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騎士科の席次1位と学術科の1年生 Ⅱ

(魔力が上がった。これは……来るな。)

 イルムハートは、魔力の高まりからロードリックが連撃を繰り出そうとしていることを察知した。

 連撃はかなり高難度の技であるものの、騎士科の席次1位ならば使えても不思議は無い。なので、十分に対策も考えてあった。

 一般的に、連撃を躱すのは至難の業だとされている。複数の剣が同時に繰り出されて来るようなものなのだ、右にも左にも逃げ場は無い。

 だが、一か所だけ剣の届かない場所があった。後方だ。連撃が繰り出された瞬間、後ろに飛び退けば剣は当たらないのである。まあ、それ自体決して簡単ではないのだが確かに逃げ道はあった。

 しかし、では何故そんな重大な欠点があるにも拘わらず連撃が”奥義”とまで言われているのか?

 実を言うと、ただ剣を突き出すだけでは連撃は完成しないのだ。連撃を完全なものとするためには、その後のもうひとつの動作が重要だった。

 人間は後ろへと飛ぶことに適した身体構造をしてはいない。着地の瞬間、慣性によりどうしても後ろへと引っ張られてしまい身体の軸にブレが出てしまう。

 つまり後ろへ逃げる事、それ自体が連撃の仕掛ける罠に嵌まることを意味するのである。

 そして、そんな僅かな隙を突いて繰り出すとどめの一撃、”ついの一撃”を放ってこそ真の連撃は完成する。

 と言葉にすれば簡単に聞こえるが、実際にはそうそう出来るものでもない。

 複数の攻撃を同時に繰り出すだけでもかなりの魔力と体力を必要とする上、さらに”終の一撃”まで連続で放つとなると、これがかなりの負担になってしまう。

 そのため、練度が低い場合はどうしても間にひと呼吸入ってしまい、相手に態勢を整える時間を与えてしまうことになるのだった。

 果たしてロードリックの場合はどうか?”終の一撃”を上手く放てるのか?

(来た!)

 ロードリックが連撃を繰り出してきた瞬間、イルムハートはそれを確かめようとするかのように後ろへと飛び退った。

 もし、ロードリックが連撃を完璧に使いこなしていれば自ら死地へと赴くことにもなりかねない、そんな危うい行為だ。

 勿論、イルムハートもそれくらいのことは分かっている。それでも敢えて罠に飛び込んだのは、何と”終の一撃”への対処方法すらも考えてあったからだった。

 尤も、完全に無効化出来るわけではない。ただ一度だけそれを防ぐことが出来る、その程度の策ではあったが。

 しかし、どうやらその必要は無かったようである。ロードリックがイルムハートを追撃しようとせず、動きを止めてしまったからだ。

 ロードリックの眉間に悔しそうな皺が寄った。彼は今、未熟な自分に対し怒りを感じていたのだった。

 剣を繰り出した後ひと呼吸置いてしまったため、”終の一撃”がスムーズに出せなかった。確かにそれも怒りの理由のひとつではある。

 だが、それ以上に連撃を先読みされたことへの後悔の方が大きい。

 連撃を出す際に思わず力が入ったせいでイルムハートにそれを読まれてしまい、十分な余裕を持って後ろに下がるだけの時間を与えてしまった。それは相手に体制を立て直され、”終の一撃”が不発になってしまう可能性すらある致命的な失敗なのだ。

 そんな自分の未熟さにロードリックは怒りにも似たもどかしさを感じた。と同時に、どこか焦りを抱いている自分に気付く。

 マリアレーナの前で力を示したいためか、それとも下級生には負けられないという意地か。それは彼自身も良く分ってはいないのかもしれない。

 そんな怒りや焦りを沈めるべく、ロードリックはゆっくりとした動作でもう一度構え直した後に大きくひとつ深呼吸する。

(おや?動きが変わったな。)

 そのおかげだろうか、ロードリックの動きが変わった。要らぬ力が抜け、流れるような動きになる。

 相変わらずイルムハートへの攻撃は届かないが、そのせいで力んだりもしない。

 淡々と攻撃を繰り出し、良いリズムの中で連撃を発動すべくそのタイミングを測っているようだった。

 即座にメンタルを立て直す辺りは、さすがと言える。

 その効果は攻撃にも如実に現れ、ロードリックは連撃に必要な魔力をごく自然な流れの中で高めることが出来た。

 これなら決められる。おそらくロードリックはそう考えただろう。

 だが、残念ながら相手が悪過ぎた。

 おそらく相手がイルムハートでなければ、その魔力の高まりを事前に察知するのは難しかったかもしれない。

 しかし、イルムハートの魔法探知にかかればどんな小さな兆候すら見破られてしまうのだ。

 その上、イルムハートには”思考加速”という反則技がある。常人より数十倍、数百倍も早く状況を分析し判断することが出来るのだ。

 しかも、身体強化による反射速度上昇と組み合わせれば人間業とは思えない程の速さで動くことも可能だった。もはや、まともに闘う相手が可哀想になるくらいである。

 まあ、今回はそこまでするつもりは無いものの、それでもロードリックの連撃を見抜くのは容易だった。

 今度は後ろへ下がったりしない。ロードリックの実力はおよそ掴めたからだ。

(終りです、先輩。)

 今まさに連撃を繰り出さんとするロードリックの剣をイルムハートはその直前で払い除けた。

 これまでよりも鈍く、そして重い金属音が闘技場に響き渡る。

 次の瞬間、ロードリックの剣はその手を離れ、高く宙を舞った。


 どよめきと歓声が入り混じり、闘技場は興奮に包まれた。

 剣を失った己の両手をロードリックは呆然と見つめる。そして利き腕である右手の痺れにより、いま起きた事が事実なのだと理解した。

 それからゆっくりと辺りを見回し、先ほどまでその手の中にあったはずものを探す。それは主の元を離れ、闘技場の端の地面に横たわっていた。

「参った。私の負けだよ。」

 そう言ってロードリックは笑った。

 彼の笑顔は少し力無いものだではあったが鬱屈した感じも無い。全力で闘い、そして負けた。その満足感と少しばかりの悔しさ。そんな感じだった。

「良い試合でした。先輩と闘えたことを光栄に思います。」

「そう言ってもらえると私も救われると言うものだ。

 いろいろと勉強になったし、私としても君と闘えて良かったと思うよ。」

 イルムハートとロードリックは笑顔で握手を交わした。

 すると、それを見た観覧席の生徒達から一斉に歓声が沸き起こる。

「やれやれ、とんだ騒ぎになってしまったな。」

 観覧席を見ながらロードリックは苦笑交じりの言葉を漏らした。

 本当は笑っていられる場合ではないはずなのだ。何しろ騎士科の席次第1位が学術科の1年生に敗れてしまったのだから、これ以上不名誉なことはあるまい。

 今さらながらにそのことを思い出したイルムハートは申し訳なさそうに口を開く。

「あの……何というか、どうもすみませんでした。」

「別に君が謝る必要は無いさ。」

 だが、ロードリックはあっさりしたものだった。

「正々堂々と闘い、その結果私が敗れた。それの何を恥じると言うのだ?

 もし恥じるべき点があるとすれば、それは私がまだまだ未熟だったということだけ。

 それを教えてくれた君には感謝こそすれ、恨み言など言うつもりはこれっぽっちも無いよ。」

 そう言って笑う。

 そして、観覧席に向かい大きな声でこう宣言したのだった。

「諸君も見た通り、私ロードリック・ダウリン・ルベルテは、ここにいるイルムハート・アードレー・フォルタナとの試合において敗れた。

 それはつまり、剣の上でにおいて彼は私よりも上だということに他ならない。

 もしこの先、彼に剣の試合を挑もうと考えている者がいるとすれば、その者は先ず私と闘い勝ってみせる必要があるだろう。

 何故なら、私にすら勝てないようでは到底彼に試合を挑む資格など無いからだ。皆、それを肝に銘じておくように。」

「ええと……先輩?」

 イルムハートは驚いてロードリックを見つめる。

 そんなイルムハートの表情を見てロードリックは悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべた。

「最初からそれが目的だったのだろ?

 私だってそれくらいのことには気が付くよ。

 何とか阻止してやるつもりでいたのだが、こうもあっさり負けてしまったのでは仕方あるまい。その企みに乗ってやるさ。

 まあ、そんな風に驚く顔を見られたのだから、これで一矢報いたと満足することにしよう。」

 どうやら全てお見通しだったようだ。

 イルムハートとしては何も言い返す言葉が無く、ただ苦笑いを浮かべながら頭を掻くしかなかった。

「そこで相談なのだがな。」

 そんなイルムハートにロードリックはある提案を持ちかけてきた。尤もそれは、提案というより彼の要望と言った方が正しいのかもしれない。

「今後、君に試合を挑んでくる者達は私が阻もう。

 で、その代わりと言っては何だが、今後も時々私と剣を交えてはくれないだろうか?」

「はあ?」

 唐突な申し出に戸惑うイルムハートを置き去りにして、ロードリックはさらに言葉を重ねた。

「別にマリアレーナ嬢の件は関係ない。あくまでも私個人のためだ。私がさらなる高みへと昇るためには君の力が必要なのだ。」

 ロードリックが言うには、席次第1位になったことによりそれ以降の成長が鈍化してしまっているとのこと。

 それまでは頂点を目指し研鑽を重ねてきたが、いざその地位に就いて見ると次の目標が定まらない。少なくとも学院内においては乗り越えるべき壁が無くなってしまった。

 その事実に少しずつではあるがモチベーションを失ってゆく、そんな自分を自覚していたのだそうだ。

 そこへイルムハートという強者が現れたのだ。新たなる目標としてはこれに勝るものはあるまい。

「そう簡単に君に追いつけるとは思っていない。

 だが、追いつきたいと思い努力する事、それが今の私に一番必要なことなのだよ。」

 言わんとしていることは分かるし、その気持ちはイルムハートにも十分理解出来た。

 彼にも大きな目標となる人物がいる。果たして自分はどれくらいその人に追いつけているだろうか?いつもそのことを考えていた。

「分かりました。僕で良ければいつでもお相手させて頂きます。」

「ありがとう。感謝する。」

 そんなイルムハートの返事に、ロードリックは心底から嬉しそうな笑顔を浮かべて見せたのだった。


 数か月後、訓練を行うイルムハート達パーティーの面々の中に混じって、そこにはロードリックがいた。

 ロードリックは最初こそ月に一度程度イルムハートと剣を交えるだけで満足していたが、今ではパーティーの訓練にも顔を出すようになったのだ。

「どうした、ジェイク?もう終わりか?」

「いやいやいや、ロードリック先輩。本気出すのは卑怯ですって。」

「何を言っている、本気で闘わなければ訓練の意味があるまい。」

 近頃はイルムハートだけでなく、他のメンバーとも模擬試合をするようになっていた。

 その相手は主にジェイクで、イルムハートに勝てない鬱憤を晴らすかのように彼を鍛え上げている。

「先輩にすればそうかもしれないけど、俺にしてみればやられてばかりで訓練にならないですよ。」

「負けることも良い経験になる。私もイルムハートに負けたおかげで一皮剥けることがことが出来たのだからな。だから、それも訓練の内だと思え。

 という訳で、もう一本いくぞ。」

「そんな無茶苦茶な……。」

 そう言いながら笑顔で剣を振るうロードリック。その笑みを見てジェイクは絶望の表情を浮かべる。

「ロードリック先輩って、あんな人だった?」

「んー確かに、最初会った時とはちょっとイメージ違うよね。」

 ライラやイルムハートが不思議がるように、あの試合以降どうもロードリックの様子が変わっていた。

 以前は席次第1位に相応しい厳格な人間に見えたのだが、今はまるで子供のような目をしてただ純粋に試合を楽しんでいるようにも見える。

 もしかすると、イルムハートと闘ったことで何かが吹っ切れたのかもしれない。自らが課していた席次の呪縛から開放された、そんな感じだった。

「もう限界です、ちょっと休ませてください。」

 とうとうジェイクが音を上げてその場に座り込む。

「情けないことを言うな。お前の力ならしっかり鍛えればすぐにでも席次の上位に上がれるんだ。もう少し頑張れ。」

 ロードリックはジェイクの実力をかなり高く評価しているようである。が、ジェイクは苦笑を浮かべながら首を横に振った。

「いや、俺は席次戦に加わる気なんてないんで。」

「席次戦に参加しない?何故だ?」

 ジェイクの言葉を聞いたロードリックは意外そうな顔をする。

 それはそうだろう。騎士科の生徒であれば席次の上位を目指すのが普通であるはずなのだから。

「俺はもう冒険者になるって決めてるんです。だから席次には興味無いんですよ。」

 席次の上位を目指すのは純粋に強さを求める面も確かにあるのだが、その一方で卒業後の進路選択を有利にするという計算もあった。

 上位席次者には王国騎士団を始めとする有名どころからスカウトが来るからだ。そのためにひとつでも上の席次を狙う、そんな裏事情もあるのだ。

 その点、ジェイクは既に卒業後も冒険者を続けていくと決めているので、席次が何位であろうとあまり関係無いのである。

「そうか、それは残念だな。だが、冒険者を目指すにしても強くなっておいて損は無いだろう。だから……。」

「ちょっ、ちょっと待ったー!」

 ロードリックの言葉に身の危険を感じたジェイクは座り込んだままで後退った。

「そ、そうだ、俺の代わりにケビンが相手しますから。」

 そう言われてロードリックは露骨に眉をひそめる。

「……ケビン?」

「そうです。な、ケビン。いいだろ?」

「僕は構いませんよ。」

 ケビンがにこやかにそう答えると、ロードリックの眉根はさらに寄って行く。

「しかし、ケビンは魔法を使うからなぁ……。」

「僕は魔法士なんですから、当然魔法は使いますよ。」

 この会話だけを聞くと、ケビンの言うことのほうが正しいように聞こえる。

 しかしイルムハートもライラも、そして言い出しっぺのジェイクですらロードリックが渋る理由は良く分かっていたし共感もしていた。

 確かに魔法士であるケビンが魔法を使って闘うのは間違いではないだろう。だが、問題は使用する魔法にあった。

 純粋な攻撃魔法ならまだ良い。ロードリックも闘気と魔力を融合させることで防御魔法と同じ効果を身に纏う事が出来るからだ。

 ところが、ケビンは精神攻撃や状態異常系の魔法を好んで使用するのだ。しかも、執拗に。

 勿論、魔法防御で防ぐこと自体は可能なのだが、しつこくねちねちした攻撃による精神的ストレスは半端ない。

 今まで正面からの真っ向勝負を信条として来たロードリックにとって、そんなケビンとの闘いは異質過ぎてもはやトラウマに近いものになっているのだった。

「やはり、ケビンとの手合わせはちょっと……。」

「あれ?もしかして先輩、怯んでます?席次第1位なのに?」

 ジェイクはそう言って挑発する。こうして煽ることでロードリックの退路を断つのが狙いだ。

 だが……調子に乗ったジェイクはつい余計なことまで言ってしまう。

「ケビン程度ならこの俺でさえ軽くあしらえるのに、先輩では無理だって言うんですかね?」

「ほう、軽くねぇ。」

 そんなジェイクの言葉にロードリックはニヤリと笑う。

「そこまで言うなら、まずは手本を見せてもらおうかな。」

「げっ!」

 自分で自分を追い詰めてしまったことに気付き、ジェイクの顔から一気に血の気が失せた。

「それはいいですね。まあ、僕”程度”では相手として不足かもしれませんが。」

 そう言って笑うケビンの目が怖い。さすがに”ケビン程度”などと言われれば怒りもするだろう。

「実は最近新しい魔法を覚えたんですよ。

 僕より強いはずのジェイク君になら、思い切りそれを使っても大丈夫ですね。」

 その言葉に恐怖を感じたジェイクは助けを求めるようにイルムハートとライラに目を向けたが、2人ともそれを黙殺する。自業自得、それ以外に言うべき言葉はなかった。

「ああ、分かったよ!やればいいんだろ、やれば!」

 何故か半ギレ気味になってジェイクが叫んだ。そして、ケビンと対峙する。

「俺だってやる時はやる男なんだからな!」

 そして試合は始まり……ジェイクがギブアップすることで早々に終了した。

 ジェイクの言う”やる時”とは、どうやら今ではなかったようである。

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