ドラゴンの魔石と闇鉱山
カイルと兵士達は信じられないものでも見るかのように、ドラゴンの死骸を呆然と見つめていた。
その3つの首の先からは全て頭部が切り離されている。
終わってみると実にあっけなかったように思えた。
実際にはギリギリの闘いではあったのだが、傍から見ているとどうしてもそう見えてしまう。
首を1本切り落とされた後、ドラゴンはリック達だけを相手にしていた。
彼等こそが自分を脅かす相手だと認識し、既にカイル達は眼中にない様子だった。
自由に行動することが可能となったカイル達ではあったが、その後はただ呆然と目の前で繰り広げられる闘いを見つめるだけだった。
本当ならリック達を援護するために動くべきなのだろうが、それでは逆に彼等の邪魔になってしまうのではないか?
そんな思いを抱かせるほど、リック達の闘いは見事だったのだ。
「いやー、まいったまいった。」
そう言って地べたに腰を下ろすデイビッドの声に、カイル達は我に返った。
「一時はどうなるかと思ったけど、案外何とかなるもんだな。」
「何言ってんのよ。アンタが時々前に出過ぎるせいで、こっちはヒヤヒヤしたわよ。
イルム君が上手くカバーしてくれたからいいようなものを。」
そう突っ込みを入れるシャルロットだったがやはり疲れのせいで座り込んでおり、いまひとつ言葉に切れがない。
「それもまたチーム・プレイってヤツなんだよ。なあ、イルム。」
「アンタねぇ……。」
まったく悪びれる様子の無いデイビッドに呆れ顔のシャルロット。
そして、そんな2人を笑いながら見つめるイルムハート。
彼も疲れてはいたものの、座り込むほどではなかった。回復力も桁外れなのである。
「ええ、デイビッドさんの無茶にはもう慣れっこですから。」
それを聞いてジロリと睨み付けるデイビッドだったが、すぐさま表情を和らげ軽く肩をすくめた。
「まあ、イルムにはいつも助けてもらってるしな。これでも感謝してるんだぜ。」
その言葉に何やらほっこりした空気が流れる……かと思いきや、逆にイルムハートとシャルロットの顔色が変わる。
「どうしたんですか!?頭でも打ったんですか!?」
「アンタがそんなこと言うなんて……何か良くないことが起きるんじゃない?」
「お前らなぁ……。」
そんな3人のやりとりに、カイル達は再び唖然とさせられた。
つい先ほどまで死闘を演じていたとは思えない程くつろいだその雰囲気に言葉を失う。
疲れのあまり座り込んでいるところを見れば、決して楽な戦いでなかったことは判る。
でありながら、こうもすぐに普通の会話が交わせる彼等に正直驚いたのだった。
「ああすることで生き延びた事を実感してるんですよ。」
そんなカイルに向かってリックが声を掛ける。
彼だけは全く疲れを感じさせない様子を保っていた。
勿論疲れてはいるのだろうが、それを表に出してはいなかった。
鍛錬のたまものか、それとも元騎士団員としての矜持か。いずれにしろ、その格の高さを感じさせる。
「ところで、アイツの解体をしようと思うのですが、誰か手伝ってもらえませんか?」
そう言ってリックが目をやった先には、例のドラゴンの死骸が横たわっていた。
「解体ですか?いやしかし、そんな時間は……。」
その言葉にカイルは戸惑った。
確かに、ドラゴンから採れる素材は高値で売れる。
だが、今はそんな場合ではないのだ。
先を急ぐ必要があり、素材採取などに時間を取る余裕などないことぐらいリックだって解かっているはずなのに……。
しかし、それはカイルの思い違いだった。リックの目当ては素材ではない。
先ほどに闘いに圧倒されたせいで、どうもカイルの脳はまだ上手く動いていないようである。
「アイツが教団に造られたものなら例の魔石を持っているはずです。
取り出して持ち帰ればきっと役に立つと思いますよ。」
それを聞いてカイルははっとする。と同時に、そのことに思い至らなかった自分を恥じた。
そして羞恥で僅かに頬を紅潮させながら、あわてて隊長に向かい兵を集めるよう指示するのだった。
三つ首ドラゴンとの闘いにおいて、幸いなことに死者は出なかった。
負傷者は何人か出たが皆軽傷である。
治癒魔法と同じ効果のある魔法薬で十分回復出来た。
ただ、問題がひとつ。数頭の馬が逃げてしまったのだ。
下馬での闘いが始まれば距離を取り、遠巻きにして主人を待つよう訓練されてはいるのだが、さすがにドラゴンを目の前にしては怯えて逃げ出してしまう馬がいても仕方あるまい。
だが、それでも計画に支障を来すほどのことではなかった。
もはや敵のアジトが近い事を誰も疑っていなかったからだ。
ドラゴンは推測通り教団が造り出したものだった。
解体して取り出されたのはかなり大きめの魔石だけである。やはり魔核は持っていなかった。
おそらくドラゴンや蛇の魔獣の死骸を繋ぎ合わせ、その後魔石を埋め込むことで再び生命を与えたのではないかと考えられた。
勿論、どうすればそんな事が可能なのかは皆目見当もつかないが、”失伝の術法”という言葉の前にはそんな疑問を持つこと自体無意味である。
ドラゴンの解体にはかなり神経を使わされた。自爆の危険があったからだ。
自爆するなら倒された時点で既に爆発しているだろうからおそらく大丈夫だと思われたが、解体の際に何らかのきっかけで起動しないとも限らない。
そのため、作業は慎重に慎重を重ね行われた。
そうして摘出された魔石には、何やら記号のようなものがびっしりと書き込まれていた。
まあ、それは予想通りである。魔法陣のように魔法を発動させるための記号なのだろう。
だが、それが異質なのは書き表されている記号が全く未知のものである点だった。
専門家ではないにしろ、イルムハートもシャルロットも魔法陣について多少の知識は持っている。
なのに、見知った記号を見つけられないのだ。ただのひとつも。
似たようなものはある。しかし、明らかに記憶の中にあるものとは異なっていた。
「どういうことなの?これって……魔法陣とは違うのかしら?」
「”違う”とすれば、それはおそらく僕達が使っている魔法陣のほうなのでしょうね。」
お手上げと言った表情を浮かべるシャルロットにイルムハートがそう言葉を掛ける。
「私達のほうが間違ってる……。」
「はい、そうなんだと思います。
魔法陣に使われる記号は大災厄の際にかろうじて失われるのを免れたものだとされていますが、それが完全ではなかったということです。
ここに書かれているのが本来の”始りの言葉”であって、僕達が使っているのはその単語の更に一部が欠損した劣化版なんじゃないでしょうか。」
「そう言う事のようです。」
2人の会話を聞いていたカイルが少し複雑な表情を浮かべながら割り込んで来た。
「おそらくイルムハート様のおっしゃる通りで間違いないでしょう。
過去にいくつか同じようなものを手に入れたことがあるのですが、それを調べたエルフィアの魔法学者達も同じ結論に至りました。
似たような記号があるので替わりに使ってみたところ、魔法の発動が確認されたそうです。
……しかも、数段威力を増して。」
「それって……危険ですよね。かなり。」
イルムハートは思わず魔石から距離を取った。
もしカイルのいう事が本当ならば、この魔石の記号で最強の魔道具が作れることになるのだ。
当然、武器にも転用可能な、ある意味非常に危険な情報がここには書き記されていることになる。
カイルの表情が硬いのも、おそらくそのせいなのだろう。
「そこはご安心を。ただ置き換えただけでは効果はありません。
記号と記号のつなぎ合わせにも改良が必要で、そのために何年も試行錯誤を繰り返したそうです。
ぱっと見でどうこう出来る技術ではないようですから。」
その言葉にイルムハートは安堵する。
が、もしそうならば何故カイルはこんな強張った顔をしているのだろうか?
そう不思議がるイルムハートの表情を読み取ったカイルは、苦笑を浮かべながら理由を教えてくれた。
「一見しただけでそこまで推測してしまうとは、失礼ながら末恐ろしい御方ですね、あなたは。
味方で良かったとつくづくそう思いますよ。」
その言葉にリックがはっとする。
相手は情報院第3局の人間である。王国にとって危険と判断されれば命すら狙われかねない相手なのだ。
今のところはイルムハートに対して好意的な評価をしているようではあるが、いつそれが覆るとも限らない。
過ぎたる才能は時として危険なものとして目に映ることだってあるのだから。
カイルの友好的な態度に、少しばかり気を緩め過ぎていたのかもしれない。
彼の前での言動にはもう少し注意するべきだろうと己に言い聞かせた。
また、それとは少し異なるニュアンスではあったが、イルムハートもカイルの言葉にドキリとする。
自分が10歳の子供であることを完全に忘れていたのだ。
転生者である彼は、見た目は子供でも中身はそうではない。知識も思考も大人と変わらなかった。
幸いリック達は、事情を知らないなりにもそんな彼を受け入れてくれている。
それなりに思うところはあるのかもしれないが、だからと言ってイルムハートに対する態度が変わるわけではなかった。
だが、カイルはどうだろうか?
”優秀な子供”と言っても限度はあるだろう。
あまり出過ぎたマネをすれば、何かしら不審を買ってしまうかもしれない。
言動にはそれなりに注意すべきだろうとイルムハートは気を引き締め直した。
そして、期せずして同じ感情を抱く2人の目が合う。
互いの胸の内を知るはずもない2人だったが何か通じ合うものを感じ取り、自然と頷き合うのだった。
そこから先は斥侯を出しながらゆっくりと進むことになった。
教団のアジトが近いと思われるため、見張りを警戒してのことである。
しかし、一向に敵の気配はない。
それは必ずしも喜べることではなかった。
何故なら、既に撤退が完了してしまったのがその理由かもしれないからだ。
そんな不安を抱えながら進む一行に、斥侯から朗報が届く。
敵のアジトを発見したのだ。しかも、まだ人影が見えるらしい。
ただ、その中に例の魔人がいるかどうかまでは判らない。
魔力が高まれば異形の姿になるにしても、それ以外の場合は見た目は人と変わらないからだ。
勿論、魔力探査を行えばその存在の有無は明確なのだが、斥侯の兵はその方法を取っていなかった。
視覚による偵察を行ったのだ。
この世界にも望遠鏡はある。
全ての者が魔法を使えるわけでもない以上、それを補うための道具も当然開発されている。
そしてそれは軍でも使用されていた。
但しその理由は、単に魔法を使える人材が不足しているからということではない。
むしろ、魔法を使わずに済むからこそ採用されていたのだった。
軍は魔獣の討伐を行うこともあるが、その主敵はやはり”人”である。
他国の武力から国を守る事こそが本来の目的なのだ。
もし相手が軍隊であれば、当然向こうも魔法の探知を行ってくるだろう。
少なくとも陣地の周辺には侵入者を探知する魔法の網が張りめぐらされているはずだ。
そんな中で魔法を使った偵察を行う訳にはいかない。
そのため、斥侯役は自分の魔力を極力抑えながら視覚による調査を行うことが必要なのだった。
そして今回の敵も同じように魔法を使いこなす相手である。
なので、この結果は仕方のないことだと言えよう。
そんな理由で魔人の存在こそ確認出来なかったものの、斥侯の兵は中々興味深い情報を持ち帰って来た。
その報告を聞いたリックは思わず首を傾げる。
「鉱山跡?こんなところに?」
兵士が言うにはこの先に露天掘りを行った跡があり、更に掘り起こした土地の壁に坑道が作られているとのことだった。
どうやら教団の連中はそこを利用しているらしい。
それだけを聞けばまあ、ありがちな話ではある。
しかし、この場合は色々と腑に落ちない点が多い。
ひとつは、何故こんな地脈のど真ん中に鉱山を開いたのか?ということ。
確かに地脈では貴重な鉱石が採掘出来るのだが、それは中心部に坑道を造らなければいけないというわけでもない。
魔獣の被害を避けるため周辺部から掘り進めても、それで十分採掘出来るのだ。
それを何故わざわざこんな魔獣だらけの危険な場所に坑道を造ったのか?
それともうひとつ。こちらは更に重要な点である。
「この辺りはまだ王国直轄領のはずですが……王国は第4地脈での採掘を禁止しているのではなかったのですか?」
第4地脈はその多くが隣接するラガード伯爵領に属していた。
有力な地方貴族である伯爵とのトラブルを避けるため、王国は第4地脈での鉱山開発どころか立入りすら制限しているのだ。
となると、その鉱山は誰かが無断で開いたものと言うことになる。
その”誰か”が問題だった。
直轄領の人間とは考えにくい。
厳しく制限されている以上、王国側から人が出入りするのは難しいからだ。
となると……。
リックの思考はそこで止まる。
その立地から見れば鉱山を開いたであろう者を推測するのは容易だったが、その名を口にすることは出来なかった。思い浮かべる事すら危険なことである。
何故ならそれは、この地域に混乱をもたらす火種にもなりかねない名だからだ。
「ああ、それですか。過去に試掘調査を行ったという記録がありますので、おそらくその跡でしょう。」
だが、そんなリックの不安をカイルは軽く笑い飛ばしてみせた。
こんなところで試掘を?とは思ったが、リックもそれ以上は追及しなかった。
カイルは笑顔を作ってこそいるが、その目は笑っていなかったからだ。
その話はそこで終わる……かと思われたが、そうではなかった。
イルムハート達は突入計画を練り始めた兵士達から距離を取った場所へとカイルに連れ出される。
「先ほどは申し訳ありません。試掘を行ったというのは嘘なのです。」
カイルはそう言ってリックに詫びた。
まあ、それはリックにも理解出来る。
あれ以上話を続ければ、危険な想像を皆がしてしまうことになるからだ。
そうさせないためにカイルは早々に話を切り上げようとしたのだろう。
「ですが、いくら胡麻化したところで貴方がたならすぐにそれが嘘だと気が付かれるでしょう。
ならば、正しく真実を知ってもらべきだろうとお呼び立てした次第です。」
その言葉にリックは思わす息を飲む。
リックだけではない。イルムハート達もだ。
彼等もカイルが何を話そうとしているのか薄々気が付いていたからだ。
そしてその予想通り、カイルの口からは酷く危険な”真実”が語られたのだった。
「ご推察の通り、そこはラガード伯爵領の者が密かに開いた鉱山で間違いありません。」