古代遺跡とギルド長からの依頼
年も明け、やがて5月となった。
アルテナ高等学院は学年末を迎え、卒業式が終わるとひと月ほどの休みに入る。
それは学生の身分であるイルムハート達にとっては冒険者活動を行うことの出来る貴重な期間だ。当然のごとく冒険者ギルドへ入り浸りとなる。
そのせいでセシリアとの訓練時間が減ってしまうのは仕方の無いことだった。
しかし彼女はそれが不満だったようで、ついにはイルムハート達と共に冒険者をやるとまで言い始めた。
勿論、セシリアには卒業後も冒険者を続けるつもりなど無い。彼女の志望は近衛への入隊なのだ。なので、学院生の間だけ冒険者をするつもりのようである。
イルムハート達とも一緒にいられるし戦闘経験をも積むことが出来る、正に一石二鳥の名案だとセシリアは自画自賛していた。
だが、それはイルムハートによって却下される。
「それは止めておいたほうがいいだろうな。」
「どうしてですか?」
セシリアは少し不満顔だ。
「君は近衛になりたいのだろ?
つまり、王国に忠誠を誓う立場になるわけだ。」
イルムハートは諭すように言う。
「一方、冒険者に求められるのは何よりも政治的な中立なんだ。どこの国にも味方しない、それが原則だ。
尤も、皆それぞれどこかの国の国民なわけだから完全に中立でいることは難しいだろうけど、それでも特定の国や組織にのみ肩入れするような行動は極力避けなければならない。
そうでないと、どの国も冒険者という存在を受け入れてくれなくなってしまう恐れがあるんだよ。」
「卒業したら冒険者も辞める……というのではダメなんでしょうか?」
「ダメだとは言わないけど、問題は周りがどう受け止めるかさ。
いざと言う時に国への忠誠を取るか、あるいは冒険者時代に培った信念で動くのか、その点を疑問視する人間もいるだろう。
まあ、役人を目指す程度ならさほど問題にはならないかもしれないが、騎士団や近衛隊となると話は違ってくる。何しろ王家をお護りするわけだしね。」
「一度、冒険者として中立の誓いを立てれば、それが近衛隊に入る際の支障になるかもしれないということですか……。」
「騎士団や近衛隊はエリート中のエリートだ。中にはどんな手を使ってでもなりたいと考える人間もいるだろう。
君自身に問題が無くても、それを理由に追い落とそうとする者だっていないとは限らないんだ。
そしてそれは入隊する時だけとは限らない。出世のためにライバルの足を引っ張ろうとしてくる可能性だってある。」
世の中、善意だけで動いているわけではないのだ。それと同等に悪意というものが存在する。地位や名誉、そして権力が絡む場合は特に。
当人がどれほど善良な人間であろうとも、それはお構いなしに襲って来る。
実際、それにより人生を変えられてしまった人間をイルムハートは知っているのだ。
「何だか……面倒なんですね。いろいろと。」
話を聞いてセシリアはすっかり気落ちしてしまった。
そんな彼女にイルムハートは優しい微笑みを向ける。
「まあ、確かに面倒に感じるかもしれないが、剣の試合と同じだと考えればいいさ。相手に不要な隙を与えなければいいんだ。
それに僕達がいるじゃないか。何かあれば必ず力になるよ。」
冒険者は特定の国や組織に肩入れしてはならない。だが、それが友人なら構わないだろう。
と言うか、それすら許されないと言うのであればそんな職業などこちらからお断りである。
イルムハートは彼の言葉に力付けられ嬉しそうに笑うセシリアを見ながらそんなことを思った。
そんなある日、イルムハートは受けていた依頼の完了を報告するため冒険者ギルドを訪れていた。
他の3人は魔獣から採取した素材を納品するために別の施設へと向かっており、本部へはイルムハートひとりで来たのだ。
「これが依頼完了書です。」
そう言って依頼者の署名が入った完了書をイリア・ラストに手渡す。
他にも空いている窓口はあったのだが、イルムハートはわざわざ彼女の座る窓口を選んだ。
と言うのも、イリアかその同僚であるルイズ・アノーが在席している場合は、そのどちらかの窓口を使うようギルド長直々に頼まれているからである。
何でもイルムハート贔屓の2人は専属担当を自称しており、彼が他の窓口を使うとその担当者に嫉妬してしまうらしいのだ。
以前、そのせいで責め立てられた男性職員が上司に泣きつくといった事件があり、その際ギルドの平和のためと言うことでイルムハートには”お願い”という名のギルド長命令が出されたのだった。
「もう終わったなんて、さすがに早いわね。
まあ、イルムハート君にかかればファントム・ジャガーなんて雑魚でしかないんだろうけど。」
渡された完了書に目を押しながらイリアが笑った。
「そうでもないですよ、奴等は気配だけでなく魔力まで隠すことが出来るので、見通しのきかない場所での戦闘にはかなり手を焼きました。
何せこっちには気配を隠そうともしない人間がいるので尚更です。」
「ああ、ジェイク君ね。」
イルムハートの言葉にイリアはちょっと困ったような表情を浮かべる。
「彼も実力は確かだと思うんだけど、どうも注意力散漫なところがあるわよね。いつか大怪我の元にならなきゃいいけど。」
ジェイクに関してはギルド内でもお調子者として名が通っていた。実力としては既にDランク相当とも認められていはいるのだが、その点を何かと不安視されることが多いのだ。
そんなイリアの言葉にはイルムハートも苦笑いで返すしか無い。
「実際にはそう心配するほどでもないんですよ。ジェイクも気を緩める時と引き締める時の切り分けはちゃんと出来ますから。
ただ緩める時は思い切り緩めてしまうので、そこが問題と言えば問題ですかね。別の意味で。」
「ライラちゃんも大変ね。」
イリアはため息交じりの苦笑を浮かべる。ライラがジェイクの保護者役になっていることもまた知れ渡っているのだ。
「完了書は確認したわ。後は会計の方へ回って報酬を受け取ってちょうだい。」
そんな会話の後、イリアは確認印を押した完了書をイルムハートに差し出した。
そして、こう付け加える。
「あと、ギルド長からイルムハート君が顔を出したら部屋へ来させるよう言い使ってるわ。何か話があるみたいね。
今ギルド長のスケジュールを確認するから、ちょっと待っててくれる?」
「ギルド長が僕に話ですか?」
嫌な予感しかしなかった。
ギルド長のロッド・ボーンは信頼に足る人間である。イルムハートもその点は良く分かっていた。
だが同時に喰えない人物であることもまた確かだった。その強かさにはイルムハートも敵わず、何かと翻弄されることが多かったのだ。
そんな感情が表に出てしまったのだろう、イリアがくすりと笑いを漏らす。
「そんな嫌そうな顔するんじゃないの。……まあ、気持ちは解かるけど。」
その後、ギルド長のスケジュール調整を終えるまでの少しの時間、イルムハートはホールで待つことになった。
「おう、来たな。」
イルムハートが部屋に入るとギルド長のロッドがデスクの椅子から立ち上がって迎えた。
「ひと仕事終え疲れてるところを急に呼び出してすまなかった。」
「いえ、気にしないで下さい。」
それを承知のうえで呼び出すからには、何か急ぎの用件なのだろうとイルムハートも理解していた。
「何か問題でも?」
「まあ、問題と言えるかどうかは分からんが……とりあえず座ってくれ。」
「では失礼します。」
イルムハートがソファに腰を下ろしたところで、秘書の女性がお茶を運んできてくれた。相変わらず手慣れたタイミングである。
「実はお前達に受けて欲しい依頼があるんだ。」
「依頼、ですか?」
イルムハートの眉根に思わず皺が寄る。
ギルド長直々に依頼の話が出る場合、それは通常とはいささか異なる内容であることが多い。主に厄介だと言う意味で。
「そう警戒するな。別にドラゴンを退治しろなんて話じゃない。」
ロッドは苦笑しながらそう言うが、イルムハートとしてはまだその方がマシかもしれないとも思う。討伐の難易度という単純な話だからだ。
しかし、これが政治やら何やらの思惑絡みとなると厄介さの次元が変わってくる。出来ればそんな依頼は勘弁してほしいとろではあったが、どうにもそんな匂いがした。
「最近、王都南方の山で古代遺跡が発見されてな。で、その調査隊が派遣されることになったわけだが、お前達にはその護衛をしてもらいたんだ。
お前が護衛の依頼を避けてるのは知ってるが、今回ばかりはそこを曲げて受けてくれないか?」
別にイルムハートは護衛の仕事自体を嫌っているわけではない。今は魔獣討伐で経験を積んだ方がジェイク達のためになると、そう考えているだけなのだ。
「あえて避けているわけではないですよ。ただ、今は実戦による経験値の積み上げを優先しているだけです。」
「そう言うことなら、今回の話も問題無いな?」
確かに護衛の依頼を受けること自体は問題無い。それに、古代遺跡調査という言葉の響きにはイルムハートも大いに興味をそそられた。
だが……。
「問題があるかどうかは裏の事情次第だと思いますが。」
単純な護衛の依頼ならギルド長直々に話を持ってくるはずがない。何か裏があると見るべきだろう。
「んー、やっぱりバレちまったか。」
ロッドはそう言って頭を掻く。だが、言葉とは裏腹にその表情はどこか満足そうだった。
「厄介な魔獣が出る場所なんですか?
だとしたら、僕達ではなくもっと上位ランクの冒険者に依頼したほうが良いのではないでしょうか?」
イルムハートは真っ先に思いつく理由を口にしたがロッドは首を振る。
「いや、魔獣自体はほとんどいない。いたとしても大した脅威にはならん奴ばかりだ。
何しろ日頃から近隣の住民が出入りしているような場所だからな。それだけ安全ってことだ。」
遺跡を発見したのも近くの町に住む猟師だったらしい。
大雨の後、地崩れを起こした山の麓にその遺跡が姿を現し、偶然近くで狩りを行っていた猟師がそれを見つけ通報したのだ。
「では、何が問題なのです?」
「実を言うと、今回の調査隊派遣は2回目なんだ。」
イルムハートの問いに対し、ロッドはいつにない真顔になり答えた。
まあ、追加の調査隊が出るくらい別に不思議なことではない。それだけ遺跡の規模が大きいということなのだろう。
それの何が問題なのか?
「どうやら1回目の調査隊が全員行方不明になっちまったようでな、それで第2陣を出すことになったわけだ。」
「行方不明?全員が?」
ただ事ではなかった。
「まさか、どこかから強力な魔獣でも流れて来たんですか?」
「いや、そういうわけでもなさそうだ。
調査隊には道中の護衛として冒険者が付いていたんだ。まあ、仕事自体はそう難しくないためEランクのパーティーだったがな。
なので、行方不明になった後に拠点としていた町のギルドからも捜索隊を出したんだが、周辺には特に変わったところは無かったらしい。
強い魔獣も見当たらなかったし、再度地崩れが起きた様子も無いとのことだ。」
「遺跡の中はどうなんです?魔獣が棲み付いていた可能性もあるのでは?」
魔獣の中には魔力を取り込むだけで生き続けることが可能な種もいる。もし、そんな魔獣が遺跡の中に閉じ込められていたのだとすれば調査隊にとって大きな脅威となるだろう。
「今のところその線も無いと考えてる。
現地での調査中、護衛に付いてた冒険者のひとりがギルドまで経過報告に来ている。それによると調査は順調で特に問題は無いとのことだったらしい。
まあ、残念ながらギルドが送った捜索隊は遺跡の中までは入れず確認は出来なかったみたいなんで、実際のところどうかは分からんがな。調査中に魔獣の封印を解いちまったとか、そんな可能性も無い事は無いだろう。」
「捜索隊は何故遺跡に入れなかったんですか?」
「保全のため魔道具で封印されてたのさ。出入りには”鍵”が必要なんだが、捜索隊はそんなもの持っちゃいないしな。
遺跡を保護するためには適切な処置だったんだろうが、今となってはそれが裏目に出ている感じだ。」
話を聞くに失踪の手掛かりはどうやら遺跡の中にありそうだ。それを調べるために第2次調査隊が派遣されることになったのだろう。
と、イルムハートはそう思ったのだが、ロッドの考えは少し違うようだった。
「手掛かりを探すと言う点では間違いないだろうが、どうも王国は今回の一件を事故ではなく事件として考えてるみたいなんだ。」
「事件?ということは犯罪がらみだと?」
「そういうことだな。」
ロッドはそう言って頷いた。だが、イルムハートとしては今一つピンとこない。遺跡調査と犯罪とがどうにも結びつかなかったのだ。
そんなイルムハートの表情を見たロッドはゆっくりと教師のような口調でその理由を話し始める。
「古代の遺跡ってヤツは王国内にもいくつかある。だが、そのどれもが既に人の手が入った後のものばかりだ。
まあ、遺跡自体が数千年前のもので王国が成立する以前から存在してたわけだから、それも仕方ないことだがな。
しかし、今度のヤツは違う。今まで土の中で眠ってた、全く手付かずの遺跡なんだ。
それがどういう意味か分かるか?」
ロッドの言葉にイルムハートはハッとする。
「盗掘されていない遺跡、ということですね?」
「そうだ。古代の遺物が眠ったままってことだ。
本当にそんな物があるかどうかは分からんが、もしあったとしたらとんでもない価値のお宝ってことになるな。」
「調査隊はそれを盗んで姿を消した、王国はそう考えているわけですか。」
「警護の冒険者もグルだと思われてるんだろうな、多分。」
ロッドは苦々しい表情を浮かべた。甚だ不本意ではあるものの調査隊と共に行方が分からなくなっている以上、それを否定することも出来なかった。
尤も、冒険者でなくとも目の前のお宝に心奪われない者などそうそういはしない。王国が疑いを持つのも仕方ないことなのだろう。
「だとすると、捜査官なり警備隊なりも同行することになりますよね。それなら護衛など必要無いのでは?」
「捜査官と言っても表向きは調査の学者ってことになるんだろう。
何せ事が事だ、大っぴらに捜査官を派遣するわけにはいかんしな。」
「つまり、僕達は形だけの護衛ということですか……。」
「そう不服そうな顔をするな。ただのお飾りならわざわざお前に依頼するはずないだろうが。」
もの言いたげなイルムハートの表情にロッドは思わず苦笑いを浮かべる。
「確かに宝を持ち逃げした疑いもあるが、かと言って何らかの事故に巻き込まれた可能性を全く無視するってのも危険だろう。もしそれが魔獣によるものだとすれば腕の立つヤツを護衛にを付けといた方がより安全ってもんだ。
そういうわけで高ランク冒険者を護衛に付けるよう勧めてみたんだが……これがあっさり断られちまった。」
「まあ、向こうとしては体裁が整えばそれでいいのでしょうからね、高ランクの冒険者など逆に邪魔でしかないのかもしれません。」
「だからと言って、こっちも「ハイ、そうですか」と引き下がるわけにはいかない。何せ仲間が行方不明になってるわけだからな。真相を知るためには調査隊に何かあっては困るんだよ。
で、そこでお前達の出番だ。」
そう言ってロッドはニヤリと笑う。
「肩書だけで言えばお前達はEランクとFランクのパーティーだが実力は申し分無い。何かあっても十分対処出来るだろう。つまり、お前達ならこっちの思惑と王国側の要求、その両方を満たせるってわけさ。
どうだ?この話、受けてもらえないか?」
まあ、ちょっと過大評価のような気もしたが、確かに同じ冒険者が巻き込まれている以上放っておくわけにもいかなかった。
「分かりました。一応他のメンバーの確認も取る必要はありますが、多分大丈夫だと思います。」
こうしてイルムハート達は前の依頼完了後ゆっくり休む間もなく、再び王都を旅立つことになったのだった。