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魔獣討伐作戦とギルドへの報告

 プルーバに到着して3日目。

 朝早くに町を出発したイルムハート達一行は、昼よりもかなり前にかつて緩衝域とされていた丘の麓へと辿り着いていた。

 いよいよスカル・ハウンドの討伐を行うことになる。

 昨晩、プルーバへと戻ったイルムハート達は町の有力者を集めて状況の報告を行った。

 緩衝域の移動によって魔獣棲息域が近付いてしまったこと。スカル・ハウンドが増えすぎたせいで餌不足になり、最悪町への被害も予想されること。

 それを聞いた町の人々はパニックになりかけたが、スカル・ハウンドを討伐して間引きするというベフの説明により何とか落ち着きを取り戻した。

 ただ、それは一時的な対処に過ぎない。

 スカル・ハウンドの件を片付けたとしても、魔獣の棲息域が近付いたことへの根本的な対策とはならないからだ。

 結局は西側の畑の耕作面積縮小や町の防壁強化といったことが必要になってくる。

 今後、この地を管理する代官がそれを判断することになるだろう。

 今回の討伐はそれまでの時間稼ぎというわけだ。

「プルーバの住民もとんだ災難よね。」

「こればかりはどうしようもないですよ。魔力分布の変化なんて人間にはどうしようも出来ませんから。」

 そんな会話を交わしながらマヌエラとミゲルがゆっくりと丘を登ってゆく。

 傍目にはのんびり歩いているように見えるが、2人は索敵しながら慎重に移動していた。

 その後ろにベフとライラ、次いでジェイクとケビン、そして最後にイルムハートが続く。

 ベフとジェイクは隠蔽魔法が使えないので、それぞれライラとケビンに魔法を掛けてもらいながらの移動だ。

「おい、ライラ。そんなにくっつかなくてもいいんじゃないのか?」

「いえ、そんなことはありません。魔力を探知されないようしっかり結界の中に入っていてもらう必要がありますから。」

 どうやらライラは下心丸出しでベフに密着しようとしているようだった。

「あら、こんなとこでイチャつくなんて余裕じゃないの、ベフ。」

 それに気付いたマヌエラが面白そうに笑ったが、ここで大きな声を出すわけにもいかずベフは苦々しい表情を浮かべるしかなかった。

(あー、これは後で怒鳴られるやつだ。)

 その場の全員がそう考えたがマヌエラはどこ吹く風だ。

 そして一行は丘の上へと辿り着く。

「俺とマヌエラ、ミゲルで草原側の方を担当する。お前達は反対側から回り込んでくる奴等の受け持ちだ。」

 スカル・ハウンド達からは見えないよう身を低くしながらベフは各自の分担について最終確認をする。

「岩場で奴等を分断するわけだが、逆に言えば身を隠す場所を与えてしまうことにもなる。気配や魔力の探知を怠らないようにな。」

 岩の陰に隠れて近付いてくる敵には用心するようにベフが忠告すると、新人3人組が真剣な顔で頷く。

 それを見てベフも満足そうに頷いた。

 そして、スカル・ハウンド討伐作戦の幕が上がる。

「よし、では始めるぞ。ミゲル、奴等に魔法をぶち込んでやれ!」


 ミゲルの放った中級水魔法”氷槍”によって十数匹のグループの内、およそ半数が倒れた。

 と同時に、草原にいる全てのスカル・ハウンドが丘の上の人影を敵として捕らえたことが魔力の動きで判る。

 やはり、いくつかのグループに分かれてはいるが元はひとつの大きな群れであるようだ。

「来るぞ!」

 こちらへ向かってくるスカル・ハウンドの大群を見ながらベフが叫ぶ。

 走ることに特化しているだけあって、そのスピードはさすがに早い。近くにいたグループはあっと言う間に丘へと登って来た。

 とは言え、予想通り岩場を避けて登ってくるため一度に押し寄せる数は限られており、またルートも読みやすい。

 そんな程度ではベフ達を脅かす事など到底出来ず、一匹また一匹と簡単に倒されていく。

「来ましたよ!」

 丘の裏側から回り込んで来たスカル・ハウンドの魔力を探知してケビンが声を掛けた。

「おうよ!」

「了解!」

 ジェイクとライラがそれに応え、敵を迎え撃つ。彼等はイルムハートの指示により3人ひと組で闘うことになっているのだ。

 スカル・ハウンド自体はそれ程強い魔獣ではない。だが、魔力によって皮膚が硬化しているという点が厄介だった。

 ベフ達やイルムハートであれば一撃で倒すことも可能だが、新人3人組の場合ひとりでは仕留め切れない可能性もある。

 この作戦では相手を素早く倒してゆくことが重要で、手間取れば辺りに敵が溢れかえることにもなりかねない。

 なので、確実に仕留められるよう3人が力を合わせて闘うようにしたのだ。

 その分、イルムハート達の担当範囲が増えることになるが、それは大した問題ではなかった。正直、彼等からしてみればスカル・ハウンドなど取るに足りない相手なのである。

 まずジェイクが切り込みライラは打ち漏らしをきっちりと片付け、それをケビンが補助する。この連携は日頃から訓練を重ねてあるので、実に上手く機能していた。

 そんな風に着々と戦果を上げていたその時、岩の上からジェイクへと向かってひとつの影が飛び出した。スカル・ハウンドだ。

「ジェイクさん!岩場です!」

 だが相手に不意を突かれるよりも早く、その魔力を察知していたケビンからジェイクへと警告が発せられる。

「来やがったか!」

 ジェイクはそう叫びながら飛び掛かって来たスカル・ハウンドへと剣を振るった。

 残念ながら一刀両断とまではいかなかったが十分に深手を負わされたスカル・ハウンドは地面へと転がり、そこにケビンが魔法で止めを刺す。

「その手は喰うかよ。」

 ジェイクがニヤリと笑う。岩場を通って来ることは想定済だったのである。

 確かにスカル・ハウンドはその特性上、岩場に適した生き物とは言えないだろう。だが、だからと言って全く岩に登れないわけでもない。

 なので、岩の上から飛び掛かって来ることも考えて十分警戒するようにと、そうイルムハートから忠告されていたのだった。

(これなら手助けの必要は無さそうだな。)

 そんな彼等を見てイルムハートは満足そうな表情を浮かべた。

 いざと言う時はイルムハートが補助するつもりでいたのだが、どうやら彼等だけで十分に対応出来ているようだ。

 元々実力は確かな3人である。本番で気後れしない限りこの程度の相手に苦労することは無いだろう。

 それは解かっていた。しかし、それでも一抹の不安を抱えていたのだが、それも杞憂に過ぎなかったようだと胸を撫で下ろすイルムハートだった。


「どうやら連中、引き始めたみたいですね。」

 どれだけの敵を倒しただろうか?

 辺りがスカル・ハウンドの屍でいっぱいになった頃、ミゲルが敵の動きに変化があったことを報せた。

 確かに、既に襲って来る相手はもういない。おそらく勝てない相手だと悟ったのだろう。引き際の潔さもまた種として生き延びるためには必要なのだ。

「残りはどれくらいだ?」

 心配そうにベフが尋ねた。

 敵が撤退してくれるのは歓迎すべきことである。しかし、あまり数多く生き残られてしまったのでは目標達成とならないからだ。

「十数匹といったところです。

 他の土地へ出張っている数を合わせたとしても元の半数以下ですから、間引きとしては成功と言えますね。

 まあ、本音を言えばもう少し減らしておきたいところではありますが。」

「欲張っても仕方ないだろう。とりあえず、当面プルーバへの被害が出ないようならそれで良しとするさ。

 皆、ご苦労だった。」

 ベフはそう言って闘いの終りを宣言した。

「何とか無事に終わったわね。」

 安心したかのような表情を浮かべながらマヌエラは皆を見渡す。

 尤もこれは新人組に対しての言葉である。自分達については毛ほども心配する必要など無いのだから。

「さて、それではひと息ついた後で素材集めにかかるとするか。

 ミゲル、辺りの警戒をよろしく頼む。」

 その後少しの休憩を挟み、全員でスカル・ハウンドの解体を始めることになった。

 中位・下位のランク・パーティーには収納の魔道具を持つ金銭的余裕などあまり無いし、また大容量の収納魔法を使えるだけのメンバーもいない。ミゲルでさえ旅の荷物を入れるのが精一杯の程度だった。

 そのため、差し迫った危険が無い限りはその場で魔獣を解体し素材を集める必要があるのだ。

 イルムハートの収納魔法を使えばそのまま持ち帰ることも可能だったが、新人たちに経験を積ませる意味でもここは通例に従うこととした。

 スカル・ハウンドから取れる素材は皮と魔核だ。硬質化した皮は軽装の防具などにも使われる。

 尚、肉は筋張って味も今ひとつのため魔力抜きの手間を考えるとほとんど売り物にはならなかった。

「んー、こればっかりは中々慣れないな。」

 スカル・ハウンドの腹を裂きながらジェイクが顔をしかめる。

 皮を剥ぐのはさほどでもないのだが魔核は内臓に包まれて存在するため取り出すのはかなりキツかった。体力的にというより精神的にだ。

 魔獣の血を見る事にはすっかり慣れたジェイクでも腹を裂き内臓を引きずり出す作業には正直辟易してしまう。

「仕方ないでしょ、素材集めも大事な収入源のひとつなんだから。」

 そう言ってはいるがライラの表情もあまりパッとしない。

 だがそんな中、ひとりだけ平然と作業をこなす人間がいた。ケビンだ。

「そんなに大変ですか?

 僕としては結構楽しいですけどね。」

 うん、お前はそうだろうな。そんなケビンの台詞にジェイクとライラは心の中で呟きながら、やや強張った笑顔を返す。

 やがて素材集めもひと段落ついた。

 丘のふもとのほうにはまだ数匹の死骸が転がっているようだったが、血の匂いに魅かれてそろそろ他の魔獣が集めってきているようなので無理はしない。彼等に処分してもらうことにする。

 解体済の死骸もそのままだ。

 これが人里近くなら魔獣を呼び寄せないために死骸を焼くなり埋めるなりした後で血を洗い流す必要はあるのだが、そもそもここは魔獣の棲息域だ。放っておいても勝手に処分してくれるだろう。

「これで討伐作戦は終了だ。後はプルーバへ戻り住人たちに報告するだけだな。」

 手や服に着いた血を洗い流し終えた後、皆を見渡しながらベフが口を開いた。

「今晩はプルーバに泊まり、明日王都へ戻るため町を出る。皆、ゆっくり休んで疲れを取ってくれ。」

 と、そこまで言ってから少し悪戯っぽい表情を浮かべてジェイクを見る。

「尚、昼食は遅くなるがプルーバに戻ってからゆっくり取ろうと思う。悪いがそれまで我慢してくれよ。」

 ベフの言葉にジェイクは顔を赤らめ思わず頭を掻いた。それを見て皆が一斉に笑う。

 とりあえずは皆怪我も無く、これで無事に依頼は完了となったのである。


 プルーバから帰還したその翌日、イルムハートとベフは王都の冒険者ギルド本部でロッドに完了報告を行っていた。

 本来なら報告は窓口だけで済むのだが、今回は王国が一枚かんでいるせいもあってギルド長へ直々に報告することになったのだ。

 加えて緩衝域移動という重要な話もある。

 そのため当日は無理を言って朝いちにスケジュールを取ってもらっていた。

「まさか、緩衝域が移動してたとはな。」

 ベフの報告を聞いたロッドは眉をひそめる。

「まあ、動く事自体に不思議は無い。だからこそ定期的に調査を行ってるわけだしな。

 ただ、その場合でも10年か20年かけてほんの僅かに動く程度のはずなんだ。

 それがたった7、8年でこれ程動くとは……そんな話、正直今まで聞いたことが無い。」

「うちのミゲルが言うには大きな地震などで魔力分布が変わってしまう可能性もあるみたいなんですが、生憎プルーバ近辺ではそう言った事は起きていないようです。」

「当然、何かしらきっかけはあったんだろうが、それを調べるのは難しいだろうな。

 そもそも地面から魔力が湧き出してくるその仕組み自体、良く分かってないのが現状だ。

 結局は原因不明ってことで処理されることになるんだろう。」

 そう言ってロッドはソファに身体を沈めながら腕を組む。

「おそらく、あの一帯については広範囲で魔力分布の再調査が行われるはずだ。緩衝域が移動したのは何もプルーバ近辺だけとは限らないんだからな。

 もしかすると他の町や村にも影響が出てる可能性だってある。

 となると……こいつは早めに各支部へ通達を出しておく必要がありそうだ。」

 その後ロッドは秘書を呼び出すと、王都のある直轄地および隣接する各領にある支部と出張所への通達を指示した。

 次いで内務省へも使いを出させる。面会要請のためだ。

 当初、今回の件については書面で報告する予定だったが、事態が急を要するため直接報告すべきと判断したのだった。

「今回はご苦労だった。お陰でプルーバへの被害は未然に防げそうだしな。

 おそらく王国から追加で報酬が出るだろうから楽しみにしておけ。」

「追加の報酬ですか?」

 ベフが驚いた表情で聞き返すと、ロッドはニヤリと笑いながらそれに応えた。

「ああ、本来なら討伐軍を出さなきゃならないところをお前達だけで処理して来たんだ。当然、それについての報酬もあるだろう。

 王国にしたって軍を動かすよりずっと安上がりで済むんだから、それくらい喜んで出すだろうさ。」

 まあ確かに、軍を動かすにはそれなりの金が掛かる。

 今回、討伐軍を出したとすればおそらく100人程度の規模になったであろうから、それに掛かる費用と比べれば冒険者へ出す追加報酬など微々たるものだ。

「ありがとうございます。皆も喜びますよ。」

 そう礼を言った後、ベフとイルムハートは早々に部屋を辞した。いろいろとスケジュールに変更が入り、ロッドも忙しそうだったからだ。

「予定よりも多く素材は取れた上に追加報酬もあるとなれば、今回の実入りは結構な額になりそうだな。

 あの3人も喜ぶだろう。」

 ギルド長室からの帰り、並んで歩くイルムハートに向かいベフがそう笑い掛けた。

「そうですね、彼等にとっては初めてのまともな報酬ということになりますが、追加分が上乗せされるとなれば余計に嬉しいでしょう。

 もしかすると、これで自前の武器なり装備なりが買えるかもしれませんし。」

「そうか、アイツ等はまだ貸し出しの品を使ってるのか。」

「ええ、自前で持っている物もあるのですが、まだ全部は揃っていないんですよ。」

 武具を揃えるには当然金が必要だ。だが、新人の場合それだけの財力を持たない者がほとんどである。

 なので、その場合は不足している物をギルドから借り受けられるようになっているのだ。

 新人3人組もその例外ではない。ジェイクやライラは勿論のこと、貴族であるケビンですら一部は貸し出し品を使っていた。

 まあケビンの場合は、おそらく親には歓迎されていないであろう冒険者という職業を選択したことによる遠慮から、金銭的支援を断っているという事情があるらしいのだが。

「こう言っては何だが、貸し出される武具はあまり質が良いとは言えないからな。

 早く自前の物を持たせたほうがいいぞ。」

「はい、彼等もそのつもりのようです。」

 彼等はまだ子供なので酒や遊びに金を使う必要は無い。なので、今回の報酬は武具の購入資金に充てるつもりでいるようだ。

(クーデル商会から格安で売ってもらえるようエマにお願いしてみようかな。……勿論、商売の範囲内でだけど。)

 今度、皆を連れて品物を見に行こう。

 家路につきながらそんなことを考えるイルムハートだった。

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