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親離れと子離れ Ⅱ

 突然の家族会議から4カ月、アードレー家はマリアレーナたちの引っ越し準備に追われていた。

 その間、イルムハートも午後の空いている時間は図書室に籠るのをやめ、出来るだけ 2人と一緒にいるようにしていた。

 しばらく離れて暮らすことになるため、その分を今のうちに回収しておこうとばかりにいつも以上に構ってくる2人の姉だったが、今回ばかりはイルムハートも黙ってそれを受け入れた。

 イルムハート自身も離れることには寂しさを感じており、2人の気持ちも良く解かっていたからだ。

 何だかんだ言ってもイルムハートも姉たちが好きなのである。

 王都へ移り住むのはマリアレーナとアンナローサ、そしてそれぞれのお付きメイドの計4人だ。

 とは言っても、この4人だけで暮らすわけではない。

 王都にはアードレー家の別邸があり、家の人間がいつ訪れてもいいように多くの使用人たちが常駐していた。そして、その敷地内にはフォルタナ領の王都駐在事務所があり、そこにはウイルバートが任命した駐在官がいる。

 日々の生活は王都の屋敷の使用人が、また保護者の代役としてはその駐在官がそれぞれ受け持ってくるため彼女たちが不自由することはない。

 また、マリアレーナは引っ越して間もなく学院に入学するし、アンナローサも学院入学までの1年間は家庭教師ではなく王都の貴族用初等学校に通って勉強することになっている。

 今までお互い以外に同年代の子供とはあまり接点が無かった2人にとって、それぞれの学校で出来る新しい友達はきっと寂しさを忘れさせてくれるだろう。

 それに・・・。

「寂しくなったら連絡なさい、イルム。すぐに戻ってきてあげるわ。」

「魔力飛空船でびゅーんと飛んでくるからね、イルムくん。」

 この世界には魔力飛空船というものがあった。読んで字のごとく、魔力(魔法)で空を飛ぶ船である。

 馬車であればひと月近くかかる王都までの移動も、飛空船なら丸1日あれば済む。

 飛空船は王都と王国内の各主要都市を航路で結んでおり、ここラテスにも月2往復の定期路線があった。つまり、その気になればすぐに帰ってこられるのだ。

(あんなものが空を飛ぶんだから、この世界の技術も馬鹿には出来ないよね。)

 イルムハートは初めて飛空船を見たときの事を思い出す。

 それは、見た目は何やら前世の双胴船のような形をしており、2つの細長い船体の上に2階建てのデッキが乗っていた。

 大きさは長さ50メートル、幅30メートルくらいだろうか?船にしては横に広すぎる印象を与えるが、おそらくそのほうが空中でのバランスが取りやすいのだろう。

 当時はだだ ”魔法” で飛ぶ船としか理解しておらず、何の魔法を使っているのかなど知りもしなかったが今なら判る。飛行魔法だ。

 船体には飛行魔法を組み込んだ魔道具が配置され、それを起動させることで空を飛ぶことが出来るのだ。

(それにしても、魔道具ってすごいな。)

 今ではイルムハートも城内に張りめぐらされている転移魔法無効化結界の事を知っている。それが魔道具によるものであるということも魔法の教師からそれとなく聞き出したのだ。

(高難度の魔法を誰でも発動させられるし、しかも量産できるなんてこれこそ反則なんじゃない?)

 飛行魔法を含む効果干渉系の魔法はかなり習得難度が高く、高い実力を持った魔法士しか使うことができない。それを誰でもが使えるようにしてしまう魔道具というものにイルムハートは改めて興味を引かれた。

(これからは魔道具についても勉強してみようかな・・・。)

 だが、それは姉たちが王都へと旅立った後だ。今は時間の許す限り3人で一緒に過ごす。それが2人の姉の、そしてイルムハートの願いでもあった。


 そして、とうとうマリアレーナとアンナローサが王都へと旅立つ日がやってきた。

 使用人総出の見送りを受けた後、一家5人と随員を乗せたそれぞれの馬車は騎士団に護られる形で城の正門から市街に出る。

 城から続く大通り沿いには、2人を見送るため多くの人々が集まっていた。特に告知したわけでけはないのだが、使用人の家族や出入りの業者などから口コミで広まったらしい。

 領主とその家族一行が通るからと言って人々には変に畏まったような様子はない。皆、笑顔でマリアレーナとアンナローサの名を呼びながら手を振っている。

 他の土地ではどうか知らないが、ここフォルタナ領ではこれが普通なのだった。

 マリアレーナとアンナローサも笑顔で窓越しに手を振り、セレスティアがそれを優しく見守っていた。

 ウイルバートはと言えば、民に愛される娘たちを誇らしく思う反面、別離の寂しさも相まってか何やら微妙な表情を浮かべていた。

 人々に見送られ、一行は街の東門を目指す。

 ここ領都ラテスは国境からかなり離れているせいもあり、街を壁で囲う城塞都市のような造りにはなっていない。とは言え、犯罪者や危険な生き物が簡単に入ってこられるようでは困るので、街の周りは幅30メートル程の水堀で囲まれ、外へとつながる橋にはそれぞれ門が設置されていた。

 水堀は内周と外周に2つあり、内側の堀が当初この街が造られた際の街境である。その後、人口が増えていくに従って街が拡張され造られたのが外側の堀であった。

 城から南北に延びる大通りを内堀の手前で内周路へと曲がり、東門への通りへと移動する。

 内周路も東門通りも大通りほどではないがそれなりの広さを持った通りで、そこにも人々が集まり一行を待ち構えていた。

 そんな中を馬車はことさらゆっくりと進み、やがて東門へと辿り着く。

 開門された東門では門番を務める兵士たちが整列し敬礼で一行を出迎えた。

 ラテスには東西南北4つの門があったが、ここ東門だけは特殊な役割を持っていた。

 もちろん一般人の通行も許可されているのだが、一番の役割は街の東側にある領軍の駐屯地と街を結ぶ門であるということだった。

 水堀ではなく鉄製の柵で囲まれたこの駐屯地には、ファルタナ領軍常備兵1万のうち約2千が駐屯している。

 ちなみに、領軍と騎士団とでは領主に仕えるという点では同じでも、その役割は明確に異なっていた。

 騎士団は領主とその家族の護衛を目的としているが、領軍はあくまでも領地の防衛を目的としている。なので、領主も騎士団には直接命令を下すことが出来ても、領軍に対しては軍司令部を通してしか命令出来ないことになっていた。

 まあ、だからと言って最高司令官である領主の命令を無視することは現実的には不可能なのでそれは半ば建前ではあるのだが、戦争の素人が余計な口を挟まないようにするためには大切な建前なのだった。

 魔力飛空船の発着場はその駐屯地に隣接する場所にあった。広い土地と厚い警備のある最適な場所である。

 一行が発着場に付くと、先行して待ち構えていたウイルバートの側近が馬車に駆け寄りドアを開く。

「ご苦労。」

 そう言って頷くウイルバートに側近の者は恭しく頭を上げた。彼の目が泣きはらしたかのように少し赤くなっていることには、当然誰も触れない。

 ウイルバートに続いてセレスティアが、そして3人の子供が馬車を降りる。

(あれ?飛空船ってこんなに小さかったかな?)

 少し離れたところに泊まっている飛空船を見て、イルムハートはそんなことを思った。

 前に見たときよりふた回りほど小さいような気がしたのだ。

「お母様、あの飛空船、少し小さくないですか?」

 そんな疑問を口にすると、セレスティアは一瞬飛空船に目をやった後、再びイルムハートのほうを向いて答えてくれた。

「そういえば、イルムは初めて見るのですね。あれは定期船ではなくアードレー家が所有する飛空船なのですよ。」

 なんと、プライベート・ジェットならぬプライベート飛空船だったのだ。

 確かに、言われて見れば船体に描かれている紋章は王家のものではなく、アードレー家のものだった。

 飛空船は決して安価なものではないが、アードレー家ほどの財力があれば保有することも難しくはない。

(まあ、辺境伯ともあろう者が一般用の定期便を使うのもちょっと違和感があるしね。)

 後で聞いた話だが領内の主要な街には飛空船発着場が整備されており、領内を移動する際にはこのプライベート飛空船を使っているらしい。

(ということは、帰って来ようと思えばホントにすぐ帰って来られるんだ。)

 マリアレーナとアンナローサはイルムハートと離れることは別として、王都に移り住むこと自体は割と平然と受け止めてるようだったが、その理由が今はっきりと分かった気がした。

 どうしても耐えられず家に帰りたくなった時にはこのプライベート飛空船を使いさえすれば、わざわざ定期便を待つことなく戻ってこられるのだから悲壮感のカケラも感じないのは当然であろう。

 それに比べて・・・。

(お父様は、それを知った上で、それでもアレなんだよねぇ・・・。)

 娘たちに旅立ちの挨拶をされているウイルバートはかろうじて涙を堪えているような状態だった。「体に気を付けて」とか「寂しくなったらいつでも帰っておいで」とか、月並みな台詞を口にするのが精一杯のようである。

「いいですか、フォルタナ辺境伯の娘として、またアードレー家の一員としてその名に恥じぬよう精進するのですよ。」

 むしろ、セレスティアのほうが当主らしい言葉をかけていた。

 そして、両親への挨拶を終えたマリアレーナとアンナローサはイルムハートの元へやってきた。

「イルム、お勉強頑張るのですよ。お休みに入ったら帰ってきますので、それまでは寂しくても我慢してね。」

「お手紙書くから、イルムくんもお返事ちょうだいね。」

 2人は回りの目もあってさすがに抱き着いてこそこなかったが、イルムハートの右手と左手をそれぞれ両手で握りしめた。その顔は笑ってはいたが、よく見るとうっすらと涙を浮かべている。

 「姉さんたちも頑張ってね。僕も早く姉さんたちと一緒に暮らせるように、一生懸命フォルタナの事を勉強するよ。」

 決して社交辞令というわけではないものの、それでも普段なら言わないようなセリフをイルムハートは口にした。姉たちへのはなむけのつもりであったのだが、言った後でやりすぎたと少し後悔した。

「イルム!」

「イルムくーん!」

 イルムハートの言葉に喜んだ2人の姉は、とうとう我慢しきれなくなって抱き着いてきたのだ。

「ちょ、ちょっと、姉さんたち・・・。」

 さすがに人前で抱き着くのは少々はしたないだろうとイルムハートのほうが慌ててしまったが、今だけは誰も咎めたりはしなかった。

 セレスティアも「あらあら」と苦笑しながらも注意したりはしない。ただひとり、ウイルバートだけはうらやましそうな顔をしながら恨みがましい視線を送ってきてはいたが。

 やがて出発の時間となり、マリアレーナ達は随員や警護の騎士団員と共に飛空船に乗り込んだ。

 飛空船には転落防止のためデッキは設置されていなかったが、景色を見るための大きな窓が付けらていた。マリアレーナとアンナローサはその大窓からこちらを見降ろし、さかんに手を振っている。

 皆も少し離れたところから手を振り返しているうちに、飛空船はゆっくりと浮かび上がり始めた。風魔法で浮上しているせいで、飛空船の周りには土埃が舞い上がる。

 200メートルくらいだろうか?浮上を続けていた飛空船はいったん空中で停止すると、今度は前進を始めた。

 最初はゆっくりと、そして徐々に速度を上げ、ものの数分で小さな点となり見えなくなった。

 すると・・・ウイルバートはとうとう我慢出来なくなり泣き出してしまった。

 声こそ上げないが溢れる涙を止めることが出来ずに、ハンカチで目頭を押さえている。

 その場にいた人間は、やや呆れ気味の表情を浮かべたセレスティアに優しく背中を撫でられているそんなウイルバートの姿を見るわけにもいかず、飛空船の飛んで行った方向のただ青いだけの空をしばらくの間見つめ続けることになったのであった。


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