過去の危機と現在の脅威
カイルが発した言葉は、その場にいる全員を凍り付かせた。
『ラガード伯爵が王国直轄領に開いた闇鉱山』
その台詞自体はある程度予想していた。
だが実際言葉にすると、それは信じ難いものに聞こえる。いや、信じ難いのではなく信じたくないというのが正しいだろう。
何せカイルの言葉はラガード伯爵の王国に対する背信を意味するのだから。
もし表沙汰になれば王国と伯爵との間に軋轢が生じることになる。
その際、伯爵側の出方次第では王国も黙ってはいないはずだ。かなり強硬な手段に出る可能性もある。
他の領主達の手前、弱腰の姿勢を見せるわけにはいかないからだ。
最悪の場合、王国と伯爵の双方が軍を動かすことになるかもしれない。つまりは内戦である。
そうなれば”再創教団”どころの騒ぎではなくなってしまう。
もしかすると、それを見越して教団はここにアジトを構えたのか?
そんな風にどんどん負の方向に思考が傾いていく。
まあ、それも当然ではある。カイルの言葉はそれ程の破壊力を持っていたのだから。
「但し、ラガード伯爵自身は関与しておりません。分家の者が無断で行ったことなのです。」
その当然の反応に対し、カイルは誤解を解くべく説明を始めた。
それによると、過去にラガード伯爵は分家である子爵家に地脈付近の統治を任せていたらしい。
今から遡る事20年ほど前、その代の子爵家当主は大の浪費家で家の財政をかなり悪化させていた。
その状況を打開するために思いついたのが鉱山から採掘される鉱石の横流しである。
だが、領地の管理こそ行ってはいるが鉱山だけは伯爵直轄となっており、その子爵が手を出すことは不可能だった。
と言って、勝手に新たな鉱山を開くわけにもいかない。
鉱山ともなればかなり大規模に土地をいじることになり、定期的に行われる領内監査で間違いなく露見してしまうからだ。
そこで子爵は王国直轄領に目を付ける。
王国はラガード伯爵との領地トラブルを恐れて第4地脈への関与を避けていた。
鉱山の開発どころか、立入すら制限していたのだ。
そこならば誰にバレることもなく鉱山を開くことが出来る。子爵はそう考えた。
地脈のど真ん中という極めて危険な場所ではあったが、それでも子爵は計画を強行する。
傭兵崩れや元冒険者といった訳ありで後腐れの無い連中を集め、彼等に警備をさせながら採掘を開始させたのだ。
そしてそれは功を奏した。
鉱石の横流しにより多額の金を得た子爵は山のようにあった借金を返済することに成功した。
それで満足すれば良かったのだが……元々経済観念が破綻した人物である。
金を手に入れたことにより、その浪費癖には一層の拍車がかかってしまったのだ。
度の越えた散財自体は既に周囲も承知していた。
ラガード伯爵も苦々しくは思っていたものの、子爵家の財政にまで口を出すつもりは無かった。
だが、ふとしたきっかけで子爵家の借金が全て返済されていることを知る。
未だ、浪費を続けているにもかかわらずだ。
不審に思った伯爵が調査させることで闇鉱山の存在が明らかとなる。
それを聞いた伯爵は蒼ざめた。怒りよりも先に畏れが彼を襲ったのだ。
何せ子爵が不法に採掘している場所は王国直轄領なのだから。
いかに伯爵が強い力を持った地方貴族だとしても、王国にケンカを売る真似など出来るわけがない。
第4地脈については王国側が譲歩してくれているにもかかわらず、その顔に泥を塗るような真似をすればどんな怒りを買うか知れないのだ。
次いで、伯爵は烈火のごとく怒った。
これは単なる自分への背信行為というだけでは済まされない問題だった。
伯爵家そのものを危うくする、実に危険な行為なのだ。
その後の処分は苛烈を極めた。
子爵位の剥奪は当然として、その上伯爵の親族としての身分も抹消された。一家は平民となったのである。
何不自由なく暮らしていた貴族が平民の身分に落とされるのは、明日からの生活の術を持たない彼等にとって死刑宣告にも等しい。
だが、伯爵の怒りはそれだけで収まらなかった。
当の子爵本人に対し、犯罪者の焼き印を入れ追放する処分を下す。
敢えて死罪にしなかったのは、王国に向けてのメッセージでもある。
殺してしまえば口封じと疑われる可能性もあるからだ。
その意図を正確に読み取った王国側は伯爵から極秘に出された謝罪を受け入れ、子爵が横領した分の賠償を条件として事件を不問とすることとした。
こうして第4地脈を巡る内戦の危機はどうにか回避されたのだった。
カイルが話し終えた後、その場には何とも言えない空気が流れた。
既に紛争の危機が去っていた事には正直に安堵してはいる。
だが、その結末は少しばかり重すぎた。
自業自得とは言え、子爵の末路には同情を禁じえなかったからだ。
「この一件は無かったこととされました。
勿論、分家である子爵が処分されたのですから色々な噂が立ちましたが、あくまでも親族内の問題として公表されましたし王国も無言を貫いたのです。
まあ、事の危うさを考えれば当然のことでしょうね。」
「成程、つまりは鉱山跡があること自体、兵士達に知られてはマズイということですね。」
「そう言うことです。
まさか私もこんなところにその鉱山跡があるとは思ってみませんでしたがね。」
何故わざわざ兵士のいない場所まで連れ出したのか、これで合点がいった。
過去の話とは言え、王国や伯爵が嘘をついていたなどど表沙汰には出来ないだろう。
「で、隠しておきたいはずの鉱山跡を教団の連中がたまたま見つけてアジトにしちまったってわけか。
やることなすこと、いちいち面倒ばっか起こしやがる奴等だな。」
そんなデイビッドの言葉にはカイルも苦笑するしかなかった。
リック達も同じ気持ちだったが、イルムハートだけは違った思いを抱いていた。
そしてそれをつい口に出してしまう。
「本当に”たまたま”なんでしょうか?」
「と、おっしゃいますと?」
小さく呟いただけのつもりだったが、カイルはそれを聞き逃さなかった。
先ほどまでとは打って変わって、真剣な眼差しでイルムハートを見つめる。
既にカイルはイルムハートのことを単に”出来の良い子供”だなどとは考えていなかった。
自分やリックすら唸らせる、鋭い洞察力を持った人間だと認めたのである。
その反応でイルムハートは自分の不用意さに気付く。
(しまった……つい口に出ちゃった。)
つい今しがた、過ぎた言動は控えようと自分自身を戒めたばかりなのだ。
にも拘わらずこれである。
(僕って案外、出しゃばりで目立ちたがりなのかな……。)
そう後悔したがもう遅い。
カイルの表情を見るに、適当に言葉を濁しこの場を切り抜けるのは不可能の様に思えた。
傍らではリックが何やら困ったような顔をしていたが、イルムハートにはそれに気付く余裕は無かった。
さて、どうするか?
決して長くは無い時間で出した結論は『なるようになれ』であった。
要は開き直ったのである。
「ずっと考えていたことがあります。
ひとつは教団がどうやってこの第4地脈まで侵入してきたのか?という事。
ひとりふたりならともかく、それなりの規模で人数を動かすとなればどこかで露見するはずですからね。」
イルムハートは教団についての話をカイルから聞いた時以来、不思議に思っていたことがあったのだ。
今回の件も含めていろいろと思うところがあり、それを一気に吐き出した。
「ですがそれは転移魔法で説明がつきます。
転移魔法の術者がこの場所を知っていればいいだけのことですから。
あるいは、人数を小分けにして移動すると言う手もあるでしょう。」
そこまでは自分の中で結論は出ていた。
ただもうひとつ、どうにも腑に落ちない点があったのだが、今の話を聞いてその謎が解消されたように思えた。
「ですがもうひとつ、どう考えても解らないことがあったのです。
それは彼等がこの広い第4地脈のどこを目指して来たのか?という点です。
カイルさんの話を聞いた限りでは、教団はかなり計画的に動いてるように思えます。
そんな彼等が何のあても無く地脈に入って来るなどどいう行き当たりばったりな行動を取るでしょうか?
その上で捨てられた古い鉱山跡を偶然見つけたなんて、どうにも出来過ぎのような気がするんです。
そもそも転移魔法にしろ少人数での移動にしろ、どこかに目的地があってこその手段だと思いませんか?」
「……つまり、教団はこの鉱山跡の存在を知っていたと?」
イルムハートの言葉を吟味するかのように少しの時間を置いた後、カイルは絞り出すような声でそう言った。
「そう考えると、いろいろと辻褄が合うのではないかと。」
「情報が漏れていると言う可能性はありませんか?」
リックがそう問い掛けた。
鉱山開発ともなればかなりの人員を必要とするだろう。その中から教団に情報を流した者がいるかもしれない。
そう考えたのだが、カイルの答えは明確にして非情だった。
「その存在を知る者は全員死罪か終身刑で投獄されました。今、生きている者はほとんどいないでしょう。」
僅かに生き残っている者がいたとしても、獄中では情報の流しようもあるまい。
しかし……。
「もうひとりいますよね、死罪にもならず投獄もされなかった人物が。」
その言葉にその場の全員がハッとする。
「いやしかし彼は数年後、隣国で失意のうちに亡くなったと言われています。」
「それは裏付けの取れている情報なのですか?」
イルムハートの問い掛けにカイルは黙り込んだ。
確かに、追放になった人物をいちいち監視しているほど王国もヒマではない。
風聞を鵜呑みにしてしまった可能も無いわけではないのだ。
「……その元子爵の証言を教団が手に入れたと?」
「手に入れたと言うか、元子爵が積極的に関与している可能だってあります。
おそらく、伯爵や王国に深い恨みを抱いているでしょうから。」
貴族の身から罪人にまで落とされたのだ、当然恨みに思っているだろう。例えそれが逆恨みであったとしても。
「確かに考えてみればここしかないといった場所ですね、その鉱山跡は。
過去の経緯からすれば王国としても伯爵家としても近寄ることすらタブーとする土地であり、しかも表面上和解したとは言え少なからず両者の遺恨が残る場所。
そんな場所を偶然見つけて拠点にしたなどというのはイルムの言う通り、あまりにも出来過ぎでしょう。
鉱山跡があるということだけでなく、その存在の危険性も知っていた。そう考えたほうがいいのではないですか。」
そんなリックの言葉を受け、カイルは不意に何かを思いついたような表情を浮かべた。
「ちょっと失礼します。」
次いでそう言いながらイルムハートたちの側を離れると、背負った背嚢から何かを取り出しいじり始める。
おそらくそれは魔力通信機だろう。そして、相手は情報院。
イルムハート達にはその通信内容までおおよそ予測がついた。
元子爵についての再調査指示。それで間違いないだろう。
今回の件に彼が関与している可能性が高いのならば、その足取りを追う事で教団への手がかりが得られるかもしれないのだ。
それはか細い糸かもしれない。だが、手繰り寄せてみる価値は十分にある。
”再創教団”とはそれほど謎に満ちた存在なのであった。
それは窪地の真ん中にあった。件の闇鉱山である。
長くなだらかな斜面が続いた先に急な切り立った壁が出来上がっている。鉱石採掘のために掘り起こした跡だ。
だが、露天掘りと言う割にはそれほど規模は大きくない。
おそらく試掘のため掘り起こしたものだろう。
その後、坑道を掘り本格的な採掘を行ったのではないかと思われた。
イルムハート達4人は今、窪地の端で鉱山跡を見降ろしていた。その目で実際に確認するためだ。
緩い斜面のおかげでかなり広範囲に辺りを見渡せる。
だがそれは決してイルムハート達を優位にするものではなかった。
何故なら、見通しが良いということは相手からも丸見えだということだからだ。
しかも、この斜面が結構長い。
部隊が奇襲を掛けたとしても、かなり早い段階で見つかってしまうだろう。
それは相手に対し態勢を整える時間を与えてしまうことになる。
「魔法を打ち込んで混乱させるってのはどうだ?」
いったん部隊の元へ戻り突入の手段を検討していると、デイビッドがそう提案した。
それで相手の注意を逸らそうというのだ。
まあ妥当な策ではあるのだが、この場合はあまり効果を期待出来そうもなかった。
「確実に魔法防御の結界は張ってあるはずだ。魔法で攻撃してもほとんど効果はないだろう。」
「逆にこっちの存在を教えることになるわ。なので、却下。」
リックとシャルロットからダメ出しを食らったが、それでもデイビッドはめげなかった。
「別に連中にダメージを与ようとか、そんなこと考えてるわけじゃねえよ。
要はこっちに気付く時間を少しでも遅らせりゃいいんだろ?」
そう言いながらデイビッドは地面にいびつな円を描いた。鉱山跡のある窪地を表しているらしい。
「俺達がこっちから突入するとして、その反対側でド派手な魔法をぶち上げればいいだろ。
そうすりゃ連中もそっちに気を取られて少しは時間が稼げるんじゃねえかな。」
それを聞いたリックとシャルロットは眉根に皺を寄せ無言になった。
イルムハートに至っては、何か恐ろしいものでも見たかのような顔をする。
「えっ!?俺、何かヘンなこと言ったか?」
その雰囲気に気圧されて、デイビッドはちょっと不安そうな表情を浮かべた。
「……地脈というのは不思議な所だな。デイビッドがすっかりまともになってしまった。」
「ホント。魔力だけじゃなくて、何か特別な力が湧き出しているのかもしれないわね。」
「デイビッドさん!しっかりしてください!気を確かに!」
「お前ら……さすがの俺もしまいにゃ泣くぞ。」
その後、完全にへそを曲げてしまったデイビッドをなんとか宥め、イルムハート達は彼の提案を詳細に検討した。
基本的には単純な作戦である。
多少の効果はあるだろうが、それほど多くの時間を稼げるわけでもない。
だが単純故に逆に意表を突く可能性もある。要はやりようだろう。
より効果的な方法を色々と話し合い、ある程度構想が固まりはしたが、やはり肝となるのは敵の戦力である。
姿こそ見せていないものの、人造魔人がいる前提で考えるべきだろう。
最低でも2人。もしかするとその数は増えるかもしれない。
さすがにあの狭い坑道には途中で出会ったような異形のドラゴンをひそませるわけにもいかないだろうが、別の”化け物”が隠れている可能性だってある。
ここからが敵との本当の闘いになるのだ。
まあ、その辺りは兵士達も理解しているだろう。
それを前提として突入計画を立案していると思われるので、自分達はそれをサポートする案を作ればいい。
そんな風に作戦をまとめ上げたイルムハート達は、先ずカイルへと話を持って行った。
いくつか確認と修正を行い、最終的に隊長と手順のすり合わせをすることで突入作戦案は決定されたのだった。