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”師匠”と押し掛け弟子 Ⅰ

「……えーと、ここは?」

 高く険しい山々が四方を囲む荒涼とした大地に目を見張りながらセシリアがそう尋ねた。

「ドラン大山脈のとある場所さ。」

 彼女の問いに対し、イルムハートは何でもないことのように答える。

「ドラン大山脈って、王国の北方に有るあの?」

「そうだよ。」

「という事は、さっきのアレって……もしかすると転移魔法のゲート?」

「正解。」

 その言葉にセシリアはあんぐりと口を開けたまま固まってしまう。

 そして、優に数秒は過ぎた頃

「なんでそんな魔法が使えるんですか!?転移魔法といったら超高難易の魔法で、王国でも使えるのは10人程度といわれてるんですよ!?それを簡単に、しかもこんな遠くまで!?

 剣だけじゃなく魔法まで凄いなんてオカシイですよ!?ホントに”恩寵ギフト”をもらってないんですか!?」

 そう一気に捲し立てた後、セシリアはぜーぜーと息を荒げた。

「”恩寵ギフト”を受けていないのは本当だよ。と言うか、その話はあまり大きな声でしないでもらえるかな。」

 イルムハートはセシリアの言葉に少しだけ眉を寄せると離れたことろにいるジェイク達に目をやる。幸いにも彼等はこちらの会話に気付いてないようだった。

「あっ……。」

 セシリアは己の迂闊さに思わず口を手で塞ぐ。

 今の会話から判る通り、イルムハートはドラン大山脈にある彼がよく訓練のために訪れる場所へと皆を連れてやって来ていた。

 ここへジェイク達を連れてくるようになったのはおよそ半年ほど前からだ。

 当初は一時的に彼等を預かるだけのつもりでいたイルムハートだったが、共に冒険者としての活動を行う内に正式なパーティーとして続けてゆこうと考えるようになっていたのだ。

 そこで、彼は自分の能力を彼等に明かした。

 勿論、異世界からの転生者であることまではさすがに言う事は出来ない。だが、一緒にパーティーを続けていく以上、全てを隠し通すわけにもいかなかった。

 そしてイルムハートは転移魔法を含む、今まで明かしていなかった彼の能力をジェイク達に告げたのだ。

 当然、先ほどセシリアが示した反応のようにジェイク達も驚くだろうと思っていた。

 だが、その予想はあっさりと覆される。

「まあ、それくらい出来ても不思議はないだろう。何せイルムハートだからな。」

「そうね、今さら驚く程のことでもないわね。なんたってイルムハートだもの。」

「むしろ、世界を破滅させるような魔法が使えると言われても納得しますよ。イルムハート君なら。」

「……君達は僕を何だと思ってるんだ?」

 イルムハートが意を決して行った告白は、こうして意外な程すんなりと受け入れられたのだった。

 それ以来、時々ここで訓練を行っていた。

 セシリアが皆との訓練に加わって早2ヶ月。今までは学院やギルド施設での場合のみ参加させていたのだが、今回初めてここへ連れて来たのだった。

「それにしても、ここの地面はかなり荒れ果ててますし、所々に大型魔獣の骨らしきものが転がってますが、これってもしかして……。」

「ああ、皆の訓練の結果だね。」

 本当はその大半がイルムハートひとりによるものであったが、そこはさらりと胡麻化した。

「あと、あの神殿みたいなものは?」

 岩壁に掘られた神殿を見てセシリアがそう尋ねる。

「どうも古代の遺跡みたいだね。僕も良く解らないんだよ。」

 伝説の神獣である天狼の住処と言ったところで誰も信じはしないだろう。あくまでも神獣は物語の中にしか存在しないものと思われているのだ。

 もしかしたら神と対面したことのあるセシリアならば信じてくれるかもしれないが、それは後で2人でいる時にゆっくり話せば良いだけだ。

 これ以上彼女を驚かせてしまっては何を口走るか判らない。そういう意味でも天狼の件は、今は内緒にしておく必要があった。


「さて、今日ここへ来たのは実際にその手で敵を倒すのが目的だ。」

 セシリアは人間は当然ながら、魔獣や動物すらも”殺した”ことが無かった。これは後々剣士として大きなハンデになり得るかもしれない。血を見ることに慣れていないせいで、いざと言う時に委縮してしまう可能性もあるからだ。

 だが、小さな頃から自己流で剣を磨いてきた彼女にはそんな助言をしてくれる人物はいなかった。

 そんなわけで、イルムハートは彼女をここへ連れてきたのである。魔獣と闘わせるために。

 まあ、単に魔獣を”殺す”だけなら王都近くの森でも良かったし、イルムハートも最初はそうしようと考えた。

 しかし、王都近辺には極めて弱い魔獣しか棲んでいない。どうやらセシリアはそれが気に入らないようなのだ。

 原因はジェイクのひと言だった。

「最初は弱っちい魔獣を相手にしたほうがいいんじゃないか?

 俺みたいに強い魔獣と闘うのはまだ早いさ。」

 これには日頃の意趣返しの意図が込められていた。

 この2年ちょっとでジェイクはめきめきと腕を上げている。かつて彼が全く歯の立たなかった先輩ロードリック・ダウリンとも今なら良い勝負が出来るかもしれないほどに。

 だが、それでもセシリアには勝てなかった。まあ、相性が悪いという面も多少あるかもしれないが、彼女の変幻自在な攻撃にはやられっぱなしなのだ。

 そこで悔し紛れのそのひと言である。

 セシリアはセシリアで案外気が強い。そうまで言われて引く訳にはいかなかった。

「大丈夫ですよ、ジェイク先輩にも出来るなら私に出来ないはずがないじゃないですか。」

「何だぁ?」

 2人の間に激しい火花が散る。

「何煽ってるのよ、このバカ。」

 そんなジェイクの後頭部をライラが引っ叩く。

「セシリア、アンタもこのバカの挑発に乗るんじゃないわよ。」

 しかし、そんなライラの言葉もセシリアを止めることは出来なかった。

「いえ、やってみせます。いいですよね、師匠?」

 セシリアはイルムハートのことを”師匠”と呼ぶ。当然、イルムハートとしてはそんな呼び方をされたくない。

 なので一度は却下したものの、すると「それじゃ”マスター”?……いえ、むしろ”ご主人様”?」と頬を赤らめながら言うものだから、「それだけは止めてくれ」という訳で”師匠”呼びを受け入れざるを得なかったのである。

「確かに君は十分な実力を持ってはいると思うけれど、だからと言って経験というものを軽く見てはいけない。

 命のやり取りの場では特にそうだよ。積み重ねた経験が技術を上回る事だってあるんだ。」

 少々頭に血が昇ったセシリアをイルムハートはやんわりとなだめた。

「それに相手が人間であれ魔獣であれ、命を奪うと言う行為にはそれ相応の覚悟が必要だ。

 それが出来ていないうちに強い相手と闘うのはあまりお勧め出来ないな。」

 尤もイルムハート自身、始めて魔獣を殺した時にそんな”覚悟”があったかと言えば必ずしもそうではなかった。襲われている隊商を救出するためとは言え、魔獣を倒した経験も無しにいきなり戦闘の只中に飛び出したのだ。

 相手がそれほど強い魔獣ではなかったおかげで何とかなったが、今考えればかなり無謀な行為である。セシリアにはそんな真似をさせるわけにはいかない。

「……すみません、考えが浅過ぎました。」

 イルムハートから注意を受け、セシリアはすっかりしょげ返ってしまった。だが同時に、どこか少しだけ悔しさを滲ませる。

「まあ、今のはジェイクが悪い。罰として次の訓練では大物をひとりで相手してもらおうかな。

 強い魔獣と闘うのは得意なんだろ?

 彼女に手本を見せてやってくれないか。」

「べ、別に得意とは言ってないけど……。」

 イルムハートの言葉にジェイクの顔色が変わり、それを見てケビンが笑う。

「相変わらず墓穴を掘るのが得意ですね、ジェイク君は。」

「まったくいつもいつもアンタは……。」

 そう呆れたような声を出すライラだったが、ふと言葉を途切れさす。どうやら、イルムハートの台詞に何か気付いた様子だ。

「大物相手ってことは、もしかしてセシリアを例の場所に連れて行くつもり?」

 先に言った通り、訓練で行けるような近隣の場所には大物の魔獣など棲息していない。軍が定期的に討伐を行っているからだ。

 という事は”例の場所”、ドラン大山脈で訓練をするという事になる。

「ああ、そのつもりだよ。」

「まあ、アナタが良ければ構わないけど……。」

 ライラも魔法士の端くれである。イルムハートの転移魔法が極めて稀有なものであり、場合によっては王国の管理対象になることも理解していた。それをセシリアに知られてもいいのか?そう心配しているのだ。

「彼女なら問題ないさ。」

 イルムハートはライラにそう笑って見せた。そして、今度はセシリアへと顔を向ける。

「とは言え、君の実力なら今さら最下級の魔獣を相手にする必要もないだろう。ある程度強い魔獣が出る訓練場所があるから、そこで経験を積んでもらうことにする。

 但し、闘う相手は僕が決めるからね。それ以外の魔獣には手を出さないこと。いいね?」

「はい、解りました!師匠!」

 セシリアは嬉しそうに顔を輝かせた。実に表情豊かで分かりやすい娘である。

 こうしてセシリアはイルムハート達と共にドラン大山脈を訪れることになったのだった。


 イルムハートは魔法探知の範囲を広げた。近辺の魔獣を探すためである。

(今日は結構多いかな。)

 探知に引っかかった魔獣の数はいつもより多少ではあるが多かった。どうやら群れで棲息している魔獣がいるようだ。

(これはソニック・バルチャーか?……魔獣の死骸目当てで棲み付いたのかもしれないな。)

 ソニック・バルチャーはコンドルの魔獣で、その”バルチャー”の名前通り死骸を好む。おそらくイルムハート達が訓練で倒した魔獣の死肉に集まって来たものと思われた。

 ソニック・バルチャー自体はそれほど強い魔獣でもない。もうひとつの名”ソニック”が表す音響攻撃も、魔法防御が使えれば単なる雑音程度でしかなかった。

 しかし、空を飛ぶ敵であるためセシリアの相手としてはあまり好ましくないだろう。

 まあ、セシリアは斬撃を飛ばすことも出来るので飛行する敵でも問題無いといえば問題無いのだが、それでは”殺す”実感が薄すぎる。やはり、相手の肉を斬る直接的な感覚が必要だった。それがあってこそ命を奪うと言う事実を体感出来るのだ。

(……あとはスパイク・ゴートがいるみたいだな。これがいいか。)

 こちらは全身に角のような突起物スパイクをいくつも持つ山羊の魔物だ。体躯は山羊よりもかなり大きいがそのスパイクを使った体当たり以外にさしたる攻撃方法を持たないため、セシリアの相手としては十分な魔獣である。

「君にはスパイク・ゴートを相手にしてもらおうと思う。

 身体は結構大きいけど体当たりに気を付ければどうということの無い魔獣だ。君なら大丈夫さ。」

「分かりました。」

 イルムハートの言葉にセシリアは元気よく答えた。

「師匠の弟子として恥ずかしくない闘いをして見せます。」

「ちょっと待て、いつ僕が君を弟子にした?」

 聞き捨てならんとばかりにイルムハートはセシリアを睨み付ける。しかし、セシリアはそれを平然と受け止めた。

「だって、こうして訓練をつけてくれているじゃないですか?

 それに師匠が”師匠”であるならば、対する私は”弟子”ということになりますよね?」

 かなり強引な理論ではあるのだが、師匠と呼ばれることを受け入れてしまったイルムハートに反論の余地は無かった。

「……とんだ押し掛け弟子だな。」

 イルムハートは深くため息をついた。そして、何とかこの話を忘れようと話題を変える。

「そう言えば君は自分の剣の流派を”天然理心流”と名乗っているらしいけど、歴史か剣術に興味があったのかい?」

 前にジェイクから聞いた話を思い出し、そう尋ねてみた。だが、セシリアの答えは全く想像もしていなかったものだった。

「いえ、特に興味は無いです。」

「えっ?」

 想定外の答えにイルムハートは思わず間の抜けた声を上げる。

「えーと、以前その剣に名前を付けてるって言ってたよね?確か和泉守……。」

「和泉守兼定です。」

「それなのに歴史にも剣術にも興味が無いと?」

「はい、ありません。」

 イルムハートの頭は混乱する。

「じゃあ、日本刀が好きなのかな?」

「別にそう言うわけでもないですね。ただ和泉守兼定が好きなんです。」

「和泉守兼定は好きだけど日本刀が好きなわけではないと?」

「そうです。」

 ちょっと意味が解らなかった。

「……悪いんだけど、僕にも理解出来るように説明してくれるかな?」

「私が好きなのは和泉守兼定というキャラなんです。」

「キャラ?」

「はい、アニメに出てくるキャラです。」

「……。」

 イルムハートの目が点になる。

「刀に宿った魂が人の形を取り、現代に蘇った第六天魔王とその軍勢相手に闘うといった物語で、和泉守兼定はその主人公のひとりなんです。

 普段はクールなキャラなんですが実は優しくてちょっと照れ屋さんの部分もあって、そのギャップに萌えるんですよねー。

 元の世界への唯一の心残りと言えば、もうあのアニメが見られない事なんです。兼定様のお姿が見られないなんて、悲しすぎます。」

「それは……何というかその……残念だったね。」

 すっかり自分の世界へと入り込んでしまったセシリアに、イルムハートはただ唖然としながらそう言うしかなかった。

 別に彼女の趣味をどうこう言うつもりは無い。好きなものがあるというのは悪いことではないだろう。ただ、周りが見えなくなるほど熱狂的になって語る彼女の姿には正直ちょっと引いた。

 しかし、考えてみれば転生前の自分にだってこういった一面が無かったとは言い切れないのではないか?

 もしかすると、色々と黒歴史を刻んでいた可能性だってある。

(そう考えると、記憶が無いと言うのもそう悪い事ではないような……。)

 まさか過去の黒歴史を忘れるために記憶を消去したわけでもないと思うが、しかし目の前のセシリアを見ているとその疑念を完全に否定することも出来なかった。

(それもある意味、転生後のストレス回避ってことになるのかな?)

 完全に思考が明後日の方向へ向いてしまっていると自覚しながらも、何となくそんなことを考えてしまうイルムハートだった。

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