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学院生活の始まりとその課題

第3章開始します

 6月を迎え、王都アルテナはすっかり冬へと季節を変えていた。

 と言ってもここバーハイム王国は年中を通して温暖な気候に恵まれているため、厳しい寒さに苦しめられることはない。上着が無いと少々肌寒い、せいぜいがその程度であった。

 この6月と言う月はバーハイム王国にとって特別な意味を持つ月である。学校の新学期が始まるのだ。

 今でこそ6月の新学期は定着しているものの、実はつい200年ほど前に始まった制度に過ぎない。

 それまでにも”学校”というものはあったが、それは各々に特定の育成目的を持った言ってみれば専門学校のようなものでしかなく、それぞれが時期や期間を自由に決めていた。

 それが200年前、アルテナ高等学院が設立されたことに合わせ、6月を新学期とする様に変わっていったのだ。

 アルテナ高等学院。

 広く人材を育成するために当時の国王が、文官職登用学校・騎士養成校・魔法士養成校・各種の学術員育成校等を統合してひとつの学院としたのが始まりである。

 当初は貧しい者にも学びの機会をあたえるべく、試験的に特待生制度を導入していた。この時点で全生徒を無償としなかったのは、一部貴族の反発もあったからだと言われている。

 その頃には初等教育の無償化はおおよそ定着してはいたものの、それでもまだ平民の教育に国が金を出すことを良く思わない者達もいた。それが高等教育にまで及ぶとなれば、それなりに反発は強かったのだろう。

 まあ、彼等の本音としては平民出身の者達に自分達の職分が荒らされることを恐れたのかもしれない。

 だが、学院出身者がそれぞれの分野で活躍し始めたことでその反対の声も徐々に小さくなっていった。確たる実績を見せられては、それ以上抵抗するわけにもいかなくなったのだ。

 やがて特待生制度から全生徒が無償で教育を受けられることになり、学院の規模も拡大された。

 現在は1学年約200名で5年制。全校1000名ほどの生徒を抱える巨大教育機関となっている。

 学科は4つに分かれており、ひとつめは国政科。政治経済について学ぶ、アルテナ高等学院の基幹学科である。

 王国で役職を持つ貴族や地方領主の跡取りなどは、ほぼ漏れなくこの学科に入ることとなる。そのため、学院内で生徒内の貴族率が最も高い学科であった。

 二つめは騎士科。その名の通り騎士を育成する学科だ。騎士としての訓練のほかに戦術や戦史などを学ぶ。

 ちなみに軍の幼年学校はアルテナ高等学院には統合されず別にあるため、士官候補生としての教育がされるわけではない。あくまでも騎士と軍人は別ものなのである。

 三つめが魔法士科。これもその名の通りだが、魔法士育成と共に魔法技術の研究も行っている。

 最後が学術科。

 ここは他の学科とは少し異なっており、固定されたカリキュラムを持たない学科だった。

 こう言うと何かいい加減なところなのかと思うかもしれないが、決してそうではない。

 学術科は各種学問における研究者を養成する学科なのだ。

 それが何故固定カリキュラムを持たないかと言えば、入学して来る生徒の志望次第で変わってしまうからだった。

 この世界の文明はほぼ魔法によって成り立っていると言っても過言ではない。工業・建築、そして医療までもが魔法を軸として発展している。

 だが、だからと言って基礎研究が不要という訳でもない。

 例えば、魔法といった優れた”技術”があったとしても構造学を無視した建築では危険極まりなさすぎる。魔法によって壁や柱、土台などを強化できるとは言え、それでも構造が無茶苦茶ではその建物は長く持たないだろう。

 それはどの分野にも言えることだった。

 そのため学院にはそれら研究者を育成する学科が設けられたのだが……いかんせん人気が無い。はっきりいって卒業後の就職口が極めて少ないのだ。

 新しい理論などというものはそう頻繁に発見されるものではないし、今までに蓄積された知識だけでも十分にやっていける。

 となると、金を払ってまで研究職を雇おうとする者が少ないのも当然だろう。その金で技術者を雇った方がずっとメリットがあるのだから。

 現状、ひと通りの研究機関を持ち各種研究職を雇い入れているのは王国政府だけだった。各領主にいたってはふたつみっつ専門の部署を持っていればマシなほうである。

 そんな状況では就職口が心配になるのも当然で、個々の科目に対しての志望者は極端に少なくなる。学年内で希望者ゼロという科目もあるほどだ。

 それでは各科目ごとにクラスを設けることなど到底不可能であり、そんな生徒たちを”学術科”と言う名でひとまとめにしているに過ぎないのだ。それでは固定のカリキュラムなど組めるはずもない。

 要するに、アルテナ学院学術科は入学して来た生徒ひとりひとりの志望により各自のカリキュラムが決まるのである。

 そんな学術科の中のひとつ、魔道具研究専科。

 そこがこの6月から学院に入学するイルムハートの選んだ場所だった。


「これがアルテナ学院ですか……随分広いんですね。」

 馬車から降りたイルムハートはその敷地の広さに思わずそう呟いた。

 建物自体は2階建てなのでそれほど圧倒的な印象を与えるわけではないのだが、その分横に広かった。そして、こんなに必要なのか?と思うほど庭も広い。

 今まで外から眺めたことは何度もあったが、実際に足を踏み入れたのはこれが最初だった。貴族枠入学なので試験も受けていないため、訪れる機会が無かったのだ。

 学院は王都を内と外の2つに分ける大堀より外側、いわゆる一般街区にある。そんな人口密集地にこれだけの広さを確保していることも、またイルムハートを驚かせた理由でもあった。

「そうよ、ここが今日からあなたの通う学院よ。」

 イルムハートに続いて馬車を降りた上の姉であるマリアレーナが微笑みながら言う。

「今日からは一日中一緒ね。」

 と、その後から下の姉のアンナローサ。

 一緒と言ったところで学年も学科も違うんですけど、などと余計なことは言わない。どうせ「同じ学園内にいるんだから、一緒なの!」とか言われるのは分かっている。なのでイルムハートは曖昧な笑顔で胡麻化した。

 イルムハート達は馬車寄せから校舎へと続く道を3人並んで歩いてゆく。

 途中途中で出会った多くの者達がマリアレーナやアンナローサと挨拶を交わす。貴族ばかりではない、中には平民らしき生徒もいた。中々の人気ぶりだ。

 この学院では身分による垣根を越えて交流することが許されているのだった。

 決して階級制度が無くなるわけではないものの、平民が貴族に対して自分から話しかけても不敬とはみなされない。自由に意見を言える環境にあってこそ能力は伸びる、そういった考えによるものだった。

 とは言え貴族の中には平民を蔑む者も少なからずいるのだが、マリアレーナやアンナローサはそんな教育を受けてはいない。

 貴族とは人々の規範となるべき存在であり、国とその民を守る義務を持つ。そして、そのために特権を与えられているのだと、そう教えられて育った。だから相手が平民でも分け隔てなく扱う。

 そんな彼女達が多くの者から慕われるのも極めて当然のことだろう。

(さすが、姉さんたちだ。)

 イルムハートはそんな人気者の姉達を誇らしく感じた。

 屋敷ではむしろこちらが心配になるほど弟べったりで、イルムハートが絡むと周りが見えなくなることも良くある。

 実を言うと、自分が一緒にいることで学院でも暴走してしまうのではないかと危惧していたのだが、どうやらその心配はなさそうだ。

 と、そう思ったのだが……。

「マリアレーナ様、そちらの方がイルムハート様ですか?」

 ひとりの女子生徒がマリアレーナに話しかけてきた。

「そうよ、この子がイルムハート。私の自慢の弟です。」

「お話でお聞きしていた通りですわね。なんてお美しいお顔立ちをしていらっしゃるのかしら。」

(はあ?)

 戸惑うイルムハートをよそに妙にキラキラした目で女子生徒がそう言うと、その言葉に釣られたかのようにどっと人が集まって来る。

「本当ですわ、何て愛らしい。」

「剣のほうも騎士のようにお強いのですよね。」

「魔法のほうもかなりの腕前と聞いていますわよ。」

「私もこのように素敵な弟が欲しいですわ。」

 イルムハートはあっという間に取り囲まれ、数多くの熱い視線を浴びることになってしまった。

(これは……まさか。)

 嫌な予感に襲われるイルムハートに対し、アンナローサが実に良い笑顔を向けて言い放った。

「イルムくんがどれほど素敵か、みんなにじっくり話してあげたのよ。」

 やはり……だった。

 どうやら危惧した通り、イルムハートのいないところで姉達の彼に対する愛が暴走していたようだ。

 一体何を話したのかは知らないが、周りの反応を見る限りでは間違いなくロクな話ではあるまい。少なくともイルムハートにとっては。

 辺境伯の子である以上、周囲の目を引くことになるのはある程度覚悟していた。

 だが……まさかこんな形で初日から注目を集めることになるとは!

(何してくれてるんですか、姉さんたち……。)

 最早お決まりとなった現実逃避モードでなんとかその場をやり過ごしながら、イルムハートは心の中で深くため息をつく。

 そんな好奇の目を向ける女子生徒の群れからイルムハートを救ったのは予鈴の鐘の音だった。

 その音で我に返った彼女達はイルムハートに別れの声を掛けた後、校舎へと急ぐ。

「私達も急ぎましょう。」

 マリアレーナにそう言われ、イルムハート達も歩き出した。だが、そこに慌てた様子は無い。

 予鈴と言ってもこの後すぐに授業が始まるわけでもないからだ。校内が広い分、まだ余裕を持って移動できるだけの時間は確保されているのだった。

 校舎の正面玄関まで辿り着いたところで姉達とはお別れである。彼女達の国政科とイルムハートの学術科は別々の棟になるためだ。

「じゃあね、イルムくん。寂しいだろうけど我慢してね。」

 そう言いながらアンナローサが手を握って来る。勿論、イルムハートに出来るのは例の曖昧な笑顔を返すことだけだった。

「疲れた……。」

 やっとひとりになったイルムハートは、大きくひとつ溜息をついた。

 まだ授業も始まっていないと言うのに、既に一日分の体力を使い果たしてしまったような気分だった。

 まあ今日は初日ということで、いろいろともの珍しがられたのだろうと自分自身に言い聞かせた。明日からは平和な日常が過ごせるに違いない、と……。


 イルムハート・アードレー・フォルタナ。フォルタナ辺境伯家の第3子。

 両親に愛され、姉達に溺愛される彼には秘密があった。実は異世界からの転生者なのだ。

 とある事情から死後、神の手によってこの世界で新しい命を得ることとなった。

 その際、元の世界の知識をそのまま引き継ぐことになったわけだが、但し自分自身についての記憶は失っていた。

 新しい世界に適合するためにはその方が良い、と言うのが神の判断だったからだ。

 そのことについてはイルムハートも納得はしていた。

 新しい人生だ。そこで”普通に”暮らすためには、過去の自分を忘れた方がいいのかもしれない。そう考えたのだ。

 だが……やがて、それは少し考えが甘かったと気付く。

 過去の記憶についてではない。”普通に”暮らすという点でだ。

 まあ、神に会い転生までさせてもらったのだ。それだけで”普通”ではないことくらい自覚はある。

 しかし、大きくなるにつれ自分の能力が”少しだけ”他人とは異なっていることが解ってきた。

 あまりにも能力の成長速度が速すぎるのだ。僅か10歳にして既に並みの大人、いや並ではない大人をすら上回ってしまう程に。

 転生の際、神は”恩寵ギフト”により神の力の一部を授けようとイルムハートに申し出たのだが、しかし彼はそれを断った。

 例えその一部であろうと、神の力など手に入れてしまえば人並みの人生など送れなくなってしまうからだ。

 だから断った。そう、そのはずだった。

 にもかかわらず、彼は異常ともいえるほどの”力”を持っていた。それだけではない。本来なら人が知るはずの無い古の知識までもが彼には理解出来たのだ。

 それらのことはイルムハートを大いに困惑させた。

 だが、どう考えたところで答えは出なかった。それに答えられるのはおそらく神だけなのだろうが、まさかもう一度神界へ戻り問い正してくるわけにもいかない。

(まあ、考えても仕方ない。なるようにしかならないよね。)

 結局、彼に出来ることは良くも悪くも開き直ることだけだったのである。


 案内係の指示に従ってイルムハートは学術科1年の教室に入った。既にイルムハート以外の生徒は全員揃っているようだ。

 学術科の定員はおよそ30~40名。他の科より少ない上、その年の志望状況よって人数もかなり変動した。それだけでも学術科が不人気学科であることが分かる。

 ちなみに、今年の新入生は34名とのこと。

 教室は階段状に座席の並ぶ大学の講義室にも似た感じの造りになっているが、常にここで授業を受けるというわけでもない。

 ここで受けるのは所謂一般教科というやつで、専門教科は別室で授業を受けることになる。10名も入れば満員になりそうな小教室で。

 尤も大抵の場合、それですら広すぎるのだ。何しろ生徒がひとりしかいない専科もあるのだから。

 授業開始の鐘が鳴ると、10名を越える数の教師が教室に入って来た。

 生徒が全員着席するのを見計らって学科長が入学の祝辞を述べ始める。

 この学院に式典としての入学式といったものは無かった。こうして科毎に顔見せを行うだけだ。

 以前は保護者を伴っての式典もあったのだが、数年で取り止めになった。

 この学院は貴族と平民の共学だ。式典には当然貴族も参加することになる。となれば、いくら子供の晴れ舞台とは言えそこに加わろうと考える平民などいるわけがない。

 結局、式典は貴族だけが互いに見栄を張り合うための場と化してしまい、やがて呆れた学長によって廃止されてしまったのだった。

 学科長の祝辞が終わると、続いて教師の紹介が始まる。

 10数名いる教師は全て専科の担当教師だった。一般教科はまた別にいるらしい。

 生徒の数に比べ多すぎるように見える教師の数ではあるが、これもまた学術科の置かれている特殊な境遇といったところだろうか。

 その後、今度は生徒の自己紹介を行うことになった。

 順番が回って来てイルムハートが名乗ると、にわかに教室内がざわつき始める。

 まあ、それはそうだろう。イルムハートは辺境伯の息子なのだ。

 これが国政科あたりでれば上級貴族もそれほど珍しい存在ではないのだが、何しろここは学術科である。上級どころか下級貴族ともほとんど縁の無い科だった。

 今年はイルムハートの他にももうひとり貴族の子がいたが、男爵家の第5子。もはや貴族社会で生きることを半ばあきらめざるを得ない境遇で、学院には自力で入学してきたらしい。

 そんな学術科に国の最上級貴族の子供が入って来て自分達と同じクラスにいる。当惑しない方がおかしいだろう。

 イルムハートとしては特別視されたくはないものの、しかしそれは無理だろうということも解かっていた。

 同じ貴族でも上級と下級の間には越えることの出来ない身分の差がある。ましてや平民からすればイルムハートは正に雲の上の存在なのだ。

 とは言え、そんな環境で5年間を過ごす気もなかった。そんな腫れ物に触るような扱いをされるのはまっぴらである。

(まともに付き合ってもらえるよう、時間を掛けて何とかしていかないとな。)

 学院生活を始めるにあたり、まずはそれがイルムハートとって当面の課題となりそうだった。

お待たせ……したのかどうかは分かりませんが、やっと更新再開です。

本当は6月に入ったと同時に始める予定だったのですが、習作というか気分転換というかそんな感じで書いた別の作品が思いのほか長引き遅れてしまいました。

これからはこちらに専念するつもりですので、またお付き合い頂ければ嬉しいです。

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