初めての学友と新しい仲間 Ⅱ
イルムハートはギルド長の部屋を出て1階に降りると、勝手知ったる風で会議室へと向かった。
途中、イリアとルイズが未だに何か言い争ってる声が聞こえてくる。
(まさか、まだ続いてるの?)
驚いて耳を澄ませてみると、どうやら話題はイルムハートについてではなくなっているようだった。
何やら酒の席がどうの参加した男がこうのといった台詞が聞こえる。要は合コンで出会った相手の取り合いでモメているのだ。
(やれやれ、仲が良いのか悪いのか……。)
いささか呆れながらもイルムハートは会議室へと辿り着き、ドアを軽くノックした。
中からの返事を受けてドアを開くと、10人ほどが座れるテーブルに3人の少年少女がぽつんと所在無げに座っている。
呼び出されたはいいが、この会議室に放置されたままのため戸惑っているようだった。
(まさか、パーティーを組む件すら知らされていないわけじゃないよね?
いくらギルド長が悪戯好きとは言え、用件も告げずに呼び出すなんてことは……あるか。)
考えてみれば自分もそうなのだ。
「えーと、始めまして。僕はイルムハート・アードレーです。」
イルムハートが名乗ると3人は驚いた顔を向けてくる。
フォルタナという貴族名は名乗らなかったが、それもで彼等にはイルムハートの正体が分かったのだろう。
「ところで、皆は今日呼び出された理由を聞いてますか?」
「はい、聞いてます。」
イルムハートがそう尋ねると少女が応えた。
「パーティーを組むのでその顔合わせと聞いてきたんですけど……まさか、イルムハート様も一緒なのですか?」
「一緒と言うか、僕がリーダーになるみたいだね。」
えーっ!と言う驚きの声が会議室に響き渡る。
「リーダーはEランクの冒険者って聞いてましたけど、まさかイルムハート様が?」
「ああ、うん。僕のランクはEなんだ。」
どうやらパーティーを組む件については知っていたようだが、イルムハートに関することは何も聞かされていないらしかった。
イルムハートが以前から冒険者として活動としていることは元より、既にEランクに昇格しているなど知りもしないようである。
おかげでいろいろ説明するのにかなり手間を取られることになってしまった。
(ギルド長……。)
まあ、ロッドとしてはこれもコミュニケーションの一環としてわざと知らせなかったのかもしれないが、イルムハートにしてみれば恨み言のひとつも言いたい気分だった。
「あと、僕を呼ぶときの”様”付けは禁止で。それと、敬語も不要だよ。」
イルムハートは最後に、一番大事なことを口にする。
「パーティーを組むからには貴族も平民も無い、皆同格なんだ。
依頼遂行中にいちいち敬語なんかで話していたら素早い意思疎通が出来ないだろ?
だから普通に話してくれて構わない。
まあ学院内ではさすがに難しいかもしれないけど、冒険者として一緒に活動する時はそれを守ってもらうよ。」
そんなイルムハートの言葉に3人は、少し戸惑いながらも「ハイ」と答え頷いた。
その後、今度は3人が自己紹介することになった。
「俺は、いや私は、じゃなくて俺はジェイク・ゴードンです……ジェイク・ゴードンだ。所属は騎士科……だ。」
何やら口調が滅茶苦茶になっているが、まあ無理も無い。
この世界には厳格な身分制度があり、上下関係が骨の髄までしみ込んでいるのだ。それは例え子供であろうと変わらない。
平民のジェイクからしてみれば上級貴族の子であるイルムハートなど、本来話しかける事すら叶わない相手なのだ。
それがいきなり”普通に話せ”と言われても、どうしていいのか分からないというのが本音だろう。
「最初は無理しなくていいよ。徐々に慣れて行ってもらえばいいから。」
イルムハートは内心で苦笑しながらジェイクにそう語りかけた。
「すみません、何せ貴族サマと話すのは初めてなので……。」
「別にそんなことは気にしなくていいよ。どうぞ、続けて。」
戸惑うジェイクにイルムハートが笑って見せると、彼も少し落ち着いた様子だった。
「俺の名前はジェイク・ゴードン。騎士科の1年です。」
「剣はいつから習い始めたの?」
「6歳からです。父親が軍人で、ガキの頃から鍛えられました。」
「君は軍人にはならないのかい?」
「兄貴がひとりいるんで、親父の跡を継ぐのはそっちに任せました。」
イルムハートは、ひと通りお決まりの質問をしていく。ある程度ジェイクの実力を知るためだ。
まあ話だけ聞いても正確なところが分かるわけではないが、相手の人となりくらい理解することは出来るだろう。
イルムハートから見て、どうやらジェイクは普通の少年といった感じだった。……少なくとも、次の質問をするまでは。
「何故、冒険者になりたいの?せっかく騎士科に入学出来たのに。
アルテナ学院を出れば騎士としての仕官先はいくらでもあると思うけど?」
「ヒーローになりたいからです。」
「英雄?それって、Sランク冒険者になりたいってこと?」
冒険者の最上位はAランクで、Sランクというのは実際には存在しない。
だが、多大な功績を上げたAランク冒険者にはギルド総本部から名誉称号を与えられることがあり、そういった者達を世間では総じて”Sランク冒険者”と呼んでいるのだった。
偉大な冒険者である彼等は正しく”英雄”なのである。
なので、イルムハートもジェイクの言う”ヒーロー”がSランク冒険者のことを意味しているのだと考えたのだが、どうもそうではないようだった。
「いや、違いますよ。ヒーローはヒーローです。
人々を助け、世界の平和を守る”ヒーロー”ですよ。」
ジェイクの台詞にイルムハートは一瞬言葉を失った。正直、唖然としたのだ。
「何言ってるの?アンタ、おかしいんじゃない?」
ジェイクの隣に座る少女が思わず口を開く。それにはイルムハートも同意見だったが、それを言葉にするほど迂闊でもなかった。
「……いや、志は立派だと思うよ。
でも、世界の平和を守るのなら騎士とか軍人でもいいんじゃないかな?」
「悪人たちから国を守るのも大事ですが、魔獣から人々を救うのも誰かがやらなきゃならないことですからね。
なので、俺は魔獣を倒します。そして世界の平和を守るんです。
そう、俺はヒーローになるんです!」
そう言うとジェイクは衝動を抑えきれずに拳を天に向けて突き上げた。
「……アンタ、結構ヤバイわね。」
少女がポツリと言う。
さすがに、今度ばかりはイルムハートもそれに頷いてしまう。
新しく組むパーティーは、そのひとり目から何やら波乱を巻き起こし始めたのだった。
「それじゃあ、次は君。」
ジェイクひとり相手にしただけでどっと疲れを感じたイルムハートだったが、それを隠しつつ次に少女を指名した。
部屋に入ってからというもの、ずっと気になっていた相手だ。
確かに愛らしい顔立ちをした少女ではあったが、別にそれが理由ではない。
イルムハートが気にしていたのはその褐色の肌の色。そう、彼女はドワーフの血を引いていると思われた。
尤も、バーハイム王国においてドワーフは少数派ではあるが、かと言ってそれほど珍しい存在でもない。
にもかかわらずイルムハートの気に止まったのには、ある理由があったのだった。
「アタシはライラ・ハーシェル。魔法士科に所属してるわ。」
「やっぱりそうか。君がマルセラさんの娘さんなんだね。」
マルセラ・ハーシェルは王都冒険者ギルドで施設管理主任をしているドワーフの女性だ。
当然イルムハートも面識はあり、以前彼と同い年の娘がアルテナ高等学院へ入学するという話も聞いていた。
「そうよ、マルセラ・ハーシェルはアタシの母親よ。」
こちらはジェイクと異なり、イルムハートに対してもかなり気軽な話し方をしてくる。これは彼女の育った環境によるものと思われた。
何しろ母親の職業もあって幼い頃から多くの冒険者を知り合いに育ったのだ。そんな彼等の自由な生き方が、彼女の性格にも多大な影響を与えているのだろう。
「以前、母さんからアタシと同い年で凄い子がいるって聞いたことがあるけど、あれはアナタのことだったのね。」
子供ながらに活躍する冒険者がいること自体は聞いていたらしいが、それがイルムハートであることまでは知らなかったようだ。
まあいくら実の娘とは言え、部外者に対して個人情報を明かすわけにはいかなかったのかもしれない。
「魔法はマルセラさんに教わったのかい?」
マルセラも元は魔法士系の冒険者だったらしい。それが結婚して子供ができた際に引退しギルド職員になったのだと聞いたことがあった。
「母さんから教わったのは魔力の感じ方だけね。魔法を教わったのは知り合いの冒険者からよ。
だから、冒険者として必要な魔法はだいたい使えるわ。……と言っても、まだ初級レベルだけど。」
初級レベルとは言え、ひと通りの魔法が使えるとは大したものである。
よほど教えた冒険者が優秀だったのか、あるいはライラが優れた資質の持ち主なのか。多分、その両方なのだろうとイルムハートは思った。
「それから格闘剣術も得意なの。」
格闘剣術とはその名の通り格闘術と短剣術を組み合わせたもののことで、近接格闘術に近いと言えるだろう。
短刀と体術を駆使して戦い、その上魔法で火や水を操るわけだ。まるで忍者のようである。
「どちらかと言うと魔法をぶっ放すより、コレで相手をぶっ飛ばすほうが好きなのよね。気持ちイイし。」
そう言いながら顔の前で拳を握って見せるライラをイルムハートは乾いた笑みで見つめた。
(なんか……この娘も十分ヤバイかも。)
「ぶっ飛ばすって、お前なあ……そんな言い方してると男が寄って来なくなるぞ?」
同じことを感じたらしく、ジェイクが思わず突っ込みを入れる。
が、少々言い方がマズい。
「何よ、そんな風に女を見下すような言い方する男の方こそモテないわよ。」
案の定、バッサリと切り返されジェイクは黙り込んでしまった。
「そもそも、その程度のことにこだわるような度量の小さい男になんか興味無いわ。何事にもドンと構えていてくれないとね。
やっぱり男は度量と筋肉よ。」
「度量と……筋肉?」
度胸と愛嬌という言葉は元の世界にあったが、度量と筋肉というのは初めて聞いた。というか、何故ここで筋肉が出てくるのか?
この世界特有の言い回しなのかと思いイルムハートが聞き返すと、ライラは真面目な顔で言い返して来る。
「そう、筋肉。男は一にも二にも先ず筋肉でしょう。コレ、常識よ。」
いや、そんな常識は聞いたことがない。
ふとジェイクに目をやると彼も呆れた顔をしていた。はやりこれはライラだけに通じる”常識”のようである。
「……ああ、そうなんだ。じゃあ、ライラはギルド長のような男性が好みなんだね。」
「確かにあの筋肉は魅力的だけど、さすがに歳が離れすぎてるからギルド長はないわね。
でも、若い冒険者にも同じくらい逞しい人がいるって聞いてるから、今度会ってみたいと思ってるのよ。」
喜々とした表情で話すライラをイルムハートとジェイクは唖然とした表情で見つめていた。
そしてその視線に気付いたライラは、何を勘違いしたのかイルムハートに向かってこう言い放つ。
「大丈夫、アナタも中々良い男よ。筋肉は無くてもそれなりにイケてるから自信を持って。」
「……それは、どうも。」
ライラの言葉に思わず表情が強張るのを自覚しながらも、イルムハートはそう言って笑うしかなかったのである。
そして最後の3人目。
ジェイク、ライラとかなりクセの強いキャラが続いたが、その男子生徒は少し違っていた。
その育ちの良さそうな雰囲気と静かな佇まいからして、あきらかに貴族の子弟である。
何しろ、前2人の話を聞きながらも表情ひとつ変えなかったのだ。これは出来るだけ感情を表に出さないようにする貴族特有の教育を受けているためだと思われた。
「僕はケビン・ケンドール・キースレイ。キースレイ子爵ケンドール家の第3子です。
学院では魔法士科に通っています。」
やはりそうだった。
それにしても凄いなとイルムハートは思う。
感情を出さないようにする教育はイルムハートも受けてはいるものの、それでもジェイクやライラ相手にポーカーフェイスは保てなかった。
まあイルムハートの場合、冒険者活動の中では表情によって意思疎通する場合もあったせいで、他の貴族より感情は表に出やすくなってはいた。
だが、それを差し引いたとしても全く表情を変えなかったケビンは驚くべき自制心を持つと言えるだろう。それほど前2人のキャラは強烈過ぎたのだ。
「キースレイ子爵家と言えば、確か内政系の家柄のはずだよね?」
「はい、そうです。良くご存じですね。」
ケビンは笑顔で答えながらも、その声には少しだけ驚いたような響きがあった。
正直、キースレイ子爵家は特段目立った家柄というわけではない。まあ、かろうじて中堅クラスに入るかどうかと言ったところだ。
にもかかわらず遥か上位である辺境伯家の、しかもまだ子供であるイルムハートが知っていたことにケビンは驚いたのだ。
普通、上位貴族の子は特に関りが無い限り下級貴族のことになど興味を持ったりはしない。中にはいちいち家名など覚えようとしない者もいるほどである。
「まあ、他家のことを知るのも貴族教育の内だしね。
尤も、800家以上ある貴族を全部覚えるのはさすがに難しいけど。」
おそらくそれは大人でも難しいことだろう。王国貴族800余、その家名を全て間違い無く言えるのは儀典局の人間くらいだと言われていた。
「で、そのキースレイ子爵家の君が何故魔法士に?」
「ひと言で言えば魔法が好きだから、ですかね。
幼い頃から政治や経済の勉強より魔法の方に興味を持っていたんです。
幸運なことに多少は魔法の才能もあったらしく、親もそれを見て魔法士になることを許してくれました。」
「魔法士団ではなく冒険者を選んだ理由は?」
「僕自身、宮仕えにはあまり向いていないと思ったからです。」
「ああ、その気持ちは分かるよ。僕も堅苦しいのは苦手だからね。」
イルムハートはそんなケビンの言葉に共感を覚えた。……が、それは少し早計だったようだ。
「いえ、堅苦しいのは別に良いのですが、ただ魔法士団では自由に魔法を使うことが出来ませんので。」
「魔法が自由に使えない?」
ケビンの言葉を聞いてイルムハートは首を傾げる。
確かに戦術上の理由で魔法の使用に制限が掛かることはあるだろう。魔法だって無闇に放てばいいというものではないのだから、それは当然のことだ。
だが、それは冒険者の場合でも同じである。それをケビンが理解していないとも思えなかった。
「ああ、使うタイミングの話ではなく、使える魔法の種類のことです。」
イルムハートが抱いた疑問に気が付いたのだろう。ケビンは自分の発言を補足する。
「例えば攻撃に使用する魔法なのですが、僕は5属性のような直接攻撃魔法よりも間接攻撃の方が得意なんです。
でも、魔法士団ではあまり使われない魔法らしくて……。」
「間接攻撃の魔法……。」
実際には”間接攻撃魔法”というカテゴリーは存在しない。
ただ、5属性の攻撃魔法以外にも相手に対し危害を与える魔法は存在し、その内の一部を”間接攻撃魔法”と呼ぶ場合もあった。
おそらくケビンが言っているのはそれのことなのだろう。だが、それは……。
「はい、僕は毒や呪詛と言った魔法が得意なんです。
一撃で倒してしまうより、じわじわと弱らせるやり方のほうが僕の性に合ってるみたいなんですよ。
相手が苦しみぬいて倒れていく姿は……見ていて実に心地良いですからね。」
ケビンは実に良い笑顔を浮かべながらそう言った。イルムハートはそんな彼の目にどこか危ない光を感じる。
(コイツが一番ヤバイんじゃないのか!?)
他の2人と違い唯一まともそうに見えたケビンだったが、実は一番危険なタイプだったようだ。
そう感じたのはイルムハートだけではない。ケビンの発言にはジェイクもライラもドン引きしていた。
イルムハートは内心、頭を抱える。
(ホント、大丈夫なのかな……このパーティー。)
こうしてイルムハートの新しいパーティーは、船出の前から既に嵐の真っただ中にいる状態でスタートしたのだった。