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新しい年と新しい魔法

 年が明けた。

 ここバーハイム王国はアークランドの南半球に位置し今は夏真っ盛りなのだが、実際にはそれほどの暑さはない。

 確かに四季はあり、それぞれ異なった気候ではあるもののそれほど寒暖の差は無く、1年を通してほど良く温暖な気候が続く土地であった。

 これは、この世界の気候が緯度と同時に魔力の影響も多分に受けているせいだった。

 この世界は魔力に満ちている。

 そして、魔力は何某かを媒体として魔法へと変換される。

 生き物であったり、植物であったり・・・そして大地であったり。

 土や岩なども長年魔力に晒されるうちに、魔力を魔法に変換する性質を持つことがある。

 言ってみれば自然が作り上げた魔道具のようなもので、それが気候を左右することがあるのだった。

 穏やかな気候を保ってくれる分にはよいのだが、中には赤道直下の極寒地帯とか極地にある大砂漠とかもある。

 幸いにもバーハイム王国のある土地は温暖な気候に恵まれ、北方のドラン山脈からの水の恵みも相まって豊かな国土を得ることが出来ていた。


 そんな穏やかな年明けのある日の午後、イルムハートは城内執務棟の図書室で魔法関連の蔵書を読み漁っていた。

 このところ午後に授業の無い日は一時間程剣の型を練習した後、こうやって図書室に籠るのが日課となっている。

 魔法の授業には相変わらず行き詰っているせいだ。

 初級の攻撃魔法については既に主要5属性全ての授業を終えている。

 だが、早すぎるイルムハートの魔法習得ぶりに教師側の目算が少々(かなり)狂ってしまったようで、”精度を上げるため” と称してしばらくは今までのおさらいと無詠唱の練習をすることになってしまった。

 いきなり全て無詠唱というのも不自然かと思い、とりあえず魔法を使う際は簡単な言葉を発っするようにしていたのだが、実のところ最早イルムハートに詠唱は必要なかった。

 大方の魔法は瞬時にイメージし制御することが可能なのだ。「思考加速」を使うことなく。

 そうなると魔法の授業は(教師たちには申し訳ないが)イルムハートにとって無駄な時間となってしまった。

 授業では新しく学ぶことが無い以上、自分で何とかするしかない。そのためにこうして魔法書で新しい魔法を探しているのだった。

 最初は中級・上級の攻撃魔法を調べてみた。

 ちなみに、中級・上級というのは決して魔法の威力のことだけを言うのではない。

 例えば、ただの炎の玉を家ほどの大きさにしたからと言って、それは上級魔法とは呼ばれない。

 あくまで ”威力が高い” 初級魔法でしかないのだ。

 上位の魔法というのは初級魔法の応用技であり、その難易度により中級・上級と分類される。

 中には複数の属性を組み合わせたものもありイルムハートは興味を引かれたが、残念ながらそれを試してみることは叶わなかった。

 初級魔法程度であれば人気のない場所でこっそり試してみることも出来るが、それなりに威力を伴う上位の魔法ではそうもいかない。

 かといって、今のイルムハートでは魔法を試すために勝手に街の外に出て行くということも出来ない。

 6歳児でしかない領主の息子が勝手に城からいなくなってしまえば、大騒ぎになることは間違いないからだ。

「まあ仕方ない、こういう使い方があるということだけ覚えておこう。いずれどこかで試してみることが出来るかもしれないし。」

 早々に攻撃魔法に見切りをつけたイルムハートは、内部循環系の魔法を探すことにした。

 こちらは攻撃魔法ほど派手ではないが、なかなか面白いものもある。

 イルムハートでも知っている治癒や解毒と言った魔法の他に、防御壁魔法というものまであった。

「バリア・・・みたいなもの?これって内部魔法なんだ。」

 イルムハートの感覚としては、身体から少し離れたところに壁のようなものを作り出すイメージがある。なのに何故 内部循環系なのかと疑問に思ったが、よくよく読んでみれば身体から離して壁を作るのではなく、身体を包み込むように作り出した防御壁を外側に広げていくことで距離を取るとのこと。

「なるほど、離れた場所に壁を作るんじゃなくて、身体の周りに作った防御の ”膜” を広げていく感じか。」

 他にもいろいろと興味を引かれ、可能な範囲で試してみると・・・やはり、あっさりと習得出来てしまう。

 尤も、自分で怪我をしたり毒を飲んだり、ましてや誰かに魔法を撃ってもらうわけにもいかないため、はっきりとその効果を確認出来たわけではない。

 ほとんどは 魔法が発動したと ”感じた” だけなのだが、おそらくその感覚に間違いはないだろう。

 自分がイメージした通りの魔法がちゃんと発動した場合と不発だった場合とでは、魔力が放出される際の感覚が違うからだ。

「まあ、こんなものかな。」

 そんな風に魔法の発動を確認するのも実はそれなりに高度な技術ではあるのだが、当たり前のように出来てしまう。

 だが、早すぎる魔法習得のスピードにもはや感覚がマヒしつつあるイルムハートは、そのことにすら気が付かないでいたのだった。


 そんな風にして次から次へと魔法を(一部は知識だけだが)憶え続けていると、ある日、見慣れない言葉が目に入って来た。

「”効果干渉系魔法”?また、毛色の違うものが出てきたなぁ。」

 これは座学では教わっていないものだった。魔法の分類について学んだ時も名前すら出てきていない。

「まさか、禁忌魔法とかじゃないよね・・・。」

 法律で禁止されているとかモラル上問題があるとか、そういった魔法なのかと少し心配したが、読み進めてみてもそのような記述は出て来なかった。

 ただ、かなり高度な魔法であり、しかも術者に資質がなければ使用出来ないような特殊な魔法も含まれているようだった。

「子供向けの授業で教わるものじゃないってことかな。」

 使用出来る者が限定されるような魔法では、子供向けどころか一般的な授業でも扱わないかもしれない。

 ある程度 魔法を修めた者が、さらにその先を目指すために学ぶものなのだろう。

 飛行魔法、転移魔法、異空間魔法・・・並んでいる名前を見ただけで、それも頷けるような気がした。

「こっちは魔法と言うか、よりSFっぽい感じだね。飛行魔法・・・風で体ごと吹き飛ばすのかな?いや、それじゃただの風魔法か。」

 イルムハートは大いに興味をそそられた。ややマニアックな興味もあるが、それ以上に実用性を感じたのだ。

「これがあれば、城を抜け出すのも簡単に出来るかもしれない。」

 もし、これらの魔法がイルムハートの想像通りのものだとすれば、今の籠の鳥状態を抜け出すための手段として使えるだろう。

 飛行魔法。これはやはり風で吹き飛ばすわけではなく、一種の重力操作のようである。

 この世界でも、大地が物を引っ張る力によって ”重さ” というものが発生しているという認識はあった。

 その引っ張る力を中和し重さを無くせば宙に浮くことが出来る。その状態で風魔法を使えば、自在に飛び回れるというものらしい。

「・・・結局、風魔法は使うんだね。」

 そこは改善の余地がありそうだと、イルムハートは思う。風魔法での移動には速度や操作性に難があるように思えたのだ。

 魔法はイメージ制御により発動する。とは言え、一定の固定されたイメージでしか魔法が発動しないというわけでもない。

 結果として同じ効果を得られるのであれば、イメージの持ち方は自由なはずだ。

 もしかすると、代々師弟関係により魔法を習得してきた者にとっては不遜な考え方なのかもしれないが、自己流で身に着けたイルムハートには魔法を作り直すことに何のためらいもない。

「その辺りは後々直していくとして、とりあえず重力のコントロールからやってみようかな。」

 これら ”効果干渉系” と言われる魔法は対象となるものに直接効果が発生するもので、内とか外とかは関係ないようだった。

 いきなり自分の身体を実験体にするのも不安があるので、まずはその辺りにあった本で試してみることにする。

 飛行魔法を使うにあたり、イルムハートは重さを無くすのではなく重力を反転させるイメージで発動させてみた。その方が後で改善しやすいような気がしたからだ。

 目に見えない重力というものをイメージするのはかなり難しいような気もしたが、そこは異世界ルール(かどうかは不明だが)で、現実世界では見えないものもイメージの世界では感じ取ることができた。

 もちろんそれはイルムハートの異常・・・いや、 ”普通ではない” 能力によるところが大きいのだろう。

 普通の人間がその域まで達するにはどれだけの月日、年月を要するのか分からない事も、イルムハートにはあっさり出来てしまう。

 他の魔法士が聞いたら嫉妬で呪い殺さんばかりになるであろう程に。・・・まあ、言うつもりもなかったが。

 何度かの試行錯誤は繰り返したが、やはりこれもさほど苦労することなく成功する。

 しばらくすると、重力と反重力(とりあえず、そう呼んでおく)に方向性をを持たせることで、空中を移動させることまで出来る様になっていた。

「このほうが風魔法を使うよりコントロールが安定しそうだな。」

 続いて、自分自身に魔法を使ってみたイルムハートは満足そうに頷いた。

 室内なので限界を見極めるまでにはいかないが、思い通りにコントロール可能なことは確認出来たので、これでよしとした。


 次は転移魔法だ。

 これは、任意の2つの場所の空間を直接つなげる ”穴” を作り出し、自由に行き来することが出来る魔法らしい。

 いわゆる空間歪曲型ワープというヤツで、某ねこ型ロボットが出すドアを魔法で作るようなものか。

 前世においてさえワープという概念が生まれたのは20世紀になってからなのだが、それより遅れた文明しか持たないはずのこの世界でそれに近い発想が既にされていることに、イルムハートは少し驚いた。

 だが、考えてみれば科学的な理論と想像で後付けされたのが20世紀というだけで、瞬間移動のような発想は神話の時代からあった。

 ”神の御業” を魔法で再現しようといろいろ考えた末に辿り着いた結果が、この転移魔法なのかもしれない。

「ワープの説明で有名なのは ”アレ” だけど・・・理屈としては分かってもイメージはしづらいんだよねぇ。」

 空間歪曲型ワープの説明として良く使われるのが紙を使った ”アレ” だ。

 紙の端と端、2つの離れた点も折り曲げてくっつけることにより、その距離をゼロにすることが出来る。

 理屈としては解りやすいのだが、あくまでも2次元のものを3次元で操作した説明でしかなく、では3次元のものはどうやって操作すればいいのか?そこが今一つピンとこなかった。

 魔法書に書いてるのは現象の解説のみで、具体的なイメージの描き方までは載っていない。

 言葉面だけ覚えても本当の ”イメージ” とは言えないので、まあそれは仕方ないことだろう。

「そう言えば、ボールを使ったやつもあったような気がする。」

 中身が空洞の球状物体があるとする。その任意の2つの点を中心に向かって押し込むと、やがてその2つは1つの点で交わることになる。

 まあ、うろ覚えの知識ではあったが、いずれにしろそちらのほうがイメージしやすいような気がした。

 イルムハートは早速試してみようとして、ふと考えた。

「まさか、この世界そのものがひしゃげたり大穴が空いたりはしないよね。」

 そこまでいくと既に魔法ではなく神の所業になってしまうので、さすがにそれはないだろう。そう思い直し、イメージを描き始める。

 この転移魔法には、”点” を特定させるため実際に訪れた場所にしか穴を開けられないという制限があった。

 尤も、見知らぬ場所にいきなり転移してみたいなどと考える程酔狂ではないので、イルムハートにとってはさほどデメリットとは思えなかったが。

 イルムハートは数メートル離れた場所をもうひとつの点と定めてイメージを描き、魔力を集中させた。

「あれ?」

 魔法は発動せず、イルムハートは困惑の表情を浮かべる。だが、それは魔法が失敗したからではなかった。

「・・・魔力が変換されない?」

 イルムハートは魔法が成功したか失敗したかを感覚でとらえることが出来た。

 成功した場合は確かな手応えをそして失敗した場合は肩透かしをくらったように力が逃げていくのを感じるのだ。

 だが、今のはどちらでもない。集中させた魔力が魔法へ変換しようとする前に、片っ端から消失していゆくような感じだった。何度試してみても結果は同じ。

 もしやと思い飛行魔法を使ってみると、こちらは問題なく成功した。

「転移魔法だけが無効ってこと?でも、なんで?」

 疑問符が頭の中を駆け巡る。

 こうして正規の魔法書に載っている以上、転移魔法そのものが存在しない架空の魔法であるということはないだろう。

 もし仮にそうだとしても、望む通りの結果が伴わないだけで魔力が魔法に変換されるという現象は起きるはずである。なのに、それすらない。

「うーん・・・。」

 唸って見ても答えは出ない。本を読み直しても、それらしき記述も無い。

 八方塞がりのまま、結局この日は終わりの時間を迎えたのだった。

 尚、転移魔法が発動しなかったのは魔法自体が存在しないわけでもなく、またイルムハートが失敗したわけでもなかった。

 では何故かと言えば、実は別の効果干渉系魔法がこの部屋、いや城全体に張り巡らされていたからだ。

 使われていたのは無効化魔法。特定の魔法に対してその発動を無効化する魔法である。

 転移魔法は使いようによっては非常に危険な魔法だ。

 誰にも見られず何かに遮られることもなく、簡単に建物の中に入れるとなれば盗みも暗殺もやり放題ということいになる。

 いくら極めて限られた者にしか使用出来ない魔法だからといって、それで用心を怠るわけにはいかない。

 そのため、重要な場所には転移魔法に対する無効化魔法を掛けておくのが常識となっていた。

 このフォルテール城にも無効化魔法を仕込んだ魔道具が数多く設置されており、そのためにイルムハートの魔法が発動しなかったのだ。

 いつものイルムハートであれば、そう時間を掛けずともいずれその可能性に思い当っていたであろう。

 だが、その日はある事情によりイルムハートの意識は他へと向いてしまい、その事に気づくまでにはもう少し時間がかかってしまうことになる。


 夕食のため屋敷に戻ったイルムハートに告げられたのは、アードレー家の家族会議が急遽開催されるという知らせだった。


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