悩める少年と微笑む影
王都屋敷へと帰還したイルムハートを皆は安堵の表情で出迎えた。
皆、今回の任務がひどく困難なものだったと聞かされていたためである。
但し、その詳細までは知らない。
口止めされているせいもあったが、例えそうでないにしろイルムハートとしても詳細を話すつもりなどなかった。
話したところで余計な不安を与えるだけでしかないからだ。
そのため、屋敷の面々は彼の元気な姿に安心したのだ。自分達の心配は単なる取り越し苦労だたのだろう、と。
だが、辺境伯である父親のウイルバートには事件後すぐにある程度の情報が伝わっていた。
当事者の父親だからではなく、十候のひとりであることがその理由である。
イルムハートの能力には信頼を置いているラテスの面々ではあったがさすがに今回の件には衝撃を受け、即座に騎士団長のアイバーンを王都に派遣したのだった。
本当ならウイルバート自らが出向きたいところではあったがそうもいかない。
領主としての職務もあるし、何よりも彼が動けば周囲の耳目を集めることになってしまうからだ。
今のところ今回の件はまだ内密にしておく必要があるのだ。
これにはイルムハートも驚いた。
通常、騎士団長は領主の側を離れることはない。
常に側にあって主人の身を護ることこそが彼の務めだからだ。
そのアイバーンが単独で王都を訪れるなど余程のことである。
今回のことをラテス側がどれだけ深刻に受け止めているか、それをひしひしと感じさせられた。
申し訳ない気持ちでいっぱいになるイルムハートだったが、アイバーンはそんな彼を優しく見つめた。
「ご無事で何よりです。お元気そうなご様子を拝見して安心致しました。」
それ以上は何も言わず、何も聞かない。
情報の制限を気にしてのことではない。彼にとってはイルムハートが無事ならばそれで良いのだ。
その後日常のとりとめも無い話を交わし、話題が冒険者活動の件になった時
「リック・プレストン殿にも会って来る予定でおります。」
アイバーンがそう口にした。
その言葉にイルムハートは慌てた。
イルムハートを危険な目に会わせたと責められるのではないか、そう心配したのだ。
だが、アイバーンは静かに微笑みながらそれを否定した。
「そんなつもりは微塵もございません。
今回の件が誰の落ち度でもないことは辺境伯様も良く解っていらっしゃいますし、それは私も同じです。
むしろ、イルムハート様をお護りしてくれたことに感謝しているのです。
今回のことばかりではなくこの2年の間、良く務めてくれたと謝意を伝えたいと思っております。」
それを聞いてイルムハートはほっと胸を撫で下ろしたのだった。
2日後、リックの件を含めいつくかの用事を済ませたアイバーンは急ぎラテスへと戻って行った。
(僕も早めにラテスに帰ろうかな。)
あとひと月ちょっとで姉達が学期末の休みになるのため、それに合わせてラテスに帰るつもりでいた。
だが、いろいろと心配を掛けてしまったので、早めに帰郷し元気な顔を見せて皆を安心させたほうがいいのかもしれない。
そんなことを考えながら、イルムハートはアイバーンを見送った。
イルムハートが内なる疑問の解明に没頭し始めたのはアイバーンのラテス帰還後からだった。
彼の無事生還で慌しかった屋敷内もひとまず落ち着きを取り戻し、ゆっくりする時間が出来たからだ。
教団のアジトからこの王都屋敷までの帰路の間にもそれなりに考える時間はあったのだが、どうにも思考にまとまりを欠き答えが出せなかった。
さすがのイルムハートも疲れには勝てなかったのだ。
屋敷に戻り疲れを癒すことで、ようやくまともに頭を動かすことが出来るようになった。
今回の件、終わってみれば何から何まで謎だらけである。
はっきりしているのは自分が無力であったことだけ。
決して非力ではないはずだが全く役に立たなかった。
それが自分の限界なのであれば仕方のないことではあるのだが、決してそうではない。
いつの頃からか、周囲の目を言い訳に研鑽を怠っていた自分がいた。
人並みに生きるためには突出した能力は必要ない。そう自己正当化してはいたが、どこかに驕りがあった。自分の力に満足していたのだ。
だが、その驕りも今回の件で木っ端微塵に打ち砕かれた。
世界は広い。それを思い知らされたのだ。
まあ、それは良い。
あくまでも自分自身の問題で、これから考えを改めれば済むことなのだから。
そう考え、イルムハートも深く気に病むことは無かった。
問題は謎のほうである。そちらは山積み状態だった。
そもそも”再創教団”の目的から謎なのだ。
魔獣の異常行動や人造魔人による破壊活動。それにより人心の不安や領主間の疑心を煽る。
当初はそう考えていたが、それにしては教団の動きが妙だ。今ひとつ決め手に欠けているように感じた。
確かに騒ぎにはなったものの、果たしてどれだけの効果があっただろうか?
計画が途中で挫折した点を考慮したとしても、費やした時間や手間に比べて成果が乏しすぎるのではないか?
何か別の目的があったのではないかと、そう思ってしまう。
とは言え、それはイルムハートが考える事ではない。王国の仕事だ。
今回捕らえた者達の証言から、いずれ真相に近付いてゆくだろう。
それより、彼が今最も考えるべきは”始りの言葉”についてだった。
何故、意味を理解出来たのか?
何故、話すことが出来たのか?
そして……何故、死なずに済んだのか?だ。
イルムハートが自分の魂の奥底にあったその言葉を発した時、彼は全身の力を吸い取られてゆくような感覚を味わった。
一瞬、意識が飛ぶ。
だが、その後は何事も無かったように感覚が戻って来た。
最初は魔力の欠乏が原因かと思った。
人は体内の魔力を急激に失うと貧血に似た状態に陥ることがある。
別に魔力が無ければ生命を維持出来ないわけではないのだが、ほとんどの者は無意識の内に身体強化を使っている場合が多い。
それがいきなり解除されることで機能低下を起こすのだ。
なので、”始りの言葉”によって大量の魔力が消費されてしまったのかと考えたのだが、すぐにあり得ないと気づく。
何故なら、人が持ちうる程度の魔力で神の御業を再現出来るはずなどないからだ。
もしそれが可能だとすれば、高位の魔法士あたりは”始りの言葉”など使わずとも天変地異を起こせてしまうことになる。
だが、そんな話は聞いたことも無い。
おそらく発動に代償が必要なのは間違いないだろう。
魔法陣に魔石の魔力が必要なように、”始りの言葉”にも発動するための何らかのエネルギーが必要となるはずである。
しかし、それが魔力でないとすれば……。
(魂の力。)
”始りの言葉”が魂に刻まれた言葉であるならば、その発動には同じく魂が持つ力を必要とする。そう考えるのが妥当だろう。
つまり生命エネルギーを燃料として動くわけだ。
それを吸い取られたことで一時的な身体機能の低下を招いたに違いなかった。
あの言葉に一体どれだけの”命”が消費されたのかは知らないが、多少寿命が縮もうとも死ぬよりはましである。
同じように”始りの言葉”を口にした信徒が意識を失ったままなのも、おそらく自分と同じことが起きているせいだと直感した。
中々意識を取り戻さないことについては、それぞれ回復までの時間には個人差もあるだろうし、何より元々衰弱していたせいだと考えた。
教団での活動に加え慣れない戦闘に巻き込まれたのだ。イルムハートなどよりよほど疲れているに違いない。
そのため回復に時間がかかっているのだろうと。
だが……信徒は意識が戻る事のないまま死んだ。
それはイルムハートを大いに困惑させた。
同じように”始りの言葉”を使っていながら、自分はすぐさま元に戻り信徒は命を失ってしまったのだ。
こうなると単なる環境や体力の個人差では説明がつかない。
果たして信徒と自分とでは何が違ったのか?
そこには考えるまでも無く決定的な違いがあった。
イルムハートが異世界からの転生者であるという点だ。
別に転生者だから死なずに済んだというわけでもないだろう。記憶はともかく肉体はあくまでこの世界の人間のものなのだから。
だが、イルムハートは転生する際に神々と対面している。そして加護を授けられていた。
”強く健やかに”という加護だ。
言葉からすればごくごく当たり前に健康を祈っての内容にも聞こえるが、決してそうではないことをイルムハートは身を持って理解している。
自分の人並み外れた能力も、突き詰めれば加護によるところが大きいのだと感じていた。
おそらくその加護がイルムハートの命を救ってくれたのだろう。そうとしか考えられない。
そしてそれは”始りの言葉”が理解出来た理由でもありそうだった。
イルムハートは神の領域で彼等と会話を交わしているのだ。
今までは特に気にもしていなかったが、その際に人間の言葉を使っていたとは思えない。
神が人のように”言葉”を必要とするかどうかはともかくとして、あの時使われていたのは少なくとも生前彼が使っていたような言語ではないだろう。
神の意志を人に伝える、そのための”言葉”。
それは”始りの言葉”と同じではないかもしれないが、全く異なるものでもないはずだ。
もし仮にその時の記憶が僅かでも残っていたとしたら、”始りの言葉”の意味を理解出来たことの説明になるのではないか。
多少、いやかなり強引な理由付けではあるが可能性としてはゼロではない。
と言うより、そう考える以外に説明しようがないのだ。
まあ、そこまでは良しとするとして……やはり最後の謎にだけはどうしても答えが出せなかった。
何故”始りの言葉”が使えたのか?だ。
神と交わした会話の記憶がありそれを理解出来るのであれば、同様に使うことも可能だろう。などと、短絡的には考えられない。
聞くのと話すのとでは、それこそ天と地ほどの違いがあるのが”始りの言葉”なのだ。
何しろ神の御業を再現してしまうのだから。
そんな、”ちょっと記憶に残っている”程度で使えるものではないはずだし、使われてはたまらない。
何か別の理由があるはずだ。
そう考えた時、”恩寵”という言葉が嫌でも頭に浮かんでくる。
それは神の力を”ほんの少し”分け与える事。
あの時、最高神は言った。転生に際してその”恩寵”を授けようと。
だが、イルムハートはそれを断った。
そんなものを貰っては、もはや人並みに生きることが出来なくなるからだ。
別に平凡な生を送りたいわけではないが、かと言って波乱万丈を望んでいるわけでもない。
あくまで常識的な範疇において程々の刺激がある自由で気ままな人生を送る。それが望みなのだから。
という事で丁重にお断りさせて頂いた。まあ、最後の方は拒絶に近かったかもしれないが。
なので、イルムハートは”恩寵”を持っていないはずなのだ。
しかし、こうして”始りの言葉”が使えたと言う事実を考えると、それも怪しくなってくる。
イルムハートの意思を無視して強引に授けたのではないか?と言う疑念は今までも何度か抱いたことがあった。
思考加速のような”少しだけ”特異な能力を持っていると気付いた時にだ。
(でも、もし最初から無理にでも授ける気でいたのだとしたら、いちいち意思を確認したりはしないだろうしなぁ……。)
結局、そこに落ち着くのである。
相手は神の中でも最も高位の存在なのだ。まあ(失礼ながら)、多少のうさん臭さは感じさせるとしてもだ。
その最高神が人間を騙すようなマネをするとは考えられない。
やはり”恩寵”は授かっていないはずだと。
かと言って、他に何か思い当たる節があるかと言えば全く無い。
「ダメだ、さっぱり分かんないや……。」
溜息と共にそんな思いがつい口をつく。
出来る事ならもう一度最高神に会って真偽を確認したいところではあるが、そんな願いが叶うはずもない。
そんなもやもやした気持ちを抱えながら、イルムハートは再度大きくため息をつくのだった。
王都でイルムハートが謎と格闘していた頃、その遥か遠くの場所でもまた同じように疑問と向き合う者達がいた。
正確に言えば豪奢だが少々薄暗い部屋でテーブルに向かっているのはたったひとりだけだった。
だが、それにもかかわらずその部屋からは3人の異なった声が聞こえてきた。
姿の無い他の2人の声はテーブルに置かれた箱のような物から響いてくる。
遠距離”通話”用の魔道具だ。
「今回の件では色々と想定外のことが起きたようですね。」
部屋の主がそう口を開く。陰になり表情は良く分からなかったが、声からすると若い男のようだ。
すると、別の声が揶揄するようにそれに応えた。
『想定外?
むしろ予想通りだろう。
今回の件は奴が先走って勝手にしくじっただけのこと。
長いコト準備していながら、最後の最後に焦りやがった。
あれじゃ失敗して当然だろうが。』
その言葉に、もうひとつ別の声が同意の声を上げる。
『確かに。あれ程都合の良い条件が揃っているにも拘わらず、それを生かせぬとは何とも不甲斐ない。
それもこれも手柄を立てようと焦り過ぎたせいであろう。自業自得と言うべきだな。』
「それは私も同意見ですよ。
ですが、想定外の事と言うのはその事ではないのです。」
部屋の男もその意見に反論するつもりはなかった。
ただ、彼が話題にしようとしているのはそんな事ではないのだ。
『じゃあ何だって言うんだ?』
「今回、同胞と闘ったバーハイムの兵士達が無事に帰還したらしいのですよ。」
男のその言葉に声たちは一瞬沈黙する。
『何言ってんだ?
そんなわきゃねえだろうが。』
少し間を置いて、呆れたように声が応えた。
『確か、”始りの言葉”を使ったんじゃなかったか?
それでどうやって生き残れるってんだよ。』
「だから想定外なのですよ。
兵士達の帰還は間違いありません。こちらでもそれを確認しました。」
『では、”始りの言葉”を使わなかったということかね?』
もうひとつの声がそう尋ねると、相手には見えていないにもかかわらず男は静かに首を振る。
「いえ、使ったのは間違い無いようです。
なのにバーハイム兵は、そのほとんどが生き残ったようですね。」
『そんな馬鹿な!』
2つの声が同時にそう叫んだ。
今回、”始りの言葉”を使ってどのような御業を再現したのかまでは知らない。
だがそれがどのようなものであれ、敵を殲滅するには十分なはずだ。”始りの言葉”にはそれだけの力がある。
それなのにバーハイムの兵達は生き残った。しかも、そのほとんどがだ。
普通に考えれば、あり得る事ではない。
『その場に王国の大魔法士でもいたってのか?』
『いや、どんな魔法士がいたとしても大勢の者を救うことなど出来はしまい。
御業の前では人ひとりの力など塵芥にも等しい。』
『じゃあ、魔法士団をまるごと連れてったとか……。』
「それはないですよ。同行していたのはCランクの魔法士系冒険者だけだったそうです。」
声たちは再び絶句した。
その反応を楽しむかのように男の口元が少しだけ緩む。
『冒険者?しかもCランク?
その程度の者は問題外であろう。
何か他に原因があると考えるべきだな。』
「そう言われても私には想像もつきませんね。
魔法士である貴方なら何か思い当たることがあるのではありませんか?」
男の問い掛けの後にしばらくの沈黙があり、やがて魔法士と呼ばれた声が話し始める。
『御業の発動に失敗したのだと考えるのが妥当であろうな。』
「失敗した?
そんなことが有り得るのですか?」
『”始りの言葉”を言い間違えたってか?
そいつはちょっと無理筋ってもんだぜ。』
”始りの言葉”とは頭で覚えるのではなく魂に刻まれたものだ。時間と共に風化する人の記憶のような、そんな曖昧なものではない。
しかも、それを引き出す行為は人を超えた”力”の助けを受けて行われる。
そのため、間違っても失敗することなど有り得ないはずなのだ。
『言葉が間違っていたのではない。ただ、使う者の力が足りなかったのだ。』
「つまり、正しく言葉を神に届けるにあたり彼の者の魂では力が足りなかったと、そう言うことですか?」
”始りの言葉”は、単にそれを唱えるだけで効果が出るわけではない。
神の力を借りるため、御許までそれを正しく届けなければならないのだ。
そしてそれには代償として魂の力、つまりは生命エネルギーを捧げる必要がある。
今回犠牲となった信徒の魂にはそれに足るだけの力が無かった。故に御業が不完全にしか再現しなかったのだと、魔法士の声は言っているのだ。
『そうとしか考えられまい。
御業が完全に再現されて尚、多くの者が生き延びるなど有り得る事ではないのだからな。』
『”使徒”の力を借りてまでして言葉を使った挙句がそれかよ。ざまぁねえな。』
もうひとつの声が嘲るように言い捨てた。
『ハンパな連中を手駒にするからこういうことになるんだ。
使う”道具”すらちゃんと選べねえようだから三流止まりなんだよ。』
「信徒を道具呼ばわりするのはどうかと思いますよ。彼等も皆、我々と志を同じくした同士なのですから。」
声に向かって男はそう戒めたが、しかしそれほど強い口調ではない。
その言葉に声は『はん』と鼻で笑っただけだった。
『で、今日呼び出したのはどう言う用件だ?
奴の失敗を肴に酒でも飲もうってのか?』
「そこまで悪趣味ではありませんよ。」
声にそう言われ男は思わず苦笑する。
「実は今回の一件を受けてバーハイム王国には”信徒狩り”を行おうとする動きが見られますので、それをお知らせしようと思いまして。
近隣諸国を巻き込んだ大規模なものになるようですから、あの辺りに人を出しているのであれば早々に引き上げさせた方が良いでしょうね。」
『……その件、主教会には?』
「これから報告を入れますので、いずれ正式に通達が出るはずです。
ですがそれには少々時間が掛かるでしょうから、先に御二方の御耳に入れておこうと。」
『なるほどねぇ。』
男の言葉に声は楽しそうに応えた。
『俺達の手駒だけ避難させた後に、やっと通達が出るってわけかい?
その頃には既に”信徒狩り”が始まってて、他の連中はダメージを喰らうって寸法だな。』
「そう悪意で解釈されては困りますね。」
あまりにもストレートな言い方に男は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「組織には形式というものが重要なのです。
時としてそれは無駄なことのようにも見えるかもしれませんが、組織の維持という面から見れば必要不可欠なものなのですよ。
例えそのせいで一部の者に多少の不都合が発生しようとも、です。」
『物は言いようだな。』
声が皮肉っぽく言う。
『まあ他の奴等の力を削げるのなら俺に文句は無いさ。
そろそろ古株連中にはご退場願いたいと思ってたとこだし、こいつはいい機会かもしれねえな。』
『そう急ぐこともあるまい。焦れば今回の件と同じ過ちを犯す事にもなりかねんのだ。
今は我等の力を温存しておくことのみ考えるべきであろう。』
『相変わらず慎重だな、お前は。』
魔法士の答えに対し、別の声がつまらなさそうに反応する。
「いずれにしろ、当分の間あの近辺での行動は控えた方がいいでしょうね。
”信徒狩り”の後もしばらくは警戒態勢が続くでしょうから。」
その言葉を締めとして会談は終了した。
動きを止めた通話の魔道具を見つめる男。
彼はひとつだけ、ある情報を他の2人には隠していた。
今回、バーハイム王国軍の中に10歳の子供が参加していたという事実をだ。
「中々、興味深い話です。」
まさかその子供が”始りの言葉”から皆を救ったなどとは、当然夢にも思ってはいない。
だが、困難な任務に10歳の子供が同行したという事実だけで彼の興味を引くには十分だった。
他の者に目を付けられては困る。その思いから敢えて情報を秘匿したのだ。
「一体、どんな子供なのでしょう?
いずれお目に掛かりたいものですね。」
その子供が優れた能力を持っていることは間違いないだろう。
彼がやがて成長した後、自分達にとって果たしてどんな存在となるのか。
「まあ、こちらに引き入れられれば言う事はないのですが……敵として闘うのも、また面白そうですね。
イルムハート・アードレー・フォルタナ。その名前、憶えておきましょう。」
男はそう言いながら、実に楽しそうな笑みをその口元に浮かべたのだった。