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王立情報院補佐官と王国騎士団長

 ある日の昼下がり、カイル・マクマーンは王城内の庭に面した廊下をひとり歩いていた。

 例の南西地脈帯で起きた事件に関する顛末を国王に上奏した帰りである。

 尤も、上奏を行うのは上司である王立情報院長官であって、彼はその付き添いでしかない。

 その後、緊急に開かれた会議に出席する長官と別れ、ひとり帰路に就いたところなのだ。

 廊下から見える庭園は美しく穏やかだった。

 それを見ていると、つい数日前に体験した出来事がまるで嘘のように感じられる。

 あの時は本気で死を覚悟した。

 降りしきる火山弾と迫りくる溶岩の前には、人間はあまりにも無力だった。

 このまま炎に包まれ骨も残らぬ死に方をするのかと、己の運命を嘆かずにはいられなかった。

 そんな時突然、嘘のように火山爆発が止まったのだ。まるで火口に蓋でもしたかのようにピタリとだ。

 流れ出していた溶岩も一気にその熱を失い、少し温かいだけの石の塊と化していた。

 始まりと同様に、その終り方もまた世の理を超えたものだった。

 一体何が起きたのか理解出来ずに呆然とするだけだったが、ともかく命は拾ったのだ。

 まずはそれに満足するしかなかった。

 後続の歩兵部隊に守られ辿る帰路では、あの強心臓の冒険者達ですらさすがに口数が減っていた。

 それが恐怖によるものなのか、それとも当惑しているためなのかそれは知る由も無い。

 ただ、少なくともカイルの場合はそのどちらでもなかった。

 その時の彼はただただ疲れていたのだ。恐怖も当惑も忘れてしまう程に。

 タロレスへ帰り着き一晩ゆっくりと休んだ後に改めて恐怖が彼を襲い、手が震え食事も満足に出来ない状態になった。

 今でも思い出すと背筋が凍る。

「あんな目に会うのは二度と御免だな。」

 顔は庭に向けながらもその目はどこか遠くを見つめ、カイルは小さくそう呟いた。


「おーい、ビンス。ビンス・オトール。」

 そんなカイルに向かって庭の方から声を掛けてくる者がいた。

 その呼び掛けにカイルは少しだけ眉を寄せる。

「この姿の時にその呼び方は止めろと言っただろう、フレッド。」

 そう言ってカイルが顔を向けた先には、王国騎士団の略装をやや崩し気味に身に着けたひとりの男が立っていた。

 歳はカイルと同じくらい。茶色い瞳が悪戯っ子のように輝いている。

「今さら何を。情報院第3局捜査官カイル・マクマーンの正体が、実は特別補佐官ビンス・オトール・メルメット男爵だということくらい、王国政府の者なら皆知っていることだぞ。」

 そう、カイル・マクマーンというのはあくまでも工作員としての名前であって、その本名はビンス・オトール・メルメット。

 メルメット男爵家の当主なのである。

「だからこそだ。そこの切り分けをちゃんとしないと、街中でもそう呼ばれかねないだろう。」

「相変わらず堅苦しいヤツだな。」

 カイルの……いや、ビンスの抗議にもフレッドと呼ばれた男は全く意に介した様子が無い。

「お前が砕けすぎなのだよ。」

 ビンスはため息をつかずにはいられない。この友人と話しているといつもそうなのだった。

「第一、騎士団の団長がそんな恰好で辺りをうろついているというのはどう言う了見だ。

 それでは団員に対して示しが付くまい。」

 フレッド。フルネームはフレッド・オースチン・ゼクタスで爵位は子爵。

 なんと王国騎士団の団長だった。

 29歳という王国最年少で騎士団長となった彼はカイルと同い年の今年32歳。

 二人は幼いころからの付き合いでお互い気心の知れた仲なのだが、フレッドの破天荒さにビンスはいつも振り回されていた。

「うちは団員がしっかりしてるから大丈夫さ。

 大体、上の者がいちいち目を光らせていないと気が緩むような組織では、それこそいざという時にまともな働きは出来ないだろう?

 だからこれでいいんだよ。」

「また、そんな屁理屈を。そもそもお前は騎士団長としての自覚が無さ過ぎる。」

 実のところビンスとてそれほど堅物というわけでもない。

 普通に冗談も言えば、羽目を外すことだってある。

 だが、フレッドが相手だとどうしても説教じみた物言いになってしまうのだった。

「騎士団長としての自覚か……。」

 その言葉にフレッドはめずらしく真顔になる。

「所詮、騎士団などと言うものは王家をお護りするための剣であり盾であって、それ以上でも以下でもない。

 命を懸ける覚悟さえあればそれで十分なのだよ。団長だってそれは同じで、普通の団員と変わりなど無い。

 なのに、それを何やら大層な地位と勘違いする輩が多過ぎる。

 栄達を求めてなるものではないのに、それが解っていない愚かな連中がね。」

 確かに、ここ何代かの騎士団長は武人と言うよりも単なる権力志向の者が多かった。

 その職責ではなく肩書に価値を見い出した者達だ。

 おかげでその地位を巡っては色々と黒い噂が絶えなかった。

 まあ、そんなことが許されていたのは大きな戦争も無く長い平和な時代が続いたおかげなのだが、だからと言ってそのままで良いわけがない。

 フレッドが騎士団長になって先ず手を付けたのは、そう言った者達の放逐だった。

 コネで入って来たような連中を片っ端から閑職へ回し、ついには自主的な退団まで追いやったのだ。

 勿論、それには大きな抵抗があったし数多くの敵も作った。

 だが、フレッドはそれをやり遂げた。

 ゼクタス子爵オースチン家が、爵位こそ子爵でしかないものの王国開闢から続く名門であったことも、確かに助けにはなったであろう。

 しかし、何よりも彼の強固な意志と巧みな戦略が改革を成功させたのだ。

 一体何が彼をそこまで駆り立てたのか?

 ビンスはその理由を知っていたので、少々過激な発言ではあったが特に諫めることはしなかった。


「まあ、そんな話はいいとしてだ。」

 つい今しがた真面目な話をしたかと思えば、すぐさままた悪戯っ子のような目に戻る。それがフレッドという人間だった。

「今回、南西地脈帯での一件は随分と大変だったらしいじゃないか。

 人造の魔人に三つ首のドラゴン、果ては”始りの言葉”による噴火だって?

 それで良くもまあ生き残ったものだな。」

 そんなフレッドの台詞を聞いたビンスの眉間には、より一層深い皺が刻まれた。

 それには『他人事だと思って……』と言う思いもある。

 だがそれ以上に、フレッドがそのことを知っているという事実に少しだけ不快感を抱いたのだ。

「随分と早耳だな。」

 勿論、知ること自体に問題は無い。騎士団長である彼にはその資格があるのだ。いずれ報告を受けることになるだろう。

 ただ問題なのは、それがつい先刻上奏したばかりの内容で、まだ国王にしか報告していない情報だという点である。

 どこから漏れたのか?

 情報院ではないことは確かだ。

 昨日やっと報告書を書き上げ、幹部だけで最終確認をしたばかりである。

 作戦に参加した兵士や冒険者からでもないだろう。

 彼等も守秘義務というものは十分理解しているはずだし、そもそもフレッドとは接点が無い。……少なくとも今は。

 となると、おそらく軍部からだ。

 兵士からの報告を受けた軍の上層部辺りから聞き出したに違いなかった。

 騎士団の改革において多くの敵を政略で退けてきた人間である。そのために築き上げたコネクションには侮れないものがあるのだ。

「まあ、いろいろとね。」

 フレッドはそう言って笑っただけだった。

 例え相手がビンスでもその情報源を明かすつもりはないらしい。まあ、当然と言えば当然であろう。

「それにしても、”始りの言葉”を使える者がいるとは驚きだな。

 一体どんな感じの言葉だったんだ?」

 フレッドは興味深々といった体でそう聞いてくる。

 どうやら大まかな話は知っていても、詳細まで聞いているわけではないようだ。

「残念ながら何も覚えていないんだ。全くね。」

 今さら隠しても意味は無い。どの道、後で知る話だ。

 ビンスはそう考えて答えたのだが、フレッドは違う受け取り方をする。

「別に隠すことはないだろう。

 明日には私のところにも報告が届くんだ。今話したからと言って特に問題はあるまい?」

 確かに、そう取られても仕方のない返事だった。

「そうではない、本当に覚えていないのさ。

 確かに聴いた。それは間違いない。

 なのに私だけではなく、その場にいた全員が発音も言い回しも全く記憶していないんだよ。」

「……それはまた不思議な話だな。

 やはり、頭ではなく魂でなければ理解出来ないということなのか。」

 フレッドにしてみれば半信半疑の話ではあるが、ビンスが嘘を言っているとも思えなかった。

 しかし、ひとつだけ分からないことがある。

「だとしたらだ、何故教団の連中はそんな言葉を話すことが出来るんだ?

 発音すら覚えられないのであれば、紙に書き起こして読むという方法も無理だろうしな。」

「そんなこと、私に聞いても分かる筈がないだろう。」

「だが今回は信徒を捕らえたのだろう?

 そいつに聞いても分からないのか?」

 フレッドの問いは尤もだったが、それにはビンスも顔をしかめるしかなかった。

「信徒は……死んだよ。」

「殺したのか?」

「そんなわけがあるか。

 貴重な情報源なのだ。例え手足をもいだとしても命だけは残しておくさ。」

 さらりと過激な発言をするビンスに、フレッドは苦笑いを浮かべる。

「それもそうだな。ということは事故死か?」

「いや、自然死だよ。少なくとも見た目はね。」

 あれは痛恨の極みだった。ビンスはそう思い返す。

 噴火が収まった後、信徒を確認してみたところ幸運にも気を失っているだけで息はあった。

 ほっと安堵したビンスだったが、何やら嫌な予感がして一度起こそうとした。

 だが、信徒は目を覚まさなかった。どうやっても意識を取り戻さないのだ。

 見た所、多少の火傷を負ってはいたものの痛みを感じている様子は無い。穏やかに眠っているようにも見える。

 しかし、徐々にではあるが呼吸が弱くなってゆく。

 軍医に診せても原因は分からず、結局タロレスへと戻る途中でそのまま息を引き取った。

 帰還後、詳しく調べてみたがやはり原因は不明だった。

 軽い火傷以外に外傷は見当たらず、苦しんだ様子も無い事から自然死と判断するしかなかったのだ。

 最初は呪詛魔法により命を奪われたのかと考えたが、もしそうならば発見した時点で既に死んでいたはずだ。

 例え意識を失ったままであろうと、生きていること自体がリスクとなり得るのだから。

 静かにゆっくりと、眠ったまま穏やかな死を迎えさせるようなマネはしないだろう。

「なので、”始りの言葉”を使ったのがその原因ではないかと考えている。」

「言葉を使ったから?」

「そうだ。

 ”始りの言葉”の名残と言われている魔法陣でさえ、その発動には魔石の魔力という”代償”を必要とするのだ。

 本来の言葉として使うに当たり、何も失わずに済むはずがない。

 信徒はその”代償”を支払うことにより死を迎えたと考えるべきだろう。」

「なるほど、”代償”か……。」

 フレッドはビンスの言葉を頭の中で繰り返し、その言わんとするところを理解しようとした。

「つまり、全ての魔力を使い果たしてしまったということか?」

 だが、それはまだ正しく捉えているとは言えなかった。

「魔力ではない。人が持ち得る程度の魔力では神の御業を再現できるはずもないからな。

 おそらくは魂の力、つまり命そのものを”代償”としたのだろう。」

 フレッドはその言葉に少なからず驚きを覚えた。

「それはまた、恐ろしい話だな。」

 人の命を喰らう言葉、そしてそれを躊躇なく使う敵。

 例え相手が強大なドラゴンであろうと決して臆することは無い騎士団長も、それにはうすら寒いものを感じざるを得なかった。

 このところ教団の活動が活発化しているという報告も上がって来ていた。

 そう遠くない内に、自分達も教団と相対することになるかもしれない。

(連中を相手にした時の闘い方というものも、少し考えておいた方がいいだろうな……。)

 恐れることは決して恥ずべきことではない。正しく恐れ、それを打ち砕く手段を講じれば良いのだ。

 漏らした言葉とは裏腹に不敵な笑みを浮かべるそんなフレッドをビンスは呆れたように見つめるのだった。


「で、例の坊やはどんな感じだった?」

 唐突に話題を切り替えるのも、またフレッドの癖である。

「坊や?」

 長い付き合いでそれが分かっているビンスでさえ、時々こうして間の抜けた声で聞き返すことになるのだった。

「辺境伯とこの坊やのことだよ。」

「辺境伯家の子息、だ。言葉には気を付けろと何度も言っているだろう。」

 ビンスは語気を強めて言い返す。

 この友人は貴族らしくない気さくな性格をしており、そこが人を惹きつける魅力ではある。

 しかしそれも時と場合、そして相手による。

 さすがにビンス以外の前でこんな言い方はしないと信じたいところだが、それでもひと言言わずにはいられなかった。

「解かった解かった。

 それで、その御子息様はどうだった?

 噂通りの実力だったのか?」

 ビンスは最近まで知らなかったが、辺境伯とこの坊やことイルムハートについては一部の者の間で大いに噂になっていた。

 まだ成人どころか仮成人にもなっていないのに、高ランク冒険者と共に活動し目覚しい実績を上げていると言うのだ。

 まあ、ほとんどの者は話半分で聞いていたが、その年齢を考えればそれでも驚くべきことである。

 だが、フレッドが興味を持つ理由はそれだけではなかった。

 フォルタナ辺境伯の子というのが最たる理由なのである。

「やはり気になるか?」

「それは、まあな。」

 ビンスの問い掛けに、フレッドは珍しく照れたような顔をした。

「フォルタナ騎士団長の愛弟子と言われているのだ。どんな人間か知りたくもなるさ。」

「まあ、そうだろうな。」

 フォルタナ騎士団の団長アイバーン・オルバスはフレッドにとって特別な存在だった。

 なればこそ、そのアイバーン自らが鍛えたと噂される子供に興味が湧くのは当然であろう。

「率直に言って、噂はやはり噂でしかないと思うぞ。」

「そうか……。」

 ビンスの言葉にフレッドは少し気落ちした表情を浮かべて見せる。

「まあ、僅か10歳の子供だしな。過剰な期待をするのも酷というものだろう。」

「そうではない。」

 そんなフレッドの様子を見て、ビンスは内心ほくそ笑んだ。

「噂よりも遥かに高い実力を持っていたよ、イルムハート・アードレー・フォルタナという子供は。」

 その言葉にフレッドは一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、すぐさまビンスにしてやられたことに気付く。

「なんだ、そういう意味か。お前も人が悪い。」

 フレッドの恨みがましい視線を受けてビンスはニヤリと笑う。

 いつも振り回されてばかりいるのだ。たまには仕返しをしてもいいだろう。

 そんな感じの笑みだった。

 それにはフレッドも苦笑いを浮かべるしかない。

「パーティーにはBランクの実力を持った魔法士系冒険者もいたのだが、それと肩を並べる程の力を持っていたよ。」

 フレッドの反応に満足したビンスは、友人の求めに応じイルムハートについて語り出す。

「威力だけではない。緻密な制御を必要とする魔法も易々と使いこなしていた。

 残念ながら剣を使うところはあまり見ていないのだが、おそらくそちらも相当な腕前だろう。身のこなしが違うし、所作に隙がない。

 お前の部下でも、彼に勝てる者はそう多くないかもしれんぞ。」

「ほう、それほどか。」

 取りようによっては騎士団に対する侮辱にも聞こえる内容ではあったが、全く気にならなかった。

 精鋭揃いではあるが無敵というわけではないのだ。そんな驕りなど持っていない。より強い者がいたとしても何の不思議もないだろう。

「一度会ってみたいものだな。」

「騎士団に勧誘でもするつもりか?」

 思わず漏らした言葉にそう問い返されたフレッドは、意外にも首を横に振った。

「そんな気はないよ。

 勿論、大いに魅力的な話ではあるが……多分、彼は騎士団にあまり良い印象を持っていないだろうしな。」

 おそらくフレッドは過去にあった出来事を気に病んでいるのだろう。ビンスはそう感じた。

「あくまでも私見だが、そんなわだかまりを持っているようには見えなかったがね。

 彼は聡明だ。

 少なくとも過去の責任を今の者達に取らせようなどと、そんな不条理な考え方をする人間ではないよ。」

「随分と買っているのだな。お前がそこまで言うのも珍しい。」

 ビンスの言葉にフレッドは少し驚いたような顔をする。

 目の前の友人はその職業柄か、人の負の側面を見抜くのが得意な人間である。

 なので、どんな相手に対しても素直に誉めるということはしないのだ。

「正直、今回は彼のその聡明さに何度も助けられたからね。

 実は、”始りの言葉”が魂の力を代償とするのではないかと気が付いたのも彼なんだ。

 彼の本当の凄さは剣や魔法の能力ではなく、その洞察力・判断力にあると私は思うよ。」

「ふむ……。」

 その言葉にフレッドはしばらく何かを考え込んだ。

 やがておもむろに上げたその顔には、いつになく真剣な表情が浮かんでいた。

「で、お前達はその子供をどうするつもりなんだ?」

「どうする、とは?」

 フレッドが醸し出す何やらただならぬ雰囲気に気圧されたビンスは何事かと顔をしかめた。

「剣や魔法に長け、しかもお前すら唸らせる知性を兼ね備えた子供。

 その存在について情報院第3局はどう対処するのか?と聞いているのだ。」

 確かに、稀有な能力を持った存在というのは王国にとって潜在的な危うさを孕んでいる。

 敵に回った時の危険性だ。

 当然、皆が皆王国に叛意を持つわけではないのだが、その可能性を排除せず動くのが情報院第3局という組織なのだった。

 フレッドが何を心配しているのかをビンスはすぐに覚ったが、しかしそれは少しばかり深読みし過ぎだとも思う。

「どうもこうも、相手は辺境伯の子でしかもまだ10歳なのだぞ。

 この先、よほど道を誤ったりしない限り我々が何かをすることはないさ。」

 その言葉にフレッドは少し表情を和らげた。

「そうか、ならばそうならないよう見守ってやってくれ。

 本人にその意思が無くとも、悪い道に誘おうとする者は多いからな。

 例えば、あの王位簒奪を企む連中のような……。」

「フレッド!」

 ビンスは慌ててフレッドの言葉を遮った。そして辺りを見回す。

 その顔には怒りとも恐怖とも取れる表情が浮かんでいた。

「大丈夫、誰も来やしないさ。」

 そんなビンスの様子を見て、フレッドは苦笑いを浮かべる。

「いくら私でも他人の耳目のあるところでこんな話をするほど迂闊ではないよ。」

 そう言われて再度辺りに気を配ったビンスは、かすかだが遠巻きに2人を囲む者達の気配を感じ取った。

 おそらく騎士団の者であろう。人が近づかないよう見張っているのだ。

 なるほど、とビンスは理解した。

 この友人は最初からそれを言うために声を掛けて来たのだと。

 ビンスに確認するまでもなく、はなからフレッドはイルムハートが稀有の才能を持っていると知っていたに違いない。

 そして、その能力が良からぬ連中に利用されないように目を光らせてくれと、そう言いに来たのである。

「お前らしくもない、随分と回りくどいやり方だな。」

「ん?何のことだ?」

 皮肉めいたビンスの言葉にもフレッドはどこ吹く風といった様子だった。

 その目はいつもの”悪戯っ子”に戻っている。

 そうなってはまともに言い合うだけ無駄だということは良く解っていた。

「まあ、いいさ。」

 ビンスは少しだけ肩をすくめながらそう言って笑う。

 フレッドが肩入れする理由も知っているし、ビンス自身あの子供には少なからず興味を抱いていた。

 なので今回は乗せられてやることにする。

 但し……。

(後で上等な酒を奢らせてやるからな。)

 そう心に決め、ビンスはフレッドと共に王城の門へと続く廊下を再び歩き出すのだった。


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