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緩衝域の異変とまさかの学院卒業生

 イルムハート達一行がプルーバに到着したのは、王都を発った翌日のまだ陽も高い時間帯だった。

 経由地であるシャルノの町を夜明けとともに出発したおかげで、かなり早めに着くことが出来たのだ。

 プルーバは農業が主産業の町で人口は300人ほど。

 どちらかと言えば町というよりも村に近い規模ではあるが、街道沿いにあるため近隣農村からの農作物集積地として利用されており、そのせいもあって”町”としての位置付けがなされていた。

 一行は到着してすぐ、まずはガストン・ローテという男性の元を訪ねる。この町で冒険者ギルドの”窓口役”を任されている人間だ。

 ガストンは40代くらいの小柄な男で、一行の人数の多さに驚いている様子だった。そして、おそらくはその若さにも。

 まあ、それも無理ない事ではある。何しろ、半数はどう見ても10かそこらの子供にしか見えないのだから違和感を感じるのも仕方ないだろう。

 だが、正直にそれを口にするほどガストンは不躾な人間ではなかったようだ。

 あるいは、王都のギルド本部がわざわざ派遣して来たメンバーなのだから実力には問題ないはずだと、そう思い直したのかもしれない。

 一通りメンバーの紹介を終えた後、イルムハート達はガストンを加え早速現状確認を始めた。プルーバ近辺を記した簡単な地図を囲みながら、魔獣の目撃地点やその数などを確認する。

「直近での目撃は一昨日になります。町の西側にある畑のすぐ近くに現れました。」

 ガストンはそう言うと地図の上の場所を指で示した。

「随分と近くにまで現れるようになったんですね。」

 それを見てベフは顔をしかめる。そこは緩衝域からかなり人間の生活領域へと入り込んだ場所だったからだ。

「どのくらい数でしたか?」

「数はそれほどでもなかったようで、3匹ほどという話です。ですが、場所が場所なので……。」

「そうですね、斥侯役という可能性も考えられるし、油断は出来ません。あと、他の目撃情報は?」

 その後、ガストンからいくつかの目撃地点が示される。

「仮に目撃されたスカル・ハウンドがひとつの群れだとすれば……大体この方角にいると考えていいだろうな。

 この辺りには何が?」

 目撃地点から群れがいると思われるおおよその場所を推測したベフは、その辺りの地形をガストンに尋ねた。

「緩衝域の辺りは所々に木は生えてますが、ほぼ草原ですね。そして、その先は山へ続く岩場になってます。」

「草原はどのあたりまで?魔獣の棲息領域まで続いているのですか?」

 ガストンの答えに、今度はミゲルが質問を入れる。

「いえ、草原は緩衝域だけですよ。魔獣棲息領域に指定されている場所は岩場に入ってからかなり奥の方になります。」

「それは、ちょっと厄介ですね。」

 地図を眺めながらミゲルは唸るような声を出した。

「基本的にスカル・ハウンドは平地に棲む魔獣のはずです。走ることに特化した身体のせいで、ごつごつした岩場には適していないんですよね。

 少数ならともかく、大きな群れとなると……この草原にいる可能性が高いですよ。」

「緩衝域に大きな群れが?

 はぐれ魔獣の小さな群れ程度なら解るけど、そんな大群が緩衝域に棲むなんて聞いたことないわよ?」

 マヌエラが驚くのも尤もだった。魔獣という生き物は本来魔力の強い場所を好んで棲み付くはずなのだから。

 この世界、その仕組みまでは解明されていないものの、魔力は地中から湧き出しているということが確認されている。

 魔力の湧き出す場所と言えば地脈が真っ先に思い浮かぶが、実はそれ以外の場所でも多かれ少なかれ魔力は大地から放出されていた。

 その中の特に魔力量が多い場所に魔獣は棲み付く。それが魔獣棲息域だ。

 何故、魔獣が魔力の強い場所を好むかと言えば、それは魔力の補給が容易だからである。

 魔獣は普通の獣とは異なり魔法を使う。大半は身体強化くらいしか使えないのだが、それでも魔力は消費する。

 人間のように使用する魔力の量を意思によって制御することが出来ない彼等は常に魔力を消費し続け、そしてその分補給もしなければならない。

 まあ、そう簡単に空になるようなことはないが、それでも常時完全な状態にしておくことは生き延びる上で大切なことなのだ。

 なので魔獣は魔力の強い場所に棲み付くわけである。

「どっかの棲息域で縄張り争いに負けて追い出されて来たとかでしょうか?」

 ガストンの推測は一見もっともらしく思えたが、しかしベフは首を横に振った。

「いや、もし群れが我々の想像するくらいの規模ならば、そう簡単に縄張り争いで負けるとは思えない。

 考えられる可能性は2つ。

 ひとつは実際には大きな群れなど存在せず、いろいろな場所から来ているそれぞれ別の群れである可能性だ。

 まあ、そうであってくれれば対処も楽なのだが、ただその場合は何故この町の近くに出没するのかという疑問が残る。

 別々の群れがたまたま同じ町の近辺をうろつくということも無い事は無いだろうが……単なる偶然と考えるのは危険だろうな。」

 そう言った後にベフは全員の顔を見渡す。おそらく次にあげる可能性の方が現実味が高いと考えているのだろう。

 その表情には既に任務は始まっているのだと、全員にそう自覚させるだけの真剣さをたたえていた。

「そしてもうひとつはミゲルの言ったようにこの草原に群れがいる可能性だ。もしそうだとすれば町に近い分、事態は急を要することになる。

 それに、何故緩衝域に大きな群れが棲み付いているのか、その原因も調べなきゃならない。そうでないと根本的な解決にはならないからな。

 旅で疲れているところ悪いが、明日は早くから動き出すぞ。皆、今日はゆっくり休んでおけ。」


 翌朝、イルムハート達一行はガストンに案内されて町の西側にある緩衝域へと向かった。

 歩きだと半日以上掛かるため移動には馬を使う。

 馬車を引いていた馬も含め計5頭に7人が乗ることになるわけだ。

 町で借りても良かったのだが、普通の馬はギルドが貸し出しているそれとは異なり魔獣にはあまり慣れていない。

 もし途中で魔獣と遭遇した場合、パニックになり言うことを聞かなくなってしまう恐れがあるため自前の馬だけを使うことにしたのだ。

 但し、ガストンだけは緩衝域より先には行かない予定なので自分の馬を使う。

 その際、誰と誰が同乗するかということでまたしてもマヌエラが……という下りは、さすがにもうお腹いっぱいなので割愛させていただく。

 そんなわけで、身体の小さいイルムハートの組が2手に分かれ2頭の馬に乗ることになった。イルムハートとケビン、ライラとジェイクの組み合わせである。

「ちょっと、あんまりくっつかないでよね。それと、ヘンなトコ触ったら叩き落とすからね。」

「んなこと言ったって、鞍が狭いんだから仕方ないだろ。そもそも、誰がお前なんか好きこのんで触るかよ。」

 相変わらずひと言多いジェイクは危うく馬から振り落とされそうになり、慌てて前のライラにしがみつく。

「ちょっと、ひっつくなって言ったでしょ!」

「お前が俺を落とそうとしたからだろうが!」

「ホント、仲が良いですよね、あの2人。」

 そんなライラとジェイクのやり取りを眺めながら、ケビンが笑う。

「仲が良い……のか?あれで?」

 イルムハートからしてみればとてもそうは思えない。

「あんな風に気兼ねなく言い合えるということは、それだけ心を許し合ってるということですからね。

 それに、本当に仲が悪かったら同じ馬に乗る事を受け入れたりはしないでしょうし。」

 そう言われてみればそんな気もしないわけでもない。ただ……ケビンが言うと何故かその言葉の裏にある意味を疑ってしまうのも確かだった。

「辛辣な表現にも愛情は籠るものなんです。心を抉るような言葉で好意を伝えられるなんて素晴らしいことじゃないですか。

 まあその点から見ると、あの2人はまだまだ未熟ではありますけどね。」

 やはりそう来たか。イルムハートは思わず天を仰いだ後で、割と切実な声でケビンに向かい言ったのだった。

「ケビン……普通の人間は君ほど”上級者”じゃないんだ。その考え方で他人に接するのはやめておけ、絶対にだ。」


 町の西側に広がる畑を過ぎると暫くの間は草の生えていない荒れ地が続く。

 ただこれは土地が貧しいわけでなく、害獣が草叢に紛れて近付かないようわざわざそうしているのだそうだ。

 その証拠にやや離れたところからは膝まで達するほどの草原が一気に姿を現した。

 そんな中を進み正午までもう少しと言った頃、不意にイルムハートが馬を止め皆を呼び止める。

「すみません、皆さんちょっといいですか?」

 その声に先を行くベフ達が馬を止め、何事かという顔でイルムハートを見つめた。

 ただ、ミゲルだけはイルムハートの意図を理解しているようで、軽く頷いているようにも見えた。

「どうした、イルムハート?」

「はい、ちょっとガストンさんに確認したいことがありまして。」

 ベフの声にそう答えると、イルムハートはその隣に馬を並べるガストンに向かって問い掛けた。

「ガストンさん、緩衝域がどのあたりなのかもう一度確認させてください。

 確か村を出る時に昼頃には着くと言ってましたが……。」

「あ、はい。あそこに高い丘が見えますよね?

 大きな樹が1本生えている丘です。あの向こう辺りが緩衝域になってます」

 ガストンは遠くに見える丘を指さした。確かに、あと1時間以内には到着出来そうな場所だ。

「……。」

 だが、その言葉にイルムハートは表情を曇らせた。ミゲルに目を向けると、今度は明らかにそれと分かるよう強く頷き返してくる。

「何か気になる事でもあるのか?」

 怪訝そうな表情を浮かべながらベフが馬を寄せて来る。それに合わせて他の全員もイルムハートの回りへと集まった。

「実は、この辺りは既に緩衝域に入ってしまっているようなんです。」

「まさか、そんなはずはないです。緩衝域については王国が調査して決めたものなのですよ。」

 イルムハートの言葉にガストンはそう反論する。

 各地の魔力量調査は王国によって定期的に行われていた。それによって生活圏が安全性かどうかを確認するのだ。

 皆はそれを信じて生活しているのだから、にわかには信じられないのも無理は無い。

「いや、イルムハート君の言っていることは間違いじゃありません。

 この辺りから徐々に魔力が強くなり始めてますし……あの丘の辺りからは、もう魔獣棲息域と変わらない程の魔力が感じられます。」

「そんな、まさか……。」

 ミゲルにも同じことを言われ、ガストンは絶句する。

「王国の魔力調査はいつ頃行われたか覚えてますか?」

「確か7,8年前だったと思いますが。」

「という事は、その間に緩衝域の位置が動いたという事か……。」

 ガストンの答えにベフも思わず考え込む。

 王国の調査が間違っていたという可能性も無いわけではない。

 しかし、過去この辺りには滅多に魔獣は出没しなかったと言う話を聞く限りにおいては、その線引きが間違っていたとも思えなかった。

 と言う事は、やはり前回の調査以降に境界線が移動してしまったと考えるべきだろう。

「緩衝域が移動するなんて、そんなことがあるのか?」

 話を聞いていたジェイクが思わずそんな疑問を口した。

「まあ、長い時間をかければ地形ですら変わるんだから、魔力の分布だって必ずしも不変というわけではないさ。

 ただ、僅か7,8年で変わってしまうなんて話は聞いたことが無いけどね。」

 ミゲルはジェイクの疑問に対しそう答えた後、今度はガストンへと話し掛ける。

「この7,8年の間にこの辺りで大規模な地震などはありませんでしたか?」

「地震ですか?いえ、ありませんよ。元々この辺りは地震の少ない地方なので。

 それが何か?」

「いえ、地震というのは地面の下で何か大きな変化が発生した時に起こるとされているんです。地下の目に見えない所で大地が大きく動いてしまったりとかですね。

 なので今回緩衝域が移動してしまったのも、もしかするとそれが原因かなと思いまして。」

「すごいですね、ミゲルさん。何でそんなことまで知ってるんですか?」

 そんなミゲルをライラが目を輝かせながら見つめた。

 まあ無理も無いだろう。

 この世界において地震のメカニズムなど一般人は考えもしない。神とか大地の精霊とか、そう言ったオカルト的な何かが引き起こしているのだと考える者がほとんどなのだ。

「いや、まあ、それは……。」

 いきなりの称賛に照れてしまい口ごもるミゲルに代わって、ベフが意外なことを口にする。

「ミゲルはアルテナ学院の出身だからな。つまり、お前達の先輩ってわけさ。学があるのも当然だろう。」

「えっ!?そうなんですか?」

 これにはライラ達だけでなく、イルムハートも驚いた。

 前々からどこか他の冒険者とは違う知的な感じはしていたのだが、余計な詮索をしないのが冒険者のルールであるため詳しい事を聞くのは控えていたのだ。

 それが、まさかのアルテナ学院卒業生だったとは。

 その後、ミゲルが冒険者として登録したのは4年生の時で、その上本格的に活動を開始したのは卒業してからと言う話を聞きいろいろと腑に落ちた。

 ミゲルほどの実力がありながら未だEランクなのを不思議に思っていたのだが、学院卒業後に活動を開始したのであればキャリアはほぼ4年。それではEランクなのも仕方ないだろう。

 まあそれでもこの先は他を圧倒するスピードで昇格してゆくに違いない。それはイルムハートだけでなく、ベフやマヌエラも確信しているはずだった。


 ミゲルの意外な経歴の話でしばし話題は逸れてしまったが、かと言って現状の困難さを忘れたわけではない。

 この先、魔獣の棲息域へと足を踏み入れる可能性も考え、ベフはここでガストンを町へと帰すことにした。

「まだ確定ではないですが、緩衝域が移動してしまった可能性は高いと考えます。

 万一のことを考え、我々の調査が終わるまでは西の畑に立ち入らないよう町の人々に伝えてもらえますか。」

 ベフの言葉にガストンは神妙な顔で頷くと、来た時よりも心なしか速度を上げ町へと戻って行った。

「さて、中々厄介なことになったわけだが、先ずは何よりも現状を把握する必要があるな。

 魔力探知のほうはどうだ、ミゲル?」

 ガストンを見送った後、急遽作成会議が開かれベフが魔獣達の状態についてミゲルに尋ねた。

「あの丘の向こうにかなり多くの魔獣がいるのは確かです。ただ、ここからだと個々の詳しい状況までははっきりしませんね。」

「そうなんですか?魔力探知ってもっと詳しく判るものだと思ってたけど。」

 ミゲルの答えにジェイクは意外そうな声を上げる。

「それは、探知の仕方が違うからだよ。」

 そんなジェイクの疑問に対し答えたのはイルムハートだった。

「ミゲルさんが行っているのは受動探知と言って相手が発している魔力を拾い上げるだけの方法なんだよ。これだと相手の行動次第で取れる情報が制限されてしまうんだ。

 ジェイクが言っているのは能動探知、こちらから魔力を飛ばしてそれに引っかかるものを全て探知するやりかただね。」

「じゃあ、そっちをやればいいんじゃないか?」

「でも、それだとこちらの存在も相手に気付かれてしまうだろ?

 今はまだ隠れて行動した方がいいから、目立つ方法は取りたくないんだよ。」

「なるほどねぇ。」

 それで納得したように見えたものの、ジェイクはやはりジェイクだった。

「そういやお前、飛行魔法が使えたよな?それでひとっ飛びして偵察してくればいいんじゃないか?」

 さも名案を思い付いたかのような表情でそう口にしたが、速攻でライラからダメ出しを喰らう。

「バカじゃないの、アンタ?

 飛行魔法というのはね、攻撃魔法と同じくらいに魔力を放出するものなのよ。

 そんなんで相手に近付いて行ってごらんなさいよ。一発でバレるに決まってるでしょうが。」

 これにはジェイクも言い返すことが出来ず、「おう、そうか」と引き下がるしかなかった。

「まあ飛行魔法は論外としても、どの道偵察は必要だな。」

 ジェイク達の会話に苦笑しながらベフがそう言うと、マヌエラが手を挙げる。

「じゃあ、私が行くわね。斥侯は私の担当だし。」

 マヌエラの場合、魔法に関してはベフよりも長けていて隠蔽魔法も使うことが出来た。

 加えて身軽で、その上近接戦闘に強いため万一敵と遭遇しても自力で切り抜けることが可能なのだ。まさに斥侯役としてうってつけと言える。

 そのため本来ならマヌエラに任せるべきところではあったが、イルムハートは敢えてそれに口を挟んだ。

「すみません、今回は僕達にやらせてもらえませんか?

 僕とライラで偵察してこようと思うんです。」

 急な話に驚くライラ。だが、イルムハートが同行するとのことなのですぐに落ち着きを取り戻した。

「まあ、アナタが一緒なら大丈夫かもね。」

 その申し出にベフは少しの間考え込んでいたが、やがて楽しそうな笑みを浮かべて見せる。

「なるほどな、ライラに経験を積ませようというわけか。いいだろう、お前達に任せる。」

 こうしてイルムハートとライラは丘の向こうを偵察するため、一行から離れて行動を開始することになったのだった。

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