいだろう。」
「それもそうね。じゃあ、お願いするわ。」
「町の見物にはイルムハートが帰ってから交代で出ればいいか。」
これはジェイクの発言。
「何呑気なこと言ってるのよ、別にここへは遊びに来たわけじゃないのよ。……でもまあ、それも悪く無いわね。
実は美味しそうなお菓子を売ってる店を見かけたのよ。」
「ライラさんこそ、人の事言えないじゃないですか。」
と、皆楽しそうで何よりである。
そんなわけで、イルムハートは皆を宿に残しひとり町へと出た。
まだ十分に陽も高く、エラントの町は行き交う人々で賑わっていた。
ここエラントのある地方は小麦(のような穀物)の一大産地であり、この町はその集積地となっている。町のそこここには大きな倉庫があって、ひっきりなしに荷馬車が出入りしていた。
とは言え、その賑わいに比べ純粋な町の人口自体はそれほど多くもない。
農民は周辺の小さな町や村に暮らしているし、街中を忙しく動き回っている人々もそのほとんどは他の町からやってきた商人達なのだ。
そんな事情で冒険者ギルドも支部ではなく出張所が設けられていた。
尤も支部であれ出張所であれ、建物の規模とトップに人事権が無いことを除けばその機能自体に特段差異があるわけではない。所長は管轄内で行動する冒険者に対しての管理権限を持ち、緊急時にはギルドからの直接依頼を出すことも出来る。
今回、調査隊が行方不明になった際に捜索隊を編成したのもその権限によるものだった。
町のやや外れにある石造り3階建ての建物がエラントの冒険者ギルドである。本部や支部のそれとは比べ物にならないとはいえ、出張所としては大き目の規模だ。
イルムハートの訪問には所長自らが対応してくれた。たかがEランクの小僧でしかないにもかかわらずだ。
これは前もってロッドが連絡を入れておいてくれたせいもあるだろうが、それよりもイルムハート自身の名が売れているというのが一番の理由だろう。
イルムハートはその年齢やランクからすれば有り得ない程の実績を上げているのだ。既に王都のギルドではちょっとした有名人であり、その評判は地方へも広がりつつあった。
「君を寄こしてくるとは、ボーン・ギルド長もかなり慎重になっているようだね。」
所長のオリンド・カレリがイルムハートを見てそう言う。
オリンドは大柄の屈強そうな男性だったが、歳はすでに50代後半とのこと。とてもそうは見えなかった。
出張所の所長は引退した冒険者に任されることが多く、オリンドもその例に漏れずかつてはCランク冒険者だったらしい。引退した今でも鍛錬は欠かさないようにしているとのことで、それが若々しさを保っている理由なのだろう。
「確かに、今回の件はいろいろと腑に落ちないことが多いんだ。
調査隊が4人と護衛の冒険者が3人、合わせて7人もの人間が何の手掛かりも無しに行方知れずとなってしまったわけだからね。」
「王国は宝を盗んで姿を消したと考えているようですが。」
「まあ、その可能性が全く無いとは言わない。
どれほどのお宝があるのかは知らないが、もし一生遊んで暮らせるだけの金になるとしたら正直私だってやましい事を考えてしまうかもしれないからね。」
オリンドはそう冗談めかして笑って見せたが、その目までは笑っていなかった。
「だが、考えてしまうのと実際にそうするのとでは大きな違いがある。
犯罪への抵抗感もあるし、残された家族のことを考えればそうそう簡単に罪を犯す事など出来ないのが人間というものだからね。
勿論、中にはそれすら関係なく犯罪に手を染める者もいるだろうが、今回の7人全員がそうだとはどうも考えづらい。一部の人間、いや大部分の者は反対するはずだと思うんだよ。」
オリンドの言うことは尤もだった。だが、それだけに悪い方へと考えが向かってしまう。
「……宝を奪った者が他の人々の口を封じた可能性もありますね。」
要するに、抵抗した者を殺害したということだ。だが、そんなイルムハートの言葉に対しオリンドはゆっくりと首を横に振った。
「彼等と連絡が途絶え、心配して捜索隊を出したのだが全く異常は無いとの報告だった。その後で私も遺跡まで行ってみたが、確かに何もおかしなところは無かった。調査隊と護衛の冒険者が姿を消したという、その事以外にはね。」
その時はまだ事故としか考えていなかったものの、その原因が魔獣である可能性が高いため現場の状況は詳細に調査されたようだ。
結果、そこには争った形跡など無く、勿論血痕などどこにも無かった。調査隊のキャンプも一切荒らされてはおらず、ただその場の人間だけが忽然と消えてしまった、そんな感じだったらしい。
「となると、はやり遺跡の中を調べない事にはどうしようもないですね。」
「そういうことだ。」
定期報告に来ていた冒険者の話によると、遺跡の中には特に異常は無く魔獣が棲み付いている様子も無いとのことだったらしい。
ただ、内部の詳細な状態についてはあまり詳しい報告は無かったとのこと。
まあ、彼等にしてみれば遺跡内の安全確認こそが仕事であって、遺跡そのものについて詳細な報告をする必要など無いのだからそれも仕方あるまい。
「調査隊の荷物は?何か手掛かりになるようなものはありませんでしたか?」
「実を言うと荷物に関してはあまり調査出来ていないんだ。
町へ持ち帰りゆっくり調べようと思っていたんだが、戻って来た途端警備隊に接収されてしまってね。」
オリンドが言うには冒険者の荷物まで持っていかれてしまったとのこと。
調査隊の荷物を引き取るのはまあ妥当だとしても、冒険者の分までと言うのはいささか行き過ぎだろう。それはつまり、王国は既にこの時点で何らかの事件性を疑っており、証拠の確保に動いたということになる。
「随分と対応が早いんですね。」
「ああ、かなり早い段階でこれを事故ではなく事件として判断していたようだ。それも、現場の状況がまだはっきりしないうちに。」
「……つまり、王国は僕達の知らない何らかの情報を持っていると?」
「ギルドとしてはそう考えている。もしかすると単なる宝の持ち逃げなどではなく、もっと違う別の事件なのかもしれないともね。
ボーン・ギルド長としてもいろいろ探りを入れてはいるようなんだが、中々厳しいみたいだな。」
「そうなんですか……。」
そんなオリンドの言葉にイルムハートは思わず苦い顔をする。
(どこが万一のための”保険”なんだよ……。)
もしこれが魔獣による”事故”であった場合に備え、その”保険”としてイルムハート達を派遣する。確かロッドはそんなことを言っていたはずだ。
ところが、蓋を開けてみれば何やらもっとややこしいことになっていた。
結局、またしてもロッドに上手く乗せられてしまったわけだ。
単純な魔獣討伐とは違い、こういった複雑な事情が絡む場合はただ腕っぷしが強いだけではどうしようもない。政治的な裏事情を見抜く目が必要だ。
その点、イルムハートは領主の子として政治やそれに関する諸々の教育も受けているため、下手な高位冒険者よりよほど役に立つ。
ロッドにしてみればその辺りを期待しているからこそ任せたわけだが、当のイルムハートとしては騙されたような気になってくる。
まあ、確かにロッドは魔獣への対応であるかのように匂わせながらも、”こっちの思惑”という言葉を使っていた。つまりは、そういうことなのだろう。
(面倒臭いんだよなぁ……こうゆうのって。)
この先は調査隊に対していろいろと探りを入れながら任務を続けることが必要となる。イルムハートとしては正直それがひどく億劫だった。
(まあ、こうなっては仕方ないか。)
そんな風に半ば諦め気味に考えるイルムハートの元へ、ギルドの職員が追い打ちを掛けるかのような報告を持ってきた。
「所長。遺跡調査隊のシリル・リートラ様とデルク・ピッツアー様が所長に面会したいとのことです。」
職員に案内され所長室へと入って来たシリル達はそこにいるイルムハートを見て少し意外そうな顔をした。
来客の報せを聞いたイルムハートは席を外そうとしたのだが、オリンドが残るよう言ったのだ。
「おや、アードレー君じゃないですか?どうしてここに?」
イルムハートが冒険者である以上、ギルドにいること自体は何の不思議も無い。だが、その場所が所長室となれば話は別だった。
彼はEランクという末端の冒険者でしかないのだ。それをギルドの長自ら相手するなど、そうそうあることではなかった。
それが分かっているので、イルムハートも気を悪くしたりはしない。
「王都のギルド長から伝言を預かってきたものですから。」
そう言って胡麻化した。
「そうでしたか、では君の用事が済むまで私達は外で待つことにします。」
「もう用事は済みましたのでお気遣いは不要ですよ。」
シリルは部屋を出て行こうとしたが、オリンドがそれを引き止める。
「私が当ギルドの所長を務めますオリンド・カレリです。」
「これはどうも。私は遺跡調査隊で助手をしておりますシリル・リートラと申します。彼は同じく助手のデルク・ピッツアーです。」
「デルク・ピッツアーです。」
どうやらデルクはあまり口数の多い男ではないようで、主に話をするのはシリルの方だった。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
オリンドの言葉にシリルは少し躊躇しながらイルムハートを見る。イルムハートに居られては都合が悪い。そんな表情だった。
だが、一介の調査助手という”役柄”では人払いを要求することも出来ない。もしそれ程までに重要な話なのであれば調査隊長が同行していないのは不自然だろう。
オリンドもそんなシリルの気持ちを察してはいたが、敢えて気付かないふりをした。こちらもどこぞのギルド長に似て、中々に食えない人物のようである。
「……ええ、これはあくまでも個人的なことなのですが、実は前回の調査隊には私共の友人が参加しておりまして。」
「成程、それはご心配でしょうな。」
「はい、それで少しお話を聞かせて頂ければと思い伺った次第です。」
「仔細については警備隊の方に報告書を上げておりますので、そちらを読まれてもらえばいいかと思いますが。」
オリンドはにべもない。まあ、これも駆け引きの内なのだろう。
「いえ、私共が聞きたいのは遺跡の調査に出る前、この町に到着した時点でのことなのです。」
「町に着いた時のことですか?」
これにはオリンドだけでなくイルムハートも不思議に感じた。
「ええ、その友人は少しばかり心の病を患っていて、今回の調査も無事努められるかデルクと2人で心配していたところなんです。
で、この町での彼の様子が知りたいと思いまして。」
「それが今回の件に関係していると?」
「そういうわけではありません。ただ、彼だけは違う理由で姿をくらました可能性もあるのではないかと。」
要するに、心を病んでいるせいで仕事を放り出し逃げたのかもしれない、そう言っているのだ。姿は消えたが死んではいない、そんな一縷の望みにすがっているかのようにも見える。但し、あくまでも口ぶりはだ。
「残念ながら到着時の報告には特別そう言った話はありませんでしたね。
何なら町の住人に聞いて見ますが、その方のお名前は?」
「あ、いえ、特に何も報告が無かったのであればそれで良いのです。私共の考え過ぎかもしれませんし。
どうもお手間を取らせて申し訳ありませんでした。」
特に情報が得られないと分かった以上、シリルとしてはもはや話を続けるつもりは無いようだった。一方的に話を切り上げると早々に部屋を辞して行く。余計な事を言って相手に情報を与えてしまわないようにするためだろう。
だが、残念ながらシリルは多くの情報をイルムハート達に与えてしまったのだ。
「その”友人”とやらが今回の件の鍵みたいですね。」
「名前を聞き出せなかったのは残念だったがな。」
シリル達が去った部屋でイルムハートとオリンドは頷き合う。
勿論、こちらの動きを攪乱するためのフェイクである可能性も無いわけではない。だが、無視するには惜しい情報でもある。
「とりあえず、ボーン・ギルド長にはこのことを報告しておこう。」
「護衛の冒険者が疑われているのではないとすれば、ギルド長も喜ぶでしょう。」
何やらきな臭さが漂ってはいるが、手詰まりだった状態から少しだけ道筋が見えてきた。
それがロッドの思惑通りだと解ってはいるものの、イルムハートは何とも言えない高揚感に包まれる自分を抑えることが出来なかった。