合同パーティーの結成と新人たちの初仕事 Ⅰ
10月になり季節は春へと移り変わった。
春らしく明るい色をたたえた花々が咲きほこる様になり、世界は色を取り戻す。
アルテナ高等学院には年末と学期末のそれぞれに長期休暇があり、加えてこの10月にもそれよりは短いものの半月ほど休みがあった。
イルムハートにとって、待ちに待った休みだ。
日頃は学院優先のため休息日にしか活動は出来ず依頼を受けるのが難しい状態だが、休暇中であればその日程的な問題も解消される。
数日をかけ、少し足を延ばした場所での依頼を受けることが出来るようになるのだ。
そんな学院の休暇を目前に控え、イルムハートは冒険者ギルドを訪れていた。掲示されている依頼を確認するためである。
イルムハートのパーティーは現在Eランク1名、Fランク3名の構成で、あまり難易度の高い依頼を受けることは出来なかった。
そんな限られた条件の中、パーティーの実力向上という目的に合った依頼を探すのは中々難しい。簡単すぎても困るし、かと言って身の丈に合わない依頼を受けるわけにもいかないからだ。
実のところイルムハートがいる以上、多少難易度が高くとも依頼を成功させること自体には何の心配もないだろう。
だが、それでは意味が無い。全てをイルムハートが片付けてしまうのではなく、他のメンバーにもきちんと受け持たせてこそ個々の成長があるのだ。
(彼等のフォローが優先だから、出来れば厄介な相手は避けたいな。でも、そう都合の良い依頼は中々無いか……。)
さすがにイルムハートひとりでは3人の面倒を見ながら魔獣の相手までするのは骨が折れる。
なのであまり手間のかかる魔獣の相手は避けたいが、かと言って弱すぎたのでは意味が無いのだ。その辺りの匙加減が難しい。
当然、依頼だってそう都合の良い内容のものなど中々見つかるものではなかった。
「やっぱり、丁度いい依頼が見つかるまで何日か通うしかないかな。」
そう呟きながらイルムハートが掲示板の前を離れようとしたとき、不意に呼びかける声が聞こえた。
「よう、イルムハート。」
声の主はギルド長のロッドだった。
「ギルド長……こんなところで何をしてるんですか?」
イルムハートは少し驚いたように問い掛ける。
何故ならここは末端の冒険者達がたむろするところであり、組織の長がうろつくような場所ではないからだ。
「ギルド長がギルド内を見て回ることに何か問題でもあるのか?」
「そんなことはありませんが……。」
確かに問題ではない。だが、こんなところで油を売っているほど王都のギルド長はヒマでもないはずなのだ。
「もしかしてサボリですか?」
「バ、バカなこと言ってんじゃねえ。こうしてギルドの状況を把握しておくのも立派な仕事の内なんだよ。」
ロッドは慌ててそう言ったが、その表情はかなり怪しい。
「まあ、そういうことにしておきます。」
「まったくお前は、俺をどういう目で見てんだか……。」
少しだけ忌々しそうな顔をしながらロッドはそう呟いた後、その話題を避けるように話を変えた。
「ところで連中はどんな感じだ?」
”連中”というのは新しくイルムハートとパーティーを組んだ3人のことだ。
「実力の方は問題なさそうです。ただ……3人ともかなり個性が強いので、上手くまとめるのは苦労しそうですね。」
「まあ、冒険者なんぞやろうなんて連中は大体そんなもんさ。小さくまとまった人間じゃ中々務まらんよ。
それに、連中がいくら面倒な性格してるとしてもデイビッドの野郎に比べりゃ可愛いもんだろうが?」
「それは……そうですね。」
そんなロッドの言葉にはイルムハートも苦笑しながら同意する。
デイビッド・ターナーはリック・プレストン・パーティーの一員で、イルムハートとも2年間一緒に活動していた男性冒険者だ。
彼は決して悪い人間ではないのだが、いかんせんその言動は自由過ぎた。
それはプライベートでも同じで、特に女性がらみでよく問題を起こしてはロッドに説教をくらうのがもはや王都ギルドお決まりの風景となっていたほどだった。
(デイビッドさん、今頃くしゃみしてるかもしれないな。)
共に活動していた頃を思い出しながら、イルムハートはそんなことを考えた。
『ぶえっくしょん!』
『何よ、汚いわね。風邪でもひいたの?』
『いや、くしゃみが出るのは誰かが噂してるからだってイルムに聞いたことがあるな。もしかしたら、どこぞのお姉ちゃんが俺の噂してんじゃねえか?』
『むしろアンタが手を出した女の彼氏が仕返しに呪いでも掛けようとしてるんじゃないの?』
『マジか!?』
同じくパーティーのメンバーだったシャルロット・モーズとのそんなやり取りが目に浮かび、それは懐かしさと共にイルムハートの笑みを誘ったのだった。
「そういやベフのヤツがお前と組みたがってたぞ。合同で依頼を受けてみたいんだとさ。」
ふと思い出したようにロッドがそう口にした。
「ベフさんがですか?」
ベフとは王都ギルドの先輩冒険者ベフ・コルファのことである。
イルムハートは王都へ来た当初、彼と腕試しの試合をさせれられた。それはロッドがイルムハートの実力を試そうとしてのことだったが、実はもうひとつ理由があったのだ。
当時ベフは20歳前にして既にCランク昇格を確実視されていた、いわば自他ともに認めるエリート冒険者だった。
ただ、その”自他ともに認める”という部分が彼のプライドを肥大させ、悪く言えば少々天狗になっていた。
そこでロッドはその高くなり過ぎた鼻を折り、世の中の広さを知らせるためイルムハートとの腕試しを画策したわけだ。
イルムハートとでは10歳もの歳の開きがあるベフは、当然その腕試しには不快感を抱いた。なんでこんな子供相手に、といった不満を持ったのだ。
最初はイルムハートを見下していたベフだったが、試合に敗れ相手の実力を知ることで己の未熟さを悟った。
まあ、その時点でロッドがどれだけイルムハートの実力を把握していたのかは分からないが、彼にしてみればどちらが勝とうとそれは大した問題ではなかったのかもしれない。
自分だけが特別ではないのだとベフに自覚させるのが目的だったわけで、結果としてロッドの思惑通りになったのである。
「実のところお前を自分のパーティーに引き入れようと考えたみたいなんだが、あいにくお前はお前でさっさとパーティー作っちまったからな。目論見が外れてがっかりしてたぞ。」
「作っちまったって……僕のせいにしないで下さいよ。そう仕向けたのはギルド長じゃないですか。」
「まあ、細かいことは気にすんな。」
イルムハートの抗議もロッドには軽くあしらわれてしまう。
「で、それならせめて一緒に依頼を受けてみようってことらしいな。
もうすぐ休暇で時間が取れるわけだし、お前もちょうどいい依頼を探してたんだろ?
ベフのパーティーが付いててくれればお前が全員分の子守を全て引き受ける必要も無くなるわけだし、こいつは悪い話じゃねえと思うぞ。」
確かに、経験豊富な冒険者のパーティーと合同で依頼を受ければ新人組のフォローもある程度してもらえるだろうから、その分イルムハートの負担は減ることになる。
おそらくロッドはその辺りも見越してこの話を持って来たに違いない。
「お気遣い、ありがとうございます。」
「礼を言われるほどのことじゃねえよ。
何せあのひよっこ共を無理やり預けたのは俺なんだから、それくらいはフォローするさ。
それに……リックとの約束もあるしな。」
「リックさんとの約束?」
「まあ約束ってほどのもんでもねえけど、アイツから後を任されたわけだしな。
お前のこともきっちり一人前に育て上げてやらねえとアイツに合わせる顔が無くなっちまう。」
そう言うと、ロッドにしては珍しくちょっと照れくさそうな表情をした。
どうやらパーティーを組ませたのには、イルムハートに経験を積ませる意図もあったようだ。そのための助力は惜しまないということなのだろう。
「ギルド長……。」
それを聞いてイルムハートのロッドに対する好感度が爆上がりしかけたその時、不意に大きな声がホールに響き渡った。
「ギルド長!こんなところにいらしたんですか!」
ふと見ると、カウンターの中に立つひとりの女性が目に入った。ロッドの秘書を務めている女性だ。その表情はどこか怒っているようにも見える。
「次のお客様がもうお待ちになってるんですから、こんなところで油売ってないで早く戻って下さい。まったく、目を離すとすぐサボるんだから。」
「……。」
女性秘書の言葉でイルムハートとロッドの間には、先ほどまでと打って変わった気まずい空気が流れる。
「……だそうですよ。」
「あー、まあなんだ、ちょっと時間を勘違いしてたのかもしれねえな、うん。
そんじゃ俺は”仕事”に戻るんで、後はベフと直接話をしてみれくれ。」
ロッドはイルムハートの視線から目を逸らしたままそう言うと、女性秘書の元へそそくさと戻って行った。
そして、何やら小言を言われながら奥へ姿を消したと同時にホールにいた全員からは笑いが漏れ始める。
だがそれは嘲りの笑いではなく、親しみのこもったそれだった。ロッドのこういった一面が皆に慕われる理由でもあるのだ。
尤も、ロッド本人としては極めて不本意ではあるかもしれないが……。
それから僅か数日後、イルムハートはベフとの打ち合わせの場を設けることになった。
現在絶賛売り出し中であるベフのパーティーはかなり忙しいはずなのだが、受付のイリアを通し合同受注の件を打診すると即座に返事が返って来て早々に顔を合わせる運びとなったのだ。
ギルドの会議室を借り、出席者はベフ側がパーティー・メンバー2人を加えた3人。
対するイルムハートの方は彼ひとりだけだった。ジェイク達他のメンバーは連れてきていない。
というのも、今日はまず話を聞くのが目的だからだ。
ベフが無茶な依頼を持ってくるとは思えなかったが、それでもそれがジェイク達にこなせる内容かどうかを事前に確認しておく必要はあるだろう。
受けても大丈夫だと判断したらその時あらためてメンバーを紹介する予定で、そのことはベフにも伝えてあった。
「やあ、イルムハート。しばらくぶりだな。」
そう言ってベフは笑顔で手を差し出す。
最初の出会いこそ決して良い形ではなかったものの、お互いの実力を認め合った今ではかなり良好な関係を保てているのだった。
「半年ぶりくらいですかね?」
イルムハートも笑顔でその手を握る。
ベフはこの半年ほどパーティーを引きつれて国内を巡っていたため、それ以来の顔合わせだった。
「どうでしたか、旅の方は?」
「まだまだ初めて見る魔獣も多く、中々良い経験になったよ。」
冒険者としての高みを目指す者達は各地のギルドで依頼をこなすための旅に出ることが多い。そこで経験を積むのだ。
それぞれの土地によって棲息する魔獣の種類も異なるし、環境によってその生態も変わってくる。
そんな風に多種多様な魔獣と闘うことで己の実力を磨く、いわば修行の旅をするのである。
「じゃあ次はいよいよCランクに昇格して、それから国外遠征ですね。」
「そうなって欲しいものだな。」
ベフはそう言って謙遜するが、Cランクへの昇格はほぼ間違いないだろうとイルムハートは考えていた。むしろ遅いくらいである。旅に出る前にCランクへ上がろうと思えば上がれたはずなのだ。
そう考えているのは何もイルムハートだけではない。リック・プレストンやギルド長からも同じ感想を聞いていた。
イルムハートとの手合わせを経てベフは実力だけでなく精神的にも成長し、確実に実績と評価を上げているのだった。
「今回の話を受けてくれて感謝するよ。お前とは一度一緒に仕事してみたかったんだ。
本当は俺のパーティーに入ってもらいたかったんだが、自分でパーティーを組んだのではそうもいかないだろうしな。」
「いえ、こちらこそ声を掛けて頂いて嬉しいです。
まあ、パーティーの件についてはいろいろとありまして……。」
「ああ、何となく察するよ。」
2人はロッドの顔を思い浮かべながら苦笑した。
「ちょっとぉ、2人だけで楽しんでないで、私も混ぜてよね。」
とそこへひとりの女性が割り込んでくる。ベフのパーティー・メンバーのひとりマヌエラ・スピナで、イルムハートも当然面識があった。
「久しぶりなんだから、もう少し話くらいさせろよ。」
「あら、私だって久しぶりなんだからお話がしたいのよ。ね、イルムハートくん。」
そう言いながらマヌエラはイルムハートに向けてウインクしてみせた。そう、彼女はイルムハートにご執心なのである。
彼女はベフと同期で10歳ほど歳の差があるため、まさかイルムハートを恋愛対象として見てはいないと思うのだが、そのアピールは結構激しい。
カールした金色の髪にややフリルが多めの服を着込む彼女は、その見た目に反して実は剣士系冒険者である。グイグイ攻め込んでくるのはその戦闘スタイルに起因しているのかもしれない。
「マヌエラさんもお元気そうで何よりです。」
「あーん、”マヌエラさん”じゃなくて”マヌエラ”って呼ぶように言ったじゃない。」
イルムハートの口にした呼び方に不満を漏らしながら、マヌエラはいきなり抱き着いて来た。ゆったりした服装のせいで外見からは分かりづらいが中々の代物をお持ちのようで、イルムハートの顔が半分その胸に埋まってしまう。
「ちょ、ちょっと、マヌエラさん!」
イルムハートは不覚にもドギマギしてしまう。
まあ、それも仕方あるまい。2人の姉にはよく抱き着かれているものの、大人の女性に抱きしめられるなど滅多にないことなのだから。
「やめろ、マヌエラ。イルムハートが困ってるだろうが。」
ベフがマヌエラを引き離してくれたおかげで、イルムハートは何とか窒息死を逃れることが出来た。
『マヌエラには気をつけるのよ、イルムハート君。』
不意にイリアから言われた言葉が頭に浮かぶ。
イリアもイルムハートのことを気に入っているためマヌエラをライバル視しており、それ故の警告だったようだ。
尤も、イルムハートとしてはどちらからも良い様にからかわれている程度にしか思っていないのだが……。
「大丈夫かい、イルムハート君?」
ぐったりするイルムハートに声を掛けてきたのは、もうひとりのパーティー・メンバーであるミゲル・フロレス。
パーティーの中では一番年下であるためか、いつも一歩下がって控えている感じの大人しそうな青年である。
「ありがとうございます、ミゲルさん。……正直、死ぬかと思いました。」
「あら、イルムハートくんさえ良ければいつでも天国に案内してあ・げ・るわよ。」
「お前は!子供相手に何言ってんだ!」
イルムハートの呟きに反応するマヌエラと、それを叱りつけるベフ。そして、それを見てちょっと引き気味にミゲルが笑う。
(あー、こっちはこっちで大変そうだな。)
こちらにも中々クセの強いメンバーが約1名いた。
まあ個性豊かなのは悪い事ではないのだろうが、それを率いる側からすれば頭痛の種でしかない。
(……パーティーを組むのというのも、結構タイヘンだよね。)
マヌエラに説教するベフの姿を見ながら、イルムハートは溜息混じりにそんなことを考えるのだった。