友の旅立ちと新たなる明日
第2章最終話です
5月も終り近く、いよいよリック達がアンスガルドへと旅立つことになった。
本来ならもっと早めに出発する予定のはずだったが、例の南西地脈帯での一件で足止めを喰らっていたためこの時期になってしまったのである。
冒険者ギルドとしては事件について出来るだけ多くの情報を聞き出したい。そのため、リック達を引き留めざるを得なかったのだ。
まあ、元々リック達としても急ぐ旅というわけでもない。むしろ、逆に尋ねたいことが山のようにあった。
つまり出発の遅れは両者の思惑が一致した結果なのである。
だが、それも一段落ついた。
リック達は思い残すことなく……いや、少なからず後ろ髪を引かれながらも旅立ちを決めたのだった。
リック達の送別会がギルド長の”屋敷”で行われることになった。
その建物は大堀の内側、いわゆる富裕層街にあり、中堅どころの貴族にも負けない規模を誇っていた。
最初、それを聞いたイルムハートは少々違和感を感じたが、考えてみれば相手は王都のギルド長でAランク冒険者でもあるのだ。
Aランクの時点で既に富裕層街に居を構えるだけの財力は持っている。
その上バーハイム王国の全ギルドを統括する、いわば冒険者ギルドという国際的組織の代表でもあり、その地位は各国の大使にも等しい。
当然ギルドでの職務だけでなく、屋敷において要人との会合や夜会なども行われるだろう。
それには地位に相応しい屋敷が必要となるのだ。
ただ、現王都ギルド長を親しく知る者にとっては、その普段のイメージとそれを一致させるのは難しかった。
彼等の知るロッド・ボーンはその風体や言動からして、どうしても荒くれ冒険者の親玉といった印象が強いのだ。
まあ、ある程度演出している部分もあるだろうし、要人と会う際にはそれに相応しい対応を取るはずである。
だが、頭ではそうと解かっていても違和感を消すのは難しい。
そう、確かに難しいのだが……しかし、それを正直に口に出すような命知らずはいなかった。
「こんな屋敷にギルド長が住んでたら、犯罪組織のボスかと思われそうだよな。」
いや、ひとりだけいた。デイビッドだ。
「デイビッドさん、さすがにそれは……。」
イルムハートが慌ててたしなめようとしたものの、デイビッドの悪態は止まらない。
「ホントのことじゃねえか。お前だってそう思うだろ?
なんせあの見た目だもんな。どう見てもカタギには見えねえよ。
あの姿でこの金持ち街をうろついてたら、間違いなく通報されちまうぞ。押し込み強盗です!ってな。」
そう言うとデイビッドは自分で自分の台詞に爆笑する。
だが、それを聞くイルムハートの表情はひどく強張っていた。そして小さい声で囁く。
「デイビッドさん……うしろ。」
その言葉で背後の殺気に気付いたデイビッドは、恐る恐る後ろを振り返る。
すると、そこには実に良い笑顔を浮かべたロッドが立っていた。
「いやー、ターナー君。楽しそうで何よりだ。」
いつもとは違う言葉使いでにこやかに笑っている。だが、それが怖い。
「もう君と語り合うことが出来なくなるかと思うと、正直寂しい気持ちでいっぱいになるよ。」
「ええと……俺も同じです。」
その圧倒的な迫力に押され、デイビッドは自ら墓穴を掘る。
「そうかね。」
その応えにロッドはニヤリと笑う。それは捕食者が獲物を捕らえた時の表情にも見えた。
「それじゃ最後にたっぷりと話をしようじゃねえか。
何でも王都を離れるにあたり、これ幸いと好き勝手し放題だったらしいな?
アンスガルドへ行きゃそれで逃げ切れると思ったんだろうが、世の中そう甘くはねえんだ。
言いたいことが山ほどあるから、ちょっとこっちへ来い。」
そう言うとロッドはデイビッドの首根っこを掴んで別室へと引きずっていく。
この世の終わりのような顔をしたデイビッドは目で助けを求めたが、イルムハートに出来ることは無かった。
彼の冥福を祈るのが精一杯である。
主賓のひとりがホストと共にいなくなってしまうわけだが、誰も気にはしない。
今ここに集まっている人々にとってそれは見慣れたいつもの光景なのである。
「まったく最後の最後までこれとは、デイビッドも仕方の無いヤツだな。」
そんな2人を見送りながらリックが呆れた声を出す。
「いまさら急にしおらしくなっても、それこそ皆驚くだけですからね。」
イルムハートはそう答えると、リックに向けてニヤリと笑って見せた。
「でも、今後はリックさんがギルド長の代わりにデイビッドさんの手綱を締めなければいけなくなるんですよ。」
その言葉にはリックも苦笑いするしかなかった。
「さすがに私ではアイツを抑えるのは無理かもしれないな。」
デイビッドが起こすトラブルは女性問題が大半だ。無節操を肯定するつもりはないものの、それはあくまで個人の問題でしかない。
そこに口を挟むほどリックは堅苦しい人間ではなかったのである。
いずれギルド長になればギルド全体の評判にも係るのでそれなりに厳しく対処せざるを得なくなるだろうが、今はまだそこまで縛り付ける気にはならないのだった。
「まあ、その辺りはシャルロットに任せるとするさ。」
そう言ってリックは軽く肩をすくめた。
「その話は置くとして、今日はわざわざすまなかったね。ラテスに帰っていたのだろう?」
南西地脈帯における例の一件後、イルムハートは姉達より一足早くラテスへと帰郷していたのだった。
両親や事件を知る親しい者達に無事な姿を見せるためである。
「学院への入学準備もあるので、どの道そろそろ王都へ戻って来る予定でしたから。
それに、リックさん達の送別会なら出席しないわけにはいきませんよ。」
「そうか、ありがとう。ご両親にもご配慮に感謝していたと伝えて頂けるかな。」
本来ならば後見人の役を終えるにあたり両親にも挨拶すべきところなのだろうが、何分相手は辺境伯だ。王国最高位貴族のひとりである。冒険者風情が簡単に会えるものではない。
なので、それも含めて息子であるイルムハートに伝言として依頼するしかないのだった。
「分かりました。必ず伝えます。
尚、両親からもリックさんに感謝の言葉を伝えるよう言いつかっています。」
「身に余るお言葉だな。」
リックはそう言うと静かに目を閉じる。
辺境伯やアイバーンを失望させず済んだことに改めて安堵したのだ。
事件の後、突然アイバーンが訪れて来た時にはさすがに驚いた。だが、事の重大さを考えれば当然だろうとも思う。
何しろイルムハートは危うく命を落としかけたのだから。
そのことについてリックが謝罪しようとすると、アイバーンはそれを手で遮った。
そして『君の働きには感謝している』と、そう言って頭まで下げたのだ。
それにはリックも慌てた。と同時に、涙が出そうなほど嬉しかった。
憧れ、そして敬愛する相手を満足させるだけの働きが出来たことを誇らしく思った。
そしてその晩、2人はおよそ十年ぶりにゆっくりと酒を酌み交わしたのだった。
「ところで、学院入学後はどうするつもりなんだね?」
と、リックがイルムハートに問い掛けた。勿論、冒険者活動についてである。
「そうですね、授業があるので遠出は出来ませんし、かと言って日帰りで済むような依頼ではたいしたものはないでしょうから、当面は活動を休むことになりそうです。」
王都近辺は軍により定期的な魔獣の討伐が行われており、そのせいで近場では強い魔獣など狩り尽されている状態だと言っても良い。
なので討伐依頼などは滅多に無く、素材集めのために弱い魔獣を狩る程度の仕事しかないのだ。
「まあ、それも仕方ないか。単なる素材集めなど、君には物足りないだろうからね。」
「学院が休みになるまでは大人しくしてるつもりです。」
長期の休みになれば泊りがけで遠出も出来る。それまで冒険者活動はおあずけ、という事になるのだろう。
「その際は他の冒険者と組むこともあるだろうが、相手は良く選ぶように。人選はギルド長にも相談したほうがいいだろう。」
そんなリックの言葉を聞いたイルムハートはにっこりと微笑んだ。
「はい。変な人に騙されたりしないよう注意して行動しますので安心してください。」
「……気付いていたのか。」
「なんとなく、ですが。」
リックは単なる冒険者活動の後見人として依頼を受けたわけではない。
魔獣からイルムハートの身を護るだけでなく、彼を利用しようと企む連中にも目を光らせる。アイバーンはそれをリックに求めたのだ。
身分も実力も兼ね備えたイルムハートはいろいろと注目の的だった。
当然、そんな彼を取り込もうとする者達もいる。良からぬ思いを抱いて。
リックは時に遠回しに、時に直截にそんな連中を排除してきたのだ。
イルムハートの知らないところで動いているつもりだったがどうやら、と言うかやはり気付いていたようである。
「僕の周りには良い人ばかりしかいませんでしたが、実際の世の中ってそんなことはないですよね。もっといろいろな人がいるはずです。僕にとって不都合な人も。
なのに皆優しい人ばかりなのは単なる幸運だけじゃないだろうと、そう思ったんです」
「君には隠し事は出来んな。」
そう言ってリックは笑った。
「まあ、君なら下心を持った連中などすぐさま見抜いてしまうだろうから、そう気を回す必要も無かったのかもしれないがね。」
イルムハートの聡明さはリックも良く解かっている。なので自分が心配する必要もないだろう。そう感じていた。
それに……。
(あの方が目を光らせてくれるのであれば何の憂いもない。)
リックがイルムハートの後見人を降りるにあたり、アイバーンは既に次の庇護者を準備していたのだ。
その名を聞いた時はさすがに驚いたが、これ以上ない人選であることは確かだ。
もはやイルムハートはリックの庇護など必要としないのである。少し寂しい気はするが。
「そんなことはありません。」
少々感傷的になっていたリックに対し、イルムハートは真剣な顔を向けて口を開いた。
「僕なんか城の外のことなど何も分からない、ただの世間知らずでしかありません。
それを正しく導いてくれたのはリックさん達なんです。本当に感謝してます。」
その言葉に不覚にも目頭が熱くなったリックは、取り繕うように慌てて笑顔を浮かべた。
「そう言ってくれると私も嬉しいよ。
私達だって君に学ぶところが大いにあったんだ。こちらこそ感謝しているよ。」
そうイルムハートに向けて言葉を発した瞬間、別室へのドアがいきなり開きそこからデイビッドが飛び出すと一目散に走り去って行った。
その後をロッドの怒声が追いかける。
どうやら説教の途中で逃げ出したらしい。
それを見たリックは大きくため息をついた後、苦笑いを浮かべながらイルムハートの方を向いて言った。
「残念なことに良くない手本もいたようだが……アレの真似は絶対しないように。」
いよいよ旅立ちの日がやってきた。
リック達はギルドで皆と別れの挨拶を交わすと、預けていた馬を引き取りパーティーだけで西門へと向かう。
そしてそこにはイルムハートの姿もあった。
他の者のようにギルドの建物前で別れるわけにはいかない。そう考えてのことだ。
何しろ彼は今でもリック・プレストン・パーティーのメンバーなのだから。
リック達はこの先、数ヶ月かけてアンスガルドまで向かう。途中、様々な依頼をこなしながら。
実のところ、飛空船を使えば数日でアンスガルドに辿り着くことが出来る。
勿論、料金は安くは無い。しかし、リック達なら十分に支払える程度の額でもあった。
それでも彼等は馬での移動を選んだのだ。冒険者らしくありたいと。
その話を聞いた時、ギルド長のロッドは呆れた顔をした。
まあ、気持ちは解らなくもない。
彼等には低ランクの冒険者のように途中途中で旅費を稼ぎながら旅する必要などないのだから。
だが呆れる反面、彼等なら当然という思いもあった。そして、今後もそのままでいてほしいという願いも。
「お前らしいと言えばらしいけどな。」
そう言って笑ったロッドの表情が饒舌にそれを物語っていた。
ギルドの施設で馬を引き取ってから西門までの僅かな距離、4人は無言で馬を進めた。
あの口から先に産まれてきたのではないかと思えるデイビッドですら無駄口を叩いたりしなかった。
4者4様、様々な思いを胸に西門へと向かう。
「君ともここでお別れだな。」
西門に着くと誰からともなく皆馬を降りて集まった。そして、リックがイルムハートに向かってそう笑い掛けた。
「体に気を付けてね、イルム君。大きくなったら絶対に会いに来てね。」
「元気でな、イルム。また会おうぜ。」
シャルロットが涙を浮かべながらイルムハートを抱きしめる。そんな2人を見つめるデイビッドも目を赤くしていた。
「はい、必ず。必ず会いに行きますから、シャルロットさんもデイビッドさんもお元気で。」
今にもこぼれだしそうになる涙を必死に堪えながら、イルムハートもそれに応える。
「さあ、そろそろ行こうか。」
とうとう泣き出してしまったシャルロットの肩をリックが優しく叩いた。
「そうね、これじゃいつまでたっても出発出来ないものね。」
「第一、オバさんに抱き着かれたところでイルムも嬉しくはないだろうしな。」
「デイビッド、アンタ死にたいのかしら?」
この掛け合いももう聞くことが出来なくなるのかと思うと、イルムハートの笑顔も半分泣き笑いになってしまう。
2人が再び馬に跨ると、最後にリックが近付いてきた。
「イルムハート。」
リックはそう呼びかけた。”イルム”ではなく”イルムハート”と。
それはイルムハートを庇護する子供ではなく対等な相手として認めた証だった。
「君が冒険者を続けていれば、またいつか必ず会うことが出来るはずだ。
立派な大人になった君の姿を楽しみにその日を待つことにしよう。
それまでは暫しのお別れだ、友よ。」
その言葉に今まで何とか堪えていたイルムハートの涙は、歯止めを失って堰を切ったかのごとく流れ出す。
「はい。きっと、きっとリック・プレストン・パーティーの名に恥じない大人になって見せます。楽しみに待っていてください。」
差し出された手を握りながら涙声でイルムハートはそう誓った。
遠ざかってゆく3人の後姿をイルムハートは門の外でずっと見つめていた。
彼等の誰も振り返ったりはしない。
そんなことをすれば別れが一層辛くなるだけなのを知っているからだ。
やがてその姿は視界から消えてゆく。
それでもしばらくの間街道の先を見つめた後、イルムハートはゆっくりと踵を返す。
その胸は悲しみに満ちていたが、しかしそれは救いの無い暗さに覆われたものではない。
それは明日へ向かうための試練であって、その先には明るい光が射しているはずなのだ。
そう自分に言い聞かせながらイルムハートは未来を想う。
この先アルテナ高等学院に入学して5年間。
そこにはリック達のような素晴らしい仲間が待っているのかもしれない。
それは希望的観測ではあるが、かと言って願い行動しなければ何も始まらないのだ。
そう考えると悲しみも少しだけ薄らいでゆく。
泣いているヒマなどなかった。前を向いて歩いて行かなければリック達に合わせる顔が無い。
自信を持って彼等と再会できる人間になる。それがイルムハートの望みなのだ。
「めそめそしてる場合じゃないよね。」
一度歩を止めて小さくそう呟くと、イルムハートは再び歩き出す。
その先にどんな明日が待っているのか、それは誰にも分からない。
異世界から転生した彼の本当の物語はこれから始まるのである。
第2章はこれで終了となります。
拙い文章にもかかわらずお付き合い下さった皆さん、ありがとうございました。
次章からは、この手の物語ではありがちの学園編となります。
残念ながら学園(恋愛)ものが書けるだけの文才を持ち合わせていないため淡々とした話になるかもしれませんが、やっと主人公側の主要人物が出そろいますのでその点をお楽しみいただければと思います。
尚、次章開始までしばらくお休みさせていただきます。
6月からの更新再開を予定していますので、その際にはまたお付き合いいただけると嬉しいです。