実力者の教えと新人の成長
10月も後半に入ろうとするある日、王都アルテナの東門からとある一行が北東にある町プルーバへと旅立った。
イルムハートとベフ率いる合同パーティーの面々である。
その陣容は人の騎乗する馬が3頭と2頭立て馬車が1台。馬車と言っても木製の座席と雨避けの幌が着いた程度で、まあ荷馬車よりはマシと言った代物だった。
何故、わざわざギルドから馬車を借りたかと言えば、それはイルムハートのパーティー・メンバーである新人3人のためだ。
彼等も決して馬に乗れないわけではないのだが、王都からプルーバまでは2日の行程。3人とも馬でそれだけの長旅をしたことがないため、安全を考慮して馬車を借りたのである。
とは言え、この先もずっと馬車で移動してばかりもいられないため、練習も兼ねて3頭の馬の内1頭を交代で騎乗することにしてあった。
残りの2頭にはそれぞれベフとマヌエラが跨っている。ミゲルとイルムハートは馬車組だ。
その際、マヌエラがミゲルに代わり馬車に乗り込むことを希望したのだが、それはベフによりあっさりと却下された。
あかげでイルムハートとしても快適な旅を送ることが出来るわけである。
「2日間もただ移動するだけなんて、ちょっと時間がもったいないんじゃないか?」
出発してしばらくすると、ジェイクがそんな事を言い出した。
「途中の町までの隊商護衛とかさ、そんな感じの依頼を受けながらの方が無駄なく稼げるんじゃないのかな?」
まあ、ジェイクの言う事も解からないではない。
低ランク冒険者が受ける依頼の報酬は決して高いものとは言えなかった。なので、移動に費やす時間に他の依頼をこなせば少しは収入も増やせるのではないか?と、そう考えたのだろう。
「まあ、気持ちは解るよ。でも、それはあまりお勧めしないな。」
ジェイクの言葉に対し、馬車を引く馬の手綱を取りながらミゲルがそう答えた。
「なんでですか?もしかして禁止されてるとか?」
「規則で禁止されているわけではないんだけど、ほとんどの冒険者は複数の依頼を同時に受けるような真似はしない。言ってみれば自主的なルールってヤツかな。」
「自主的なルール?」
「ああ、そうだね。
仮に今回隊商の護衛も受けながら旅をしたとするよ。で、もしその途中で何らかのトラブルが発生したらどうなる?
その対処に追われて次の依頼にも影響が出てしまうかもしれない。最悪、キャンセルってことにもなりかねないんだ。
目先の金のために信用を落としてしまうなんて、そんなことになったら大変だからね。」
「なるほど……。」
ジェイクは感心したように頷いた。
「力が足りないため依頼が完了出来なかったというのは、まあ良くは無いけれど仕方の無いことでもある。想定外の事というのは起こるものだからね。
でも、自分の勝手な都合で仕事に支障を来たしてしまうなんてのは一番やっちゃダメだ。その辺りはきっちり評価されるからね。」
「ランク上げにも響いてくるってわけか……。」
「個人の評価もそうだけど、ギルド全体の信用にも関わって来るんだよ。
ギルドにとって信用は何より大切なんだ。依頼者に対してだけでなく、世間に向けてもね。
国の機関でも何でもないのに冒険者ギルドが大きな戦力を持つことを許されているのも”信用”あればこそなんだ。
それを失ってしまっては冒険者としての活動自体が難しくなってしまうかもしれない。」
「なんか……結構、深刻な話なんですね。」
一気に蒼ざめるジェイクだったが、ミゲルはそれを気遣うかのように笑顔を浮かべて見せた。
「まあ、ひとりふたり悪さをしでかしたところで、そう簡単に信用を無くすことは無いと思うよ。
ただ、だからといって皆が気を緩めると、いずれはそうなってしまうかもしれないということは忘れない方がいいだろうね。」
そんな2人の会話を聞きながら、イルムハートは満足そうに頷いた。
こうやって経験豊かな冒険者と共に行動することでひとつずつ知識を増やし成長してゆく。今のジェイク達に取って、それは何よりも大切なことなのだ。
やはりこの話を受けたのは正解だった。
馬車の外に流れる景色を見ながら、イルムハートは改めてそう思うのだった。
その日の夕刻前、一行は旅の中継地であるシャルノの町へと到着した。
シャルノは取り立てて目立った産業は持たないものの、王都を出て最初の宿場町ということでそれなりに賑わいのある町だった。
一行は先ず冒険者ギルドの出張所に顔を出した。挨拶と情報収集のためである。
確認したところプルーバの町からは特に異常を報せる報告は上がっていないとのことなので、予定通りこの町で1泊することにした。
その後ギルドの紹介を受けて宿を取った際、例によってマヌエラがイルムハートとの同室を主張しはしたが、当然ベフによって即座に却下される。
結局、部屋割りはベフとミゲル、マヌエラとライラ、そしてイルムハート・ジェイク・ケビンとでそれぞれ1部屋ということになった。
皆はいったん各自の部屋へと戻り、夕食時に食堂で落ち合うことにする。それまでは自由時間だ。
この町には公衆浴場があるらしく、マヌエラとライラは連れ立って湯あみへと出かけたが、男連中は全員水場で体を拭くだけにして後は部屋でくつろぐ。
「まあ、何だかんだ言ったところでライラも女だってわけだな。」
ライラが湯あみに言ったと聞いてジェイクがそう言うと、ケビンが軽くたしなめた。
「そういうこと言うと、またライラさんが怒りますよ。ジェイク君はどうせ口喧嘩で勝てないんですから、あまり刺激しない方がいいと思いますけどね。」
彼女は女を理由として見下した言い方をされるのが嫌いなのだ。まあ、これは何もライラに限ったことではなく全ての女性が感じる事ではあるのだろうが、彼女の場合は特に激しく反応する。
それで何度もやり込められているはずなのだが、ジェイクは全く学習していないようである。
「バ、バカ言うなよ。負けてるんじゃないぞ、譲ってやってるだけだ。口喧嘩なんかで勝っても自慢にならないからな。」
「まあ、そういうことにしておきますね。」
「お前なあ……。」
どうもジェイクは口数が多い割に口論に弱い。ケビンにまで軽くあしらわれるその姿を見て、イルムハートはつい誰かさんを思い出してしまう。
(まあ、気兼ねせずものを言い合える仲なんだと、好意的に考えるべきなんだろうけどね。)
時々溜息をつきたくなるようなこともあるが、正直このメンバーとの居心地は悪く無かった。
その身分上、どうしても周りに気を使われてしまうイルムハートにとって、軽口を言い合える友とういのは実に貴重な存在なのである。
そんな風に暫くの間イルムハート達が部屋でくつろいでいると、やがてミゲルが皆を呼びに来た。
マヌエラ達が戻って来たので、そろそろ夕飯にしようとのことだった。
皆で宿に併設された食堂に向かうと、既に他の3人は席に着いていたのでイルムハート達も各自椅子に腰を下ろす。
全部で7人の大所帯なので、4人掛けのテーブルを2つくっつけて座ることになった。
「どうでしたか、この町の浴場は?」
「まあまあかしらね。」
席に着きながらイルムハートがそう問い掛けると、マヌエラはまだ少し上気した顔で答える。
「蒸し風呂と流し場しかなかったけど、割と広くてゆっくり出来たわ。」
「まあ、浴槽のある公衆浴場なんて王都にも僅かしかありませんからね。」
と返したのはミゲル。
自宅に風呂のあるイルムハートには、残念ながらその辺りの事情は分からないのだ。
この世界、魔法と言うものがあるため大量の湯を沸かすこともそれほど難しいことではない。
にもかかわらず湯を張った”風呂”というものはそれほど一般的なものではなかった。理由は”湯”ではなく”設備”のほうにある。
王都のように下水道が整備された街でも使用済となった大量の湯を排水するにはいろいろと制約が付きまとう。一般の家庭や商店に割り当てられている容量は決して大きくないからだ。
王都ですらそうなのだから、インフラの整備が万全ではない地方の町程度では湯で満たされた浴槽などというものを望むのは難しいだろう。蒸し風呂程度であっても浴場があるのはまだましな方だとも言えた。
「明日は夜明けとともに出発するから、みんな今日は早めに休んでおいてくれ。」
その後注文を終えると、料理が来るまでの時間を使ってベフは明日の予定について話し始めた。
「いろいろと情報を確認しておく必要があるので、プルーバには出来るだけ早めに到着したいんだ。」
プルーバは小さな町のためギルドの出張所は置かれていなかった。
一応冒険者を副業とする猟師が住んでいてその者が今回の案内人となるようなのだが、ギルドから貰えるようなきちんとした状況報告は期待出来ないだろう。
おそらく必要なことをいちいち口頭で確認してゆくことになるので、そのための時間的余裕を見ておきたいというのがベフの考えだった。
「スカル・ハウンド討伐にはその案内人も連れて行くのですか?」
「いや、調査の案内はしてもらうが討伐に参加させるつもりはない。」
イルムハートの問い掛けにベフは首を横に振った。
「いちおうEランクの冒険者なんだが……どうも”窓口役”として形だけで持たせているに過ぎないらしいんだ。
それに冒険者をしてると言ってもその活動は本業である猟師の片手間に弱い魔獣を狩って素材を集めている程度で、本格的な討伐経験は無いらしい。
それだと今回の依頼に付き合わせるのはちょっと危険だからな。」
冒険者ギルドも全国全てにその出先機関を置いているわけではない。
そこでその代わりとして、ギルド未設置の町の住人に”窓口役”と呼ばれる仕事を依頼することがあった。
魔獣による被害が発生した場合には窓口として依頼の相談を受け、近隣のギルドまで連絡するといった役割である。
そういった”窓口役”は往々にして冒険者としての経験に乏しく、肩書上冒険者ランクを持っていてもその実力ははっきり言ってあまり高くない。
そんな人間を討伐に加えるのは危険だし、正直足手纏いにもなりかねないのだ。
「要するに、ランクはEでも冒険者としては素人みたいなものってわけか。それじゃあ無理だよな。」
「何他人事みたいに言ってるの。経験ってことで言えば新人のアタシ達だってたいして変わらないんだからね。」
ベフの言葉にそう呟いたジェイクだったが、速攻でライラに突っ込みを入れられてしまった。
が、それを聞いたベフはライラの懸念を一蹴するかのように笑顔を浮かべる。
「確かに本格的な実戦は初めてかもしれないが、お前達はこの数か月イルムハートにみっちり鍛えられてきたんだろ?
だったら心配することはないさ。」
「そう……ですか?」
「ああ、大丈夫。」
確かにパーティーを組んで以降、イルムハートには休日だけでなく授業が終わった後にもいろいろと指導を受けてきた。
さすがEランクの肩書を持つだけあって、それは的確でためになるものではあった。
だが、その結果を見たわけでもないのに何故ここまで信用するのか、それがライラ達には分からなかったのである。
「……お前、随分と高く評価されてるみたいだな。」
ちょっと驚いたような顔でジェイクはイルムハートを見つめた。
「あら、知らないの?イルムハートくんはね……。」
ジェイクの反応にマヌエラが何かを言い掛けた時、それを遮るかのように料理が運ばれてくる。
マヌエラは何を言い掛けたのか?
それはとても気になるところではあったのだが、良い具合に湧いてきた空腹感には勝てなかった。
結局、ジェイクもライラも疑問はひとまず置いたまま食事に集中することとなったのだった。
「そう言えば、食事の前に何か言いかけてましたよね?
イルムハートがどうとか……。」
食事を終えてひと息ついたところで、ライラが思い出したようにマヌエラに問い掛けた。
「ああ、アレね。」
マヌエラはそう答えたあと少しの間何かを考えていたようだが、やがてゆっくりと口を開いた。
「皆はベフがもう直ぐCランクに昇格するって話は聞いてるわよね?」
その言葉にライラ達は黙って頷く。
「おい、まだ決まったわけじゃないんだぞ。試験を受けてみないことには分からないだろう。」
「何言ってるの、もう合格が確定なのは皆分かってるわよ。
って言うか、貴方が昇格出来ないのなら私なんかは当分上がれないってことになるじゃないの。
後がつかえてるんだからごちゃごちゃ言ってないでさっさとCランクになりなさいよ。」
いちおう反論してみせたベフだったが、マヌエラにそう返されて軽く肩をすくめる。
「……まあ今でこそこんな殊勝なこと言うようになったけど、昔はもっとプライドが高くて正直かなり鼻につくヤツだったのよね。」
これには何も言い返せず、ベフは黙ってお茶をすするしかなかった。
「でも、それに見合うだけの実力も十分に持ってたから周りには一目置かれていたわけ。
私も同年代の中では結構イケてるほうだという自信はあるんだけど、それでもさすがにベフには敵う気がしなかったわ。
そんな時、ベフがコテンパンにやられたって話を聞いたのよ。痛快だったわね。ざまぁ、と思ったわよ。」
マヌエラはそう言って笑った。それに対しベフはカップを口につけたままの姿勢で睨み付けるような視線を送ったのだが、彼女はどこ吹く風である。
「で、その話をよくよく聞いたら驚くじゃない。
何と、そのベフをコテンパンにした相手っていうのが10も歳が下の子供だったって言うのよ。」
マヌエラはわざと”コテンパン”という言葉を繰り返しベフに渋い顔をさせたが、ライラ達にしてみればそれは些末なことだった。話の内容自体が十分に彼女達を驚かせていたからだ。
「それって、もしかして……。」
「そう、イルムハートくんよ。つまり、彼にはそれほどの実力があるってことなの。」
その言葉に、驚きで満ちた3つの視線がイルムハートへと向けられる。
「そう言えばそんなこともありましたね。」
当のイルムハートとしては苦笑いを浮かべるしかない。
「強いとは思ってたけど……まさかそこまでとはね。」
「つまり何か?ベフさんより上ってことは、イルムハートの実力はもうCランク・レベルってことか?」
「という事は、おそらく魔法士としても高ランク・レベルなのでしょうね。イルムハート君は魔法も得意ですから。」
新人3人組は自分達のリーダーが予想以上の実力者であったことを初めて知った。
「まあ、年齢制限さえなければとっくに下位ランクなど卒業してただろう。それは間違いない。」
昔のことを思い出したのか、これもまた苦笑いを浮かべながらベフが口を開く。
いちおう冒険者は11歳になる年から登録は可能なのだが、成人となる16歳までは昇格可能なランクに制限が設けられていた。年少者の身の安全を考慮してのことである。
もしそれが無ければイルムハートはとうの昔に上のランクへ進んでいたはずだと、ベフはそう言っているのだ。
「何しろBランク冒険者率いるパーティーに入り、そこで仲間に引けを取らない働きをしてたんだからな。
今なら実力的にはCランクどころかBランクでも十分通用するだろうと俺は思っている。」
「さすがにそれは言い過ぎですよ、ベフさん。」
あまりハードルを上げられても困る、そうイルムハートはベフに抗議した。
「あくまで俺の意見さ。尤も、そう思ってるのは俺だけじゃないと思うぞ。」
イルムハートはそう言うが、おそらくはリック・プレストンやそのパーティー・メンバー、そしてギルド長も同じ考えのはずだ。ベフはそう確信していた。
「そんなイルムハートがお前達なら出来ると判断して連れて来たんだ。自信を持っていいんだぞ。」
ベフにそう檄を飛ばされた新人3人組は少しだけ戸惑った表情を浮かべながら、それでも強く頷いてみせたのだった。