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合同パーティーの結成と新人たちの初仕事 Ⅱ

「それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか。」

 テーブルの上で手を組みながらベフが口を開いた。

「今度俺達が受けることになる依頼だが、完了要件は魔獣の討伐ではなく調査なんだ。」

「調査……ですか。」

 何も討伐だけが冒険者の仕事というわけではない。魔獣の生息状況を調査するような依頼も決して少なくはなかった。

 だが、それだと合同で受ける意味が不明だ。調査ならむしろ少人数のほうがやりやすいはずなのだ。

「つまり調査が目的だけれど、状況次第によっては討伐も行うといったところですか?」

「そういうことだ。」

 ベフはイルムハートがさっそく理解したことに満足げな表情を浮かべた。

「王都から北東へ2日ほど移動したところにプルーバという町があるんだが、その近くで最近スカル・ハウンドの群れを良く見かけるようになったらしいんだ。」

 スカル・ハウンドは中型の犬の魔獣で、顔面の皮膚が魔力により硬質化しまるでドクロのように見えることからその名が付いた。

 一説には強靭な顎を持っており、獲物を頭から骨ごと食べてしまうためそう呼ばれるようになったとも言われているが、おそらくこれは後付けだろう。

「スカル・ハウンドの群れですか?

 その程度ならベフさんが出向く程でもないと思いますが、何か問題があるのですか?」

 イルムハートの言う通り、スカル・ハウンド自体の強さはそれ程でもない。ある程度の経験を積んだ冒険者なら十分対処可能な程度である。

 それをベフほどのベテラン冒険者が担当し、しかも最悪調査のみで討伐を回避しても構わないとなると何かよほどの理由があるのだろう。

「確かに、単にスカル・ハウンドの群れを相手にするだけならそれほど難しいことじゃない。

 ただ、今回はちょっと状況が不透明でな。敵の数が良く分からないんだ。」

「目撃情報からある程度予測できるのでは?」

「問題はその目撃情報なんだよ。」

 ベフは少しだけうんざりした顔をしながら頭を掻いた。

「プルーバ近辺では頻繁にスカル・ハウンドが目撃されているんだが、その数が3~4匹だったり十数匹だったりと全くバラバラなんだ。しかも、かなり広範囲で姿を現しているらしい。

 なので、これはもしかすると群れはひとつだけじゃないんじゃないか?そういう疑いが出てきたわけだ。

 ひょっとすると大元にはもっと大きな群れがあって、そいつらはそこに属しているとも考えられるしな。

 最悪、プルーバの近くに大規模な群生地コロニーが出来てしまっている可能だってある。」

「なるほど、それを調査するのが一番の目的というわけですね。」

「そうだ。まず連中の数を確認してもし俺達で対処可能な程度なら討伐するし、手に負えなさそうならとりあえず情報だけ持って帰る感じだ。

 もし群生地コロニーが出来ていれば、その時は王国軍が動くことになるだろうな。」

 群生地コロニーともなれば3桁に近い数か、あるいはぞれ以上の個体がいるはずだ。そうなると事は冒険者ギルドが受け持つ範疇を越え、王国が対応に乗り出すレベルの話になってしまう。

「という事は、王国とも話がついているということですか?」

「ほう、良く分かったな、さすがだ。」

 魔獣の大量発生は本来王国が対処すべき問題ではあるのだが、確証が無い状態で軍を動かすのは難しいだろう。

 そこで魔獣の生態に詳しい冒険者ギルドに調査を依頼し、その結果により判断するというのは良くある話なのだ。

 しかし、それはあくまでも幹部レベルで合意する話であって、末端の冒険者の知るところではないのも確かだった。と言うか、大抵の者はそんなことは気にも掛けない。

 なのにその辺りの事情をすぐさま見抜く辺りはさすが貴族の息子だと、そうベフは感心したのである。

「ホント、イルムハートくんはすごいわよね。」

 マヌエラがそう言って立ち上がりかけたが、ベフに睨まれて椅子に座り直す。

 ベフの配慮によってマヌエラはイルムハートの正面に位置し、そしてその両脇をベフとミゲルに塞がれてしまっているためそう簡単には手が出せない状態にあった。

 これにはイルムハートも内心でベフに感謝した。

 まあマヌエラにしても一見奔放過ぎる様に見えて話がひと段落付くまでは口出しを控えている辺り、その言動から想像するよりずっと良識を持った人間なのは確かだろう。

 しかし、だからと言って行き過ぎたスキンシップまで許容する理由とはならない。それは当然言うまでもないことなのである。


(スカル・ハウンドか……まあ、相手としては丁度良い感じかな。)

 イルムハートは頭の中で依頼内容を精査した。パーティーの実力に見合うかどうかをだ。

 勿論、それはイルムハートを基準としたものではない。あくまで他の新人メンバーのことを考えて判断するのだ。

(問題はその数だけどベフさん達のパーティーも一緒だし、何より手に負えなさそうなら調査だけで戻ってくればいいんだしね。)

「ひとつ確認なのですが、群れがいると思われる場所の近辺には他にどんな魔獣がいるのですか?」

 イルムハートはベフにそう問い掛けた。

 スカル・ハウンド自体はそれほど脅威となる存在ではないが、それ以外に厄介な魔獣がいるのであれば状況は変わってくる。

 普通ならそこは臨機応変に対応するところではあるが、今回は初めて依頼を受けるメンバーがいるのだ。事前に出来るだけ情報は手に入れておきたかった。

「悪いが今のところ何とも言えないんだ。

 目撃情報の多くは緩衝域付近だが、必ずしもその辺りに群れがあるとは限らないからな。」

 通常、魔獣が棲息する場所と人間の生活領域はそれぞれ重ならないよう区分けされていた。尤もそれは自然と分かれたのではなく、人間が魔獣の棲息域を避けて生活圏を築いた結果ではある。

 そして、それらの間にあるおおよそのラインが緩衝域と呼ばれているのだった。

「あの辺りにはいくつか魔獣の棲息領域があるから、もしかするとその中のどこかに隣接しているかもしれない。棲んでる魔獣もその場所次第だ。

 と言っても、魔獣同士が仲良く共存出来るとも思えないからな。

 スカル・ハウンドの群れとの間には必ず縄張り争いが起こり、どちらかが場所を明け渡すことになるだろう。

 なので、群れの近くに他の厄介な相手がいる可能性はあまり高くないと見ている。

 勿論、用心はするがな。」

 まあ、至極尤もな話ではある。状況が不明確だからこそ調査をしに行くのだ。

「それで、いつ出発しますか?」

「プルーバへは可能な限り早く向かいたいと思っている。

 学院の休暇は来週からだったか?

 出来れば休みに入ってすぐ出発したいのだがな。」

「それは問題ないと思います。」

 片道2日、依頼の遂行も含めればおそらく7日から10日ほどの日程になると思われる。

 学院の休暇日数も限定されているため、早く動き出す方がイルムハートにとっても好都合だ。

「では合同受注の件、正式に受けてくれると考えていいのかな?」

「はい、こちらからもお願いさせていただきます。」

 多少の不確定要素はあるものの、それは断る理由にならなかった。冒険者の仕事にリスクが付きまとうのは当たり前のことだからだ。

 100%安全な依頼などどこにもない。大事なのはそのリスクをどこまでマネージメント出来るかという事なのだ。

 その点、今回はベフというベテラン冒険者が付いていてくれる。闘いにおける実力でなら並べても、冒険者としての経験値という面ではイルムハートを遥かに凌ぐはずだ。

 だからこそ安心して申し出を受けることが出来た。

「そうか、それではよろし……。」

「やった!これで一緒に旅が出来るわね!ヨロシク、イルムハートくん!」

 ベフがイルムハートの返事に応えようとしたその時、不意にマヌエラがそれを遮るかたちで立ち上がりテーブルを廻ってイルムハートに近付く素振りを見せた。

「ミゲル。」

 そんなマヌエラの行動に眉をひそめながらベフが何かを合図すると、ミゲルは「はい」と頷く。

 そして次の瞬間、マヌエラの動きがピタリと止まった。拘束の魔法を掛けたのだ。

 これは呪詛のように精神へ干渉するものではなく、魔法障壁のように実体化した魔力によって物理的に相手の動きを抑え込む魔法だった。

 その手並みは実に見事で、さすがはベフのパーティーで魔法士を任されるだけのことはある。

「ちょっと、ミゲル!何するのよ!?」

「すみません、マヌエラさん。ベフさんの命令なので。」

 マヌエラの抗議にミゲルはすまなそうに答えた。

 あんな短い合図だけでベフの意図を理解したミゲルも大したものだが、しかしマヌエラも負けてはいない。

「そうは……いくもんですか!」

 そう叫ぶとマヌエラは闘気を一気に爆発させる。

 ベフにこそ及ばないものの、彼女もまた将来を有望視されているひとりなのだ。その実力は並ではない。

「うりゃー!」

 そんな掛け声と共に、マヌエラを縛り付けていた魔法が霧散する。そして、無事(?)マヌエラはイルムハートを抱きしめることに成功した。

「全く無茶苦茶しますね。それに……その掛け声、必要あります?」

 呆れた声でミゲルがそう呟く。

「すまんな、イルムハート。」

 続けてベフが申し訳なさそうな声でそう言った。

 当のイルムハートはと言えば、マヌエラに後ろから抱きしめられたままただ引き攣った笑いを浮かべるだけである。

 一見それは単純にマヌエラの行為への反応のようにも見えたが、実はそれだけでもなかった。

 いずれ双方のパーティーで顔合わせを行うことになる、その場合の事を考えていたのだ。

(マヌエラさんも強烈だけど、うちのメンバーも負けてないからなぁ……。

 どちらかと言えば、依頼の内容よりもそっちのほうが心配になってきた。)

 自由過ぎるマヌエラに加えヒーロー・マニアに筋肉フェチ。そして止めはドSの魔法士。そんな連中が一同に会することになるのだ。

 そこに強烈な個性が渦巻くカオスな状態を想像したイルムハートには、ただ力無く笑う他に出来ることが無かったのである。


 2日後、急遽両パーティーのメンバーを集めての顔合わせが行われた。

 当然のように、その場はイルムハートが想像した通りのカオスとなる。

「ベフさん!実は前々からお会いしたかったんです!」

 ひと通り紹介が済むと、まずはライラが目をキラキラさせながらベフに詰め寄った。

 ベフはギルド長のロッドに憧れ、彼を真似ようと努力してきたのだった。それは闘いのスタイルだけでなくその体躯も含めてだ。

 そのためロッドにこそ及ばないものの、それでも十分に鍛え上げられた筋骨隆々の身体を持っている。

 これをライラが見逃すわけがない。と言うか、どうやら以前から目を付けていたようだ。

「独身ですか?彼女はいますか?どんなタイプの女性が好みですか?あと、二の腕触ってもいいですか?」

 などと、ライラは突っ込んだ質問を矢継ぎ早に投げかけた。特に最後の方は趣味丸出しである。

 これにはさすがのベフも圧倒され、完全に防戦一方となってしまった。

「あらまあ、ベフってばモテモテじゃない。よかったわねー。」

 そんなベフをからかうようにマヌエラが笑う。

 間違いなく後で仕返しを受けそうな台詞ではあったが、まあそれは良い。ベフから小言を言われたとしてもそれはマヌエラの自業自得であり、他人が関知するところではないのだ。

 だた……当然のようにイルムハートの腕を組み寄せながら、というのは何とかしてほしかった。

「いいよなお前は。自分だけ腕なんか組んでもらちゃってさ。うらやましい。」

 おかげでジェイクの嫉妬が半端ない。

「あら、君はヒーローを目指すんじゃなかったの?

 だったら、それまでは女なんかに気を取られてちゃダメよ。」

 例によってジェイクは自己紹介の際に”ヒーロー宣言”を皆の前でぶちかましていたのだった。

「いずれヒーローになった暁には女なんか選り取りみどりなんだから、君もそれまでは頑張るのよ。」

 そんなマヌエラの言葉に気を取り直したジェイクは「よし、がんばるぞ!」と拳を振り上げる。

「マヌエラさん、あまりヘンなこと吹き込まないで下さいよ。」

「本人がやる気になったんだからいいじゃない。」

 イルムハートの抗議にマヌエラはそう言ってうふふと笑った。

「まあ、そうですけど……。(それでいいのか、ジェイク?)」

 言いようの無い疲労感にさいなまれながら視線を移すと、ケビンとミゲルの談笑する姿がイルムハートの目に入って来た。

 魔法士同士、魔法談義で盛り上がっているのだろう。そう思ったイルムハートだったが、よくよく見るとどこかおかしい。

 何となくミゲルの腰が引けているように見えるし、その顔は笑顔を浮かべてこそいるもののどこかぎこちなかった。

(あー、これはまた暴走してるな。)

 イルムハートの想像通りで、ケビンは使用する魔法の趣味嗜好をこれでもかと語っていた。そして、その内容にミゲルがドン引きしているといった状況だ。

 ケビンの場合、自分の感性が他人と異なっているなどとは微塵も思っていない。と言うか、同じだろうが違っていようがそんなことは全く気にも留めていない様子である。

 そのため、実にさわやかな笑顔を浮かべながらヤバイ内容の話をするものだから、ミゲルとしては恐怖しか感じない。

 そんなミゲルの心理状態がイルムハートには手に取るように解るし、心から申し訳なくも思った。……が、結局は彼を見捨てることになる。

 いくらイルムハートでもケビンの悪意なき暴走を止めることは不可能なのだ。魔獣のスタンピードを処理する方がまだマシのようにも思えた。

(……ごめんなさい、ミゲルさん。)

 そんな状態がしばらくの間続き、やっと依頼の内容について説明が始まったのはかなり後のことである。

 その時、イルムハートとベフが既に心底疲れ果てた状態になっていたことは言うまでも無く、ミゲルに至っては……もはや生ける屍にも等しい状態にまでなっていたのだった。

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