殲滅のシャルロットとアジトへの強襲
夜明け近く、突入部隊の第一陣は日の出と共に奇襲を掛けるべく窪地の東側で待機していた。
奇襲と言えば夜間に行うイメージがある。敵も人である以上、夜は眠るものだからだ。
だがそれはあくまでも灯りが望めるか土地勘がある場合に限られた。
慣れぬ場所で暗闇の中を動くのはむしろ危険なのだ。
暗視の魔法というものもあるが皆が使えるわけでもない。というより兵士のほとんどは使えなかった。
そのため早朝の明るいがまだ敵が起き出す前のこの時間が選ばれたのだ。
また、昇る朝日を背にすることで少しでも相手の目を眩ませようという思惑もある。
決行を待つ部隊の中にはイルムハートとデイビッドもいた。だが、リックとシャルロットの姿は無い。
それには訳があった。
突入に当たり障害とされたのは斜面を下った後の切り立った崖である。
試掘の際に出来たであろうその崖はそれなりに深く、例え身体強化を掛けたとしても鎧を着込み剣と盾まで持った状態で飛び降りるには少々危険が伴うのだ。
いちおう階段らしきものはあるのだが幅は狭く、一人ずつしか降りることが出来そうもない。
そんなところを狙われたらひとたまりもないだろう。
その解決策として考えられたのが、土魔法で部隊が通れるだけの斜面を作り出す方法だった。
こちらにはイルムハートとシャルロットがいる。2人にとってそれくらいのことは朝飯前なのだ。
ただ、それにはひとつ問題があった。防御魔法である。
アジトの周りには魔法・物理に関する防御魔法による結界が張られているはずだ。
となると結界の外からは土魔法を発動させることが出来ない。
そこでイルムハートの出番となる。
部隊と共にアジトへと突入し、結界の中に入ったところで土魔法を発動させる。それが彼の役割だった。
一方、シャルロットは囮の魔法を発動させるためリックと共に窪地の反対側で待機している。
敵を引き付けるために魔法を使う役は彼女ひとりになってしまったが、それはパーティーの誰も心配していない。
シャルロットの実力をもってすれば、それは容易いことなのを皆理解しているのだ。
と言うか、むしろやり過ぎないようセーブの必要すらあることが発覚する。
「”殲滅のシャルロット”再び、ってとこか。」
昨夜、作戦の最終確認を行っている際、面白そうにデイビッドがそう言った。
「昔の話でしょ。第一、そんな大袈裟な名前を付けたのはアンタでしょうが。」
シャルロットはそんなデイビッドを睨み付ける。
「”殲滅のシャルロット”?」
初めて聞くその二つ名にイルムハートが不思議そうな顔をすると、シャルロットは少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「上級の広範囲魔法を覚えて間もない頃の話よ。それで魔獣の群れを何度か全滅させたことがあるの。
別にそんなの使う必要がない時でも、覚えたての魔法ってついつい使ってみたくなっちゃうのよね。
おかげで素材が全て台無しになって、よくリーダーに怒られたわ。」
ここで言う”リーダー”とはリックのことではなく、デイビッドの叔父にあたる先代リーダーのことらしい。
「そしたらコイツが面白半分にそんな名前で呼び始めて……。」
「地元じゃ結構有名だったんだぜ。シャルが魔法を使った後には魔獣の骨も残らねえってな。」
「アンタが尾ひれ付けまくって言いふらしたせいでしょ!」
どこまでが本当で、どこからが作り話なのか。
その判断が付かずイルムハートがリックに目をやると、彼は困ったような表情を浮かべ肩をすくめて見せた。
どうやらあながち出鱈目な話でもないようだ。
それを見たイルムハートは、気付かれないようにそっとシャルロットから距離を取る。
軍議の最中に行われるそんな彼等のやり取りにも、既にカイル達は慣れてしまっていた。
極度の危険が伴う作戦を明日に控えていながら、まるで子供のじゃれ合いのように言葉を交わす冒険者達。
それは決して緊張を紛らすための無理をした会話ではない。驚く程に極めて自然体なのだ。
全ての冒険者がこうだとは限らない。むしろ彼等が特異な存在なのだろう。
頭ではそう理解していた。
だが……。
冒険者、恐るべし。
カイルも兵士達も、そんな思いを抱かずにはいられなかった。
東にある森の樹々が薄っすらとオレンジ色に染まり始める。
夜明けだ。いよいよ突入の時間が迫って来た。
合図となるシャルロットの魔法が放たれるのをイルムハート達が息を殺しながら待っていたその時……。
突然、窪地の向こう側で轟音と共に大爆発が起こった。
粉塵を巻き上げながら昇る灰色の雲は天まで届くかと思われるほどで、かなり距離があるにもかかわらずイルムハート達の足元までその振動が伝わって来る。
少しおいて届いた爆風に一同は思わず顔を覆う。
爆心地では間違いなく地形が変わってしまっているだろう。それほど凄まじい爆発だった。
何が起きたのか解からず呆然とする一同に向かい、ただひとり平静を保っていたデイビッドが声を上げた。
「何ボーっとしてるんだ、合図だぞ!」
その声に皆は、あれがシャルロットによって引き起こされたものだと悟った。
確かに相手の注意を引くように派手な魔法を使うとは言っていたが、まさかこれほどの大魔法だとは思っていなかったのである。
イルムハートですらそうなのだ。カイルや兵士達が思考停止状態になるのも仕方ない。
だが、そこは十分に訓練された者達である。すぐさま気を取り直すと、一斉に斜面を駆け下り始めた。
一歩遅れてイルムハートもそれに続く。
「まあ、さすがに初めてじゃあ驚くよな、アレは。」
イルムハートの横を駆けながら、デイビッドがそう言って苦笑する。
「シャルロットさん……あんな凄い魔法使えたんですね。」
勿論、シャルロットが高い魔法の資質を持っていることは知っている。
だが、どちらかと言えば威力よりも緻密な制御を重視するタイプだった。少なくとも今の彼女は。
「”殲滅”の二つ名は伊達じゃねえってことさ。」
そう言いながらデイビッドはイルムハートの方を向くと、妙に小難しい表情を浮かべた。
「けど、もっと驚くことにアレは火魔法を使ってないんだぜ。それどころか水魔法を使ってるんだとさ。
火も使わず、しかも水なんかぶっかけてるのに、なんで爆発すんだ?」
見よう見まねで魔法を覚えたデイビッドは知らないようだが、そういう魔法は実際にある。
温度操作の光魔法に水魔法を組み合わせることで水蒸気爆発に似た状態を創り出すのだ。
しかし、シャルロットのそれは桁が違っていた。もはや火山の爆発に近い。
他の魔法を組み合わせることで、より高温・高圧の環境を作り出しているのだろう。
イルムハートはデイビッドの話が決して大袈裟なものではなかったのだと知る。
こんなものを食らったら確かに跡形も残らない。
”殲滅のシャルロット”とはよく言ったものである。
シャルロットはよくイルムハートのことを魔法オタク扱いするが、むしろ彼女のほうこそよりマニアックに魔法を突き詰めている気がした。
そうして編み出されたのがあの大魔法なのだろう。
魔獣の群れに喜々として大魔法を打ち込むシャルロットの姿が、ふと脳裏に浮かぶ。
絶対に彼女のことは怒らせないようにしよう。イルムハートは改めて心に誓うのだった。
窪地を囲む緩やかな斜面を駆け下りほぼ半ばまで達した時、イルムハートは魔法による障壁を感じ取った。
防御の結界だ。
「結界の中に入りました!降りる場所を造ります!」
イルムハートはそう言うと土魔法を発動させ、崖の一部を崩して斜面を造り出す。
それ自体はもう少し近づいてからでも良かったのだが、生憎と敵がこちらに気付いたような動きを見せ始めたのだ。
なので先に斜面を造っておいて、イルムハートは魔法による敵の攪乱を行うことにした。
火魔法による炎の玉を敵陣へ向けていくつも打ち出す。
但し、敵のいない場所をめがけてだ。
これはカイルからの要請によるものだった。
出来るだけ多くの人数を生きたまま捕らえたい。昨夜、皆にそう伝えたのだ。
情報の取得を優先させる彼としては当然の申し出だろう。
「その程度でやられるような下っ端を捕まえた所で、たいした事は知らないんじゃねえか?」
だが、デイビッドのいう事も尤ものように聞こえた。
「確かに、下働きの連中を捕らえた所でその者から取れる情報は微々たるものでしょう。
彼等には教団の内情など全く知らされていないと考えていいと思います。」
カイルによると、教団が活動を行う場合には正規の信徒だけではなく、下働きのような連中を多数伴っているらしい。
”多数”と言うか、むしろほとんどが下働きの人間で信徒は少人数でしかないようだ。
彼等はまだ入信したてか功績不足のため信徒としての地位を与えられていない者達で、中には食詰め者や犯罪者も多くいるとのこと。
信徒たちの世話や肉体労働、あるいはアジトの警備などを担当し、教団の真の活動自体にはほとんど関与しない。
そればかりか、彼等はいざという時には信徒たちの盾とされた。言い方は悪いが、要は使い捨ての道具なのである。
その結果、生きて捕らえられる者は僅かしかおらず、しかも教団に関する情報はほとんど持っていないというのが実情だった。
しかし、それでもカイルには彼なりの思惑がある。
「ですがひとつひとつは些細なものであっても、それがまとまりになれば有用な情報となり得るのです。
彼等が今まで見聞きしてきたものを集めて繋ぎ合わせれば、信徒の証言にも負けない価値が出てくる可能性もありますからね。
そのためには出来るだけ多くの”断片”を拾い集めたいのです。」
さすがはその世界に長く身を置いてきた人間である。”情報”というものを良く理解していた。
「解りました。」
皆を代表してリックが口を開く。
カイルの考えは理解出来るし、そもそも教団の手がかりを得るためにここまで来たのだ。可能な限り協力は惜しまないつもりだった。
だが、譲れない一線というものもある。
「但し、味方の安全が最優先です。こちらに危険が及びそうであれば躊躇なく倒します。
それでよろしいですね。」
リックはまず部隊の隊長に目をやり、次いでカイルに顔を向けるとそう言った。
その言葉に隊長は無言で頷く。
カイルとしてもそれに異存は無い。
「勿論です。無駄な犠牲は出したくありません。可能な限りで結構です。」
それで話は終わるかと思ったのだが、カイルはもうひとつ要望を口にする。
「あともうひとつ、信徒の中にはリーダーがいるはずですので、その相手は私がします。」
信徒と下働きを見分けるのは簡単らしい。服装が違うのだ。
下働きは粗末な作業着のようなものを着ているが、信徒は黒地に白い縁取りを行った法衣を身に纏っているとのこと。
そう言えばタロレスで襲撃を掛けてきた連中も、灰色のローブで隠してはいたものの間から覗いた色はそんな感じだった。
ただ、その中からリーダーを見分ける方法は不明のようだ。
おそらく何らかの”印”を身に着けているのだろうが、それが判別出来るほど教団のことが分かっているわけではないのだ。
「こればかりは状況から判断するしかありません。
なので、信徒を見つけた場合はまず私を呼んでください。
ひとりずつ仕留めていくのが手っ取り早いでしょう。」
軽口を叩くかのようにカイルはそう言って笑ったが、その場の人間は誰もそれを冗談だとは思っていなかった。
何しろ彼は情報院第3局の人間である。
対人戦闘に関しては軍や騎士団とは違った意味でのスペシャリストなのだ。
”仕留める”と言うのも、”殺す”のではなく”無力化する”という意味なのだろう。かなり難易度は高いはずだ。
それをさらっと言ってのけるだけの自信と技術が彼にある事を疑う者はいなかったのである。
(粗末な作業着か……。)
その時のことを思い出しながら、イルムハートは何ともやるせない思いに駆られていた。
カイルの言った下働き達の服装がどうしても気になったのだ。
(オムイの魔人と同じだ。)
タロレスで襲撃して来た人造魔人達はそれなりの服装をしていた。闘いやすいようにだろう。
だが、オムイの村で出会った暴走した魔人は、まさに”粗末な作業着”のようなものを身に纏っていた。
もしかするとその下働きの人間の誰かが人造魔人にされてしまったのかもしれない。
そんな考えが頭を離れなかったのだ。
そして今、目の前で逃げまどったり迎撃のため剣を取ったりする連中が着ている服はまさにそれだった。
彼等に対する憐れみと、そしてそれを超える教団への怒りがイルムハートの中でこみ上げてくる。
カイルに問われリックが図らずも口にした言葉、『囚人服のような恰好』。
まさに彼等は教団に捕らえられた囚人のごとき存在で、その命は極めて軽い。
「まったく、胸糞悪いぜ。」
同じことを考えていたのだろう。
デイビッドが憎々し気にそう吐き捨てる。
そんな複雑な思いを抱いたまま、イルムハート達は一気に戦闘へと突入していった。